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「福祉で働く私の全て」を娘のために〜小耳症(しょうじしょう)の我が子〜

みなさん、小耳症(しょうじしょう)をご存知ですか?


この春、我が家に第二子となる女の子が産まれました。


2000g前半の小さな赤ちゃんで、とても可愛らしく、とても嬉しかったです。


そして、その子は小耳症でした。


福祉の世界で働く私に生まれた可愛い我が子。


その子が小耳症をもっていたことには、もしかしたら何か意味があるのかも……


少しずつそう思えるようになってきました。 


そして、少し前から始めたnote。


我が子が小耳症であることが、その大きな理由にもなっているので話をさせてもらおうと思います。


○小耳症(しょうじしょう)とは?


生まれながらに周囲から見える耳が、小さかったり変形しており、同時に難聴となることが非常に多い疾患のことで、だいたい5000〜10000人に1人の割合で発症するとされているようです。


多くの場合は、耳の穴が狭い、または空いていない外耳道閉鎖を伴うようで、我が子は内耳(耳の奥の方)はおそらく機能しているようですが、耳穴が完全に塞がっています。そのため難聴も患っている状態になっており、掃除機の大きな音などなら聞こえるくらいだろうと言われています。


ちなみに片側のみ難聴の場合には、現行の制度では身体障害者手帳が交付されず、福祉制度によるサポートが受けられません。


○我が子との初めての対面


我が子は産まれる前から低体重であることが分かっていましたので、念のために大きな病院で出産することになりました。


私は待合室でその時を待ち、看護師さんから
「無事に産まれましたよ!」


その言葉を聞いて、すごく安心しました。


産後の妻と面会を済ませて、低体重であったため別の病棟のNICU(新生児集中治療室)に通されて初めての我が子との面会。


保育器の中で横になって眠っている小さな我が子を見て、可愛らしい姿がとても愛らしく、感動しました。


しかし、その場でドクターから、我が子の左の耳の形が形成されていないことを伝えられ、そのとき初めて気づきました。


左耳は耳たぶだけがついているような形をしており、「え…?」と、その時はよく分かりませんでした。


ただ、そのあと我が子を眺めていると、左右の耳の形が違うことが分かりました。


次第に「耳がないんだな…」と理解できるようになりました。


それでも不思議なものですが、あまりショックを受けることはありませんでした。


私自身が障がい福祉の仕事をしているからなのか、それとも実感がもてていないからなのか、理由は分かりませんが、耳の形も含めて我が子への愛らしさで気持ちはいっぱいでした。


ちなみに妻は、出産直後は我が子の耳のことに気づいておらず、私が説明を受けた翌日にそのことを知りました。


妻も小耳症について驚いてはいましたが、とにかく我が子が無事に生まれてくれたことを喜んでいました。


○無事に退院して自宅へ


検査を済ませて、妻も我が子も無事に家に帰ることができました。


私は短い期間ですが育休を取得できたので、妻と一緒に育児を始めました。


家にいる間は特に困ることはありませんでした。


しかし、小耳症であることにショックは受けなかったとはいえ、我が子が成長するにつれて地域にでて生活をしていくと思うと少しずつ不安になり始めました。


また、買い物や散歩など外に出る機会も増えるにつれて、私も妻もほんの少しだけですが周りの目が気になるようになりました。


生後2ヶ月を過ぎた時点で発育の面で問題は見られず、喜ばしいことでしたが、やはり気になるのは耳のこと。


妻と私が小耳症について調べていくなかで、

・実際に聴力はどうなのか?
・物心がついた時に、本人がどう思うのか?
・親として、どのようにかかわっていくべきか?
・どういった手術をするのか?
・将来手術したとして形や聴力はどうなるのか?
・手術ではなく補聴器なのか?
・手術や補聴器の費用はどれくらいなのか?
・地域の学校で生活はうまく送れるのか?
・制度による支援は受けられるのか?
・同じ小耳症の子どもたちは、どう生活しているのか?
・小耳症の子をもつ他の親の話を聞くにはどうしたらいいのか?


様々なことを考えました。


今はまだ生まれて間もない赤ちゃんだからいいけれど、先のことを考えると我が子のことが心配になりました。


私や妻が笑って見つめると、ニコッと笑い返してくれる我が子。


とても愛らしく思いながらも、なんとも言えない気持ちになりました。


○我が子のために、私と妻にできること


先の不安は妻も同じで、我が子の今後のことを毎日話しました。


私たちに何ができるのか?


そして考えた結論は、


「我が子が自分で道を選択できるように、私たち夫婦がしっかりと準備しておくこと」
でした。


我が子が物心がついた時に、小耳症のことでものすごく悩むかもしれないし、もしかしたら気にせずに生活を送るかもしれない。


できるだけ早くに耳の形をつくる手術を受けたいと言うかもしれないし、手術が怖くて、または今のままでいいと思って手術を受けないことを選ぶかもしれない。


難聴があることで地域の学校での生活で苦労するかもしれないし、友人や周囲の人たちに恵まれてサポートを受けながら楽しく過ごせるかもしれない。


小耳症であることで我が子は困ったり悩んだりするかもしれないし、そうならないかもしれない。


先のことなので、どうなるかは分かりません。


ただ、私たち夫婦は多くの情報を知っておこうと話しました。


症状、聴力、手術方法、支援制度、サポート先、手話、特別支援学級や聴覚特別支援学校など、


そうすることで、我が子はもちろんのこと、私と妻も困り果ててその場にとどまり悩むだけでなく、一緒に前に進めたり、一時的な逃げ場をつくれたり、気持ちが楽になったりするのではないかと考えています。


私自身、障がい福祉の分野で社会福祉士、介護福祉士の資格を活かして相談支援を行っています。


「困った状況のなかで、選択肢がある」


そのことによる安心感に人は救われます。


我が子のことを考えたときに、選択肢を用意できることは、人生を選べることだと改めて感じることができました。


そのことを頭に置いて夫婦で話し合った結論が、


「我が子が自分で道を選択できるように、私たち夫婦がしっかりと準備をしておくこと」
です。


…結論というよりも、前向きにやっていくための方針を決めただけで、本当にこれからが我が子と一緒に取り組んでいくことになると思います。


極端に悲観しないで、また楽観もしないで、
という気持ちで向き合っていきます。



正直、どうして我が子が…と考えたり、子どもに背負わせてしまったという思いもあります。


これから我が子が成長して自分のことを理解していくなかで、私も妻も弱気になったり、自分を責めるかもしれません。


このnoteの冒頭で、「福祉職である私のもとに生まれた我が子、その子が小耳症であることには何か意味があるのでは……」と書きましたが、


本当は、私自身が「意味があってほしい」と、そう思っています。


せっかく生まれてくれた本当に可愛い我が子と、福祉職として働いている私。


これまでの知識や経験、これから学ぶことの全て。


それらを愛情と一緒に我が子へ注ぎ込んでいきます。


そして、私たち夫婦のもとに生まれてきたことを「意味があったこと」にしていきたいです。


小耳症はあまり世間に知られていない疾患だと思います。


私もこれまで知りませんでしたし、まだ入り口に立ったばかりだと思います。


「親の目線と、福祉職の目線を交えて」
我が子と関わりながら、今後も投稿を続けていきたいと思います。


もし誰かに読んでもらって、考えるキッカケになれたのなら幸いです。


長い文章になりました。

ありがとうございました。


小耳症の娘の記事の続きになります。興味を持って読んでもらえたら嬉しいです。↓

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