岩手県庁という「無風地帯」 ―要望書は届いているか、それとも儀礼の消化か―
岩手県庁という「無風地帯」 ―要望書は届いているか、それとも儀礼の消化か―
岩手県中小企業家同友会が緊急要望書を提出した。県商工労働観光部長は「庁内で共有し、対応できることは対応する」と答えた。
この光景を見て、何かが変わると思う県民は何人いるだろうか。
「共有します」という言葉の空虚さ
「庁内で共有する」。
この言葉は日本の行政が最も得意とする、責任を持たない応答の典型だ。共有された情報はどこへ行くのか。誰が判断し、いつまでに何をするのか。何も言っていないに等しい。
しかしこの応答が成立し続ける理由がある。県庁職員の給与は、地域経済が悪化しようとも、中小企業が倒れようとも、保障されているからだ。
これは個々の職員の人格の問題ではない。構造の問題だ。
「痛み」を持たない者が「対策」を作る矛盾
燃料費高騰で資金繰りに苦しむ中小企業経営者と、毎月確実に給与が振り込まれる県庁職員とでは、問題への切迫感が根本から異なる。
中小企業経営者にとって「今月が乗り越えられるか」は生存の問題だ。県庁職員にとってそれは「処理すべき案件」に過ぎない。
この非対称性を放置したまま、「対策」が作られる。当然、そこに実効性は生まれにくい。
地方公務員制度が生む「無感覚」
地方公務員の身分保障は本来、政治的中立性と住民サービスの継続性を守るためにある。
しかし現実には、それが外部の変化に感応しない組織文化を育ててしまっている。
民間企業であれば、業績が悪化すれば賞与が消え、最悪は雇用が失われる。その緊張感が問題への感度を保つ。県庁にはその緊張がない。「いてまでも給与は貰える」という安心感が、問題を他人事にする。
要望書が「儀礼」になるまでの過程
①中小企業が苦しむ
②同友会が要望書を作る
③県に手渡す
④部長が「共有します」と言う
⑤庁内会議で資料として回覧される
⑥何も変わらない
⑦また次の危機が来る
この循環を何十年も繰り返してきた。そしてその循環を維持することで、誰かの仕事が生まれ、誰かの役職が正当化され、誰かの給与が支払われている。
要望書を受け取ること自体が業務になっている組織に、要望書は刺さらない。
では何が必要か
批判だけでは終わらない。問いを立てる。
県庁職員の業績評価に、担当地域の中小企業生存率・廃業率を指標として組み込むべきではないか。自分の評価が地域経済の実態と連動するなら、「共有します」では終われなくなる。
あるいは、要望書の回答に期限と具体的措置の明示を義務付ける条例を設けることも一つの手だ。
痛みを共有しない者に対策は作れない。これは岩手県庁だけの問題ではなく、日本の地方行政全体が抱える根本的な欠陥だ。
最後に
中小企業経営者たちは今日も現場で戦っている。燃料費、仕入れコスト、人手不足、後継者問題――その全てを自分のリスクで背負いながら。
県庁の会議室では今日も、その「戦場」から切り離された場所で、書類が回覧されている。
この距離を縮めない限り、岩手の地域経済に本当の意味での「対策」は生まれない。
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