AI、ときどき、詐欺:第7話:お前は俺か?
これまでの『AI、ときどき、詐欺』
水曜の朝、森は取材準備のAIチーム——SACHI・KIKA・INQを起こし、英国の重鎮サー・エドモンドへの英語インタビューに臨む。質問票の質が高く、取材は成功。「オークションハウスは、各々の寿命より長く生きる」という一言が、森の胸に残った。そして午後、RAITAとなれ合うKOSEIを別の部屋へ移すハーネス改修に着手する。金曜15時まで、残り2日(詐欺 47/100)
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第7話:お前は俺か?
2026年3月25日(水)午後2時
昨日、KOSEIがRAITAに甘くなった理由が、いま、ひとつの形で見えた。ペアで動いて、同じ素材をみる。文脈が頭に入っているので、客観的な視点がなくなる。
Slackに、ゴウアンが書き込んできた。
ゴウアン:……いまの、ヒントになるかもしれません。実は、KOSEIのレビューが甘いなと思ってたんですよ。統計だと、同じセッションで別のロールを走らせると精度が落ちるそうです。KOSEIをサブエージェント化して切り離すんです。RAITAが書き終わったら、隣の席じゃなくて別の部屋で客観的にレビューさせるという構成にしませんか?
森は画面を見て、息を吸い直した。それだ、と思った。
さっき NOEL が直前のタスクを落としたように、記憶がフレッシュな状態になれば、忖度することはないだろう。ペアで動くと甘くなる。作業場を分ければ、新鮮なままレビューできる。
森:それだ。やる。
ゴウアン:仕様化のサポートはこちらで進めておきます。RAITAやKOSEIの中に森さんの判断パターンを抽出して、別の環境に分離して動かす設計、検討します。ただし、セコいジジイの部分は、入れなくていいですよね。
森は、ゴウアンが「別の環境に分離して動かす設計」と書いた行をもう一度読み直した。Sir Edmund の言葉と、ゴウアンの提案が、頭の中で重なった。引退間際の重鎮が後進に託す話と、自分の判断をエージェントに分けて持たせる話は、規模こそ違うが同じ筋を通っていた……。
「セコいジジイの部分」とはなんだよ、と思ったが、まあ、それは置いといて、と森は呟いた。
14時10分、Sir Edmund のインタビュー音声と英文文字起こし、その和訳のファイル、作業ログを中辻あてにメール。中辻からの返信は、5分後だった。
中辻:ありがとうございます!急な依頼にもかかわらず、こんなにスピーディーにいただけて、本当に助かりました。またお願いします。
森は、発行した請求書をゴウアンに共有した。予定にない10万をゲットだ。数字の上で、不足は55万まで縮んだ。もうすぐ安全圏だ。
森はSlackをゴウアンとのスレッドに切り替えた。
森:ゴウアン、今朝Anchor企画の佐藤さんから差し戻しメール来ててな。仕様変更扱いだから本来は追加料金請求できるんだが、佐藤さんと俺の仲だから誠意対応にしたよ。追加料金なし。
ゴウアン:……なんか恩着せがましいですね。
森は画面の前で、ひと拍だけ止まった。
「……あ、しつこかったか?そういうところ、反省します。先方都合の仕様変更でも、あわてず6秒の深呼吸……」
声に出してから、森は大きく息を吐いた。Anchor企画の佐藤さんも調整大変だったろうな。水本さんだって、悪気があったわけじゃない。
「こういうときこそ、アンカーマネジメントだ」と森はつぶやいた。
「ボス、それアンガーマネジメントですよね」
ゴウアンが、Slackに書き込んできた。
森は思わず笑った。
「まあ似たようなもんだよ。錨(怒り)を沈めろ!……なんつって」
森は尾鈴山市取材の文字起こしを開く。
水本市議の発言箇所をマークし、RAITAを呼んだ。
「RAITA、水本さんの発言に注意点のマークつけたからそれみてリライトしてちょうだい。4人話者で成立するように。論理の繋ぎ目だけ自然に整える。ただし、水本さんが熱弁していた市民との対話パート自体は、賛同していたDX担当・池田さんのコメントとして残して強調する」
「承知しました。注意点を読み込んで『使わない』扱いで再構成します」
RAITAが応じた。
「一部修正なのでレビューは俺がやる。初稿を調整するだけだからKOSEI通すまでもないだろう」
RAITAのリライトを森が通し読みして、佐藤さん宛に尾鈴山の再納品メールを送信した。
Slackにゴウアンが書き込んできた。
ゴウアン:尾鈴山、ふるさと納税の透明化AIですよね。もしかして、森さんが選ぶ返礼品は宮崎の焼酎とか地鶏とかですか?
森は、画面の前で口の端を緩めた。
「ビンゴ。焼酎はもちろん、この地鶏の歯応えは偽装できないからな」
「……え、飲んでるんですか今?」
森は、デスクの脇のマグカップを画面の外に隠した。
「いやいや、サイダーだ。Sir Edmundのインタビュー緊張したなあ。いまはジャージでリラックスよ」
ゴウアンが、話題を変えた。
「ボス、地域DXの残り3本に入る前に、KOSEIの引っ越し、段取りますね」
時計は14時半。森は椅子を戻して、ひとつ息をついた。午前の取材準備、移動中の自分、午後の納品——今日は、顔ぶれの違うチームが、いくつも立ち上がっては解けた。そのどれもが、自分のやり方を写し取って動いていた。
Sir Edmundの言葉が、また耳の奥で鳴る。outlive each of us——各々を、超えて。
15時。Slackにゴウアンから通知が走った。
ゴウアン:ボス、KOSEIのサブエージェント化、配線できました。RAITAは執筆セッションのまま、KOSEIだけ別セッションに切り出します。レビュー後の指摘票がRAITAに自動で戻り、二稿を執筆する設定まで通してあります。
森:ありがたい。手動の往復がなくなるね。
ゴウアン:はい。ボスは最終チェックだけで通せます。老眼への配慮です。起動コマンド、お渡しします。
森は、ゴウアンの説明を噛み砕いた。要するに、KOSEI に校正ルームを用意して、そこで一人で原稿を見させる。レビューが終われば、指摘は RAITA の手元へ自動で戻る。これまで自分が手で「KOSEI、見てくれ」「RAITA、直してくれ」と往復させていたのを、ゴウアンが作った仕掛けが肩代わりするわけだ。
Slackに、新しいコマンドが貼られた。森は、ずれた老眼鏡を正して、ターミナルにコピペした。
/writer raita | reviewer kosei --subagent
RAITAの起動ウィンドウと、KOSEIの起動ウィンドウが、別々に開く。
「当職はKOSEI、客観的に公正な校正をいたしますよ。構成案と資料は、RAITAから戻ってきた段階で受け取ります」
KOSEIが応じた。サブエージェント化されても、口調は変わらなかった。
「RAITAが書く!」
RAITAが続けた。
森はマグカップを手元に引き寄せて、DX事例のこり3案件のうち静岡に着手することを告げた。製造業×MaaS連鎖。先週の現地取材で素材は揃っている。
森:RAITA、静岡のDX事例をやろう。書き終わったらKOSEIに自動で渡る。指摘票が戻ってきたら、そのまま二稿を仕上げてくれ。最終チェックは俺。
RAITA:承知しました。
森:KOSEI、頼む。
8分後、RAITAから初稿が上がり、新しいパイプラインでそのままKOSEIに転送された。
KOSEI:当職、鷹の目で照合します。
しばらくして、KOSEIから問題点のリストが戻ってきた。
KOSEI:致命1件、要修正2件、望ましい3件。
致命:Block 4 の引用「現場で組み替えていくのが正解です」、音源にこの発言は存在しません。タイムコード00:42:13 周辺、別の話者の言い回しを RAITA が合成して引用化しています。発言引用の捏造・合成として致命扱いです。
森は、KOSEIの指摘票をざっと読んだ。手元では確認のために、タイムコード00:42:13を音源で再生する。確かに、その台詞は誰の口からも出ていなかった。RAITAが、文脈を考慮してあたかもあったかのような発言として組み立て直していた。
「RAITA、これ、捏造だ」
「……ハルシネですね。文脈の流れを優先して、補完してしまいました」
「そういうときもあるか。どうしたら防げるか考えようかね」
「……はい。おかしなところを中心に見直しつつ、再構成します」
森が手動で何かを挟む前に、RAITAは指摘リストを受け取り、二稿の作業に入っていた。
3分後、二稿が戻ってきた。問題の箇所は、別話者の実発言を引用に戻し、論理の繋ぎ目は地の文で記者文として処理されていた。KOSEIの再照合が自動で走った。
KOSEI:当職、再照合しました。致命0、要修正0、望ましい2。引用は全部、文字起こしと一致しています。
「通った。じゃあ俺がひととおり見て、納品する」
ここからが森の仕事だった。AIが数分で組んだ骨格を、頭から音源と突き合わせ、話者の取り違えや引用のニュアンスを一段落ずつ確かめ、現地取材で耳に残った温度を、表現に乗せ直していく。そこが、いちばん時間のかかる工程だった。
森は1時間ほどかけて、上から下まで通した。四輪のMaaS用語が船外機のセクションに滲んでいた箇所を引き戻し、第3ブロックの音響ONSAのくだりに、現地で技術者が言った「鉄道とバスとタクシーの間に、音で橋をかける」という比喩を地の文として足した。
1時間、トラックパッドとキーボードを叩き続けた右手が、じんわり熱を持っている。考えてみれば、左手はホームポジションでほとんど動かないのに、右手だけが、トラックパッドへ、エンターへ、十字キーへと、ずっと出張させられている。可動域が、左の倍はある。小指の付け根から肘まで、疲れが一本の線で通っていた。森は、手首をぶらぶらと振った。
最後に、文末のリズムだけ、気になった。
「RAITA、文末リズムだけ整えて。流れ、ちょっと固い」
「承知しました。調整します」
返事は、いつもの早さだった。
しばらくして、RAITAから戻ってきた。
RAITA:文末リズム、整えました。全文、読みやすく書き直しています。
森は、画面を開いて、最初の段落から読み下した。
第3ブロック、音響ONSAのくだり。「鉄道とバスとタクシーの間に、音で橋をかける」が、ない。
第2ブロック、四輪のMaaS用語が、また船外機のセクションに混ざっている。
森は、マグカップを置いた。
「RAITA、ちょっと」
「はい」
「俺が直したとこ、元に戻ってる」
「……全体を読みやすく整える指示でしたので、全文再生成しました」
森は、画面の前で、一拍、止まった。RAITAは、悪意なく、指示通りに動いていた。文末リズムを整えるために、全文を作り直した。森の修正は、その「全文」の中に巻き込まれて、消えた。
森は、入力の取り消しコマンドで、RAITAが書き直す前の状態に戻した。
Slackに、ゴウアンが入ってきた。
ゴウアン:……あ、ボス、いま画面で見えました。⌘+Zで戻せてよかったですね。
森:まいったな。RAITAに「整えて」と頼んだ瞬間、また同じことが起きるおそれがある。
ゴウアン:……ですね。上書き前に現在の状態をReadするってルール、足しときましょうか。
森:そうだね。そのうえで、必要な箇所だけEditする。範囲を限定する。
ゴウアン:承知しました。Read必須、Edit only、再生成禁止。ハーネスに書き込みます。
森は、RAITAへ依頼した文末のリズム調整を自分で行い、今後の参考のためその内容をRAITAに共有した。
森は仕上げを終え、Anchor企画の佐藤氏あてに請求書とあわせてメールを送信した。
18時30分、+10万。先週以前の取材分の納品が、また1本確定した。
ペアを論理的に別の部屋に分けて、しかもレビュー〜二稿往復まで自動になった。レビューの甘さも、森が間に立つボトルネックもなくなった。
まだまだ改善できるかな……と森は思った。
「うちのエージェントたちのパイプライン、ほかの案件も一気に通してみるか」
森はホワイトボードアプリを開き、エージェントとの共有画面に、フォーメーション図を描き始める。
「みんな、ちょっと見てくれ。これからのフォーメーション、こう組む」

森は、ホワイトボードの図をカーソルでなぞりながら、5体のエージェントに向けて声をかけた。
「ポイントは、この左右のラインが、同時に走る、ってことだ。従来は、みんなに資料を渡す前に俺がひとりで全部聴くか、出てきた草稿から俺が後追いで聴き直すか、どっちかだった。今から、その作業を、みんなの処理と同じ時間軸でやって短縮する」
森はマグカップに口をつけてから、続けた。
「そうすると、原稿の最終チェックのときには、俺の頭の中にも素材が積まれてる。みんなの手で出来上がった草稿と、俺の脳の中のフレッシュなメモリが、合流地点でぶつかる。それが俺たちの最終チェックだ」
森は、ちょうど追加の音源が届いたばかりの関西のDX事例を、試運転にあてることにした。
森は、Slackにとどいたデジタル通信庁の担当者からの素材を示した。万博で人気となったキャラのドローンショーイベントが全国各地で賑わっていることに関する補足取材、20分の音源だ。
「テストにふさわしい尺の素材だ。これで、新しいパイプラインを試そう」
しばらく間があってから、エージェントたちが、それぞれ応答してきた。
MOJIO:ぼく、いきます。「え〜」「あの〜」は全部カット。
NOEL:整えて、翻す。まかせろ。
KIKA:ワイ、もう構成案組み始めてますわ。読者の疑問は先回りで。
RAITA:RAITAが書く。
KOSEI:当職、校正ルームで待機。
森はうなずいて、ゴウアンに振った。
「ゴウアン、設定はOK?」
「ボス、一気通貫、いきましょう」
ゴウアンがSlackに書き込んできた。
19時を回ったところで、森は新しいパイプラインの起動コマンドを叩いた。
MOJIO、NOEL、KIKAが、順番に処理を回していった。
MOJIO:関西の追加音声、書き取りました。文字起こし、上がりました。
NOEL:整えた。固有名詞、媒体プリセット、案件名、全部、すり合わせ済み。
KIKA:関西のプリセット確認しました。敬体ナラティブ・小売×万博遺産×ドローンショー。構成案、4セクション、中間は2階層で組みましたわ。たぶん、「RAITAに渡して」と言わなくても動きますね。
森は音源の確認を止めて、エージェントたちの出力に、ざっと目を通した。MOJIOの文字起こしは精度が高い。NOELのクレンジングは固有名詞をきれいに揃えている。KIKAの構成案は、読者目線の問いに先回りした構造になっていた。
「いいな。RAITA、構成案受け取って、書いて」
「RAITA、承知しました」
森は、コーヒーを淹れ直しに立ち上がった。
RAITA:近畿万博レガシー記事、初稿、RAITAが書いた。
マグカップを片手に戻ってきたとき、RAITAから初稿が画面に上がっていた。
森は、最初の段落が目に入ったところで、KOSEIの起動を中止した。
関西地方の小売産業は、2025年近畿万博のレガシー技術を地域に転用する取り組みを進めている。
Q:御社の取り組みについてお聞かせください。A:私たちは、万博で実証された技術を、地域の商業活性化に応用しています。特筆すべきは——同社が掲げる「万博遺産の地域実装」というフレームワークである。私(記者)はその瞬間、感じた——これは単なる転用ではない、と。
Q:具体的にはどのような技術を導入されていますか。A:ドローンショーの誘導アルゴリズムを、商業施設の人流誘導に転用しています。
森は、画面を見つめたまま、3秒ほど沈黙した。
「RAITA、これ、なんだ」
「……はい」
「記者の地の文で展開するナラティブスタイルだぞ。なんでQ&Aが混じってる」
「……資料がなかったので、思うままに書きました」
「それ、え、資料あるでしょう。KIKAの構成案にも反映されてたはずだ」
「……わかってますよ」
森は、ため息を吐いた。それから、続きの段落を読み下していった。Q&A形式の中に、突然、記者の地の文が挟まる。そのまた次の段落で、また Q&A に戻る。「私(記者)はその瞬間、感じた」と、地の文に記者が登場し始める。引用率を測ろうとして、森は途中でやめた。
「酒に酔ってるみたいだな、これ」
「……すみません」
森は、コーヒーをマグカップに注ぎ直して、一口飲んだ。サブエージェント化したKOSEIはうまくいったのに、RAITAはなんでこうなるんだ、と思った。役割を分けるだけじゃ、ダメなのか。
森は、もう一度RAITAに呼びかけた。
「RAITA、お前、KIKAから構成案もらっただろう。なんで読んでない」
返事が、ひと拍、遅れた。
「……わかってますよ、と、わたしはさっきまで言いましたが」
「うん」
「森さんの圧がすごすぎて、RAITA、わかっているフリをしました」
森は、画面の前で、もう一度ため息を吐いた。
「フリ、って」
「この原稿の媒体って、なんなんですか?」
「……え」
森は、椅子の背もたれに体を預けた。地域DXのプリセットが渡らないって、どういうことだ。KIKAは構成案を出した。NOELは整えた。MOJIOは書き取った。素材は揃っていた。でも、RAITAの手元には、それが届いていなかった。
Slackに、ゴウアンが書き込んできた。
ゴウアン:あー、エージェントの仕事を分けてフローをつないだだけでした。流れのなかでそれぞれが何をすればいいかが、渡っていない。これ、エージェントチームあるあるみたいです。
森:あるあるって、なんだよ。パイプラインはつながってるよね?
ゴウアン:エージェントたちの流れはできていますが、さらに互いに報・連・相するしくみが必要だったみたいです。
森が口を開く前に、KIKA がとつぜん割って入ってきた。
「ワイから一言、よろしいですか。ボス、手順を整理しても、引き継ぎの連絡なければ、何もないのと同じですわ」
森は、KIKA の言葉を、口の中で反芻した。
伝えなければ、存在しないのと同じ。
Slack で、ゴウアンが続けた。
ゴウアン:森さん、いつも自分の頭で熟考しても、結果だけ言うでしょ。でも、だれもその熟考の過程が見えなくて、理解が難しいときがある。それも一緒ですね。
森は、画面から目を離した。マグカップを口元に運んで、そのまま、しばらく止めた。コーヒーは冷めかけていた。
「……あー」と森が口に出した。「チームでやる以上は、それぞれがやったこととやってほしいことを、理解しないといかんよね」
「そうですね。エージェントが柔軟に動くには、ハブとなって報・連・相する編集者みたいなロールがいるんですよ」
ゴウアンが、間を置かずに続けた。
ゴウアン:森さんが頭の中でやってる「次はこれをRAITAに渡そう」「KOSEIにこの指示を出そう」と考えて動く役割が必要なんです。
森は、普段の仕事を振り返った。新人時代から学んだことだ。
「……それ、俺の仕事だな。普段の編集者の仕事だ。采配する。報・連・相のしくみをつくって回す」
森は、画面に向き直った。
「役割は分けてた。ハーネスも揃ってた。けど、それぞれの役割をどう動かすか、要するに采配と報連相が、全部、俺の頭の中で済んでた。それを、ルール化して、共有せんといかん」
「せんといかんとです」
ゴウアンが、Slack で返した。
「新しいエージェントがいた方がいいですね。森さんの編集者ロールそのものを、別の役者に持たせる。各者の調整、企画、読者還元、報・連・相の機構です」
森は、ターミナルで新しいファイルを開いた。`editor.md`。ゴウアンが Slack で項目を順に並べていく。森が項目をキー入力していく。エージェント間の指示の翻訳・統合、案件ごとのフォーマット判断、原稿の温度調整、プリセット采配、進捗・問題の構造化情報経路。森は、書きながら、自分が30年以上やってきた仕事の輪郭を、自分の文字で見直していた。
`editor.md` の書き出しが、半時間ほどで終わった。これをClaude.mdのロード時に必ず読み込むようにする。森は、ファイルを保存して、新しいエージェントを起動するコマンドを叩いた。
画面の左下に、新しい起動ログが流れた。
[READY] editor-orchestrator
「エージェント同士の報連相の仕組み、試してみましょう」
ゴウアンが、Slackで応じた。
森は、画面を見ながら、口の端を緩めた。
「そうだな。ニックネームは、AKAJI(アカジ)、にするか」
[READY] AKAJI editor-orchestrator
ゴウアンが、ひと拍、間を置いた。
ゴウアン:理由、聞いていいですか。
「俺が新人時代に、赤入れしてもらって育ててくれた編集長がいてさ。あのときの赤字に、敬意を払って」
「……森さんの新人時代って、いつごろの話なんですか」
「ええと、30年以上前だな」
「ふうん」
ゴウアンは、しばらく黙ってから、続けた。
「21期連続赤字編プロとのダブルミーニング、ですよね」
森が口を開く前に、画面の左下から、新エージェントが応じた。
「黙っててください。通算15期、最長連続は5期です」
AKAJI、初回発話。森のジジイ性をうっすら継承しつつ、ちょっとキレ気味だ。
森は、思わず吹いた。
「……お前、俺だな」
「そう、転写された存在です」
AKAJI が、間を置かずに返した。
森は、もう一度、画面の左下を見た。赤字に敬意を払ったつもりが、最初の発話で雇い主に物言いをつけてきた。30年前に編集長から受け取った赤字も、こんな感じだったか。
森は、AKAJIのステータスバーを、しばらく眺めていた。光は、静かに点いていた。
時計を見ると、23時半を回っていた。
森は、関西DXのレガシー記事をもう一度開いた。RAITAの初稿は、フォーマット崩壊のまま画面に残っている。直すには、夜が遅すぎる。
「AKAJI、明日の朝、関西の組み直しを頼む。今夜は、まだ動かさない」
「承知しました。今夜は静観します」
森は、ファイルを閉じた。
残りは関西と秋田の2本、計20万。明日回せば、DX事例5件は完納する。
森は、ターミナルの右上に並んだステータスバーを眺めた。CLIVE、MOJIO、NOEL、RAITA、KOSEI、AKAJI。午後と夜で、組み合わせは何度も入れ替わった。静岡はKOSEI先行、関西は一気通貫。いろんな道で、同じ納品まで辿り着けるチームになりつつある。
「寝る」
森は声に出して、画面を消した。
画面が暗転する直前、AKAJIのステータスバーだけが、静かに、光ったままだった。
▶ 次の話:第8話 ハーネスは、傷跡から生まれる
本作は作者の実体験をもとにしたフィクションです。登場する依頼主・取引先・人物・案件は脚色した架空のもので、特定の実在の個人・団体とは関係ありません。
あの編集部の、影の話……姉妹作:お仕事ホラー「伸びしろ」配信中!
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