創作大賞2025感想|元2のヨッキ、中年の画期(イセハラのモトニ・コニシ木の子さん)
コニシ木の子さんについて、no+e新参なぼくはほぼまったく存じ上げない。
そう書くと誰かがざわつくだろう。というか、no+e 勢の大勢が(といっても読売ジャイアンツの抑え投手大勢がno+eで記事綴ってるんではなくね)。
”不遜だぞ、恐れ多いぞ貴様ッ−−−−”
的な、不穏な空気が「ゴゴゴ……」と巻き起こってしまうのは、コニシ木さんがーーさっき「みらっちチャンネル」を聴いた結果、「コニシさん」ではない気がしたのでこう表記しようーー
no+eで成し遂げてきたこと、ここでの影響力の持ち方が、マイナーno+erぼくのそれとは比べもんになんないからだ。
巻き起こっていようが、別段気にせず感想書きまする。
東京ローカル 岩男さんの『寿司マン』に感想いった時と全く同じ理由。
「だって、書きたいから書ーく」の発動✨
著者へではなく、『イセハラのモトニ』という作品じたいへ、それのみ発動させて。
東京ローカル 岩男さんについて知らないこととコニシ木の子さんについて知らないことは、天秤で測った時、まったく等しく釣り合うもの。
で、東京ローカル 岩男さんの作品を評するのと、コニシ木の子さんの作品を評するのは、まったく等しい責任があるし、まったく等しいやりがいを感じる。
(つか、岩男さん、引き合いに出し過ぎてごめん。あとかわいくってごめん俺が)
さー、ほんでは、参る。
・この物語はある意味で王道の「行きて帰りし物語」といえる。
居心地の良い喫茶店からメンターことあかりによって連れ出され、大山に冒険し、自分だけの宝物を得、元の場所に帰還する。
旅に出る前とは少し違った自分として。
・ヨッキにとって、ナオミさんはただただ、友達だったはずだ。
「歳の離れた」だとかの修辞は一切不要な。
熱く崇めるものへのーーヨッキとナオミさんなら、例えば谷崎へのーーシンパシーや思いの丈は、人と人の関係性において、彼我の属性をとっぱらってしまう。
アートに限らず、趣味への没入も含むだろう。
『釣りバカ日誌』の社長と主人公の関係がそうだし、追う対象がサッカーのクラブチームや旅先の国であっても同じような関係構築が可能かもしれない。
それは、他者との関係を築く上で、人生の「秘密(秘訣)」あるいは「鍵」となるもの。
・ヨッキやセイセイの駆使する「君は元2なの?」の問いかけも、あるいは関係構築の優れたテクニックといえるかもしれない。
ただし、物語導入部では、根底にあったのはあくまでも「自分らの面白がりのため」でしかなかった。
それが、冒険からの帰還を経て、最終話でのそれ……、結びのセリフ
「それには、譲れない条件が一つだけあるんだ」、
実際には発せられないけれど、「君は元2なの?」が暗示されている。
そこには他者とつながっていく「喫茶店のマスターという、伊勢原という土地に根ざした公共の存在」たらん、という決意すら感じなくもない。
・驚かれるけど、漫画『ONE PIECE』をほぼまったく読んだことがない(コニシ木の子さんについて知らないで驚かれる感じに近い)。
なのでイメージでしかないが、どんどんルフィの元に「いい感じの、頼もしい奴ら」が集まってくるのだとしたら(合ってますか?)、『イセハラのモトニ』もプラスプラス感、同様だ。
とにかく、いい奴らで読んでて爽快になる、アガる。
こんな仲間がいるってだけで、ヨッキの人徳を感じるってものだ。
・「女性ってなぁ、ほんと、誰しもキュートで眩しいぞなもしッ!」
っていう、男(たち)による女性讃歌の粒子が舞っているようにも感じた。
ただし、きっついエロ目は抑えめにて。
変則ボーイ・ミーツ・ガールものである点含め、本作は実はあだち充諸作品の影響下にある、と言えるかもしれない……男女の1:1のステディ関係が、おさまるべきところにおさまると仄めかされる点も。ちょっと自信はないけれど。
・セイセイの心情描写は一切描かれない(他のno+erさんのものす創作大賞では多視点、複数の人物の観点が切り替わる手法の導入も多いが、この作品は終始ヨッキ主観のみで描き切る、語り尽くす)。
よって彼の心の奥は各読者で推し量るしかないが、もしかすると大山山頂で、少し悔しかったのかもしれない、ジェラシー巻き起こったのかもしれない、ナオミさんの自分評、もしくは厚焼き玉子のみにての人物評に。
それで、山を降りながらも早くも、彼は新メニューについて考えはじめていたのかもしれない。
「俺、厚焼き玉子だけの俺じゃないよ」と。「変化できる俺なのよ」と。
ナオミさんとはもちろんこれで終わりじゃなくまた会うだろう、その時に新しいやり方で、新しい笑顔になってもらいたい。
その、純度100%のサービス精神そのものでもあるだろう、セイセイという男が自認する存在意義ってやつは。
・ナオミさんはヨッキに「直線的すぎるよ、もっと思慮深く」そして「もっと色んな人たちと出会いを」と伝えた。
おそらくこのふたつは、相互に深く関わりあっている。
他者を自分の人生に受け入れると、自我だとか「100%自分に向かっていた自意識」って揺らいで、変わって、別の色になっていく。
その最たるものが、子が生活に入り込んできた(親になった)人だけれど、子以外でも他者(人だけでなく、ペットだって含まれる)と深く、自分ごととして関わる人には、この変化が起こっていく。
相手への愛着、理解に努めようという心の働き、いくばくかの責任。
「思うのだけど、口に出しては相手に伝えないこと」が生まれる。
「言わないことによって、増幅する心の澱」が、そこにた(「溜」、あるいは「貯」)まっていく。
その屈託が、時に、内なる秘密になる。
その秘密が、時に、「はなし」の種となる、糧となる。
これはもしかすると、著者が「コニシ木の子」の役割、「なんのはなしですか」を担っていく役割を、Instagram時代のような規模ならずno+e街で大々的に引き受けはじめてから、起きた……、そして今なお日々起き続けているであろう、心の変化や成長が投影されているのかも。
・ラストのラスト、傷心のヨッキに届く救い、福音−−−−ナオミさんのメモ。
「『私は私の物語を書こうと思うわ。ヨッキちゃん。どうかしら、このはなしで別々の物語を作って交換していくのは。あなたの物語が出来たら『鍵』に挟んで渡してちょうだいね。…(中略)…ナオミより』
私は、メモを読み、自然と笑顔になるのを押さえながら『この小悪魔め。読みきれないくらい書いて送ってやるわ』と誓った。」
物語のカタルシスで、読者も自然と笑顔になれる。
この作品が「エンタメ」たる所以だ。
これはもちろん、第1話で言及される谷崎潤一郎の『鍵』の構成ーー盗み読まれることを前提とした日記を書く夫婦の、精神的交わりの話ーーを踏まえてのもの。
「ヨッキさん。あなたが書きつけたメモの中身、あなたの中にある秘密、あなたをあなたたらしめるもののことを、私は知りたい。あなたのことを教えて。そうね、『直線的過ぎない』のレッスンも兼ねて、物語の形式に落とし込んで、私に届けてほしい」
そんなナオミさんの声が、二人を窃視するーーこれも、谷崎の『鍵』を読む時の読者の立ち位置と一緒だーーぼくには聞こえた。
ヨッキの心の耳には、メモの言葉にプラスして、どんなメッセージが響いただろう。
少なくとも、「読みきれないくらい書いて送りたくなった」のは疑いない。
そして、ひらがなで表記される「はなし」が、「なんのはなしですか」の「はなし」と地続きであること、これまた疑いない。
・『6歳のボクが、大人になるまで』という映画(の邦題)になぞらえば……
「本読みのボクが、少し大人になるまで」。
あるいはJOJO第7部「スティール・ボール・ラン」の主人公ジョニィ・ジョースター風に言うならば、
「これは、ぼくが四つん這いで歩き出す物語だ」(←ほんと?)
あーあと、「文豪の書斎」を店の一角に用意していた男が、自ら人間椅子になっちゃう成長物語……😜
・コニシ木の子さんについて、ぼくが知っていることは
「ぼくと、『中年』という括り、自覚において共通点がある」がひとつ。
「この先、こうありたいな」という夢やビジョンを持ちつづけている点も。
これは推察に過ぎないけれど、ラスト近くの展開には、著者の思いがヨッキに向け投入(投影)されていそう。
「ヨッキが成長する」は定められた結末であり、物語の構想段階からの鍵概念だったのではないか。
「晩年」で成し遂げることの布石、伏線。
谷崎が晩年、『鍵』をものにできたように。
なんとなく「画期」という単語が心に浮かんできたので、調べた。
AI(Google AI Overviews)曰く、
「「画期」の意味は、「その分野で新しい時代として区切られること、またその区切り」です。
つまり、過去に例がないような新しい出来事や技術などが登場し、それによって時代が大きく変わるようなポイントのことを指します。
例えば、歴史上の重要な出来事や、科学技術の大きな進歩などが画期として語られることがあります。」
ふむふむ。
やはり、心ある皆を巻き込んでナオミさんへ「素敵」をプレゼントした経験は、ヨッキ的に画期、大きな転換点だったはず。
「ヨッキに画期的」の誤りではない。
「画期」そのものズバリが、ヨッキに来訪。
この経験が、ヨッキに環流するのを、読者はまず確信できる。
来るべき「素敵」は、君のものだよって祝言ぐことができる。
ちなみに、『来ルベキ素敵』だったら、沢田研二さんのものになる。37枚目のアルバムタイトルだ。
なんのはなしですか。
属性を取り払ったひとりの創作の書き手へ、特大のリスペクトを込めて、ひとりの読み手がこの感想を捧げます。
コニシ木の子さん、2年越しの構想(仕切り直し)と執筆、おつかれさまでした。
(扉絵画像は、「丹沢・大山エリアナビ」からお借りしました「大山山頂からの風景」です。画像がクリアじゃなく残念だけど、遠景はぼやっと見える感じってもしや、ヨッキやナオミさんにとってリアルかも……なんつって都合よく解釈f^_^)
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