竜田揚げ立ったの見たニエタッタ語った「たった6文字」に腹立った蔦重、放った5文字。
まずは状況から整理しようか。
竜田揚げが、立った。
それを見たニエタッタが何か語ったのだけど、それをメディアが、
「たった6文字」だったと報じた。
それを聞いた蔦重が、腹立った。
で、「5文字の言葉」を、放った。
とまあこういうことですな。
正直、ニエタッタさんが言った6文字の言葉は、なんでもよくて。
「あらすごいわ」でもいいし。
「いただきます」でも、「そきほどたい」でも、別に。
ここでぼくが言いたいのは
最近やたら(ヤフーニュースとかで)見ませんか?
「たった○文字で表現」「○文字でバッサリ」
的な物言い、それだ。
例
見出しで釣り、記事本文を読まないとわからないような作り。
あれを連発させてしまうスポーツ新聞社やウェブメディア各社編集部の事情は、まったく知らない。
(「東京、雪降るかも?」って最近やたら煽ってくる西日本のテレビ局のお天気記事みたく、発生裏事情がよくわからない。)
ま、やったらビュー稼げたんで量産体制入ってんのかな……、って邪推するぐらい。
いっぽうの、読み手側の事情というか。
どうして、あれにニーズがあってしまう(?)のか。
あれクリックしちゃうときって、どんな心理状態なのか?
のところを考えてみたい。
「無意識に、『クイズの謎解き』的思考が沸いている」。
あるいは、
「誰かがうまいこと言うのを聞くのが、私たちは大好きだ」。
だろうか。
でも今のところ、クリックしても大抵、ガッカリするのだ。
別に上手いこと言えてないから大抵。
読んで「なんだ損した」な気分に。
なので、個人的には、ニュース記事見てて
「たった○文字記事」
に出くわしたら、もうその都度……、
パブロフ犬的な瞬足速で、ぼくは放っていこうと思う。
ここでの蔦重にも、同じく言わせよう。
蔦重もぼくも、腹を立てているのは「ニエタッタさん」に対してではない。
「そう報じたメディアに」であるし、なおかつ「そうやって「⚪︎文字で」なんて言ってアイキャッチを狙いに来ている手合いにプリプリしてんだ。
しかもたぶん、記事、コタツ発だ。
時は満ちた。
発しようじゃないか。
5文字でなら……、
「もういいよ」
「読まない〜」
「スルーする」
……でも。
急にマヨイガ。
とか言ってるけど、人によるかもだなー。
「呂布カルマが『たった5文字』で切り捨てる」
「小川哲が放った『たった5文字』が深かった」
「故郷福岡の魅力を、井桁弘恵が『たった5文字』で表現」
ぬー。これだと、読んじゃうや。
完全に、「誰が言ったか」じゃんか。大事なの。
そう考えてみると、新たな野望が湧くよね。
「クリックされる側の人」に、いつか自分がなりてーや、って。
今はまだ無名人、無名おじさんだけど。
いつかは、きっと……!
とりあえず、現状でやってみるか。
「山本蛇内、最新記事で短ぶりな俺チンを『たった5文字』で造語」(ビ・ッ・ツ・ア・ー)
……あー!ダメそこのあなた、ページ閉じないでッ!!🤣
同じ「記事」、同じ「玉石混淆」でも、ニュースプラットフォームで配信される各媒体の記事と、no+eの記事は、発出の意図が違っているように思う。
前者は、マッドマックス的というか、他人同士の仁義なきビューの戦い。
「アクセスランキング様は、世界一ィィィ!」
あるいは
「見られればよかろうなのだァー!」
の価値観が跋扈する。
後者は、相互で、信頼も交わし合っている。
「なんか、あざとい感じで記事出すじゃん」と思われて、いいことはない。
アイキャッチする技法より、自分が本当に言いたいことを相手にわかるように伝える、その技法をこそ学んだほうがいい、ってなるだろう。
自分も、今は無名時代で修行期間なのよ、と自分に言いつつ、書く技法を日々磨いていかねばな、と思う次第です。
オールドハリー・ロックスさんが毎記事で目指す、「フリーペーパー」感を意識して書いてみた。
タイトルとか、ひとつまみファトラジーみも。
なんのはなしですか的でもあるでしょ?と勝手に思うことにしよっか。
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いつか有料記事に挑戦しますので、その時までチップ取っといてください笑