『母になる』前の私へ~本田健さんの一言から始まった魂の旅~
第1章 運命の言葉
『そこだよね』
『あなたは母方先祖と繋がりなさい』
ここは八ヶ岳。
本田健さんのリトリートセンターの一室。
たくさんの著者が集まる会場で、まるで自分だけが異質な存在のように感じていた。「本を書くなんて、私にできるはずがない」そう思いながらも、心のどこか奥底で《書きたい》という小さな声が叫んでいた。
その声を認めるのが怖くて、ずっと聞こえないふりをしていた。
それでも「参加したからには何か質問しなきゃ」と無理に言葉を探して絞り出したその問いに健さんがどこか遠い目をして答えた。
頭が真っ白になった。
何を仰ってるのかが分からない。
目の前の健さんの顔がどこか冷たく
いつもの温和な健さんとは
別人のように感じて それ以上聞く言葉を失った。
しばらくして理解できないその一言で私の中の何かが『怒り』に変わった。
怒り・・・あの時私は何に怒っていたのだろう
その感情が原動力となって ルーツ探しの旅に出た。この一言が後の人生を導く伏線になるなんて その時は思いもせずに。
第2章 アルケミストの始まり
あの日私は1人の友人だけを頼りに『絶対これだけは参加しない』と決めていた八ヶ岳にいた。
『スピリチュアル作家合宿』
本田健さん主催2泊3日の八ヶ岳合宿
健さんの合宿は他にも開催されていた。
本が好きなだけの私が作家合宿なんて『軽い気持ちで参加してはいけないもの』怖いもの知らずな私にしては珍しくそんな恐れがあった。
恐れていたのは何に対してなのだろう。人は真髄を突かれると恐れが出るのだと分かったのはずいぶん経ってからだ。
頭が『やめろ』というのに心が気になってしょうがない。
そんな頭と心のせめぎあいの中、合宿によく参加していた友人が半ば強引に
『作家という言葉に拘らなくても大丈夫だから参加しなさい』と誘ってくれた。その言葉に後押しされて参加を決めた。
1人初めての八ヶ岳の旅。
特急しらさぎの中、読んでいたのは『アルケミスト~夢を旅した少年~』色々な人に出会い 夢を叶えるヒントを受け取りながら旅する物語。
ワクワクして引き込まれながら読んだ小説。まさか私が今から体験することになろうとは思いだにしなかった。
八ヶ岳のリトリートセンターのドアを開けた瞬間、煌びやかな空気で 緊張が一気に胸に押し寄せた。美しい内装、壮大な景色が見える窓、談笑する人たち・・・すべてが私を試すようだった。
有名な著者さんたちが微笑みながら自己紹介をしていく中、一人、また一人と順番が進んでいく。逃げ出したいてしまいたい気持ちが溢れて 嫌な汗が流れた。
『次の方』みんなの視線が私に集まった。
『ええい、どうにでもなれ!』腹をくくって 健さんの顔を見ないよう横に立った。何を話したのか覚えていない。ただ、心臓の鼓動だけがやけに大きく響いていた。
アウェイを感じながらも精一杯自分を鼓舞して、そこから3日間のセミナーとワークが始まった。
セミナーとワークは技法ではなく感情を揺り動かすもの。
揺り起こされたインナーチャイルドと無視しようとする大人の私。感情の嵐ですぐには整えられない。体験したことのない濃い時間が過ぎると夜は食事会。
健さんが各テーブルを回って自由に質問できる貴重な機会。みんな自由に多彩な質問をしているが、健さんの答えは明朗で長引くことがない。
徐々に私のテーブルに近づいてきた。心臓が鼓動を早めて 頭はフル回転するが何も浮かばない。同じテーブルの人の質問が終わって順番が回ってくる。
ドキドキドキドキ・・・今だ!
焦る私から出てきた言葉は 思いもよらず 心の奥底に眠らせていた想い。
『妊活さんに向けて執着を外すことの大切さを伝えたい。でもそれは 妊活時代自分が一番聞くのが嫌だったことで 受け入れらえない恐怖が強く書けない』
初めの自己紹介の時に「妊活14年でその経験から仕事を始めた」とかろうじて言っていたらしく『あなたはそれを書くべきだ』とアドバイス頂いていた。
でも実際 その仕事を始めてみると 色々な障害が出てきて伝えきれず歯がゆく悔しい想いを重ねていた私。
『もう妊活さん以外の所で仕事しよう』
そんな諦めと共にシフトチェンジしてきた。でも心の奥底にはマグマのように『伝えたい想い』が残っていたのだ。
質問でとっさに出てきた本音に健さんは
『そこだよね』『母方のご先祖さまと繋がりなさい』
・・・今まで見たことのない感情のない顔でその言葉は出てきた。
第3章 ルーツをたどる旅へ
合宿から呆然として そしてなぜか怒りを抱えて戻った。
『わからない、わからない・・・
ソコってどこ?なぜご先祖様なの?』
釈然としない気持ちのまま、それでも頂いた言葉に何かの糸口があるはずだと 尊敬するメンターの言葉に従ってご先祖さまと繋がることを始めた。
私の実家は早くに故郷を離れ、転勤族でどこか漂うような核家族だった。
両親の故郷は東北。夜行列車で一晩かけて帰るような遠い場所。
小さな頃、おじいちゃんやおばあちゃんが近くにいる友達を、不思議な気持ちで見ていた。羨ましいとも思わなかった。会ったことのない存在はいないのと同じだったから。それでも、胸のどこかで「何かが欠けているような感覚」だけは、いつも静かにあった。
そんな母の実家の事情を知ったのは 私が子供を産んでしばらく経ってから。昔のドラマにあるような複雑な事情で、私が祖母だと思っていた人は曾祖母だと母がポツリポツリと語る言葉はかなりの衝撃だった。
辛そうな母の顔を見て、触れてはいけないことのように感じて、その時は深く聞かなかったのだが、今回改めて聞くと祖母は絶縁状態のまま亡くなっていた。今となってはお墓も分からない、まるで他人のような祖母。
私は存在も知らなかった祖母の孤独を、引き裂かれた子供に対する愛を感じて胸が痛んだ。
摩訶不思議にしか思えなかったメンターの言葉は、この私の「欠けた何か」を見つける旅の始まりだった。それは、ご先祖様をたどる旅であると同時に
《私自身をたどる旅》の始まりだった。
今回の話の元となる『あの日母になった私へ』はこちら
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