【創作長編小説】天風の剣 第179話
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
― 第179話 心にかけられた魔法 ―
光と熱が、空を駆け抜ける。
それは、青藍が最期に放った、巨大な破壊エネルギー。
「ルーイ! みんな……!」
その瞬間キアランは、自分の背に四枚の翼が生えることを望んでいた。
きっと、四天王になれば……! 私が、青藍の衝撃波を止める――!
そう誓ったキアランだったが、四天王が相手の衝撃波を止められるというわけではない。手のひらで吸収した四天王アンバーは、彼独自の技であり、珍しい例だった。そのことは今までの戦いでキアランも知っていたはずだった。
今、キアランの手には、蒼井の盾がある。蒼井の盾が、青藍の最期の力を振り絞った衝撃波に、どこまで有効かはわからない。しかしこの瞬間のキアランは、危機を回避するわずかな希望にすがろうとしていた。
どうか、私に力を――!
オニキスと対峙したかつてのように、キアランは四天王になることを切望した。
人としての幸せを捨ててもいい……! 皆が、助かるのであれば……!
あれほど恐れていた変化を、今は望んでいた。
熱い血潮が、キアランの体中を巡る。天風の剣を持つ右手に、蒼井の盾を持つ左手に力がこもる。
父よ、私の身にも、あなたの力を――!
生まれて初めて、父に心から祈り、懇願した。
魂が、震えた。
しかし、キアランの体が金色に光ることはなく、翼が生えることもなかった。
キアランは愕然とする。
私は、やはり四天王には――。
純粋な魔の者ではないキアランが、四天王になることはなかった。
キアランは、気付いていない。危機的な状況だから、最後の希望として変化を望んだ、それだけではなかった。
シルガーやシトリン、アンバーとの交流が、境界を超えることへの抵抗を減らしていた。
どんな存在になろうが、自分は自分である、きっと自分なりの幸せを掴んでいけるはずだ、そう信じることができていたのかもしれない。
青藍の代わりの四天王は、青藍の命の尽きたその瞬間、入れ替わるようにこの世界のどこかで誕生しているに違いない。
いっぽうで守護軍の陣営のごく近くまで来ていた黒裂丸は、大きく体をバウンドさせ、衝撃波から素早く逃れていた。
青藍の衝撃波が、守護軍の陣営をまさに直撃しようとした、そのとき――。
「なに……!?」
見えていた守護軍陣営の輪郭が、大きく歪んだ。そして、空間にぽっかりと大きな穴が開く。
息をのむ。
なんだ、あれは……!
衝撃波の軌道の先に、謎の大きな穴が出現していた。
ゴウウウウウ……。
不思議だった。
不気味な音を立て、衝撃波は穴の向こうへと吸い込まれていく。
「衝撃波が、消えていく……!」
見る間に消えていく、青藍の衝撃波。
奇妙な空間は、激しい光を放つ衝撃波をすべて飲み込むと、現れたとき同様、唐突に閉じた。
しん、とした空。なにごともなかったかのように、吹雪の夜空に戻る。
「皆……、助かっ……、た……?」
キアランの声が、震える。
守護軍の陣営も、なにも変わったところはないように見えた。
キアランと花紺青は、顔を見合わせ、思わず安堵のため息をもらす。
突然出現し、消えた謎の穴。この現象が「空の窓」ではないと、キアランにもわかっていた。実際に、空に穴が開くわけではなく、「空の窓」とはエネルギー上の変化だと、以前アマリアが説明していた。
キアランは、このような空間の穴、歪みを作ることのできる者を知っている。
ひとりは、シルガー。
キアランが、シルガーのほうを振り返る。
「違う。私ではない。そもそも、自分から離れた場所に空間を作るなどという芸当はできない」
だとすると、もうひとり――。
景色が揺れる。先ほど閉じた空間のすぐ近くの空間が、見る間に歪み始めた。
まさか――。
「ふむ。ずいぶんと強力な衝撃波だったな――」
ゆっくりとした、気だるい声。流れるような、長い黒髪。
「おかげで、ずいぶん魔力を使ってしまった」
「オニキス――!」
新たにできた空中の穴から現れたのは、四天王オニキスだった。
ふたたび現れたオニキスは、巨大な姿ではなく人と変わらぬ大きさだった。青藍の衝撃波を自分の作った空間内に取り込み、エネルギーを消化していた。そのことで、大きな力を消費したようだ。
「勝手に、あの女や四聖を、滅ぼされては困る」
吐き捨てるように、オニキスは呟く。
あの女……?
四聖たちというならわかる、あの女とは――、キアランはオニキスの言葉に疑問を抱く。
「あの女は、私が潰す……! 私にかけた、不愉快な魔法を、私の手で断つ……!」
忌々しい、といった様子で苛立ちながらオニキスは叫ぶ。
オニキスは、アマリアが守護軍の陣営の外に出ていることを知らない。
「かけた魔法を断つ……? 四天王に人間が、継続した魔法をかけられるはずがないと思うが?」
疑問に思った様子のシルガーが、オニキスに問いかけていた。
「かけられているのだ!」
苛立ちのあまり、怒鳴り声を上げるオニキス。
「四天王になっても、貴様はあいかわらず私の神経を逆なでする、無駄口の多い男だ、シルガー」
「そんな興味深い魔法があるとは、驚きだな。人間の魔法がかかりやすいのかな、お前は」
「お前も、かけられればわかる! お前こそ、かけられてしまえばいいのだ!」
「なんで私が」
ついシルガーにつられ、自分も無駄口が多くなっていることに気が付いたようで、オニキスは口をつぐむ。
「オニキス。とりあえずは礼を言うべきかな? 力を消耗してまで衝撃波を吸収してくれて、助かったぞ」
シルガーは、素直に礼を述べてしまっていた。
「貴様にだけは、礼を述べられたくはない!」
「なんで私だけ」
「というか、礼を述べられることをした覚えはない! 私は――」
「感心するが――、お前はよく、こちらの言葉に対応してくれるものだな」
「対応、してるわけではない――! つい――」
つい、ペースに巻き込まれてしまうらしい。
「ところで、オニキス。私が四天王になったことについて、感想はないのかな?」
どうでもいい切り口で畳みかけるシルガー。
「訊くな!」
「あるのか」
シルガーは、意外、という様子で聞き返す。
「ふん、四天王になっても、貴様など大したことはない!」
「ほう」
「ほう、って、なんだ!」
オニキスの苛立ちは、頂点に達しようとしていた。
「まったく元気そうだが、どこに魔法がかけられているのだろう」
「心だ!」
叫んでから、ハッとした顔のオニキス。
心……?
キアランは、オニキスの当惑した表情を見て、オニキスの数々の混乱した様子を思い出す。
オニキスの不可解な混乱ぶりは、すべて、アマリアさんと一緒にいたとき――。ということは、あの女とは、やはりアマリアさん――。
キアランは、改めて天風の剣を握る手に力を込める。
オニキス。私が倒さなければならない、因縁の敵――!
「オニキスというのか。それにしても、ずいぶんと変わった四天王だな」
シルガーとオニキスの会話に割って入ってきたのは、キアランではなく、黒裂丸だった。
黒裂丸は立ち上がり、球形の姿から元の姿へと戻る。
「俺は黒裂丸。俺も、一応四聖を狙っている。仇討ちは、もうなくなってしまったが――。ここまで来たら、前進あるのみだからな」
黒裂丸は、堂々と宣戦布告していた。
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