【創作長編小説】天風の剣 第191話
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
― 第191話 悲鳴 ―
ダンとアマリア、それぞれの魔法の杖が光を放つ。
「聖なる白き精霊、魔の者を、討て!」
「清らかな雪よ、氷よ、魔の力を、封じよ……!」
飛び掛かる黒裂丸。ダンとアマリアの魔法が、黒裂丸の体を直撃する。
一瞬にして、黒裂丸の体が球形に変化した。
形が、変わった――。
二人の攻撃魔法の力で変形したのではない。アマリアはそのとき黒裂丸が、ダンと自分の攻撃魔法から身を守るために姿を変化させたのだと推察した。
閃光。そして、轟音と、爆風。
「うっ」
アマリアは衝撃にうめき声を上げ、とっさにバームスの手綱を繰る。
今のは――。
四天王オニキスの攻撃だった。オニキスが、ダンとアマリアの魔法攻撃とほぼ同時に、黒裂丸を攻撃していたのだ。
そうか、あの魔の者が形を変えたのは、私たちの攻撃からではなく、オニキスの攻撃から身を守るため……!
オニキスの黒裂丸への攻撃。四聖であるニイロを奪われないよう、オニキスは黒裂丸に攻撃を放ったのだと、アマリアはその意味を理解した。
なんということなのだろう、と思った。一番の脅威のはずのオニキスに、守られることになろうとは、と。
しかし、不可解だった。アマリアは今、なぜかオニキスの視線を強く感じていた。
オニキスが今見ているのは、四聖のニイロや黒裂丸ではなく私……?
キアランを窮地に追い込もうと、あいかわらず私に着目しているのか、とアマリアは素早く結論を導き出し、急ぎ黒裂丸のほうへ意識を向ける。
黒裂丸はオニキスの攻撃の直撃を避け、球状に変身したあと、大きく方向転換したようだった。
どこへ……!
少なくともダンとアマリアの攻撃は当たったようだったが、どのくらいのダメージを与えることができたのかはわからない。
先ほど突然雪の中から出現したように、雪と氷の大地の中へ素早く隠れてしまったのかもしれない。
オニキスの次の動作を警戒しつつ、黒裂丸の行方を探るアマリアの目の前に、さっ、と空から誰かが降り立つ。
アマリアは、思わず声を弾ませた。
「オリヴィアさん! 翠さん! ご無事で……!」
オリヴィアと翠だった。
「アマリア、ダン、ニイロ! 大丈夫!?」
オリヴィアは、アマリアとダンとニイロの無事を間近で確認し、ホッとしたようだった。
そして喜びも束の間、真剣な声で告げる。
「あの従者、黒裂丸は、物理的な遠隔攻撃を使います。しかもその攻撃は粉砕されるまで、狙った標的を追いかける性質のものだとのこと。気を付けて」
翠が、なにかに気付いたようだった。そして、翠は駆け出す。
テオドルと、ユリアナのほうへ。
「はっ……!」
アマリアは、息をのむ。
黒い球形。それから、通常の姿に。黒裂丸が、ユリアナ目掛け、今にも飛び掛かろうとしていた。
いつのまにかテオドルとユリアナを乗せた馬の足元近くまで、凍った土の中を移動し、そして勢いよく雪と氷を割って飛び出したのだ。
背後に追いついた翠が、黒裂丸を羽交い絞めにしようと腕を伸ばす。
翠の手が触れる前に、ふたたび素早く球形に変化する黒裂丸。そして勢いよく降下し、盛大な音を響かせ土の中へと潜っていく。すると同時に、翠も土の中へ。まるで、水に飛び込むように翠は、土の中へ入っていった。
ドーン……!
またしても、オニキスの一撃。
「テオドルさん、ユリアナさん!」
オニキスの、振り下ろすように放った衝撃波の至近距離にいた彼らだったが、無事だった。テオドルが、しっかりユリアナを支えながら、驚く馬を必死になだめていた。
オニキスは、四聖であるユリアナさんの体が損なわれないよう、放つ衝撃波の威力を調整し、ごくわずかな範囲一点に集中させているんだ。
本当に、皮肉だと思った。今は、オニキスの力が四聖の強力な守りのようになっている。
しかし、あくまでオニキスの狙いは四聖の命。あの従者たちとオニキス、敵のうち、どの魔の者の力が優勢であろうと、危機的な状況に変わりはない……!
「オニキスーッ!」
アマリアが改めて強く気を引き締めたそのとき、突然響き渡る、幼い叫び声。アマリアは、空を見上げる。
あれは、シトリンちゃん、蒼井さん! そして――。
雪の夜空を超え、降りてくる、影。そのとき、アマリアの瞳には、輝いて見えた。特別な、ただひとり、その姿が。
キアランさん……!
キアランの手には天風の剣、そして、キアランの後ろには、花紺青の元気そうな姿も見える。
みんな、無事だった――!
ついに味方も敵も、主要な力がひとつどころに集結した。
もしかしたらこれは、大いなる星たちの導きなのかもしれない――。
これは、定められた運命なのか。
アマリアは、空の窓が開く、その神秘の力が、希望や祈り、欲望や因縁、強い光を放つすべてを、密やかに引き寄せたのかもしれない、そう感じながら、震える眼差しで天を見つめていた。
フレヤは、祈り続けていた。まるで、夢の中にいるようだった。
あたたかい腕。懐かしい香り。母の腕の中に抱かれているようだった。
もしくは。
お姉さん……?
ソフィアの心地よいぬくもり。そうだ、きっとそうだ。お姉さんが、包み込んでくれているんだ、そう思った。
大好きな、お姉さん。強くて、優しくて、どんなときも、自分を慈しんでくれる。ずっと全力で、魔の者の危険から自分を守ってくれた――。
突然、体が揺れる。
地震……?
ぼうっとした頭で、考える。体が、大きくなにかに揺らされたようだった。
そして、心地よいぬくもりから、突然放り出された。
地面が揺れたから……?
今まで感じていた懐かしくよい香りが、奇妙な、恐ろしい不吉な匂いに変わっていた。
目を、覚まさなくちゃ。
不安だった。恐ろしかった。早く、ソフィアの笑顔を見て、安全であると確認したいと思った。
祈り続けなければならない、その思いもあったから、祈りは絶やさなかった。
目を開けようとした。しかし、強いなにかの力で抑えられているようで、なぜか目が開けられないようだった。
どうして? ちゃんと、祈っているのに。
ちゃんと祈っているのに、大きな不安がのしかかってくる。
もう安全な夢の中ではない。
早く、お姉さんの笑顔を!
自分が安堵したいためではなく、ソフィアのために。フレヤは強い意思で目を開けることを試みた。
「きゃあ……!」
悲鳴が、口をついて出た。
目に映るのは、大きな口の、なにか。
耳まで裂けた口の、怪物。
自分の状況に、ようやく気付く。フレヤは恐ろしい怪物の太い腕に、両肩を抑えられていた。
鋭い牙。怪物は、今まさにフレヤを飲み込もうと――。
ドンッ。
フレヤが恐怖で気を失いそうになる前に、強い衝撃を感じた。
「あ……」
次にフレヤの視界に現れたのは、大柄な魔の者。襲い掛かる怪物ではない。
それは以前、フレヤをさらった張本人、かつて敵であった魔の者。
「翠……、さん……」
フレヤの瞳に翠が映ったのは、一瞬だった。
翠は、フレヤに襲い掛かった怪物――黒裂丸――、を弾き飛ばし、さらなる攻撃をかけようと、すでに駆け出していた。
「また、助けられた――」
以前、翠に抱えられて助けられたことを、フレヤは思い起こしていた。
それから、フレヤは気付く。自分の体が、痛みを訴えていた。
痛い……!
痛みを認識すると同時に、ぼんやりしていた意識が少しだけ、はっきりしてきた。
フレヤは、自分の体を見て、さっと血の気が引く。
血がついていた。手のひらにも、胸元にも。
夢の中の不吉な匂いは、血の匂いだったんだ――。
自分の血だろうと思った。しかし、痛みの感覚から、それだけではないような気がした。
誰かの、血……?
まさか、と思った。
「お姉さん……! お姉さんは――!」
ソフィアの姿を探す。
「あ……!」
フレヤは、倒れているソフィアを発見する。
血だらけの、ソフィアを。
「お姉さん――!」
フレヤは、悲鳴を上げた。
◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆
