【創作長編小説】天風の剣 第192話
第十章 空の窓、そしてそれぞれの朝へ
― 第192話 後悔を、しないために ―
白い大地に、黒い花のような血の色。
空を急降下するキアランの瞳に飛び込んできたのは、雪の上、少し離れた位置ではあるが、倒れている二人の姿だった。
一人は、上層部の魔導士。そしてもう一人は――。
ソフィアさん……!
魔導士の体は、降り続ける雪に埋もれつつあり、すでに息絶えているようだった。
そしてソフィアのほうは、ダンが懸命に治癒の魔法をかけている。
そしてそのそばには、ニイロとフレヤ、それから、フレヤを守るように抱きしめるアマリアがいた。
キアランは激しく悔い、そして叫んだ。
「ソフィアさん……! 蒼井の盾を、私が借りなければ、きっとこんなことには――!」
キアランは、唇を噛みしめ自分を責めた。蒼井の盾があれば、きっとソフィアは無事だったに違いない、あのとき、ソフィアから盾を受け取らなければよかったのだ、と。
「違うよっ、キアラン!」
キアランの後ろの花紺青が、キアランの言葉を否定する。
「キアランのせいじゃない、それに、今は――」
すぐそばで感じる、強いエネルギーと大きな音。
シトリンが、オニキスに攻撃を放っていた。
オニキスは、空中に立つ。シトリンの攻撃を、その場から半歩ほどずれる、たったそれだけの動きでかわしていた。
氷のような笑みさえ浮かべ――。
シトリンは、自分のすぐそばにいる蒼井に向かって、声を上げた。
「私はオニキスを! 蒼井っ、蒼井は地上の皆を助けてあげて!」
言い終えるか終えないうちに、シトリンは、オニキスを中心として大きく弧を描くように飛び立つ。
蒼井はうなずき、混乱の地上へと降りていく。
「ふん。うるさいやつめ」
空に響き渡る、オニキスの冷ややかな声。そして、稲妻のような衝撃波をシトリンへと放つ。
シトリンは、思いっきり、あっかんべー、をした。
「狭い洞窟とは大違い、お空は広いもん、ぜんっぜん余裕でかわすもんねーっ!」
びゅう、と風を切り攻撃をかわし、シトリンはオニキスにお返しとばかり、さらなる衝撃波を撃つ。
花紺青は、先ほど途中で言いかけた言葉を続ける。
「キアラン。誰が、どうなってしまっても、もう心を揺らしてはだめだ。今は、今できることをするしかない。もっと、ひどい後悔をしないように」
ひどい後悔を、しないために――。
そうだ、と思った。
反省は、今することじゃない。私は、魔法を使えるみんなと違って、治療することはできない。私ができるのは、戦うことだけ――。
うつむくキアランに、厳しい地上の現実が突きつけられる。
ルーイを抱え、守りながら戦うライネがいた。オリヴィアの魔法の杖が光を放つ。ルーイを狙って襲い来る、黒裂丸に向け。
さらに翠が、魔法攻撃にもひるまず前進し続ける黒裂丸の前に立ちはだかる。
いっぽう魔導士たち四人はというと、ひとつどころに固まっており、魔法の杖を掲げ、呪文を唱え続けている。キアランに詳しいことはわからないが、彼らから放出されるエネルギーの印象から、防御の魔法のように思えた。
蒼井は、テオドルとユリアナのところへ降り立つ。四聖であるユリアナにも、いつ攻撃が及ぶかわからない。蒼井はとりあえず、魔法の使えないテオドルとユリアナの護衛につくことにしたようだ。
しかしテオドルはそのとき、蒼井に剣を向けた。
テオドル……!
キアランは息をのむ。テオドルは――、意外なことに、剣先を蒼井に向けるのをやめ、すぐに剣を収めた。いっぽう蒼井は、ただ馬上のテオドルとユリアナを見上げているようだった。
蒼井とテオドルの間に、なにかしらの会話があったかどうかは、上空から見ているキアランにはわからない。かつて、シトリンと翠と蒼井にユリアナをさらわれ、さらには大勢の大切なひとたちを殺されたテオドル。キアランはテオドルの心中を案じつつ、テオドルが蒼井に対し、どのような行動に出るのか危惧する中、テオドルは――。
蒼井に対し、背筋を伸ばし一度きちんと姿勢を正してから、深く一礼していた。
「キアラン。どうする? キアランは、オニキスとあの従者たち、どちらのほうへ行く?」
花紺青の「従者たち」の言葉で、ハッとし、キアランは少し離れたほうへも意識を向ける。
シルガー、白銀、黒羽は、あの狼のような従者と戦っているのか。
シルガーと白銀と黒羽は、無事のようだった。
四天王オニキス、黒裂丸、赤朽葉。どの敵も強敵であり、戦況はめまぐるしく変わっていく。花紺青の問いに、迷っている時間はない。
「私は――」
一刻も早く、皆のもとへ行きたいという気持ちがあった。四聖の皆を自分の手で守り、地上でアマリアや皆と一緒に戦いたいという気持ちがあった。
空に立つ、黒い影。金色の目が不気味に光る。
キアランの宿敵。そして、世界にとって最大の脅威――。
「オニキスを、倒す……!」
「わかった、キアラン」
花紺青は、うなずく。
シトリンとオニキスの激しいエネルギーのぶつかり合いを縫うようにして、キアランと花紺青は雪風を超えて空を駆ける。
キアランは左手に持つ蒼井の盾を掲げつつ、天風の剣を構える。
キアランは、覚悟する。すべてを救うことはできないかもしれない。
倒れているソフィアの姿が、脳裏に浮かぶ。悔しさと歯がゆさに、心が、体が熱く震える。
呪文を唱え続けても、黒裂丸の動きは止まらない。人々の力が結集しても、従者や四天王の前には無力なのかもしれない。
今という瞬間にできることはひとつだけ。それでも、決して、後悔しないように。
これが、最後の決戦……!
「白銀、黒羽。大丈夫だったか」
シルガーが、尋ねる。上空にいるオニキスの衝撃波が、シルガーたちのいるほうへ落とされていた。
「はい、なんとか無事でおります」
白銀と黒羽は、声を揃え、弾ませた。シルガーの無事と、シルガーが自分たちの様子を案じてくれたことを、喜ぶように。
シルガーは前方に感覚を伸ばし、呟く。
「赤朽葉。やつも、無事のようだな」
う、う、う。
唸り声が、風に乗って聞こえてくる。
シルガーは、目を見張る。
「これは――」
奇妙な感覚。かつて、戦った魔の者。シルガーの心の中に、そのときの戦いの記憶が蘇っていた。
吹き荒れる雪風。その向こうに、光る眼。
眼は、なぜか六つあった。
う、う、う。
シルガー、白銀、黒羽の目の前にいたのは、三頭の、狼。
「これは……! 赤朽葉、か……!」
赤朽葉の体が、三っつ、三頭の狼に分裂していたようだった。
似た姿の魔の者がいるということは、とりたて珍しくはない。似た能力を持つ魔の者がいるというのも、特に不思議なことではない。
しかしそのときシルガーは、獣たちを操るあの従者――赤目――を、思い出していた。
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