第6話:一緒にいるのに、孤独を感じる私ーASDと愛着障害の二人
※この物語はフィクションです。ただし、実際の心の葛藤や体験をヒントに描いています。
第6話 私の世界
彼の過去を知ってから、私たちの関係は何も変わっていないようで、少しだけ違って見えた。
彼の言動一つひとつが、私には彼の世界を構成する大切な要素のように感じられた。
それは、私にとって、まだ知らない言語を学ぶようなものだった。
その日、私たちはいつものように彼のアパートにいた。私は、彼が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
「ねえ、私の小さい頃の話、聞きたい?」
ふと、そんな言葉が口からこぼれた。
彼は私の顔をじっと見て、少し考えてから「うん」と頷いた。
私の母親は、とても忙しい人だった。朝早くから夜遅くまで働き、いつも疲れていた。私は、そんな母に迷惑をかけたくなくて、良い子でいようと努めた。
私は大勢でいるのが苦手で、いつも、気の合う友だち数人といることが多かった。大声で笑い合うことや、感情をあらわにすることに、なぜか違和感を感じていた。
家に帰っても、誰も私の話を聞いてくれる人はいなかった。
母は、私の話を聞いている余裕がなかったし、父は、いつも家にいなかった。
ある日、学校で転んで、膝から血を流して帰ったことがあった。母は、私を心配するよりも、血がついた服を見て「また洗濯が増える」とため息をついた。
私は、その時、自分が世界で一番いけないことをしたような気がした。
それから、私は、誰にも頼らず、一人で生きていける強い人間になろうと決めた。
でも、本当は、誰かに甘えたくて、誰かに「大丈夫だよ」って抱きしめて欲しかった。
私の言葉は、どこにも行き場がなくて、心の中で迷子になっていた。
私は、一人っ子だったから、家にいるのが寂しかった。
ペットを飼いたいと両親に言ってみたことがあったけど、忙しいからと、あっさり断られた。
学校では、時々ウサギが生まれて、飼い主を探すために抽選が行われていた。
ある日、私は、もし当たれば飼ってもらえるかもと、生まれて初めて、自分の気持ちに素直に従って、応募してみた。それは、私にできた、唯一の反抗だった。
でも、私の願いは届かず、抽選には外れた。
私の孤独を誰にも話せず、その感情は、心の中でずっと迷子になっていた。
彼の前で、初めて私の心の奥底にある孤独を言葉にした。
彼は何も言わず、ただじっと私の話を聞いてくれた。その目は、まるで新しい法則を発見したかのように、真剣だった。
「僕には、君の気持ちがよく理解できない」
彼がそう言った。
私は、彼の言葉に、少しだけ心が痛んだ。
けれど、同時に、安堵もした。
彼は、私の話を無理に理解しようとせず、ただ「分からない」と言ってくれた。
それは、私の孤独を否定しない、彼の精一杯の優しさだったのかもしれない。
この日、私の心は、少しだけ軽くなった。
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