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アドラー心理学を捨てたくなった瞬間、全部書く#4

―「今ここを生きろ」が刺さりすぎて苦しかった僕が、“自分を失わずに前へ進めた理由”(適応障害回復期の実話/今日からできる小さな実践3つ)


こんにちは、のあです。アドラー心理学を実践する中で、アドラー心理学をもう捨てたい!、と思ったことを書いていきます。


「アドラー心理学って、なんか良さそう」
「嫌われる勇気、気になる」
「でも、実践ってどうやるの?」

もし今あなたが、そんなふうに思っているなら。
今日の話は、たぶん他人事じゃありません。

僕はアドラー心理学に出会って、少し大袈裟ですが、救われました。
人生の見え方が変わったし、呼吸もしやすくなった。

……でも同時に、何度も思ったんです。

「アドラー心理学なんて知らない方が、楽に生きられたかもしれない」って。

矛盾してますよね。
救われたのに、捨てたくなる。
救われたのに、苦しくなる。

今日はそんな、ちょっと情けなくて、でもすごく人間っぽい話をします。
深刻になりすぎないように書きます。
だって、僕の人生、基本いつも“まじめに悩んで、ちょっとズレてる”ので。


「回復してきた頃」が、一番しんどかった

これは今から少し前、僕が適応障害から回復して、社会人生活に馴染んできた頃の話です。

定期的に通院していて、
「まあ、前よりは大丈夫」
そう言えるようになってきた時期。

でも、こういう時期って不思議で。

底から這い上がってる最中って、
意外と“生きるのに必死”だから考えないんですよ。

問題は、少し元気になって、空が見えるようになった時。

ある日、病院の帰り道。
青い空がやけに綺麗で、僕はふと立ち止まりました。

その瞬間、頭の中に浮かんだのが、あの言葉です。

「今この瞬間だけを見て生きる」
「今、ここをダンスするように生きる」
「目標など、不要」

…そうだった。

そうだよね。

その時の僕は、空を見上げながら、こう思いました。

「できたつもりになっているだけじゃないか」って。


僕は“今ここ”より先に、逃げ道を作りたかった

アドラー心理学を知ったときの僕は、
心の底からそう生きてみたいと思いました。

今ここを大事にして、
人の目を気にしすぎず、
自分の足で立って、呼吸して、笑って。

それができたら、どんなに楽だろうって。

読書で世界が広がった僕は、著者のセミナーに参加するようになりました。
「本の外側」にも答えがある気がしたんです。

そして30代。
僕は恥ずかしいほど詳しくない音楽の世界に飛び込みました。ギターです。

正直、最初は“憧れ”だった。
でも向き合い方が、ちょっと違った。

たぶん僕は、ギターに打ち込むことで、
現実から逃げてた部分もありました。

仕事、対人関係、自分の弱さ。
全部が怖かった。

だから僕は、音の世界に潜った。
弦を押さえて、鳴らして、失敗して、また鳴らして。

その繰り返しの中にいると、
少なくとも“自分が自分でいられる時間”があったから。

僕は当時、半ば本気で思ってました。

**「何かにならないと、変われない」**って。


アドラー心理学は、優しい顔して刺してくる

アドラー心理学って、優しいんですよ。

「あなたは変われる」
「あなたは選べる」
「過去じゃなく目的で動いてる」

言葉だけ見たら、本当に救いです。

でも。

たまに自分で、
**“救いの言葉を、刃物にする”**

だって、こう聞こえちゃうから。

「変われるよ(変わらないのは君の責任だよ)」
「選べるよ(選ばないのも君の選択だよ)」
「目的で動いてるよ(つまり全部、君が選んでるよ)」


……そうなんだけどさ。
たまに、その事実が、少し重いときがある。

アドラー心理学が悪いわけじゃない。
むしろ正しい。

でも正しいって、しんどい。

僕は何度も思いました。

「アドラー心理学を知らなければ、こんなに自分と向き合わなくて済んだのに」

**「知らない方が、もっと楽に生きられたかもしれない」**って。

苦笑いしながら。


知ることは、変わるための第一歩…でも、たまに重い

「知ることが変わるための第一歩」
確かにそう思います。

アドラー心理学に出会っていなければ、
きっと今も僕は、弱っちいまま、毎日グレーな同じ日々を繰り返していた。

でも、知ってしまったら戻れないんですよね。

戻りたくない。

“自分の人生を、自分で生きる”っていう世界に、
一度足を踏み入れたら。

後先考えるのをやめて、散々、他人からとやかく言われたこともありました。

「そんなことして意味あるの?」
「現実見なよ」
「何歳だと思ってるの?」

言われた。
何度も言われた。

でも僕は、自分と向き合うことだけは手放さなかった。

その結果、何度、気が狂うかと思ったか。

正直、1回や2回じゃないです。

でも、今は思う。

メンタルダウンの一回や二回、
自分を失わないように生きてたら、あるよねって。

僕はどうにかこうにか、自分らしく?生きてる。

20代のどん底にいた頃の僕は、絶対に想像できなかった。

よくここまで歩いたな…って、たまに思います。


それでも僕が、アドラーにしがみついた理由

じゃあ、なんで僕は、捨てたくなりながらも、
アドラー心理学にしがみついてこれたのか。

答えはシンプルでした。

僕が納得してしまったのは、この2つです。

  • 誰かに自分から与えること

  • 他人が協力的でないとしても自分から始めること

これをやると、
「相手に認められたから自分が保てる」じゃなくて、
**「自分で自分を保てる」**感覚が育っていくんです。

僕はずっと、誰かの評価で生きてました。
怒られないように。
嫌われないように。
ちゃんとしてるって思われるように。

でもそれって、
自分の心のハンドルを、他人に渡してる状態なんですよね。

アドラー心理学は、そこを静かに取り返してくる。

「自分で握り直していい」って。

その感覚を覚えてしまってから、もう戻れませんでした。

自分を犠牲にせず、でも誰かに貢献する。

その姿勢を大事にして生きていたら、気づいたら今こうして、noteという場所で書いていました。

あの頃の僕が知ったら、たぶん言うと思う。

「え、僕が?文章で?」って。

いや、僕も思ってる。
今でもちょっと信じてない。


今日からできる、“軽い”実践だけ置いていきます

ここまで読んでくれたあなたに、
壮大な理想は押しつけません。

むしろ、こう言いたい。

壮大じゃなくていい。
…というか、壮大じゃない方が続きます。

ここからは、僕が回復期にやってよかったことを、
「今日からできるレベル」に落として置いていきます。


① 自分が気になったことを、自分のペースで始めてみる

いきなり人生を変えなくていい。

“ちょっと気になる”
その火種を、そっと育てる。

それだけでいいと思います。


② 自分が苦しいことは、手放していい

続けるって、根性じゃない。

苦しいことを握りしめてると、
本当に守りたいものまで手放しちゃう。

だから先に、苦しい方を離す。

それは逃げじゃなくて、回復の技術です。


③ 宣言しなくても、自分の中で誰かに向けて続けてみる

「僕、これやります!」って言わなくていい。

言うと、周りの声が増えます。

「いつまでやるの?」
「それ意味あるの?」
「できる訳ない」

……うるさい!笑

でも、続ける動機が自分の中にあれば大丈夫。
静かに続ける人が、いちばん強いです。
そして、続けてる人に出会えます


④ 違ったら、やめてもいい

これ、とても大事。

続けるためには、諦める余裕が必要です。

やめることを許せると、
不思議と“また始める余裕”が残ります。


「今ここを生きる」は、完璧じゃなくていい

最後にひとつだけ。

「今ここを生きる」って、
毎日ずっとダンスしてる人のことじゃないです。

僕は、たぶん踊れてない日が多い。

行き詰まっては立ち止まり、空の色を確かめる。
そんなことを、何度もしてきました。苦笑

でも、それでもいいと思う。

青空を見て立ち止まれた日。
自分の心に気づけた日。
「今日は無理」って認められた日。

それも全部、“今ここ”です。

アドラー心理学を捨てたくなった日も、
僕にとっては大事な一日でした。

だって、捨てたくなるほど真剣に向き合ってた証拠だから。

あなたもきっと、そう。


まとめ:あなたはもう、ちゃんと進んでる

もし今、あなたが

「分かってるのにできない」
「理想と現実の差がつらい」
「自分にがっかりする」

そんな夜を過ごしているなら。

大丈夫。
それは“ダメな証拠”じゃなくて、
自分の人生を生きようとしてる証拠です。

変わるって、派手な革命じゃなくて、
小さな選択の積み重ね。

今日のあなたが、少しでも呼吸しやすくなっていたら。
僕はそれだけで、この記事を書いてよかったと思います。


👉 このシリーズでは「アドラー心理学を捨てたくなった瞬間から、学んだこと」を、これから少しずつ書いていきます。

このnoteが、あなたが本来の自分を取り戻す小さな追い風になれたなら、心から嬉しいです。

一緒に、ゆっくり成長していきましょう🍀よかったらスキやフォローで繋がってくださいね☺️


【フォロワーさんの記事紹介】

〜今日の心の整え方〜

【あいさん💗Iカウンセリングルーム セラピスト/ 臨床心理士×公認心理師|支援歴16年・2,000名超 さん】の記事です。

※僕が勝手に紹介しているので、削除希望がありましたら、お申し付けください。


僕が記事を書くときに、チャットGPTによく言われることがあります。

「揺れている」自分で書いていく。

あいさんの記事を読んで、
自分がずっと無意識にやってきたことを、
言語化してもらったような感覚になりました。

・自分を支える土台がほしかったこと
・“運がいい人”は特別なのではなく、
 少し多く打席に立っているだけかもしれないこと
・16年学び続けても、人は揺れるということ

どれも、静かなのに、僕には深く刺さる言葉でした。

揺れながら立つ人の言葉には、体温があるんだなと思いました。


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自己紹介記事




この文章が、読みやすいと感じた方へ

ここまでこの記事を読んで頂きありがとうございます。

もしこの記事を読んで、
「自分事のように感じた」
「最後まで、スッと読めた」

そんな感覚があったとしたら──

僕は文章を書くとき、
気持ちをそのまま並べるのではなく、
人が“自分のことだ”と感じやすい順番で、考えを置いています。

共感できる場所があって、
少し安心できる視点があって、
最後に「じゃあ、どうする?」が自然に浮かぶ。

この流れがあるだけで、
文章は「読むもの」から「自分の話」に変わります。

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