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縄文エコミュゼへの道 02|なぜ、いまエコミュゼなのか

エコミュゼ(écomusée)は、1971年、フランスの博物館学者ジョルジュ・アンリ・リヴィエールとユーグ・ド・ヴァリーヌによって生み出された博物館学の概念です。しかし、それは単なる博物館の新しい形態ではありません。

従来の博物館が「建物+コレクション+来館者」という図式のうえに成立していたのに対し、エコミュゼは「テリトワール(領域)+ヘリテージ(遺産)+コミュニティ」という三位一体をその概念の基本に置いています。
つまり、地域そのものが舞台であり、地元の人々が「遺産の真の守り手」であるという思想が込められているのです。そしてそこには、自然や文化を保護と観察の対象として「外側から見る」ことへの根本的な問い直しがあります。

ただ、半世紀が過ぎた今、エコミュゼという言葉は形骸化しつつあります。日本でも「エコミュージアム」として普及した概念は、いつしか地域資源の展示・観光活用という文脈に変化しました。
その根底にあった哲学、"人と自然と共同体の不可分な関係性"を「保存」するのではなく「生きたまま継承する」という精神も今や消えつつあります。それゆえ私は、あえてフランス語の原語「écomusée」に立ち返ることから始めたいと思っています。

では、なぜいま、エコミュゼなのでしょうか。
答えは逆説的に聞こえるかもしれませんが、私たちが失ったものの輪郭が、ようやく見えてきたからです。
これまでのエッセイで述べてきたように、近代は世界を「人とそれ以外」に分けることで巨大なシステムを築き上げてきました。しかしその過程で、「人は自然に支えられて生きている」という、ごく当たり前の「命への手触り」を不可視化してしまったのです。それと同時に、自然への感謝の念も。。

SDGsをはじめとする制度的・技術的な解決策が次々と生まれるにもかかわらず、現代社会が抱える問題の根は深まる一方です。なぜなら、問われているのは新しい制度や技術ではなく、どのような世界観を拠り所に生きるか、という根本的な姿勢だからではないでしょうか

縄文時代の人びとは、人と自然を切り分けることなく生きていました。そこには「野生の思考」ともいうべき知の集積があります。
気候変動など環境変化の圧力に耐えて適応し回復する適応力。縄文社会が長期間存続した意味は、サスティナブル(持続可能性)ではなく、むしろレジリエンス(回復可能性)にあると言えます。

この認識に立てば、縄文を核としたエコミュゼの目的地が見えてきます。
それは従来の文化財保護でも、消費されるだけの観光振興でもありません。「人は、もっとも小さな自然」というテーゼを、知識としてではなく、身体と感性で伝える「場」の創出です。
遺跡に立ち、悠久の時間を感じること。
食を通して、自然の命が自分の命へと移行する感覚を思い出すこと。
アートを通じて、人と自然の間に張り巡らされた見えない関係性を可視化すること。
そのすべてが、この「場」での実践となります。

縄文をテーマとしたエコミュゼとは、固定化された世界観を更新し、「価値のイノベーション」を探求する博物館活動です。
そしてそれは、人と自然の関係性を根底から見つめ直し、何を豊かさと呼ぶのかという基準そのものを問い直す営みでもあります。

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