2025/08/30母の抱いた寂しさと希望 〜夏の終わりに思うこと〜
2025/08/30
猛暑の朝。窓を開けると、焼けつくような日差しと熱風が一気に流れ込んできた。
8月も終わるけれど、体感はまだまだ真夏そのもの。
久しぶりのピアノ教室を終えて、帰宅後にテレビをつけると偶然「わんわんワンダーランド」が放送されていた。
流れてきたのは懐かしい「ワンツー!パンツー!」の歌。思わず口ずさむと、隣にいた次女が不思議そうに聞いてきた。
忘れられた愛しい記憶
「ママなんで知ってるの?ママが小さい時の歌?」
次女の素朴な疑問に、私の中でザワザワが広がった。
「え、あなたが小さい時に毎日のように歌っていた歌だよ?」
「えー覚えてない、初めて聞いた」
育休中、あんなに毎日一緒に歌っていたのに。
覚えていないと言われた瞬間、胸にひやりと寂しさが走った。
こんなにショックなことがあるだろうか。
でも、2〜3歳の記憶なんてそんなものかもしれない、と自分を納得させようとする。
それでも本音は、やっぱり少し寂しかった。
夕方には親族で集まっての食事会があり、帰宅は20時40分。子どもたちは眠そうにしながらも、ベッドに入る前に長女がぽつりとつぶやいた。
「ついに夏休み終わっちゃうのか…」
その言葉に、私の胸の奥にまた別の感情が広がる。
愛情は形を変えて残っているもの
楽しかった時間を惜しむ声は、子どもが成長した証でもある。覚えていない幼少期の歌もあれば、こうして自分の言葉で季節を惜しむ姿もある。
消えていく記憶もあれば、確かに積み重なっていく心の成長もあるのだと気づかされた。
「覚えていない」としても、あの頃一緒に過ごした時間が無意味だったわけではない。
その時間に感じた安心感や愛情は、きっと彼女たちの中に別の形で残っているはず。
今この瞬間を大切にする
子どもとの時間は、未来の思い出のためだけにあるのではない。今日という日、今ここに流れている愛おしい瞬間そのものに価値があるのだと思う。
2週間ぶりのピアノ教室。
夏休み最後の家族の時間。
親族で囲んだ会食。
どれも二度と繰り返せない。
今日だけの特別なひとときだった。
3歳と1歳の頃に歌っていたあの歌声と笑顔は、私の宝物として心に残っている。
それだけで十分なのだと、今は思える。
子どもが覚えているかどうかよりも、今ここにある愛情を丁寧に注ぐこと。
一緒に歌ったこと。
絵本を読んだこと。
抱きしめたこと。
記憶に残らなくても、その積み重ねはきっと子どもたちの根っこを支える力になるのだと信じたい。
心に留めておきたいこと
夏の終わりは、いつも心が揺らぐ。
「もう少し一緒にいたい」という気持ちと、「成長を応援したい」という思いが交差するから。
記憶はやがて薄れても、愛情は形を変えて残り続ける。そう信じて、今日の時間を丁寧に抱きしめたい。
今ここにある愛しい瞬間を、見逃さないように。
あなたも今日、何気ないやりとりの中に、かけがえのない一瞬を見つけたのではないでしょうか。
覚えていなくても、その時間は確かに心を温めてくれているはずです。
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