2025/09/10 日常に潜む小さな贅沢 〜朝のボーナスタイムに思うこと〜
2025/09/10
少しずつ明るさが滲んでくる頃、家族がまだ静かな眠りに包まれている中で、私だけの一時間が始まる。
コーヒーを淹れる音さえ控えめに響くキッチンで、今日もまた「ボーナスタイム」を迎えた。
本を開いてもいいし、日記を書いてもいい。
けれど何もしないで、ただコーヒーを味わうことが一番の贅沢に思えたりする。
忙しさに追われる日常の中で「何もしない」を選べる時間こそ、私にとっての豊かさなのだな。
そんなことを考えながら、今日という一日の始まりを静かに味わっていた。
贅沢と浪費の境界
暮らしの中で「贅沢」と「浪費」の違いはどこにあるのだろう。
私にとって、心に残り経験や思い出に変わるものは「贅沢」、ただ消えていくものは「浪費」だ。
家族旅行や、読みたい本を発売日に買うこと、朝の一杯に茶葉を少し多めに使うこと。
靴や鞄、毎日使うものだからこそ少し良いものを選ぶこと。これらは私の暮らしの質を底上げしてくれる、大切な贅沢だ。
本当の贅沢は、非日常ではなく日常の中に隠れているのかもしれない。
子どもがくれる日常の非日常
子どもたちと過ごす一日一日は想定外の出来事の連続で、退屈とは無縁だ。子どもがいるだけで毎日が非日常になる。
チアの練習後、シール交換に夢中になる長女。
「私はまだ幼いイメージだからさ」と笑いながら6年生への相談を避ける姿に、思わずこちらも笑ってしまう。相談することでイメージを壊したくないらしい。
一方で、次女はお姉さんたちに発表会の動画を見てもらい、たっぷりと褒めてもらったことで自信を深めている。
そんな瞬間に立ち会えること自体が、親としての贅沢なのだと思う。
豊かさを選び取る視点
夫にとっての豊かさは「人生をかけて成し遂げた」と思える何かを持つことらしい。
それもまた素敵で、私とは少し違う価値観。
大切なのは、贅沢の形はひとつではないということ。
私にとっての贅沢は、今日の一杯のコーヒーや、子どもたちの笑顔、少しの自由な時間。
あなたにとっての「贅沢」とはどんな瞬間でしょうか?
きっとそれは、特別な日ではなく、すでに日常の中にあるのかもしれませんね。
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最後まで読んでくださって、
本当にありがとうございました!
温かいスキやコメント、いつも感謝です。
特別なことではなく。
今ここにある小さな幸せに気づけること。
「小さな幸せを感じる力」が、
忙しい毎日をやさしく変えてくれますように。
また明日も、一緒にゆるやかにいきましょう。
では、また!
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