2025/10/19毎日投稿9ヶ月経過 〜素直になって変わったこと〜
2025/10/19
曇り空の下、ときおり細かな雨が窓を叩く朝。
窓を開けると、湿った風がカーテンを揺らした。
金木犀の香りがまだかすかに残っている。
「9ヶ月、続けてきたんだな」
数字を眺めながら、ふと思う。
この1ヶ月、静かに確実に何かが変わっていった気がする。
殻が、少しだけ外れたような感覚。
それは、自分の中にあった「遠慮」と向き合った時間だったのかもしれない。
「押しつけがましい」という呪縛
「自己表現はしたいけれど、押しつけがましく感じられたくない」
ずっと、この気持ちが強かった。
「フォローしてください」と言うのが厚かましく感じる。「私なんて…」という気持ちが付きまとう。
「スキが嬉しいです」と書くのが、見返りを求めているようで抵抗がある。
人からの評価や反応を必要以上に求めるのではなく、「共感してくれる人が自然に集まってくれれば嬉しい」そんなスタンスにこだわっていたように思う。
意識していたわけではないけれど、こだわりだったのかもしれない。
でも、それって本当に「相手を思ってのこと」だったんだろうか?と思う。
実は、「傷つきたくない自分」を守っていただけだったのかもしれない。断られるのが怖くて、拒否されるのが怖くて、最初から声をかけずにいた。
そう気づいたとき、少しだけ胸が痛んだ。
「主張」ではなく「選択肢の提示」
なんだか違うなと思い始めて、考え方を変えてみた。
これは主張ではなく、相手に行動のきっかけを提示するだけなんだと。相手に負担をかけない「選択肢の提示」だと思えば、案外すんなりと受け入れられた。
「応援してほしい」
「励みになります」
素直に伝えてみた。
すると、数字よりも、確かに変わったものがあった。
この9ヶ月で、298記事を書いてきた。
ありがたいことに、少しずつ数字は伸び続けている。
「応援してほしい」と素直に言えるようになったこと。
「スキ」をもらえたとき、数字ではなく心が届いたと感じられるようになったこと。
数字は、単なる数字じゃなかった。
それは、「言葉が届いているよ」という合図や応援。
書くことで、人との距離を少しずつ、やさしく縮められるようになった。
私の中ではとても大きな変化。
「ちゃんとできてない自分」を責める癖
最初は、日々の気づきを残すために書き始めた。
けれど、「整えられていない暮らし」「感じ取れていない私」を責める材料にしてしまうことが度々あった。
書くことが楽しみや癒しから義務に変わる瞬間。
「ちゃんと」と思わなくても、大丈夫なのだけれど。
それを「意識高く」「言語化して」「整えなきゃ」と思ってしまうあたりが良い部分であり、悪い癖だと思う。
「ちゃんと」と思わなくても日々を積み重ねている。
途切れそうになっても、続けられる自分を知っている。
旅行中の1日だけ、投稿しなかった。
無理する必要ないかなって思った。
でも、翌日には「甘えだったかも」と自分責めが始まる。誰も責めていないのに。
「無理しない」という、その判断ができたことも、9ヶ月続けてきたからこその、私なりの小さな自信だったのだと思う。
「整えること」より「素直でいること」
9ヶ月続けてきて、一番変わったのは、「ちゃんと整える」ことより「楽しんで素直でいる」ことを選べるようになったことかもしれない。
遠慮も必要。でも、素直さも大切。
あなたは飲み込んでいる言葉はありませんか?
もし少しでも心に引っかかるものがあったら、それは「伝えどき」のサインかもしれません。
私なりにバランスを取りながら、これからも言葉を残していきたい。自分のペースで日々の記録を積み重ねていけばいい。
あなたは、何のために「続けて」いますか?
この9ヶ月を共に歩んでくれたあなたへ。
今日もここまで読んでくれて、本当にありがとうございます。
あなたのおかげで、私は今日も言葉を残せています。
明日からの一歩も、やさしい気持ちで進めますように。
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▶︎「続けたい気持ち」をそっと後押ししたい!
「続ける私の静かな記録帖」としてまとめました。
▶︎ あなたは、自分で上げたハードルに
苦しんでいませんか?
▶︎ 誰かのペースに合わせること。
それも、愛のかたち。
気になるものからどうぞ♪
最後まで読んでくださって、
本当にありがとうございました。
この瞬間の「共有」が、
私にとって何よりの宝物です。
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応援していただけると嬉しいです。
無理なく、少しずつ。
どうかあなたの日々にも、静かな自信が積み重なりますように。
では、また!
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