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[映画]『アステロイド・シティ (ウェス・アンダーソン監督/2023)』


ユナイテッドシネマ浦和

データ

 原題: Asteroid City
 監督: Wes Anderson
 製作年度: 2023
 製作国: アメリカ
 アスペクト比: 1:2.35f
 時間: 1h45
 公開日: 2023年9月1日
 鑑賞日: 2023年9月9日
 配給: パルコ=ユニバーサル映画

感想

 以下は2023年9月9日にmixiに掲載した文章を転載しています。

 「アステロイド・シティ」という舞台劇の製作過程をテレビで放映する様子を描くという、怖ろしくまどろっこしい構成のドラマ。

 テレビで放映する舞台準備のシーンはモノクロ・スタンダード、当時(1955年設定)のテレビ放映の追体験。

 一方で舞台劇の再現に相当する部分はカラーでシネスコで表現される。アメリカ中西部の隕石落下に伴う巨大なクレーターが売り物の田舎を舞台にしている。実際はスペインでオープンセットを組んでのロケーション撮影。昔のマカロニウェスタン方式か。

 舞台裏(ノンフィクション)と劇(フィクション)を並行して描くスタイルかと思いきや、フィクションの世界で自分の役柄に行き詰まってしまった主人公が舞台裏の作家に作品の意図を聴きにいくというシーンもあり、混乱してしまう。

 こう書くと方向性の定まらない、とことん自己満足的な作品のようだが、実際にはどんどん映画にひきこまれてしまった。終わって欲しくない、ずっと見続けていたい、という想いとともに映画を観終えた。

 ということで観終わったあとにこの上無い幸福感を覚えた作品だった。パンフには深読み解説がいろいろ載っていて、なるほどと思いつつも、別に要らないとも思った。

 それにしてもオープニングの魔術的な構成には参った。ここだけでも観直したい。このとことん技巧的な始まり方は他に類がない。

 初期の『ロイヤル~』『ライフ~』の頃も好きだが、『グランド~』『フレンチ~』と、より私の好きな作風になってきていて、ウェス・アンダーソンは新作を楽しみに待てる数少ない監督の一人となった。

追記 (26/2/14)

概要とコメント

 テレビ放映の部分はモノクロでスタンダードサイズ(ブラウン管サイズというべき?)、ドラマの部分(舞台劇を映画的に描いた部分)はカラーでシネスコサイズ。前者はBW/SD、後者はC/CSで記載。

テレビプログラムの開始 (BW/SD)

 "WXYZ-TV チャンネル8"のマークが表示される。ステージ上、スポットライトを当てられた司会者(ブライアン・クランストン…)が、"本日のTVプログラム"を紹介する。

 司会者を演じるのは『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男 (Trumbo/2015)』でダルトン・トランボを演じてアカデミー主演男優賞にノミネートされたブライアン・クランストン。

 内容は、作家コンラッド・アープ(エドワード・ノートン)がTV用に書き下ろした新作舞台劇「小惑星の街(アステロイド・シティ)」について創作過程から描くというもので、舞台や登場人物含めすべて空想のものだが、"現代演劇の内幕を忠実に再現している"と司会者は説明する。

 そして咥え煙草でタイプライターを叩くアープが紹介される。司会者は"タイプする男を見ていてもつまらない…創作の苦悩の数カ月もパスして先に進む"と宣言する。

 そして劇団員との初めての読み合わせの場となり、ここからは出来上がった原稿を手にアープが設定を説明する。セット、背景などを細かく指定し、役者と役割を簡単に説明する。

 そして時代設定が1955年9月、3幕もので、それぞれ「第1幕 金曜の朝 7時」、「第2幕 翌日」、そして「第3幕 1週間後」と説明すると照明が落ち、微かに音楽が鳴り始める。

オープニング (C/CS)

 画面が切り替わると暖かな色彩のシネスコ画面となり、Johnny Duncan and the Blue Grass Boysの「Last Train to San Fernando (1957)」に併せてオープニングクレジットが流れだす。ジョニー・ダンカンのこの曲はなぜか全英チャートで2位まであがる大ヒット曲らしい。

 砂漠を滑走する650両の貨物列車をカットでつなぎつつ右側にスタッフ・キャストのクレジットがスクロールするという格好良さ!ここで参ってしまった。

 貨物列車には果物やトラクター、ポンティアックと共に10メガトン核弾頭も積まれており、"大統領の承認なき爆発禁止"との注意書きがアップで映る。

 その列車が踏切をゆっくりと通り過ぎてカメラが引くと"アステロイド・シティ 人口87人"の看板が映る。

 カメラはパンしてダイナー、電話ボックス、モーテル(空き室無し)、ガソリンスタンド、そして隕石の看板("約5000年前にこの地に落下"と記載)を映していく。いずれもアープが冒頭で説明した通りである。

第1幕 第1-3場 (C/CS)

 レッカー車にひかれてスティーンベック一家の車がガソリンスタンドに到着する。

 父親オーギーを演じるのはアンダーソン映画の常連、ジェイソン・シュワルツマン。ガソリンが近くにあるのにパイプをふかそうとするがライターがオイル切れで、店員に頼んでライターにガソリンをかけてもらうシーンがおかしい。

 息子ウッドロウ(ジェイク・ライアン)と3人の娘を連れてダイナーに入ると地響き。"また核実験さ"と常連に言われオーギーは外を見ると彼方にキノコ雲が見える。

 オーギーは自動車修理工場で車を見てもらう。メカニック(マット・ディロン)は簡単には直らないと答える。

 マット・ディロンはかつての青春スターの面影を残しつつ、ちょっと全盛期のチャールトン・ヘストンに似た凛々しい風貌になってきた。

 オーギーは電話ボックスに入り義父のスタンリー・ザック(トム・ハンクス)に電話する。

 ここで画面は左右にスプリットし、右で電話に出た秘書がザックを呼びに行く一連の動き、左ではオーギーが目の前で逃走車とパトカーがカーチェイスを繰り広げるのを目撃する。ここは右も左もワンカットで描いている。

 オーギーは義父ザックに車の故障を伝え娘たちを迎えに来てほしいと頼む。そしてアステロイド・シティに来たのはウッドロウが「ジュニア宇宙科学大会」に参加するためだった。

 オーギーとザックはその後、内密の話をするが、その際にはザックが右側、オーギーが左側からのアングルでまるで対面で会話しているようなショットとなる。このやりとりからオーギーが妻を亡くし、義父との関係も悪いことが伝わってくる。

 義父は娘たちを迎えに行くことを承諾する。

 トム・ハンクスもまた良い形で年齢を重ねたと感じた。ちょっと『評決 (The Verdict/1982)』の頃のポール・ニューマンに似てきた。

第1幕 第4-5場 (C/CS)

 アステロイド・シティに続々と車やバスが到着する。

 バスからは小学生の集団が降り、引率の教師ジューン・ダグラス(マヤ・ホーク)が点呼をとり、その横で女優ミッジ・キャンベル(スカーレット・ヨハンセン)は暑さにうんざりし娘のダイナ(グレース・エドワーズ)に"砂漠だから…"と冷静に突っ込まれる。その横で息子クリフォード(アリストゥ・ミーハン)が唐辛子を生で齧るのをあきれて眺める父親J.J.ケロッグ(リーヴ・シュレイバー)、娘シェリー(ソフィア・リリス)に言われてフォードの存在に気づくサンディ・ボーデン(ホープ・デイヴィス)などなど。

 さらにロジャー・チョウ(スティーブン・パーク)とその息子リッキー(イーサン・ジョシュ・リー)はモーテルにチェックインするが泊るはずの部屋が燃えてしまったからテントで…と支配人(スティーブン・カレル)に言われて困惑する。外ではカウボーイのモンタナ(ルパート・フレンド)がコインを入れたのに煙草が出ないと自販機を叩く。

 オーギーは息子と娘3人に母親が死んだことを告げる。ザックと電話で話していた"内密の件"だが、突然、3週間前に母親が死んだことを言われた子供たちは黙りこくる。

 なお冒頭からオーギー一家までは途中でパンをしたりズームをしたりしながらもワンカットで撮っている。アルトマンが『ザ・プレイヤー (The Player/1992)』の冒頭でやった縦横無尽なワンシーン・ワンカットを思い出した。アンダーソンは無機質な横移動のみだが、意識している気がする。

アープとオーギーの出逢い (BW/SD)

 TV司会者がオーギーを演じる無名の役者、ジョーンズ・ホールが劇作家アープに見出され、役を得たことを解説し、初めて二人が会話した際のシーンが再現される。ホールはオーギー役を完璧にこなし役を得る。そして二人は抱き合いキスをする。

第1幕 第6-9場 (C/CS)

 憂鬱な顔でダイナーのカウンターに並ぶオーギーとウッドロウ。その後ろ(つまり窓の外)ではカウボーイたちがバスに置いてけぼりにされたり、相変わらずのカーチェイスが繰り広げられている。

 カウンターのすみにキャンベル母娘がいることに気づき、オーギーはミッジの横顔を写真に撮る。ミッジはオーギーに無断撮影のことを咎めるが、オーギーは自分は戦場カメラマンだから断りは入れない、と答える。

 クレーターの中で「ジュニア宇宙科学者大会」の開会式兼授賞式が開催されている。当日は紀元前3007年9月23日にアリッド・ブレインズ隕石が衝突した記念日"アステロイド・デイ"でもあった。関係者一同を前に司会を務めるのはグリフ・ギブソン陸軍元師(ジェフリー・ライト)。

 ギブソンは地面に置かれた隕石の現物を説明しながら、3日間の祝賀工程を説明する。そこには地元の天文台のヒッケンルーパー博士(ティルダ・スウィントン)による天文台ツアーやピクニック、花火なども含まれる。

 そしてギブソンがスピーチを始める。

 その直前に画面はスタンダードサイズになり、列席者の表情の短いショットを重ねていく。

 ギブソンは章立てで自分の半生を語り最後に受賞者である子供たちにこう話す。

 脳と精神の道の領域へ踏み出せ
 穏やかな人生を送りたいなら生まれる時を間違えた

 受賞者やギブソンの補佐役(トニー・レヴェオリ)が複雑な表情をする中、まばらな拍手が起こる。

 そして授賞式。授賞理由が説明される。リッキーは"航空誘導の成果"として"瀕死の星 達成賞"を受賞。背中にロケットを積んで空を飛ぶデモを行う。クリフォードは"粒子分解の研究"として"ブラックホール勝利賞"。レーザー光線で父親が投げた皿を消滅させる。ダイナは"植物の成長促進の研究"。宇宙線であっという間に植物を成長させるが、野菜はすべて有毒になる。"赤色巨星栄誉賞"を受賞。シェリーは"新鉱物の生成"。地球外元素を合成し来年には周期表に掲載されるという。"星雲の桂冠賞"を受賞。そしてウッドロウ。"天体への画像投影の研究"。月に画像を投影し広告利用ができるという。"白星矮星褒賞"を受賞。

 受賞者によるデモシーンもスタンダードサイズとなる。

 次は天文台ツアー。と言ってもヒッケンルーパー博士の終了宣言から。ウッドロウは点滅する信号装置を博士に尋ねるが、宇宙からの解読不能な電波だと答える。ウッドロウはそれを日付と推測する。ウッドロウに興味を持つ博士。

第1幕 第10-12場

 食事会のシーン。各自思い思いに話が弾む中、オーギーはミッジと話し込み、ギブソンは関係者に応募された発明品の権利の所属先はアメリカ政府であることを説明している。そして受賞者たちは固まって食事をしているが、ウッドロウだけ離れている。ダイナはウッドロウに同じテーブルにつかせ、母の死等の身の上話を聞く。

メルセデス・フォード (BW/SD)

司会者のコメント。

 舞台俳優とは吟遊詩人と反逆者たち
 型破りで危険な生活を送り
 芸術的な野心を育み高めて
 人間のありようを照らす

 10週間後の舞台試演前夜。カリフォルニア行き列車の特別客車。舞台でウッドロウを演じる若い役者が演出家シューベルト・グリーンの伝言をミッジ役の女優メルセデス・フォードに持ってくる。どうやらミッジはシューベルトと喧嘩をして舞台を降りカリフォルニアへ向かう途中らしい。

 シューベルトの懇願の手紙(を代読する使い走りの役者)に心を動かされたミッジはシカゴで列車を降り飛行機でニューヨークに戻り、開演2時間前に劇場入りする。

 このコンパートメントのクラシカルな映像、そしてヨハンソンのクラシックな美しさに感心した。いくつもの映画が当時の雰囲気を再現しようとしたが、ここまで説得力を感じさせるシーンは珍しい。舞台装置がそれなりでも役者どうしても現代風の顔で浮いてしまうものだが、ここでのヨハンソンはグレース・ケリー風のクール・ビューティさを感じさせた。

親たちの本音 (C/CS)

 J.J.、サンディ、ロバートの3人の親は子供自慢、というより、お互いに子供についての愚痴を言い合っている。それをはたで聞いていたモーテルの支配人は"お子さんたちは変わってますな"と呟く。3人の親たちは深く頷く。

 その子供たちは5人で記憶ゲームを楽しんでいる。

第1幕 13-17場 (C/CS)

 遠雷が響く夕暮れ、カウボーイたちに交じって生徒ドゥワイトが煙草を吸っている。そこへジューンがやってきてドゥワイトを連れ帰っていく。

 モーテルが隣同士のオーギーとミッジは窓越しに会話をする。

 オーギーの3人の娘は母親を蘇らせる儀式をしている。そこへザックがやってくる。孫娘たちと話をしていると花火があがる。

 そして地球の楕円軌道のピークが午前0時に迫る中、クレーターで観察会が始まる。ダンボールでできた屈折箱から夜空を見あげると三本点(…)が見えるというもので、それは1兆キロを超えて到達した光で肉眼で直接見ると網膜に三本点が焼き付いてしまう、というヒッケンルーパー博士(自らの目に57年前に焼き付いたとのこと)の説明を受け、一同屈折箱を被ると赤い三本点が見える。

 しかしそのうち四つ目の点が並ぶ。そして宇宙船が降下し細長の宇宙人(ジェフ・ゴールドブラム)が飾ってあった隕石を手にして去っていく。写真を撮るオーギー。

第1幕終了 任意のインターミッション (BW/SD)

 空っぽの劇場が映り込む。3階席まである巨大な劇場である。ここで第1回舞台稽古が行われる。司会者の声で演出家シューベルトの紹介が入り、彼の働きぶりが描かれる。

 そこへ彼の妻のポリー(ホン・チャウ)がやってくる(司会者の稽古の最初の週に2塁手と浮気をしたとのこと)。シューベルトは舞台裏に作った部屋が自分の住まいだという。ポリーは別れを告げ去っていくが戻ってきて"第3幕第5場のミッジの退場"は台詞をドアを閉めたあとに言わせるように提案していく。そしてドアを閉めた後に"さよなら"と伝える。

 "任意のインターミッション"の意味は演出家の私生活などは見なくても良いよということか。

第2幕 第1-2場 (C/CS)

 宇宙人の出現で厳戒体制となるアステロイド・シティ。ギブソンは関係者を前に"国家安全保障 緊急措置計画X"を読み上げる。そこでは証人をすべて1週間以上逮捕下に置き、健康診断と心理検査を受けさせることや、全証拠を収集し地下の保管施設に保存し、100年以上、全事象を公に否定すること、などが盛り込まれていた。

 子供たちは様々なテストや尋問を受ける。

第2幕 第3-7場 (C/CS)

 アステロイド・シティで監禁される中、ジューンは生徒相手に授業をしている。宇宙人を目撃して落ち着かない生徒にアメリカは安全よ、と伝えるジューン。

 そこへモンタナが割り込み、持論を述べる。あの宇宙人は単に地球や人間を見物に来た無害なやつで、アメリカ人でも地球人でもないが、俺らと同じどこかの生き物だから温かく迎えてやろう、もし汚いやつとわかれば負け知らずの米軍の出番だ…と話して去っていく。

 天文台に居るウッドロウとダイナ。ダイナは母親(ミッジ)はSTARには興味がない、興味があるのはSTARDOMだけ、と文句を言い、時々、地球外のほうが落ち着くと話す。ウッドロウも同意する。

 オーギーとミッジは窓越しに会話する。ミッジは"良い母親ではない。娘を愛しているが最優先では無い"と語る。そしてオーギーと自分は似た者同士だと話す。

 致命傷を負いながら痛みの深さを見せない
 イヤだから

 J.J.は息子のクリフォードと口げんかになる。何かといえば新しいことに挑戦し続ける息子にその理由を問うとクリフォードはポツリポツリと語りだす。

 たぶん怖いんだと思う
 何かに挑んでなきゃ誰も気づかない…
 僕の存在なんて

 共同シャワーで順番待ちをしているサンディは列に並んだミッジに気づき、過去の出演作の話で盛り上がる。そこに司会者がなにか言いたそうに立っていて、二人の視線を感じて"お呼び出ない? 失礼しました"と言い残して自らフレームアウト。

 司会者がカラーで映る唯一のシーンだろう。そしてストーリーとは関係のない、唯一のその場限りのギャグだと思った。もちろん、色彩で描かれるアステロイド・シティのドラマと舞台裏は表裏一体ということを茶化したとも言えるが。

第2幕 第8-10場 (C/CS)

 オーギーとザックはウッドロウの今後を話しあっている。それを聞いたウッドロウは宇宙人がやってきたのに進学どころでは無い、と反論する。ザックは気に入らないオーギーも含めて同居を提案するが、オーギーは"悲観に暮れているから構うな"と拒否。ザックは"私も悲観に暮れている"と反論。そこへウッドロウが割り込みオーギーに"僕たちを見捨てるの?"と問い質す。

 オーギーは"思ったこともあるがいまは違う"と答える。"思ったことは許す"と答えるウッドロウ。

 リッキーが兵士をだまして長距離電話をかけ、学校新聞担当のスキップに特ダネを持ち込む。

第2幕終了 (BW/SD)

 劇の今後のヒントを得るためにアープは役者志望の生徒たちを集めてゼミを開催した。アープは演技教師のソルトツブルク・キーテル(ウィレム・デフォー)と対話する中で聴講する生徒たちに即興をやらせることに。アープの横に司会者が割り込み、生徒の中には未来のスターが何人もいる、コメントする。

 生徒側の席がカラーに代わり、モンタナ役のアスクィス・イーデンやミッジ役のメルセデス・フォード、そしてこっそり紛れ込んでいたオーギー役のジョーンズ・ホールなどの名前が司会者に読み上げられ、都度、スポットライトを浴びる演出。

 生徒たちとの質疑応答。

 この作品のテーマは?
 "永遠"かな…あとはわからない

 キーテルは生徒たちに、舞台で実際に眠った経験があるかを聞く。と、脇からシューベルトが現れ自分の経験を話す。キーテルは睡眠は死と違う、夢で見たことを芝居化しよう、場面の外枠から入りゆっくりと夢の中へ…というと生徒たちはいっせいに思い思いの"睡眠"を体現する。

 アープはヒントを得る。それは、管理下での主人公たちの間で奇妙な感情的次元が呈し始めること、そして、軍隊の情報統制はうまく機能していない、ということだった。

 ここで画面は暗転。

第3幕 (休みなく執拗に演じること) (C/CS)

 街の外には大量の見物客が押し寄せ、客目当ての屋台や土産小屋、果ては観覧車まででき大騒ぎになっている。宇宙人の情報は既に漏洩していた。客で満員の列車"宇宙人スペシャル号"も到着するなか、オーギーが撮影した宇宙人の写真が一面を飾る号外が出回る。

 情報漏洩の"主犯"格のリッキーはギブソンに尋問を受けるが、リッキーは知る権利のために最高裁まで戦うと反論する。

 ジューンは生徒相手に太陽系の惑星の授業をするが子供たちは宇宙人目撃の興奮が冷めない。そんな中、問題児(ジューンにとっての)ドゥワイトが宇宙人の歌を作ったと言いだし、ジューンは"いまは音楽の授業ではない…"と叱るが、そこへモンタナが仲間たちとやってくる。煙草の一件からモンタナとドゥワイトは仲が良く、また、ジューンとモンタナはお互い気になる存在になった模様。

 そしてモンタナたちが演奏する中、ドゥワイトが自作の奇妙な歌を歌い、モンタナとジューンが踊りだす。

 オーギーとミッジの窓越しの会話。ミッジがバスタブで薬を飲んで自殺するシーンの練習にオーギーは付き合う。その台詞のやり取りから、二人が前夜に愛し合い、その光景をミッジの娘ダイナに見られたことを話す。ミッジは二人の関係にこれ以上の進展はないといい、オーギーも同意し、衝動的にトースターで手のひらを焼く。

 ウッドロウたちが飽きずに記憶ゲームに興じているとヒッケンルーパー博士がやってきて、天文台の電波望遠鏡等を結んだのがウッドロウたちであることを知り、理由を問い質す。ウッドロウは宇宙人と交信するためだと答えると博士は自分も仲間に入れろと頼む。

 子供たちはウッドロウの発明した画像投影装置で月に何を投影するかで揉めている。

 博士はウッドロウに一生に一度の価値のある実験であること、好奇心こそウッドロウ達の財産であることを伝える。

 モーテルの支配人は政府に町名を"宇宙人着陸(エイリアン・ランディング)"に変えるよう申請したと話す。

 クレーターで一同が集まり"ヒッケンルーパー奨学金"の受賞式が開催。式に先立ちギブソン将軍は大統領令で隔離が解除されると伝え、一同は沸き立つ。そのなかで浮かない顔をしているオーギーとミッジ。

 そこへ宇宙船が飛来して盗んだ隕石を戻して去っていく。将軍は解除を中止または延期する、と宣言。大騒ぎの中、ウッドロウとダイナはキスをする。月にはウッドロウとダイナの相合傘が投影されていた。

 オーギー(ジョーンズ・ホール)は芝居の意味が解らなくなり混乱し始め、クレーター(セット)の壁面のドアから舞台裏に入る。

ジョーンズ・ホールの悩み (BW/SD)

 司会者がホールに気づき"どこへ行く?"と聞くとホールは付け髭をむしり取って"すぐ戻る"と言い残して演出家のもとへ。

 途中、宇宙人役の役者が"自分の演じる宇宙人はメタファーだ"と呟き、ホールは"なんのメタファーだ?"と尋ねるが役者も"わからない…"と答える。

 そしてシューベルトにオーギーの役柄を尋ねるとシューベルトは"少々作りこみ過ぎたがホールの演じるオーギーは申し分ない"と絶賛する。しかしホールはオーギーの抱える心の傷に自身も心を痛めていること伝える。シューベルトは意味が理解できなくても芝居を続けろ、とホールに伝える。ホールは不安そうに"芝居がわからない"と伝える。シューベルトは"答えは見つからない"と断言する。

 ホールは諦めて劇場の非常階段でパイプに火をつける。

 すると向かい側の劇場の非常階段から声がかかる。オーギーの(死んだ)妻役の女優(マーゴット・ロビー)だった。彼女の役はすべてカットされ写真だけが使われることになっていた。女優はコスチューム劇「枯れた蔓」の侍女役でドレスを着ている。

 彼女は台詞を覚えているかホールに尋ねる。ホールが忘れたというと女優は一人でオーギーと妻のやり取りを再現する。

 カットされた場面はオーギーが夢で死んだ妻と宇宙人の惑星で再会するというもので、妻はオーギーにウッドロウのために再婚をすべきと説得するものだった。オーギーは妻の写真を撮って泣く。

 二人のやり取り中に雪が降りだす。メカニック役の役者が呼びに来てホールは舞台に戻る。

 ホールは女優の名前も、二人でやり取りするはずだった台詞も忘れてしまった。一方、女優は夫役だったホールの分も含めて台詞をソラで言うことができる。

 映画で最も悲しく、そして美しいシーンだった。二人はあくまで舞台上の夫婦であり、そしてその関係も消し去られてしまった。カットされたシーンもまた死んでしまった妻にオーギーが惑星で再会し、そこで妻から自分のことは忘れて、先に進みなさい、と伝えるシーンだった。

 ホールが芝居を理解できなかったのはこのシーンが無くなってしまったためだろう。妻を失い、喪失感に引きずられるオーギーはこの先、どう生きていくか。ホールは名前も忘れてしまった、かつての妻役の女優から、気づきを得たのかもしれない。

 初日から半年経ったころに、アープが自動車事故で50歳で亡くなったと司会者が告げる。

 ゼミのシーン。受講生たちが思い思いの"睡眠"を体現しているシーンから再開する。アープが語る。

 登場人物の皆が 人生の心地良い眠りに誘われる
 幻想的な天空の神秘を体験したおかげで
 …だが書けない

 それを聞いた受講生の一人(ホール)が"目覚めたければ眠れ"と叫ぶ。それに呼応したようにジューン役の役者やフォードも次々と同じ言葉を言う。次第にアープ達も含む全員で連呼するようになる。そこへ隕石を抱えた宇宙人が現れスポットライトを浴びる。そして暗転。

エピローグ (C/CS)

 目が覚めたオーギーが向かいの部屋のミッジを探すが既にチェックアウト済だった。部屋を清掃していた支配人に聞くと深夜に隔離は解除され大半がチェックアウトしていったとのことだった。

 存在感を感じさせる脇役たちがみな居なくなった、それも去っていくシーンは無く、オーギーが気づいた時には誰も居なくなっている。この"祭のあと"的な空気が印象的。

 ダイナーのカウンターで朝食をとるオーギー一家。到着時と異なりザックも一緒いいる。ザックが孫息子のウッドロウに結局奨学金は誰が手にしたのかを聞くと、ウッドロウは自分だと答える。昨晩、シャワーの列に並んでいたら将軍が事務的にウッドロウに小切手を渡したらしい。祖父と父はウッドロウを褒め称える。

 ダイナーのウエイトレス(ディアナ・デュナガン)がオーギーにミッジからのメモを受け取る。それはミッジの連絡先だった(ただし私書箱)。

 そしてまた核実験の地響きとパトカーのカーチェイス。パトカーは逃走車を追ってモニュメントバレーに通じる一本道を去っていく。

 カメラがパンするとモーテル(空き室あり)を捉え、そのまま横移動しダイナーの前に停めた車に乗り込むオーギー一家、さらにパンするとゆっくり通り過ぎる列車、そして線路を横断し町を去るオーギー一家の車をとらえる。

 オープニングの再現のような見事なエンディング。バックステージではなく、舞台(を再現した映画)で幕引きをすることで、現実に戻ることなく余韻に浸る事ができた。

エンドクレジット

 The Charles McDevitt Skiffle Group & Nancy Whiskeyの「Freight Train (1957)」が流れる中、左側にエンドクレジットが表示される。こちらはスクロール式ではなくカード式。

 そして画面が真っ暗になると残りのクレジットがスクロールされる。バックにはJarvis Cockerの「You Can't Wake Up If You Don't Fall Asleep」が流れる。タイトルはエピローグ前のゼミのシーンでみんなで連呼していた言葉に使用されている。

 歌詞は以下の通り

 You can't wake up if you don't fall asleep
 You can't fall in love and land on your feet
 You won't smell the roses if you never plant a seed
 And you can't wake up if you don't fall asleep

 眠りにつかなければ目覚めることができない
 恋することも、立ち直ることもできない
 種を植えなければバラの香りも嗅ぐことができない
 眠りにつかなければ目覚めることができない

 You can't make an entrance if you keep missing your cue
 You won't pick a winner till you learn how to choose
 You never find a treasure unless you dig deep
 And you can't wake up if you don't fall asleep

 キューを見逃せば登場することができない
 選び方を学ばないと勝者を選ぶことはできない
 深く深く掘っていかなければお宝には辿り着かない
 眠りにつかなければ目覚めることができない

 Oh, you'll never have memories worth keepin'
 Oh, you'll never find the truth you are seekin'
 While you are sleepin'

 君には覚えておく価値のある思い出なんか持てないだろう
 探し求めているものに君は辿り着くことはないだろう
 眠っている間は…

 But you can't wake up if you don't fall asleep
 So go live your dreams and live them real deep
 There is some countin' money and there's some countin' sheep
 Oh, you can't wake up if you don't fall asleep
 If you don't fall asleep

 眠りにつかなければ目覚めることができない
 だから夢に生きなさい、心の底から生きなさい
 金を数えるひともいれば羊を数えるひともいる
 眠りにつかなければ目覚めることができない
 眠りにつかなければ

 Jarvis CockerはもとPulpのリーダーで、ソロシンガーになってからはアンダーソンとの関りも増え、『ファンタスティック Mr. FOX (Fantastic Mr. Fox/2009)』では声優、そして『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊 (The French Dispatch of the Liberty, Kansas Evening Sun/2021)』ではテーマ曲を歌っている。そしてこの作品ではこの曲の他、カウボーイ#1で出演している。以下はアンダーソンが演出したミュージック・ヴィデオ。

 ついでに『トレインスポッティング (Trainspotting/1996)』の「マイル・エンド (Mile End/1996)」。

まとめ

 気づいたことをツラツラ書いていてキリがないな。この作品はアンダーソンの頭の中を映像化したものであり、観客はホールが演出家にしたようにアンダーソンにこの映画の意図するところを問い質したくなる。

 最初、演出家も実は自分の芝居が解っていないんじゃないかと思ってみていたが、そうではなく語ろうとしないだけなんだろうな⋯と思った。

 目覚めるためには眠れ、という台詞は、眠る=理解しようとする行為をやめる、ことで、目覚める=体感できる、ということか。

 ホールは芝居上のモヤモヤを宇宙で死んだ妻と再会する夢を見ることで解消するはずだったが、そのシーンはカットされた。

 しかし(名前さえも忘れた)妻役の女優からそのシーン、その台詞のやり取りを聞かされたことで、自分の中のモヤモヤ(喪失感)を補填し、芝居を続けることができた。

 さらにラストも寝坊をして置いてきぼりをくらいつつも眠ったことで、前向きなラストシーンを迎えられた。

 それは先に立ち去った女優との再会を予感させ、仲の悪かった義父との和解を予感させ、妻/母/娘の死という喪失から一家が前を向き、アステロイド・シティを去っていくという、ハッピーエンドに繋がっていく。

 もしかしたらホールがカットされたシーンを胸に秘めつつ再生していく、そんな演技を演出家は期待していたかもしれないが、残念なことにホールは自分の出演シーンがカットされた途端に妻役の女優共々綺麗に忘れ去った。

 もしそんな感じならアンダーソンの狙いもそこだろう。1から10まで描きこまなくても、足りない部分は観たひとが思い思いに補完してくれれば良い、と。

 不親切極まりないし、アンダーソンにしてみれば、そんなへ理屈をこねてないで、もっと有意義に時間を使えと言いそう。

 観て"なんだか良かった"で十分なのかもしれない。

 それでも宇宙人のメタファーについてはやはり説明してもらいたい笑

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