見出し画像

家を出る前に、勝負は決まっている

冬の離島。


電波はない。助けも来ない。



極寒の磯の上で頼れるのは、己の準備だけだ。


人はよく、不安に立ち向かえと言う。
だがそれは違う。



不安は、気合いで消えるものじゃない。
正体は、わからないこと。
つまり、解像度の低さだ。



冬の海は危険だ。
落ちたらどうなるか。
どれだけ冷えるのか。
どうやって戻るのか。

曖昧なままでは、ただ怖い。



だが、不安は分解できる。

もし落ちたらどうするか。
どう登るか。
どこに足場があるか。
体温をどう維持するか。

命綱を用意する。
アンカーを打ち込み、体を固定する。


最悪の状況でも、
生き残る手段を先に決めておく。




まず書き出す。



脳は不器用で、曖昧なままを怖がる。
だが紙に落とした瞬間、不安は変わる。


「恐怖」から「処理すべき項目」に。



不安とは、未定義のまま放置されたリスクだ。
それを一つずつ潰していく。



最悪を想定し、対処を決める。
それだけで、不安は輪郭を失う。



想定外は存在しなくなる。
あるのは、まだ考えていないだけの事象だ。



そして気づく。
立ち向かうとは、
気合いで突っ込むことじゃない。


見える形にして、処理することだ。



準備とは、不安の解像度を上げる行為であり、
想定外を想定内に変える作業だ。

すべてを書き出し、決めた上で、磯に立つ。



そのとき目に入るのは恐怖ではない。
星空の下、冷たい磯、かじかむ手



海面に突き刺さるクエ竿だ。

鍋じゃ




だが勝負は、その瞬間に始まるわけじゃない。

すでに終わっている。


クエは、磯で釣るんじゃない。
家でペンを持ち準備を終えた時
もう既に獲っている。

不安は、戦うものじゃない。
処理するものだ。

そして勝敗は、現場で決まるのではない。
不確実性をどれだけ潰したかで決まる。



だから言い切れる。

家を出る前に、勝負は決まっている。


いいなと思ったら応援しよう!