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旋律が彷徨う 第1話 #創作大賞2026

【あらすじ】

 
売れないミュージシャン・相良健二は、天才的な作曲の才能を持つ台湾人留学生・李秀麗を殺害し、彼女の楽曲を盗んで成功を掴む。完全犯罪を確信していた健二だったが、台湾公演中、秀麗の遺族から台湾の風習「冥婚」への参加を求められる。次第に秀麗の遺品や盗まれた楽曲が現れ、健二は見えない罠に追い詰められていく。
 音楽プロデューサーの如月玲子が、裏で動いていた。楽曲の不自然な完成度と健二の言動から犯行を疑い、遺族や関係者と協力して冥婚を利用した心理作戦を立てていた。台湾で巧妙に健二を誘導した玲子は、日本帰国直前、オンライン通話で得た自白を証拠として突き付け、健二は殺人と盗作の罪で逮捕される。

【本編】

 相良健二は息を呑んだ。心拍が音を立てて、うねりを上げる。経験のない興奮が全身を駆け巡った。目の前には李秀麗の遺体が転がっている。短い間だったが、微かな愛はあった。ただ、それを上回る野望には勝てなかった。心で呟く。

 ──安らかに眠ってくれよ。22歳で人生を終わらせるなんて、本当に申し訳ない。決して、お前の死を無駄にはしない──

 偽善かもしれない。それでも、自らの犯罪に対する後悔は微塵もなかった。 

 全ては計画通りに進んでいる。指紋は残していない。ましてや秀麗の体には一切触れていない。部屋の中に健二の痕跡はどこにもない。

 あとは、最後の仕上げをするだけだ──。

 腕時計を見ると、午後8時50分だった。約束の時間まで10分しかない。秀麗のパソコンを立ち上げて、ズームを接続する。
 健二は秀麗が住むマンションの一室にいた。中央線中野駅から歩いて20分ほどの場所にある。健二も住人の1人で秀麗の隣の部屋だった。まずは、テストをしなければならない。用意しておいた動画の背景設定を再度確認する。健二が仕事でよく使う音楽スタジオ《ノア》の一角が画面に表示された。ちょっとしたカフェスペースになっていて、リモート会議で使う人も多い場所だった。
 奥の廊下には、スタッフの出入りも映っている。2週間前に撮った映像だ。数ヶ月前から、同じ場所で配信用動画を撮影し、同時に背景用の映像も収録しておいた。いきなり背景用の動画を撮って、怪しまれないための工作だった。

 改めて見ると、我ながら良く出来ている。編集ソフトでボカシ加工を施してあるので、不自然には見えない。プロに教わった方法で角度も正確に合わせている。《ノア》は単なる録音スタジオではない。通常のスタジオに加えて、セルフレコーディングと呼ばれる個人録音用のスタジオがいくつか併設されている。しかも、健二の自宅から、自転車で15分の場所にある。今日は朝から、篭りきりの作業をしていた。終了は深夜になる設定だ。《ノア》でのミックス作業は1人だけで進めたい、とスタッフにも伝えてある。

 健二はあえて、車でスタジオに行った。表向きの理由は機材運搬だ。
 車は今もスタジオに置いたままだ。自宅に戻る時は自転車を使った。折り畳み式の物をトランクに入れておいたのだ。
 道中も事前に調べて、防犯カメラのある場所は避けた。それ故に、20分近い時間を要したが、犯行を隠すためには仕方がない。
 近くの公衆トイレで服装も着替えている。知人と擦れ違っても、問題ない。深々と帽子を被り、人物特定をできなくした。
 マンションに到着した後も、駐車場から非常階段で3階まで上った。エントランスの防犯カメラに映らないための方策だった 健二は確信していた。ここまでのアリバイ工作しておけば絶対に見破られる訳がない。

 仕上げの部分では僅かなミスも許されない。健二は肌色の手袋の端を袖口に入れ込んだ。手術用のグローブに自ら着色した物だ。
 部屋に入った瞬間から着けていたが、秀麗は気付いていなかった。不審に思われては、元も子もない。念には念を入れて、袖を伸ばす。これなら、手袋には見えないはずだ。
 ズームのリンクにアクセスすると、如月玲子が映った。今年で60歳になるが、実年齢よりも10歳は若く見える。
 玲子は健二が所属する音楽レーベルのプロデューサーだ。数々のスターを生み出した実績があり、業界内で知らぬ者はいない。
 一方で、剛腕なビジネス手法を敬遠する人も少なくない。過去にはヤクザと繋がり、汚い工作もしていた、とも噂されている。強烈な性格と相俟あいまって、一部では「女帝」と呼ばれている。

「お疲れ。早速だけど、要件を伝えるわね。この前、送ってもらった新曲だけど、やっぱり厳しいわね。もっとエモーションが欲しい。それに、どこか聴いたことがある感じなのよね……」

 玲子は冷たく言い放った。「女帝」の匂いを画面から濃厚に漂わせている。

「実は、もう一つ新しい曲ができまして……。近日中にデモ音源を送りますから、聴いて下さい。今度は自信作なんです……」

 健二は心を抑えて、自信たっぷりに語った。不自然な素振りを見せてはならない。今まで、玲子には散々酷評されて来た。ギターは上手くても、作曲の才能がない。専業の作曲家に頼んだほうが良い。忠告を受ける度に、健二は食い下がって来た。

「これが最後のチャンスだからね。次がダメなら、誰かに書いてもらう。それが当たらなきゃ、他の仕事を探すことね……。じゃあ、打合せがあるから、これで」

 言葉を終えると、玲子は画面から消えた。
 健二はゴクリと唾を飲み込んだ。ここからが本番だ。秀麗のパソコンにハード・ドライブを接続する。秀麗が作曲した音源のフォルダを丸ごとコピーして行く。あと20分と表示されていた。

 心拍が音を立てて、高まる。明日からは別の世界が待っている。
 全てのコピーが終わると、今度はフォルダをゴミ箱に移動する。間髪を入れずに、空にした。
 手を止めると、静寂が訪れた。目を閉じて、耳を凝らす。頭の中では秀麗の曲が流れていた。
 改めて思う。素晴らしい曲ばかりだ。秀麗の才能が世に認められる前に出会えて、本当に幸運だった。
 スマホを取り出して、画面を立ち上げる。秀麗の部屋の前に置いた小型の隠しカメラと繋がっている。確認すると安堵した。廊下には誰もいない。
 今なら、大丈夫だ。おもむろにポケットから特殊な器具を取り出す。窃盗犯が鍵を開けるピッキング・ツールだ。鍵開け業者も使っている。

 驚くことにネットでも販売していた。ただし、購入者の身元確認を求められる商品なので入手は困難だった。仕方なく、大阪の天神橋筋商店街にあるバッタ屋でしらみ潰しに探した。その後、書籍やネット情報で使い方を調べ、自宅で繰り返し練習した。コツを覚えれば、それほど難しくはなかった。

 最後の勝負だ。ここでつまずく訳には行かない。秀麗の部屋のドアを施錠しなければならない。そのために、ピッキングの練習を重ねた。
 心で念じて、素早くドアを開けた。練習の成果を試す時が来た。息を殺して、鍵閉めの作業を始める。カチッと音が鳴った後、隠しカメラを回収して、隣にある健二の部屋に飛び込んだ。
 ドアの覗き穴に目を当てる。無人の廊下が見えた。廊下に防犯カメラはない。アリバイ工作も完璧だ。玲子が証人になってくれる。

 成功した。完全犯罪を達成した。いや、まだ喜ぶのは早い。一刻も早く戻らねばならない。時計を見ると、スタジオを出てから二時間が過ぎていた。
 着替えた服はバッグに入れてある。マンションのエントランスを抜けたら、公衆トイレで、すぐに元の服を着る。
 自転車に乗って、スタジオまでは約20分。その後、何食わぬ顔で夜中まで作業をしていれば良い。
 それだけでは完璧ではない。絶妙なタイミングで、このマンションから去るべきだ。
 すぐに引っ越すと、周囲から不審に思われかねない。遺体が発見されれば、警察は一通りの調査をするはずだ。少なくとも1ヶ月は住み続ける。あとは時が全てを消し去ってくれる。健二は心の中で雄叫びを上げていた。

第2話につづく

#小説 #創作大賞2026   #ホラー小説部門







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