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旋律が彷徨う 第2話 #創作大賞2026

 半年後──。
 八月の日差しが照り付ける。湿度が容赦なく体力を奪う。健二は、2本目のペットボトルを手に取った。清涼飲料を一気に流し込むと、生きた心地が戻る。

「じゃあ、車がいなくなったら、2人で並んで横断歩道を歩いて。ビートルズみたいな感じで、よろしく」

 後ろから、マネージャーの笹崎輝樹の声が聴こえた。ビデオカメラを抱えて、映画監督を気取っている。センスのない提案に嫌気が差すが、笑顔を返した。健二よりも、10歳上の37歳だが、自己顕示欲の強い男だ。体も大柄なので、常に威圧感を放っている。

 健二は台湾・高雄市に来ていた。目的は初の海外ライブだった。秀麗から奪った曲は《愛よ、消えないで》のタイトルでリリースされた。あれ以来、日常は目紛しく変わった。
《愛よ、消えないで》はスマッシュ・ヒットとなった。現代的なアレンジながら、懐古的なメロディが受けた。結果、首が繋がるどころか、世間でもある程度の認知をされる状況になった。

 一方、秀麗は薬物の濫用による事故死と断定された。留学生の悲劇という形で、小さなニュースになった。
 一度だけ、健二も顔にボカシ加工を施された母親の映像を見た。姿は見えずとも、声には無念が篭っていた。薬物を使用するなど、信じられないと慟哭していた。あの時、微かな呵責が湧き上がった。だが、過去の辛い時期を思い返して、自らを納得させた。

 6年前、健二は学生時代に始めたバンド《センテニアル》でデビューした。最初は4人組だった。1年後にベースとドラムが抜けて、ボーカルとギターだけのユニットになっていた。苦しい5年間だった。どれほど踠もがいても、浮かび上がれない。まるで、深い海で溺れかけている気分が続いていた。秀麗が作った曲のおかげで、ようやく軌道に乗り始めた。今まで、《センテニアル》の活動と並行して、ギター講師の仕事で食い繋いで来た。《愛よ、消えないで》のリリース後に副業は辞められた。

《センテニアル》は今も発展途上ではある。ヒットチャートを驀進中とまでは行かない。だが、着実に地盤は固まっている。玲子には3ヶ月前に三つの新曲を提案している。そのうち、一つは秀麗の曲だが、残りの2曲は健二のオリジナルだ。秀麗の曲を立て続けに使うことに躊躇があった訳ではない。できれば、自分の曲で勝負したい。秀麗の曲には及ばなくとも、自信のある曲を選んだ。

《愛よ、消えないで》がヒットしたおかげで、多忙の毎日が続いている。今は、玲子の反応を待っている状態だ。
 台湾行きは輝樹の提案だった。小さなライブハウスでもいいから、今のうちに海外に進出しておくべきだ。台湾は親日的だから絶対に受ける、と説得された。

 本当は来たくなかった。殺した女──李秀麗の故郷など恐ろしくて仕方がない。それでも断る訳にはいかなかった。健二と秀麗の繋がりは誰も知らない。拒絶すれば、怪しまれる。本心を押し殺して、首を縦に振った。

 台北での初日は大盛況だった。続いて、高雄でも300人の会場が満員だった。今日は、プロモーション映像の撮影で郊外に来ている。いわゆるPVではなく、コンサートの裏側、ファンとの交流を中心に、街中の何気ない光景や食事のシーンも収録する。CD販売の時には特典映像としてDVDにする予定だ。売れっ子だったら、専門の映像スタッフが撮影する。今回は予算がないので、輝樹自身がカメラを回していた。

 いったい何ができるのか。全く想像が付かないが、輝樹は自身満々だった。最近の編集技術はすごい。プロに頼めば、素人の映像でもカッコ良く仕上げられる、と力説していた。

「我們正在拍撮音楽片。請停止一段時間」              (撮影をしていますので、少しだけ待って下さい)

 隣では、女性通訳の周丹丹が中国語で大声を張り上げていた。率先して、人止めをする姿を見ると、頭が下がる。丹丹は過去に日本に留学しており、流暢な日本語を話す。年齢は健二と同い年の27歳だが、本当にしっかり者だ。しかも、なかなかの美人でもある。

「俺が前に行けば、いいのかな? 輝樹さん、順番を決めてよ」

 隣で杉本秀人が声を上げた。《センテニアル》のボーカルで、リーダーでもある。元々は大学の同級生だった。体型は細身で朴訥とした雰囲気がある男だ。年齢も同い年だが、風貌だけなら、5歳くらい年上に見える。

「そうだなあ……。秀人から3歩くらい離れて、健二が歩いてくれよ」

 輝樹が大声で答えた。

 健二は道路脇に立った。改めて、風景を眺めると、心が洗われた。そこはかとなく懐かしさが漂っている。まるで昭和の世界に迷い込んだ感覚があった。《愛よ、消えないで》の作風にも合っている。輝樹が台湾を選んだ気持ちも分からなくもない。

「合図を出したら、道路の真ん中で、止まって欲しい。そのまま、2人でカメラを見てくれ。くれぐれも、手は広げて。じゃあ、歩いて!」

 輝樹が叫んだ。秀人は間髪を入れずに横断歩道を渡る。健二は心を抑えながら、後ろに従った。道路の真ん中で止まり、カメラに目を向ける。輝樹が手を挙げていた。そのまま、待てと指示しているつもりなのか。後ろから、クラクションが鳴り響いた。

「ごめん。車が来ている。みんな、早く歩道に行ってくれ!」

 輝樹が血相を変えて、声を上げた。監督気取りで、悦に行っているから、こんなことになる。心の中で舌打ちをしていた。
 閑静な街の十字路だった。樹木に覆われ、周囲の様子は分かりにくい。秀人が、急いで反対側の歩道に行った。その間を車が、すり抜ける。
 健二も立ち止まって、その場で固まった。一歩間違えば、事故になるところだ。輝樹の粘りが危険を招いた。少なからぬ怒りが湧き出る。
 車が通り過ぎた。歩道に移動すると、足を止めた。路上に不可思議な物体がある。形状から察するに封筒だ。色は突き刺すような深紅で薄気味悪い。
 気が付くと、隣に秀人が来ていた。あっという間に、封筒を手に取り、まじまじと見詰めている。

「何だこれ? お年玉の袋みたいだけど……。お金が入っているかもしれないから……。警察に届けたほうがいいかな……」

 秀人が呟いた。次の瞬間、木陰から大きな足音が聴こえた。2人の女が現れ、あっという間に秀人を取り囲んだ。
 女たちは大声で捲し立てていた。意味は分からないが、怒っている気配ではない。むしろ、笑顔で秀人に近付いている。

 女のうち、1人は50代に見える。もう1人は20代だろうか。若いがファンではない気配だ。そもそも、《センテニアル》に台湾でそこまでの人気があるはずもない。

「落ち着いて下さい。私が事情を聴きます」

 丹丹が飛び出して来た。すぐさま、女たちは議論を始めた。

 何を話しているのか、は全く理解できない。ただ、丹丹が冷静に宥なだめている状況は分かった。

「とりあえず、事情を教えてくれよ。この人たちは、何を騒いでいるんだ?」

 輝樹が駆け寄って、丹丹を睨み付けた。怪訝な表情だった。無理もない。理解不能な事態に誰もが苛立ちを覚えている。

「これは台湾に昔から伝わる風習です。ミンフンって言うんですけど……」

 丹丹の顔には深い困惑が浮かんでいた。事態を受け入れられない心情が滲んでいる。

「何だ、そりゃ? 掻い摘んで説明してくれよ」

 輝樹が質問を重ねた。

「冥王星の『冥』に婚姻の『婚』で、『ミンフン』と読むんです。さっきの封筒みたいなのは、『紅包(ホンバオ)』って言って、ご祝儀袋みたいな物なんですけど……」

 丹丹は途中で言葉を止めた。顔つきには言外の意味が含まれている気がした。

「……今回の使い道は違います。こちらの方の娘さんが事故で亡くなったんです。冥婚と言うのは、未婚のまま亡くなった人との結婚を意味します。道端に紅包を放置して、拾った人が相手になるんです。2人は家族だそうです。右の方はお母様の李美明さんです」

 丹丹の言葉を遮って、若い女が前に出た。

「李恵文ともうします。美明のムスメです。亡くなったのは、私のイモウトです。どうか……母の願いをきいてください……」

 辿々しい日本語が気になる。秀麗は姉が日本に住んでいる、と教えてくれた。しかも、苗字が同じだ。嫌な予感がする。

 3人は深々と頭を下げ、念仏のように言葉を発していた。

「馬鹿馬鹿しい。いつの時代の話だよ! 迷信にも程がある。第一、そんな義務がある訳ないだろう……」

 輝樹が声を張り上げた。

「義務ではありません。でも、紅包を拾った上で、拒絶すると災いが起こるって、信じられています。亡くなった方が成仏できないので。だから、嫌々でも応じる人はいるんです」

 丹丹は落ち着いた口振りで説明を続けた。そこはかとなく、亡くなった女性に対する同情が滲んでいる気がした。

「勘弁してくれよ。そんなのには付き合いきれん。さっさと帰るぞ!」

 輝樹が顔に濃厚な不満を浮かべならが、踵を返した。

「ちょっと待って下さい。せめて、話だけでも聴きましょうよ。娘さんが、若くして亡くなったんですよね。ご家族の気持ちはよく分かります。見て下さい。二人とも、大泣きしているじゃないですか……」

 秀人が口を挟んだ。健二は輝樹に視線を送った。こんな茶番に付き合うつもりは、毛頭ない。さっさと立ち去るべきだ。強い思いを眼差しに込めた。

「やっぱり、秀人さんは優しいですね。亡くなった下の娘さんは、日本に住んでいた方だそうで。しかも、音楽を勉強されていたんです。紅包の中に写真があります」

 丹丹が答えた。健二は思わず身震いをした。秀麗と全く同じ境遇だ。高雄出身である事実も一致している。

 秀人がゆっくりと紅包に手を入れた。中から髪の長い女の写真が出て来た。一瞬にして、全員が写真に顔を寄せた。

「綺麗な人だねえ……。こんな彼女が欲しかったよ……」 

 輝樹が頬を緩ませた。健二も横から覗き込んだ。嫌な予感は的中した──写真の中に李秀麗がいる。

第3話につづく

#創作大賞2026 #ホラー小説部門

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