人間は、前提を疑うのがとても苦手。しかし、それが飛躍のカギ(ダブルループ学習)。
現状を打破したいと願うのに、緩やかに、色々なことをあきらめていく感覚・・・。
そんな状況に変化をもたらすための、信頼性の高い方法論があります。

人は「前提を疑うこと」が得意ではありません。
むしろ僕たちは、日々の意思決定や行動の多くを「こういうものだ」という無意識の前提に頼って進めています。この「アタリマエ」は便利な一方で、知らないうちに思考の幅を狭めています。
こうした前提に目を向け、その妥当性を問い直すことこそが、本質的な学習と成長につながるのです。それを示したのが、Argyris and Schön (1978) によるダブルループ学習の理論です。
■ ダブルループ学習が示す「学習の深さ」
Argyris and Schön (1978) は、学習には2つのレベルがあると述べています。
一つはシングルループ学習です。これは、既存の目標や前提はそのままにして、行動だけを修正する学習です。たとえば「成果が出ないから、やり方を変える」といった改善がこれにあたります。
もう一つがダブルループ学習です。「そもそもこの目標は妥当なのか」「この前提自体に問題はないのか」と問い直します(Argyris, 1991)。このレベルに踏み込むことで、初めて本質的な変化が起こります。
学習の深さには、少なくともシングルループ、ダブルループの二段階が存在しているということです。
■ なぜ前提は疑われないのか
僕たちが、前提を疑えない背景には、人間の思考のクセがあります。
Kahneman (2011) が示したように、人は普段、直感的で素早い思考に頼っています。この思考は効率的ですが「これまで通り」を前提に動くため、その前提自体を問い直すことはほとんどありません。
さらに、確証バイアスの影響もあります。人は自分の考えを支持する情報を集め、反対の情報を無意識に避ける傾向があります(Nickerson, 1998)。その結果「やはりこの前提は正しい」という確信が強まります。
組織レベルでも、Argyris (1990) が指摘するように、前提を疑うこと自体を避ける「防衛的ルーティン」が働きます。こうして前提はますます見えなくなります。
組織の皆が信じている前提を問い直し、新たでより真実に近い前提を手にいれることこそ、イノベーションの源泉です。
■ 脳科学から見た「前提を疑えない理由」
ここで、もう一段踏み込んで、脳科学の視点から考えてみます。
人間の脳は、本質的に「予測する装置」です。
外界の情報をそのまま受け取るのではなく、過去の経験に基づいて「こうであるはずだ」という予測(=前提)を作り、それと実際の情報との差分だけを処理しています。
この考え方は、いわゆる予測処理(predictive processing)やベイズ脳仮説(Bayesian brain)として広く支持されています(Friston, 2010)。
この仕組みのおかげで、私たちは膨大な情報を効率よく処理できます。しかし裏を返すと「予測=前提」が強いほど、それに反する情報は見えにくくなります。
さらに重要なのは、脳が「一貫性」を好むという点です。
自分の信念と矛盾する情報に触れると、不快感が生じます。これは認知的不協和と呼ばれ、その不快さを減らすために、人は無意識に情報の解釈を歪めたり、無視したりします(Festinger, 1957)。
また、神経科学の研究では、習慣化された思考や行動は、前頭前野よりも自動化された神経回路(例えば基底核)に依存することが示されています。
つまり「いつもの前提で考える」ほど、意識的にそれを疑うことが難しくなるのです。
こうして見ると、前提を疑うことは、単なる意識の問題ではなく、脳の省エネ構造に逆らう行為だと分かります。だからこそ、意識的なトレーニングが必要になります。
■ 成長は「アタリマエ」が揺らぐところから始まる
では、どのようなときに人は前提を見直すのでしょうか。
Mezirow (1991) は、人が既存の枠組みでは理解できない出来事に直面したとき、意味づけの枠組みそのものを見直すと述べています。いわば「アタリマエ」が通用しない瞬間です。
このとき、人は違和感や不安を感じます。しかし、この感覚を避けずに向き合うことで、初めて深い学習(ダブルループ学習)が起こります。
前提が崩れるというのは、怖さもあります。しかしそれと同時に「見方が広がる瞬間」としての喜びもあります。
■ クリティカル・シンキングの本質
こうした前提の見直しを支えるのが、クリティカル・シンキングです。
Facione (1990) は、クリティカル・シンキングを「根拠に基づいて判断する思考」と定義しています。ポイントはシンプルで「それは本当か?」「エビデンスはあるのか?」と問い続けることです。
人事の現場でも「人はこう動く」「この制度が最適だ」といった前提が数多く存在します。しかし、それらの多くは経験則であり、必ずしも検証されていない「アタリマエ」も(きっと)含まれています。
だからこそ、意識して「それは本当か?」と問い続ける必要があるのです。
■ 無意識の前提(アタリマエ)を疑うための質問リスト
実務で使えそうな問いを、あらためて整理します。
・これは事実なのか、それとも解釈なのか?
・その前提を支えるエビデンスは何か?信頼できるか?
・反対の立場から見るとどう見えるか?
・この前提はいつ、どのように形成されたのか?
・当てはまらないケースはないか?
・なぜ自分はこれを疑ってこなかったのか?
・感情や経験に影響されていないか?
・他の文脈でも同じことが言えるか?
・この前提が間違っていたら何が起きるか?
・この意思決定はどの前提に依存しているか?
・そもそも目標自体は妥当か?
■ 実務への示唆
人事領域でも「暗黙の前提」が制度や運用に大きく影響しています。
たとえば「長時間働く人ほど成果を出す」「成果主義は公平である」といった考え方です。しかし、これらは文脈依存であり、常に正しいとは限りません。
ダブルループ学習の視点を持つと「どう改善するか」だけでなく「何を前提にしているのか」を見ようとします。この違いが、施策の質を大きく左右するのです。
■ まとめ
私たちは、前提に支えられて効率よく生きています。しかし、その前提を疑わない限り、成長もまたその枠の中にとどまります。
Argyris and Schön (1978) が示したように、本質的な学習とは、前提を問い直すことです。そして、その出発点はとてもシンプルです。
「それは本当か?」
この問いを持ち続けることが、無意識の「アタリマエ」を乗り越え、大きな成長に至るための第一歩になります。
参考文献:
・Argyris, C., and Schön, D. A. (1978). Organizational Learning: A Theory of Action Perspective. Addison-Wesley.
・Argyris, C. (1990). Overcoming Organizational Defenses. Allyn and Bacon.
・Argyris, C. (1991). Teaching smart people how to learn. Harvard Business Review, 69(3), 99–109.
・Kahneman, D. (2011). Thinking, Fast and Slow. Farrar, Straus and Giroux.
・Nickerson, R. S. (1998). Confirmation bias: A ubiquitous phenomenon in many guises. Review of General Psychology, 2(2), 175–220.
・Mezirow, J. (1991). Transformative Dimensions of Adult Learning. Jossey-Bass.
・Facione, P. A. (1990). Critical Thinking: A Statement of Expert Consensus for Purposes of Educational Assessment and Instruction. American Philosophical Association.
・Friston, K. (2010). The free-energy principle: a unified brain theory? Nature Reviews Neuroscience, 11(2), 127–138.
・Festinger, L. (1957). A Theory of Cognitive Dissonance. Stanford University Press.
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