はあちゅうさんが教えてくれた、「夢はもっとわがままでいい」ということ│半径5メートルの野望を読んで
「あなたの夢は何ですか?」
この手の質問が、昔から苦手でした。子どもの頃を振り返ってみても、まわりのみんながお花屋さんとかケーキ屋さんとか言っているなかで、ひとり真剣に悩んでいた記憶がうっすら残っています。
夢=人生をかけて成し遂げたいもの
そんな特大のイメージを持っていたからなのか、わたしには夢なんかないよと、いつも思っていました。
そんなわたしが初めて手に入れた夢は「体育教師」になること。高校時代、恩師の背中に憧れて、あんな先生になりたいと思ったんです。
当時のわたしは、バスケ部でスランプ気味になり。何をするにも自信がなくて、だからなかなか結果も出なくて。かなりひねくれていました。
でもそんなときに出会ったのが、ひとりの非常勤の先生でした。わたしたちの共通点は、どちらもバスケットをやっていたこと。週に一度、授業のときにだけ顔を合わせる程度でしたが、ふとしたきっかけで話す機会が増えて、いろいろと相談に乗ってくれたんです。
そうやって救われた経験があったから、わたしも生徒たちに寄り添ってあげられる先生になりたい。そんな風に思ったのが、教員という夢を抱いたキッカケでした。
▼先生との思い出を書いたnoteです。
そこから、先生と同じ大学に進学し、教員免許を取得して、4年という時間をかけて夢への挑戦権を手に入れた。
それにもかかわらず、わたしは「体育教師」という夢をあっさり捨てて、一般企業への就職を決めました。
教育実習に行ってみたら、成績を付けるのが嫌になっちゃって。そんな建前みたいな理由で、違う道に進むことにしたんです。そもそも本気で目指していたのかを疑いたくなるほど、高校生のわたしが描いた夢はあっけなく消えていきました。
でも今思えば、完全に消え去ったわけではなかった気がしています。あれから数年経った今、通信制高校で働いているんだから。
久しぶりに開いたはあちゅうさんの本「半径5メートルの野望」に、こんなことが書いてありました。
「夢がない」と言う人は、おそらく「夢」が「大志」でなくてはいけないと考えていて、何か誇れるような夢を持とうとしている、真面目な人なのではないでしょうか。でも、夢はもっともっと自分本位でいい思うのです。
これ、昔のわたしじゃん。すべてが見透かされているようで、ハッとさせられました。
それと同時に「夢はもっと自分本位でいい」という言葉のとおり、やりたいと思ったことに挑戦できるようになってから道が開けていったかも、という思いが頭のなかをめぐりました。
一種の覚悟のような、自ら退路を断つような。そんな想いで進むことを決めたとき、夢がひとつのかたちになった気がします。
覚悟というのは運を運んできてくれるのだと思います。今、世の中で成功者と呼ばれる人たちはみんな、覚悟が決まっている人たちです。「これをやっていく」と固く心に決めた人の本気には運が寄ってくる。運は本気と仲良しなのです。
わたしの覚悟といえば、教育の仕事に就くことを決めて沖縄に移住したことだと思います。心のどこかに眠っていた夢が、目を覚ました瞬間でした。
ふと目にした求人に、思い切って応募したこと。それも、30年以上暮らした東京を離れて、沖縄の田舎での暮らしを選んだこと。
挑戦するなら今しかないと、心のどこかで思ったこと。直感に近いその感覚を、今でもはっきり覚えています。
そして、生徒たちとの日々を過ごすなかで、心の底からやりがいを感じる仕事に出会えました。
それは、高校生の想いや考えを一緒にかたちにしていくこと。一人ひとりの夢や目標に向かって伴走することです。
たとえば大学受験。志望理由書や小論文のサポートを通して、その過程で見つけた想いや言葉とつなぎ合わせて、ひとつの作品を共に作り上げていく。
決まった答えがないからこそ難しい局面もありますが、それは生徒の数だけ答えがあるとも言えます。一人ひとりが納得する答えが見つけられたら、きっとそれが正解です。
果てしない作業ではあるけれど、そんな過程に携われることが、わたしにとって幸せな時間であることに気づきました。
英語や数学などの教科指導をするなら、ほかにも適任の人がいる。そのなかで、生徒たちのためにできることは何だろう。
そうやって向き合い続けたからこそ、当時は誰もやっていなかった、そしてこれまで培ってきた書くスキルを活かせる、そんなポジションを確立できたのではないかと思います。
こんな仕事があるなんて、会社員時代のわたしは知る由もなかったけれど。自ら行動したからこそ、舞い込んできたのかもしれません。
ただ、私が本を書きたい理由を突き詰めていくと、それは「人の心に残るストーリーを生み出して、誰かの人生に貢献すること」なのです。私の書いたものを読んでくれた人が、ちょっとだけ元気になったり、自分の人生について見つめなおしたりしてくれたら、それが何よりも嬉しいのです。こんな私でも、誰かの役に立てたのだなと思えたら、それが私の幸せです。
わたしがこの仕事にこだわる理由は、高校生の背中をそっと支えてあげたいから。かつてわたしが恩師にそうしてもらったように。今度はわたしがそんな存在でありたいと思っています。
高校生にとって、大学受験は人生をかけた大勝負。たったひとつの書類で、たったひとつの小論文で、運命が変わってしまうと思っている子も少なくありません。
もちろん第一志望に合格してほしいけれど、挑戦の過程で少しでも自信をつけてほしい。目標に向かって走る姿を見守りながら、そんな風に思っています。その自信が、未来を切り開く力になるはずだから。
「じんさんがいてくれてよかったです」
生徒からのそんな言葉は、わたしの大切な宝物。その言葉を胸に、これからも生徒たちの隣で走り続けていきたいです。
小さな夢の続きを、これからも追いかけていくために。
「あなたの夢は何ですか?」
今はまだ分からなくても、足元に転がっている小さなかけらが、輝き始める瞬間が来るかもしれない。わがままな妄想を膨らませながら、歩いていく人生もおもしろいかもしれない。
蹴っ飛ばしたり落っことしたりしながら、少しずつかたちが変わって、あなただけのかけらになっていく。そうやって見つけた夢は、何より愛おしいものになっているかもしれませんね。
