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13年ぶりに恩師と再会。そこにあったのは、高校生のわたしが描いた「教員」という夢の続きだった。

「サッカー部?」
「いや、女バスです」

高校1年生、真冬の体育。種目は、ソフトボール。

先生が産休に入るから非常勤講師が来るらしい、というウワサが流れていたけれど。まさか、授業の前に突然話しかけてきたその人が、新しい先生だったとは。

それが、T先生との出会いでした。

人見知りをいかんなく発揮したわたしは、最大級の警戒モード。やがてT先生もバスケットをやっていることを知り、それをキッカケに話すようになったのですが…

ちょうどこの頃、部活で思うようにいかず、伸び悩んでいた時期だったんです。スランプと呼ぶほど上等なものではなかったけれど、目の前には大きな壁がありました。

後から聞いた話だと、あからさまにドゥーンという重い空気をまとっていたようで。週に一度、授業で顔を合わせるだけだったのに、なにかと気にかけてくれていました。

顧問はもちろん、部員にも話せないようなグチや悩みを受け止めてくれた、まさに救世主のような存在。何をやっても上手くいかないと捻くれていたのに、ずっと背中を支えてくれました。

先生と生徒という序列を超えて、隣で話を聞いてくれた先生は、人生で初めてだったんです。上手く話せなかったことを手紙に書いたら、こっそり返事をくれたのも、今となってはいい思い出。

高校生の頃にT先生からもらった手紙。
「リキ」というのは当時のコートネームです。

感謝している先生はたくさんいるけれど、恩師が誰かと聞かれればT先生と即答できる。それくらい、先生との出会いは大きかった。


そしていつからか、T先生の背中が、わたしの目標になりました。


高校卒業後は、体育教師を目指してT先生と同じ大学に進学。休日はT先生の学校の部活に参加したり、試合の応援に行ったり。教育実習の前には、たくさんのアドバイスもいただきました。

T先生の教え子でいられた期間は短かったけれど、そんなことを忘れてしまうほど濃い時間を過ごさせてもらったと思います。


でもひとつだけ、ずっと後悔していたことがありました。それは、最終的に教員の道を選ばなかったこと。

あんなに世話を焼いてもらったのに、なんだか裏切ってしまったような。そんな気持ちを抱えたまま、教員とは程遠い一般企業への就職を決めました。

そして大学卒業を境に、先生の元へ足を運ぶことも、すっかりなくなってしまいました。


教員の夢を捨てたわたしには、特にやりたいこともなくて。目の前の仕事に必死に食らいつく毎日。大変なこともたくさんありましたが、大好きな会社で働けたことには感謝しかありません。

でも、いくつかの部署を転々としながら10年が過ぎた頃、このままでいいんだっけ?と思うようになりました。居心地のよさに甘えて、ぬるま湯につかっているのは、自分らしくないんじゃないかって。


まだまだ、挑戦できるはず。


そして新たな舞台として選んだのが、教育業界でした。ちょっとしたご縁がつながって、教育の現場で働くことになったんです。そのときに思い浮かんだのは、もちろんT先生の顔。


やっと、ここまで来れました。


あのときの感謝と教育の仕事に就くことを報告しないと。そう思ったものの、あの頃はスマホもLINEもない時代。いかんせん、連絡先が分からなかったんです。

さてどうしようかと思ったわたしは、諦める間もなくT先生の勤務先探しをスタート。もはや、ストーカーですよね。

でも奇跡的に、在籍している学校が分かったんです。そして一か八か、その住所に手紙を出しました。自分のメールアドレスを添えて。

何百人という生徒を送り出しているので、わたしのことを覚えている保証もありません。なんなら、先生の手元に手紙が渡るとも限らない。

それでも、何度も何度も書き直した手紙を、ドキドキしながらポストに投函しました。そしてその瞬間、なんだか一区切りついたような、不思議な気持ちになりました。


それから数日後、わたしのもとに一通のメールが届きます。そう、T先生から返事が来たんです。

お互い、生徒たちのために頑張ろう。

そこには、そんな言葉が書かれていました。宝物のようなメールを何度も読み返し、やっとここまでたどり着いたという想いで、胸がいっぱいになりました。


実際の教育現場では、思い通りにいかないことが山ほどあります。接し方や発言の受け止め方、そのときのアプローチによって、生徒たちの反応が変わってくる。ときには厳しい態度を取らなくてはいけないこともあって、戸惑うこともあったけれど。

こんなとき、T先生ならどうするだろう。

そんな風に考えたら自ずと答えが見えてきて、少しずつ自分のスタイルが確立されていきました。

生徒たちの隣に立って、一緒に走ること。そして、そっと背中を支えてあげられる存在であること。

それは今でも、わたしの軸になっています。

当時のわたしの勤務先

そして無我夢中で走り続けた数ヶ月後、ついに再会のときを迎えることに。なんと、わたしが帰省するタイミングに合わせて、時間を作ってくれたんです。強豪校のヘッドコーチなんて、絶対忙しいはずなのに。

いつの間にか自分もいい大人になったけれど、先生の前ではあの頃に戻ってしまう。なんだか懐かしい感覚に包まれながら、ふわふわした時間が流れていきました。

そして、気になってたことを聞いてみたんです。


「何で覚えててくれたんですか?」

「何でって、忘れるわけないじゃん」


そんな先生の言葉は、当時の空気をまとったまま、わたしのもとにスッと届きました。そっか、よかった。

あの日、新宿の居酒屋で交わしたビールジョッキは、いつにも増してずっしりとした感覚を帯びていました。再会できた嬉しさと、これからの覚悟を乗せて。


出会った頃のT先生の年齢は優に超えてしまったけれど、まだあの背中には追いつけていない。でもこうして再会できたことは、教育の仕事に関わることに、確かな意味をくれました。

自信は付けるもの。
はじめから持っている人なんていないし、失うこともある。
でも、リキは努力し続けられるプレイヤーだと思うから、もっとガムシャラにやってごらん。
必ず、自信になるから。

T先生からもらったこの手紙は、今でもわたしのお守りです。高校時代のツーショット写真と共に、移住先の沖縄へ持ってきました。

もしT先生に出会っていなければ、今こうして沖縄に住むこともなかったかもしれない。そう思うと、わたしの人生において、いちばん大きな影響を与えてくれた存在です。


T先生ご自身も、未だ挑戦の途中。昨年度、ウインターカップ(高校バスケの全国大会)に初出場すると聞いたときは、自分のことのように嬉しかったし。ライブ配信に映るその姿は、なんだか誇らしく感じました。


だからこれからも、やさしくて大きいあの背中を追いかけて、生徒たちのために挑戦していきたい。

それがわたしの、使命だと思うから。


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