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関係論的能力主義とは、能力は個人の中だけにあるのか

能力主義という言葉がある。

能力のある人が評価される。
成果を出した人が報われる。
努力した人が機会を得る。
実力のある人が上に行く。

一見すると、とても公平に見える。

親の地位ではなく、本人の力で評価される。

年功ではなく、成果で評価される。

肩書ではなく、実力で選ばれる。

だから、能力主義は近代的で、合理的で、公平なもののように見える。

しかし、人事の現場にいると、少し違和感が出てくる。

同じ人なのに、部署が変わると急に活躍する。

同じ能力があるはずなのに、上司が変わると成果が出なくなる。

同じスキルを持っているのに、チームの状態によって評価が変わる。

同じ仕事をしているのに、情報にアクセスできる人とできない人で成果が変わる。

本人の能力が低いと思われていた人が、役割を変えた途端に力を発揮する。

逆に、優秀だと思われていた人が、関係調整の難しい場に入ると機能しなくなる。

この時、私たちは何を評価しているのだろうか。

本当に、個人の能力だけを見ているのだろうか。

それとも、個人が置かれている関係、資源、期待、役割、承認、情報アクセスまで含めて「能力」と呼んでいるのだろうか。

私はここに、関係論的能力主義という見方を置きたい。

関係論的能力主義とは、能力を個人の内側に固定された属性としてだけ見るのではなく、人と人、人と組織、人と機会の関係の中で発揮されるものとして捉え直す考え方である。

能力は、たしかに個人に宿る。

知識もある。
技能もある。
経験もある。
判断力もある。
意欲もある。

しかし、それだけでは能力は働かない。

期待される役割がある。
必要な情報が届く。
相談できる相手がいる。
失敗しても学べる余白がある。
評価者がその能力を見抜ける。
チームがその能力を受け取れる。
組織がその能力を使う場所を用意する。

こうした関係条件があって、能力は初めて見える。

能力主義の盲点は、ここにある。

能力を個人の中だけに閉じ込めると、関係の不平等が見えなくなる。



先に結論

関係論的能力主義は、能力主義を否定する考え方ではない。

むしろ、能力をもっと正確に見るための考え方である。

一つ目: 能力は、個人の所有物であると同時に、関係の中で発揮される

能力は、ただ本人の中にあるだけでは成果にならない。

その能力を必要とする仕事がある。
任せてくれる人がいる。
試せる機会がある。
支援する関係がある。
成果を認識する評価者がいる。

この関係があって、能力は社会的に見える。

二つ目: 能力評価には、環境差が入り込む

情報、役割、上司、顧客、チーム、職場文化、家庭環境、学歴、社会資本。

これらは、本人の能力発揮に影響する。

にもかかわらず、評価の場面では「本人の能力」として見えてしまうことがある。

三つ目: 能力主義は、公平に見えるほど危うい

能力で評価していると言うと、公平に聞こえる。

しかし、何を能力とみなすか、誰の能力が見えやすいか、どの環境で発揮された能力かを見なければ、既存の有利・不利を正当化してしまう。

四つ目: 人事は、能力そのものだけでなく、能力が発揮される関係条件を整える必要がある

評価制度。
配置。
育成。
1on1。
オンボーディング。
マネージャー育成。
キャリア自律支援。

これらはすべて、能力を見つけ、伸ばし、発揮させる関係条件を作る仕事である。


今回扱う研究

今回は、「関係論的能力主義」という言葉を、既存研究をつなぎながら実務概念として構成する。

1. ハイパー・メリトクラシーをめぐる研究
内容: 近代型能力だけでなく、意欲、創造性、コミュニケーション能力、人間力のようなポスト近代型能力が評価対象として広がる社会を分析した研究である。今回の記事では、能力主義が学力や技能だけでなく、人格的・関係的な能力まで評価対象に広げているという根拠として読む。
著者: 本田由紀
著作: 『多元化する「能力」と日本社会』
出版社: NTT出版、2005年

2. 関係的平等の研究
内容: 平等を、単に財や機会の分配としてではなく、人々が対等な関係で生きられるかという観点から捉え直す論文である。今回の記事では、能力主義を考える時も、個人の配分結果だけでなく、人が互いにどのような地位や承認関係に置かれるかを見る必要があるという根拠として読む。
著者: Elizabeth S. Anderson
論文: What is the Point of Equality?
掲載誌: Ethics、1999年

3. 関係論的社会学の研究
内容: 社会を、個人や集団という固定的な実体の集まりではなく、関係、過程、相互作用から捉えるべきだと主張した論文である。今回の記事では、能力も個人に固定されたものとしてだけではなく、関係の中で現れるものとして捉える視点の根拠として読む。
著者: Mustafa Emirbayer
論文: Manifesto for a Relational Sociology
掲載誌: American Journal of Sociology、1997年

4. 資本の形態に関する研究
内容: 経済資本だけでなく、文化資本、社会資本、象徴資本といった複数の資本が、人々の位置取りや機会に影響することを論じた研究である。今回の記事では、能力に見えるものの背後に、家庭、教育、文化、ネットワーク、承認が入り込むという根拠として読む。
著者: Pierre Bourdieu
論文: The Forms of Capital
収録: Handbook of Theory and Research for the Sociology of Education、1986年

5. 社会関係資本と人的資本の研究
内容: 信頼、規範、ネットワークといった社会関係資本が、人的資本の形成に影響することを論じた研究である。今回の記事では、能力形成は個人の努力だけでなく、周囲の関係や支援構造によって支えられるという根拠として読む。
著者: James S. Coleman
論文: Social Capital in the Creation of Human Capital
掲載誌: American Journal of Sociology、1988年

6. 関係的調整の研究
内容: 共有目標、共有知識、相互尊重にもとづくコミュニケーションと関係性が、複雑で相互依存的な仕事の成果に関わることを示す研究である。今回の記事では、職場での能力発揮は、個人能力だけでなく、他者との関係調整によって大きく左右されるという根拠として読む。
著者: Jody Hoffer Gittell ほか
論文: Impact of relational coordination on quality of care, postoperative pain and functioning, and length of stay
掲載誌: Medical Care、2000年


そもそも、能力主義とは何か

能力主義とは、簡単に言えば、能力や業績にもとづいて人を評価し、選抜し、処遇する考え方である。

生まれ。
家柄。
身分。
年齢。
性別。
縁故。

こうしたものではなく、本人の能力や成果で評価する。

この発想には、明らかな良さがある。

努力した人が報われる。
実力のある人が機会を得る。
古い身分秩序を壊す。
組織に必要な人を登用できる。
年功や情実ではなく、仕事の成果で判断できる。

だから、能力主義は一見すると、公平で合理的である。

しかし、問題は、能力というものがそれほど単純ではないことだ。

能力とは何か。

誰が能力を定義するのか。

どの能力が価値あるものとされるのか。

能力を発揮する機会は平等なのか。

発揮された能力を誰が見つけるのか。

環境の差はどこまで評価に含めるのか。

ここを問わないまま能力主義を進めると、能力主義は「公平な評価」の顔をしながら、既存の不平等を見えにくくすることがある。


能力は、本当に個人の中にあるのか

能力は、個人の中にある。

これは間違いではない。

知識は個人が学ぶ。

技能は個人が身につける。

経験は個人に蓄積される。

判断力も、表現力も、粘り強さも、本人の中にあるように見える。

しかし、能力は個人の中にあるだけでは、社会的には存在しない。

誰かがそれを必要とする。

誰かが機会を渡す。

誰かが評価する。

誰かが協力する。

誰かが承認する。

組織がそれを成果として受け取る。

この関係がなければ、能力は見えない。

たとえば、ある人に非常に高い調整力があるとする。

しかし、情報が渡されなければ調整できない。

関係者が耳を貸さなければ調整できない。

権限がなければ調整できない。

調整した成果を評価する文化がなければ、ただの「便利な人」として消費される。

この時、その人の能力が低いのではない。

能力が発揮される関係条件が弱いのである。


関係論的能力主義とは何か

関係論的能力主義とは、能力を次のように見る考え方である。

能力は、個人の内側にある資質や技能だけではない。

能力は、関係の中で引き出され、認識され、使われ、評価される。

つまり、能力は「持っているか」だけでなく、「どの関係の中で、どのように発揮されるか」で見る必要がある。

この見方では、評価の問いが変わる。

この人は能力があるか。

だけではなく、

この人の能力は、どの条件で発揮されるか。
どの関係の中で見えなくなっているか。
どの役割なら力が出るか。
誰と組むと成果が出るか。
何が足りないと能力が沈むか。
評価者はその能力を見抜けているか。

と見る。

ここが大きい。

関係論的能力主義は、甘い評価ではない。

能力を環境のせいにして、本人の責任を消す考え方でもない。

むしろ、能力評価を精密にする考え方である。

個人の努力。
本人の技能。
周囲の支援。
役割の設計。
機会の分配。
評価者の認識。
組織の文化。

これらを切り分けて見る。

能力を、個人の中に閉じ込めない。

しかし、個人からも消さない。

この両方をやる。


なぜ人事に必要なのか

人事は、能力を扱う仕事である。

採用では、能力を見極める。

配置では、能力を活かす。

育成では、能力を伸ばす。

評価では、能力や成果を測る。

報酬では、能力や貢献に報いる。

昇進では、次の役割を担えるかを見る。

だから、人事が能力をどう捉えるかは、組織全体に影響する。

もし能力を個人の中だけに見ると、評価はこうなりやすい。

できる人。
できない人。
主体性がある人。
主体性がない人。
コミュニケーション力が高い人。
コミュニケーション力が低い人。
管理職向きの人。
管理職向きでない人。

これはわかりやすい。

しかし、粗い。

本当は、こう見た方がよい。

この人は、どの条件では力を出せるのか。

どの関係では沈むのか。

どの役割なら能力が見えるのか。

どの上司のもとでは伸びるのか。

どのチームでは貢献が見えにくいのか。

どの評価基準だと過小評価されるのか。

どの機会が与えられていないのか。

これが、関係論的能力主義の人事的な見方である。


能力主義の三つの盲点

一つ目: 能力の定義は中立ではない

能力とされるものは、時代や組織によって変わる。

昔は、正確に処理できることが重視された。

今は、変化に対応できることが重視される。

昔は、黙々とこなすことが評価された。

今は、自分から発信することが評価される。

昔は、専門知識が中心だった。

今は、コミュニケーション力、巻き込み力、主体性、人間力のようなものまで評価対象になる。

本田由紀が指摘したハイパー・メリトクラシーは、この問題に深く関係する。

評価される能力が、学力や技能だけでなく、人格的・情緒的・関係的なものへ広がっていく。

すると、能力評価は一見多面的になる。

しかし同時に、どこまでが評価対象なのかが曖昧になる。

明るさ。
素直さ。
巻き込み力。
主体性。
コミュニケーション力。
当事者意識。
変化対応力。

これらは重要である。

しかし、曖昧に評価すると、評価者の好みや組織文化への同調が入り込みやすい。

二つ目: 能力発揮の機会は平等ではない

人は、同じ能力を持っていても、同じ機会を得るわけではない。

誰が大きな仕事を任されるか。
誰が重要会議に呼ばれるか。
誰が上司に期待されるか。
誰が失敗しても再挑戦できるか。
誰がメンターを得られるか。
誰が顧客接点を持てるか。
誰が情報にアクセスできるか。

ここに差がある。

そして、この差は評価に跳ね返る。

機会を得た人は、能力を発揮しやすい。

機会を得られない人は、能力が見えにくい。

すると、評価はこう見える。

あの人は伸びた。

あの人は伸びなかった。

しかし、その背後には、機会配分の差があるかもしれない。

三つ目: 能力は承認されなければ能力にならない

能力は、発揮されるだけでは足りない。

誰かに認識され、評価され、意味づけられる必要がある。

たとえば、会議で論点を整理している人がいる。

しかし、それが「ただの議事進行」と見られれば、能力として評価されにくい。

チームの感情を落ち着かせている人がいる。

しかし、それが「空気を読んでいるだけ」と見られれば、貢献として残らない。

若手が顧客の違和感を拾っている。

しかし、上司がその価値を見抜けなければ、評価されない。

能力は、発揮と承認の両方で成立する。

ここが関係論的である。


職場で起きる「能力の見え方」のズレ

1. 上司が変わると能力が変わったように見える

上司が変わると、急に活躍する人がいる。

逆に、急に沈む人もいる。

これは、能力が急に増減したというより、関係条件が変わった可能性がある。

任せ方。
フィードバック。
相談のしやすさ。
期待のかけ方。
評価するポイント。
裁量の渡し方。

これらが変わると、能力の見え方も変わる。

2. チームが変わると、同じ人の評価が変わる

あるチームでは、発言が多い人が評価される。

別のチームでは、聞く力が評価される。

あるチームでは、早く決める人が評価される。

別のチームでは、慎重にリスクを見る人が評価される。

能力は、チームの文脈によって意味が変わる。

だから、評価面談で「この人は能力が低い」と言い切る前に、そのチームで何が能力として認識されているかを見る必要がある。

3. 役割が変わると、眠っていた能力が見える

人は、今の役割だけでは測れない。

調整役にすると光る人がいる。

顧客接点を持つと伸びる人がいる。

資料作成より対話で力を出す人がいる。

一人で考えるより、誰かの相談に乗る時に力を出す人がいる。

短期成果より、長期の仕組みづくりで力を出す人がいる。

役割が変わると、能力は変わって見える。

これは能力がなかったのではない。

能力が見える場所に置かれていなかった可能性がある。


人事評価にどう活かすか

関係論的能力主義を、人事評価にそのまま入れると難しく見える。

しかし、実務ではいくつかの問いに変えればよい。

1. 成果だけでなく、成果が生まれた条件を見る

成果を出した人を評価する。

これは必要である。

しかし、その成果がどの条件で生まれたかも見る。

単独で出した成果なのか。
チームの支援が大きかったのか。
既存顧客を引き継いだのか。
難しい顧客を開拓したのか。
上司の支援が厚かったのか。
情報アクセスが有利だったのか。

これは成果を否定するためではない。

成果の質を正確に見るためである。

2. 未達の原因を、本人だけに閉じない

未達だった。

成果が出なかった。

評価が低かった。

この時、本人の能力不足だけで終わらせない。

役割は適切だったか。
期待は明確だったか。
必要な情報はあったか。
上司の支援はあったか。
チームの協力はあったか。
難易度は妥当だったか。
本人に学習機会はあったか。

こう見る。

これにより、評価が育成につながる。

3. 評価項目に「関係を使う力」と「関係を育てる力」を入れる

現代の仕事では、個人で完結する成果は少ない。

だから、関係を扱う能力も評価する必要がある。

ただし、曖昧なコミュニケーション力で終わらせない。

たとえば、こう分ける。

必要な情報を取りに行く。
関係者の期待を調整する。
他者の知識を活用する。
自分の判断理由を説明する。
異なる立場をつなぐ。
他者の能力発揮を助ける。
チームの学習を促す。

これなら、能力が少し具体になる。


配置・育成にどう活かすか

1. 適材適所を、個人特性だけで考えない

適材適所というと、個人の強みと仕事を合わせる話になりやすい。

しかし、関係論的に見るなら、そこに関係条件も加える。

どの上司と組むと力が出るか。
どのチームなら発言しやすいか。
どの顧客接点なら強みが出るか。
どの役割なら承認されやすいか。
どの仕事なら学習機会があるか。

配置は、個人と職務のマッチングだけではない。

個人、職務、上司、チーム、顧客、機会のマッチングである。

2. 育成は、本人への研修だけでは足りない

能力が関係の中で発揮されるなら、育成も本人だけに閉じない。

本人に研修を受けさせる。

それは大事である。

しかし、それだけでは足りない。

上司の任せ方を変える。
フィードバックの質を上げる。
挑戦機会を渡す。
相談できる関係を作る。
ロールモデルと接点を作る。
失敗から学べる場を作る。

これらも育成である。

3. キャリア自律も、個人任せにしない

キャリア自律は、自分で考えろという意味ではない。

自分の経験を意味づけ、次の機会につなげられる状態を作ることである。

そのためには、関係がいる。

相談相手。
フィードバック。
情報。
機会。
ロールモデル。
社内公募。
越境経験。

キャリア自律も、関係論的に見る必要がある。


関係論的能力主義の注意点

一つ目: 環境のせいにしすぎない

能力は関係の中で発揮される。

これは重要である。

しかし、すべてを環境のせいにすると、本人の努力や責任が消える。

それも違う。

関係論的能力主義は、本人の能力を否定しない。

本人の努力も見る。

ただし、その努力が発揮される条件も見る。

二つ目: 関係性を評価しすぎると、同調圧力になる

関係を重視すると、今度は「空気を読める人」「周囲とうまくやれる人」だけが評価される危険がある。

これは、ハイパー・メリトクラシーの罠に近い。

協調性。
素直さ。
巻き込み力。
人間力。

こうしたものを曖昧に評価すると、異質な人、批判的な人、静かな人、独自の視点を持つ人が排除されやすい。

だから、関係性を見る時も、同調ではなく、仕事上の貢献として見る必要がある。

三つ目: 評価者の目も問われる

能力は、承認されて初めて能力として扱われる。

ということは、評価者の目が偏っていれば、能力は見落とされる。

声が大きい人の能力は見えやすい。

調整する人の能力は見えにくい。

成果物を出す人は見えやすい。

関係を整える人は見えにくい。

人事は、評価者が何を能力として見ているかも点検する必要がある。


明日から使える問い

評価面談で使える問い

この成果は、どのような関係や支援の中で生まれたか。

本人が発揮した能力は何か。

周囲の支援や機会は何だったか。

次に、より自律的に発揮するには何が必要か。

見落としている貢献はないか。

配置検討で使える問い

この人は、どの役割で力が出るか。

どの上司やチームだと能力が見えやすいか。

今の配置で、能力が沈んでいないか。

本人の弱みなのか、関係条件の不一致なのか。

次の機会として、どの関係に置くと伸びるか。

育成で使える問い

本人に何を学ばせるか。

だけでなく、

誰と働かせるか。
どんな機会を渡すか。
どんなフィードバックを返すか。
どの失敗なら学習として扱えるか。
どの関係資源を増やすか。

ここまで見る。


違和感として締める

能力主義は、冷たく見えることがある。

できる人は評価される。

できない人は評価されない。

努力した人が報われる。

努力しない人は報われない。

その線引きは、わかりやすい。

しかし、人間の能力は、そんなに単純ではない。

人は、関係の中で力を出す。

期待されて伸びる。

任されて伸びる。

見つけられて伸びる。

支えられて挑戦する。

承認されて自信を持つ。

逆に、関係の中で沈むこともある。

期待されずに沈む。

機会を得られずに沈む。

評価されずに沈む。

相談できずに沈む。

役割が合わずに沈む。

それを全部「能力がない」と呼んでしまうと、人事は大事なものを見落とす。

関係論的能力主義は、能力主義を捨てるための言葉ではない。

能力を、もっと深く見るための言葉である。

誰ができるか。

だけではなく、

どの関係の中で、その人はできるようになるのか。

ここを見る。

人事の仕事は、能力のある人を探すことだけではない。

能力が見える関係を作ること。

能力が育つ機会を渡すこと。

能力が正しく承認される評価を整えること。

そして、能力が個人の責任だけに閉じ込められない組織を作ること。

能力は、個人の中にある。

でも、個人の中だけにはない。

この矛盾を扱えるようになった時、人事評価も、育成も、配置も、少しだけ人間に近づく。


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根拠・確認メモ

  • 本田由紀『多元化する「能力」と日本社会』NTT出版、2005年。ハイパー・メリトクラシー、ポスト近代型能力、人格的・関係的能力の評価拡大を考える基礎文献として参照。https://www.nttpub.co.jp/book/detail/4757141041/

  • Elizabeth S. Anderson, “What is the Point of Equality?” Ethics, 109(2), 1999, pp.287-337。平等を分配だけでなく社会関係として捉える関係的平等論の文献として参照。https://www.philosophy.rutgers.edu/joomlatools-files/docman-files/4ElizabethAnderson.pdf

  • Mustafa Emirbayer, “Manifesto for a Relational Sociology,” American Journal of Sociology, 103(2), 1997, pp.281-317。社会を実体ではなく関係と過程から捉える視点として参照。https://cir.nii.ac.jp/crid/1363107370396217984

  • Pierre Bourdieu, “The Forms of Capital,” 1986。文化資本、社会資本、象徴資本を通じて、能力や資格に見えるものの社会的条件を考える文献として参照。https://web.stanford.edu/~eckert/PDF/Bourdieu1986.pdf

  • James S. Coleman, “Social Capital in the Creation of Human Capital,” American Journal of Sociology, 94, 1988, pp.S95-S120。社会関係資本が人的資本形成に関わることを考える文献として参照。https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=1505872

  • Jody Hoffer Gittell et al., “Impact of relational coordination on quality of care, postoperative pain and functioning, and length of stay,” Medical Care, 38(8), 2000。関係的調整が成果に関わる実証研究として参照。https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10929993/

  • 本稿の「関係論的能力主義」は、上記の能力主義批判、関係論的社会学、関係的平等、資本論、社会関係資本、関係的調整の議論を、人事評価・育成・配置へ接続するための実務概念として構成した。


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