画材として色鉛筆で描くだけでずいぶんこころはおちついてその点でも描き甲斐があると思う
はじめに
このところ絵をよく描くようになった。というか再開した。あっというまに画用紙が埋まっていく。午後はやくに職場から帰るとけっこう陽が傾くまで時間がある。そんなとき1枚の絵にすぐ取り組める画材がある。
きょうはそんな話。
ありふれた画材
大作の絵を描こうとはまったく思っていない。むしろ日々のすきま時間をみつけてちまちま描くほうがたのしい。身近なものを対象に描く。以前は油絵の具を使ったがここは賃貸。借り物のうえに壁は白。落とすことの難しい絵の具を使うことはそもそも考えていない。そろそろ40年近く買い足しつつ使いつづけた道具類を処分していいだろう。
それに代わりよく手にとるのが色鉛筆。これがじつになめらかで描きやすい。国産のじつにありふれた文具でわが子が使っていたもの。それにもかかわらず使いよい。これをカッターで削りながらつかう。
身近なモチーフ
ほぼ家で描くので身のまわりのものが対象になる。このあいだは甘夏、貯金箱など。以前旅行したときに撮した写真など。
モデルさんをたのむのはたいへんなので、これも以前に撮影を許してもらった写真をもとに描くことも。そしていずれも下書きは淡く4Bの鉛筆で。その上から色鉛筆を重ねていく。
描くためには
ほぼ1時間ほどだろうか。そのあいだはほぼうごかないで集中して描く。そのあいだは家事がすすまないので、もちろん空き時間をみつけて。逆に絵を描こうと思うとほかの用事を手早く済ませて時間を確保。
だらだらと雑用をやっても自分のための時間はなかなか確保できない。なるべくあれをやろうときめる。こじあけるように時間をつくらないとそのうち雑事だけで1日が終わってしまう。つかれて寝るだけの生活になりかねない。
趣味として
こんなふうにやりたいことを積極的に確保するのは久しぶりかもしれない。もしかしたらこどもが生まれてしばらくまではそうしようとやりかけた。いつのまにか忙しさにまぎれてとぎれてしまった。そののちも思い出したように再開したが、急に責任を追うしごとが舞いこむ。時間のかかる用事に大部分の時間を費やすなどで絵を描くほうに気が向わずじまいだった。
そののち落ち着いて、ようやく先生について基本からやり直そうとしたが、案の定しごとは休日返上、残業つづきの忙しさで指導を受けられない。そうして体を壊し、転職。そののちもなかなかやりかけては中断。
おわりに
何度もの中断を経たが、また絵にもどってこれた。というかわたしには絵が残った。没頭しているとストレスをまったく感じない。趣味にストレスなんてと思われそうだが、やりようによってはあるいはやり方によっては感じてしまうかもしれない。たとえば絵画の団体に入りグループで活動するなど、人間関係に気をつかうことはしないつもり。
前のように神経をすりへらしてはなんにもならない。この色鉛筆はいつも携えている。
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