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学びの手がかりとして本をさがす・著書をみつける


はじめに


 先達の苦労のあとは活かさないともったいない。そうして残ってきたのがさまざまな書物として遺される。古今東西、さまざまなかたちで語りつがれ、文字にしるされ書き写されて、なかには奇跡的に千年以上むかしの物語や考え方すらそうした書物から知れる。

それらの膨大な情報のなかから所望のうってつけのものをみつけ、どう身につけ今後に活用するか。その方法論はこの情報化が急速にすすむなかで変わりつつあるのかもしれないが、根本の手法や身につけ方はほぼおなじはず。

きょうはそんな話。

みつけだす


 大昔ならば、あるだけまし。手に取れるだけありがたいのが書物。おそらく好物であれば手元にあるだけほとんど目にするというかたちがひとむかしまえまでの行動だったにちがいない。おそらく地球上のあらゆる庶民(いまもってそうとは限らないだろう)が、書物を手にとれて読めるようになったのはそんなにむかしでないのはたしか。

こう考えると現代はじつにめぐまれている。基本的にいながらにして近年の書物や文献の情報はおのずと手に入る。もちろんそうした情報網にかからないものもなかにはある。しかしそれらを参照した二次情報を手がかりに見つけ出すこともある程度できる。

そう考えると、ほんの四半世紀まえまでの文献や資料をさがしだす苦労をいくら若い方々に話してもピンとこないのはたしかだろう。もはやイメージすらできないかもしれない。

図書室・図書館で


 もちろんこどものころから本を置いてある場所に出入りし、書物や文献に接する経験はやってきたはず。これなしではなにを調べるでも広く深く知ろうにもむずかしい。所望する適切な情報の掲載された本を探し出し情報をまとめてヒトにつたえるという作業の経験はどんな分野でもたいせつ。
そしてもっともためになり学びを深め理解をたすける。

それらの作業を興味に沿ってやりつづけるとそれなりにかたちになり見えてくるものがある。このテーマの現状や課題がおぼろげながら見えてくる。それにどう対処するか考えをめぐらせる。

それはどの段階とておなじでは。小学生でも小学生なりにわかる範囲で気づけるだろうし、むしろ中学、高校とすすむにつれて、もっとも現代人としてふさわしいかたちで捉えられるようによりすぐりの情報としての教科書などの内容をみにつけていけるのだから。

書物を通じて


 古い書物でも陳腐化した情報の集まりばかりでないことを知れるだろう。むしろ現代の思考の基盤として確固とした記述、つまり端緒となった大もとにたどりつけるはず。ここからはじまったのかという感慨にひたれる。

やはり先人が苦労や苦吟のうえに確立し書物として遺した功績はほかに代えがたい。そこまで人類がだれも気づけなかったところまで他にさきがけて、こうして書き記したわけだから。

おわりに


 本をさがし、みつけだし、じっくりと読みすすめる。それまで得た知識や考え方とくらべつつ行をたどる。なかには新鮮なおどろきや目新しい考え方に出くわす。そんな個所が手にとった書物にひとつでも見つかると、充実した読書ができたと言っていいかもしれない。


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