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No.03:中間のない「全か無か思考」は、抗うことが難しい劇薬|時空ラボ

No.02では、人がネガティブであれポジティブであれ、勝手な物語を生み出してしまう話と、そこから「認知の歪み」が生まれやすい話をしました。

今回は「全か無か思考」という極端な思考の危うさについて解説していきますが、その前に、なぜ「認知の歪み」について細かく掘り下げる必要性があるのでしょうか。

手っ取り早くネガティブ思考から脱出するノウハウを説明するのではダメなのか……?


◎歪んだ認知では、自分の思考の偏りに気づけない

極端なものの考え方を矯正するには、「いま自分は偏った考え方をしているな」と気づける必要がありますよね。

しかし認知が歪んでいる状態では、気づくことができません。
「認知の歪み」の定義を知っているからこそ、自分が偏ったマインドに陥っていることに気づけるのです。

あと面白いのは、他人が「認知の歪み」に囚われている状況に気づけるようになります。
コミュニケーション上手と思われている人や、ポジティブなマインドの人でも、意外と何かしら「認知の歪み」がありますよ。

◎日常における「認知の歪み」恥体験

ここで自分の情けない実体験をお話しします。
私は声が小さく、例えば飲み会の場でも人数が多いほど埋もれてしまいます。

そういうときは、隣の人に話しかけに行くわけですが、その人も当然のように盛り上がっている輪に参加しており、私の声は届きません。

まあ、そうですよね。
理解しているつもりでしたが、気持ちとしては受け止められませんでした。

  1. 「無視されてしまった」

  2. 「自分のことには興味がないみたいだ」

  3. 「もしかして嫌われている?」

上記のような思考の流れ、嘘みたいに思われるかもしれませんが、私はこういう感覚に襲われてしまうのです。

◎「全か無か思考」は中間がなくなるので危険

「認知の歪み」は恐ろしいものです。
相手が私の言動を気に留めなかったことに、「好き」「嫌い」いずれのメッセージもなかったことでしょう。

しかし自分は「全か無か思考」に陥ってしまい、ものごとを全(好き)か無(嫌い)かで判断しようとしていたというわけです。

実は「全か無か思考」に限らず「認知の歪み」に抗うのは難しいもので、(役に立つ場面もあるのですが)たいていは劇薬と化してしまいます。

そんな「全か無か思考」では中間がなくなるのが特徴です。
特に悲しいとき、怒っているとき、不安なときなどは要注意ですよ……!

前回も説明した通り「認知の歪み」には、ほかにも定義があります。
No.04では、その内の「一般化のしすぎ」について解説したいと思います。


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