見出し画像

私のせいじゃなかった。2つのカメラと、体を出発点にする暮らし





「私のせいだ」
そう思い込んで、何十年も生きてきました。

周りのみんなが普通にできているように見えることが、なぜか私にはできない。

賢く生きられなくて、
力の抜き方もわからなくて。

目の前のことに飛びついては、クタクタに消耗する毎日。

そのたびに
「なんて自分はダメなんだろう」
と、一人で自分を責めていました。


それでも、学生時代、勉強も運動もそれなりにできてはいました。
ただ、体の中では、いつも張り詰めたような「力み」があったのです。 

周りの子がどこかリラックスして疲れているのに対して、私だけは疲労の度合いが全く違う気がする。 

「私の性格のせいなのか、
体力のなさのせいなのか」

何か失敗した時には、笑って済ませることができず、すべてを深刻に受け止めすぎてしまっていました。

真に受けていたのは、言葉も同じ。
周りの人は、親や先生の言葉に自分なりの反論や意見を持って、うまく計算しながら生きているように見えました。

けれど私は、ただ言葉をそのまま鵜呑みにして、そのまま行動してしまう。
 
自分というものがないからだ。
他人に振り回されてばかりなのは、私の頭の回転が遅いからだ。
自分でちゃんと考えて生きてこなかったからだ。 

そうやって、何が起きてもすべて「自分のせい」に着地してしまいました。


その悩みは、誰にも伝えることはありませんでした。 
どう表現していいかわからなかったのもありますし、どこか「自分を守るためのプライドの壁」のようなものもあったのだと思います。

いつの間にか、その「力んでいる自分」を「頑張っている自分」だと無意識に捉えるようになっていきました。

周りからも
「頑張り屋さんだね」
と評価される。

でも、そう言われることが、実はすごく嫌でした。 
頑張りたくて頑張っているわけではない。
どうしたら頑張らずに生きられるのか、方法があるならむしろ知りたいと、ずっと思っていました。

だからこそ、能天気に楽しそうに生きている人を見るとイライラしてしまい、摩擦が生まれることも。
「頑張ること」が、私のアイデンティティになってしまっていたのです。 


頑張ることをやめたら、存在として消えてしまうのではないかという恐怖。 
そして今思えば、体の中に常にうごめいていた「微細な不調やノイズ」を遮断するために、動き続けて体を麻痺させるしかなかったのだと思います。

クタクタに消耗した筋肉の熱感や疲労感を、「生きている実感」にすり替えることで、なんとかバランスを取っていたのでしょう。 

それでもどうしても動けなくなるときがくる。
そうなると「動けない自分」をまた性格や体力のせいにして、責め続ける毎日でした。



ジストニアと、手首のブレスレット


そんな限界を重ねた末に、瞼に異変が現れました。

しかし痙れんという目に見える症状が出ても、なお
「私のストレスのせい、弱さのせい」
という、いつもの負のループに陥りそうになりました。

検査入院をしても
「異常は見つかりませんでした、疲れかもしれないですね」
と片付けられてしまったからです。


その中で、まぶたの構造に問題があると考える専門医に出会いました。

 「目が開きにくい構造だから痙攣が起きるし、だから頭も痛くなるし、首や肩も緊張しやすいんですよ」 

そう説明された時、生まれて初めて
「私のせいじゃない。
体に物理的な原因があったんだ」
と、救われた気がしました。

すぐに、手術をすることに決めました。

 「体の問題だから、自分の性格や能力とは切り離せる。
これまで大変だったのは、私が弱いからではなく、体に原因があったからだ。それを証明したい」
という一心でした。


ですが、手術をしても、生きること自体の楽さは戻ってきませんでした。 

「他の人は1回で済むのに、私は欲張りなのだろうか」
そうした思いが湧いても、すぐに、頭の中で上書きしていきました。

「それだけ瞼の構造が他の人より複雑だからだ。
それほどまでに大変な体で頑張ってきたのだ」
と。

しかし結果的に、私の体には「全身にジストニアの症状が出る」という、さらなる異変が起き始めました。

普通なら、そこで立ち止まるのかもしれません。 
でも私は、なおも
「瞼の手術だけで頑張って治す」
という選択にしがみつきました。 

実際に、瞼の開き具合によって、全身のジストニアの状態も変化していたからです。

 「ジストニアは、脳の誤作動が原因と言われているけれど、私に限っては違う。この瞼という物理的な体に問題があるんだ」
 
そうやって、自分を奮い立たせていました。
誤作動を起こすほど弱い人間だと、言われているような気がしてしまったのです。

それまで頭痛、胃痛、貧血など、どんな不調で病院に行っても
「異常なし、ストレスですね」
と言われ続けてきました。 

そうした医療への、強い反発もあったのだと思います。
自分の生きづらさの証明を、諦めたくなかったのです。


そうして、何度も手術を繰り返していきました。 

後から思えば、私は、かつて過度の疲労感で生きている実感を得ていた時のように、「手術の刺激」を生きるエネルギーにしてしまっていたのだと思います。

気づけば症状はどんどん悪化。
歩けなくなったり、声が出なくなったりする状態になっていました。

「もう、このやり方は限界なのかもしれない」 

そんな葛藤の中にいた、ある日のことです。 
ふと、手首にブレスレットをつけた時、症状が少し軽くなる感覚がありました。

不思議に思い、腕時計や、細いブレスレット、イヤフォンなど、重さの違うものを色々試してみました。 

すると、手首にかけるわずかな重さの違いによって、体の症状が明らかに変化することに気づいたのです。





「あれ。
もしかして、症状は私を苦しめる害ではなく、この小物と同じように、全身のバランスを必死に保とうとしてくれているんじゃないだろうか?」

その証拠に、小物を外すと、一気にバランスが取れなくなって症状が強く出ました。 

やっぱり、これは、脳の誤作動なんかではない。
誤作動だったら、小物で軽減するはずがない。
そんな核心のようなものも、芽生え始めていきました。

そうか。
体は壊れたんじゃなくて、バランスの崩れを補うために、必要があってこの症状を出してくれていたんだ。

「これ以上行ったら危ないよ」
「今のやり方は合っていないよ」
「一度立ち止まる時期だよ」

一生懸命にブレーキをかけて、合図を出して、守ってくれていただけだった。

じわじわ、じわじわと、少しずつ心の中で変化が起き、ようやく体との長い戦いが終わりを迎えます。

自然と手術への欲求も薄れ、自分の体の「一番の味方」として、体の声を聞き、実験を重ねていく生き方へシフトしていきました。

不思議なことに、体調も、少しずつ上向いていきました。



カメラの仕組みの違い


しかし、私の中に一つ、どうしても解けない疑問が残っていました。

 「体のサインだということはわかった。
けれど、なぜ私は、他の人以上にこんなに過剰に反応が出てしまうのだろう?」

また、自分を責める思考に引き戻されそうになっていた時。 
たどり着いた答えが、「頭の中のカメラのタイプの違い」でした。

世の中のルールや大枠を作っているのは、私とは全く違うタイプのカメラを持つ人たちだったのです。

その人たちのカメラに映る情報はほんのわずか。
その中から、脳が必要・不要を自動で判別し、シンプルな文字に変換してくれる。
意識にのぼるのはすっきりしたテキストだけなので、枠組みを作りやすく、サクサクと迷わず行動できるのです。

そういう脳を持っている人たちの世界。

だから、そこから伸びている枝葉である、教育も、医療も、心理も、仕事も、ビジネスも。 
すべてが、その人たちにとっての「当たり前」をベースにして動いていたんだ、という気づきです。


一方で、私の持っているカメラは、目に見えるものだけでありません。

その場の空気、気配、目に見えない微細な情報まで。
すべて実際に存在しているものとして映し出します。

情報量が多すぎるため、自動でシンプルなテキストに変換できない。
おまけに全身の筋肉や神経をフル稼働させて、一つひとつ取捨選択しなければならないのです。

そんな膨大な情報に囲まれて生きている人間が、頭だけでサクサク動いている人たちの基準に合わせようとしたら、体がパンクして、激しい力みや症状が発生するのは、当然のことでした。


私が悪かったわけでも、能力が足りなかったわけでも、障害でも何でもない。 
ただの、「脳と体の仕組みの違い」だった。
それだけのことだったんだ、と、心の底から納得がいきました。





これからの暮らしと、実験の場


思考の枠組みから出発して、そこに体を合わせようとする生き方。 

体を出発点にして、今の体の情報の中でどう進めば身軽に動けるかを考える生き方。 

この二つは、全くの真逆です。
だからこそ、これからの私は、四角い社会に自分を押し込めるのをやめました。 

合わないから、力む。
合わないから、疲れる。
ただ、それだけなのだから。

日々、自分の体の感覚を一番の頼りにして、一歩一歩、生活の中で小さな実験を積み重ねながら進んでいく。
それが、私のこれからの生き方です。


だから、私は「研究日誌」を書いています。
これまでの時間を整理し、自分という存在の場を整えるために、このnoteという場所を借りています。

これからも自分の体で実験を重ね、日々のデータを淡々と集めていくこと。

それによって、呼吸しながら暮らせる知恵の選択肢が手元に増えていく。

それは、私にとって、とても面白く安心できる景色です。


_

この記事を音声で聴く(YouTube)

noteの全体図



ここから先は

0字
自己紹介と、「私にとっての事実」を巡る2つの考察記事を収めた探究集です。

自己紹介と、そこから派生した2つの考察記事をまとめたマガジンです。 なぜ長年、自分について言葉にできなかったのか。 自分にとっての「事実…

Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

この記事が参加している募集

心身探究の活動、および研究日誌の執筆へのサポート窓口です。 頂いた資金は、身体優位に関する活動と制作の維持・運営費として活用いたします。