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「織田信澄と本能寺の変。」

織田信澄おだのぶずみは、本能寺の変の3日後、大坂城に待機していたところを、織田信孝のぶたかに殺された。

「信澄が光秀の娘婿むすめむこであることから、光秀と共謀したのではないか」と疑われてしまったのだ。

これに柴田勝家が加わって、光秀と信澄と勝家、3人で本能寺の変を起こしたといううわさもあった(『大日本史料』)。


大河ドラマでは「裏切り者の子どもだから」という理由で悪者にされていたが、
史実では「光秀の娘婿だから」という理由で殺されたのである。

そして首までさらされた。

本当に、かわいそうである。
スゴいやつだったのに……。(▼前回参照)


しかし、信澄の共謀について「コレハウソ」つまり誤報であったことが、当時の記録『多聞院たもんいん日記』に追記されている。

当時の段階で共謀は見直され、現代の研究でも、本能寺の変前後の行動から信澄と光秀が共謀している様子はないことが認められている(高柳光寿『明智光秀』吉川弘文館、2005年)。


私たちの本でも、『大切だいぎり本能寺の変』300ページ「信澄」、
『本能寺の変 明智光秀冤罪説』106ページ「織田信澄と共謀せずして誰とする」にて言及している通り、
光秀が本気で謀反を企んでいたのなら、信澄との共謀は必至だと思われる。
けれど、それがなされていないのはおかしい。


まぁ……光秀はやっていないので、誰とも共謀するわけがないのだけれども。



で、あの、……柴田勝家は?

柴田勝家も共謀してるってうわさがあったのだけれど、
誰もなにも言わないのね。



では、今週の大河ドラマ「本能寺の変」の〜あらまし〜を振り返って、本日はおしまいにしましょう。

ドラマ終了とともに弟から送られてくる、この“今日の豊臣兄弟”。
母さんと読んで、めちゃ笑った。
みなさまもぜひご一読ください。


豊臣兄弟0712。


信澄が子供の頃から、母親に信長を殺すよう教え込まれていたことを光秀に打ち明けたよ。
信長殺したあとのビジョンはノープランだってさ。

光秀さんが足利義昭さんに密書のことを確認したら、「ワシを巻き込むな」という回答だったので、信澄オンリーの企みでした。

そんなこんなで武田が滅んだとこまで話は進んで、高松城の水攻め始まったとこで、信長さん自身に出陣してもらって毛利にトドメを刺す約束をしてたと主張する秀吉の言葉を信じて秀長は安土に連絡に行ったけど、そんなこと聞いてないって信長は返したよ。

中国では使者の安国寺と和睦の打合せを始めた頃に、安土では家康さんの接待が始まったけど、信長さんに出された鯉料理に毒が入ってるって事件起きちゃって、マウスで実験すると、マウスは即座に死んじゃったよ。

毒仕込んだ心当たりがありそうな光秀に信長が問い詰めるけど白状してくれないので、思わず暴力振るっちゃってトドメにドロップキック食らわせたけど吐かなかったのに、信長側近によってあっさり信澄さんが犯人とバラされちゃったよ。

ちなみに家康さんは家康さんで、実は妻と子供殺された(ことになってる)恨み持ってたけど、実行はしてなかったよ。

秀長はまだ安土に残ってたので、饗応役の任務とかれて援軍を任された光秀と備中で会おうと言って解散したよ。

あと傷ついた信長さんはお市様に励まされてたけど、あまり効き目なかったのでお市様は秀長(まだいた)をヘルプで呼んで信長さんと晩酌させたよ。

信長は秀長に「兄を殺したいと思ったことあるか」と聞くと「しょっちゅうあるけどアイツはほっとけねぇ」という回答で、信長さんの弟の信勝も恨んでないって慰めの言葉をかけたとさ。

機嫌が戻った信長さんは備中に向かうことにして、本能寺にわずかな手勢(笑)で宿泊することになったよ。

光秀は足利義昭がもう関わりたくないってわかってなんかヤケになっちゃったので、本能寺起こしたよ(なんでさ)。

んでもって信澄は本能寺で信長さんに切りかかったけど、颯爽と助けに来た森成利(乱丸)に切られました(なんじゃそりゃ)。

信長は是非もなしという最期の言葉と共に切腹しましたってとこで今週は終了。

来週は信長さんは生きてると信じて(るふりをしてる)秀吉が中国から引き返すみたいね。


……しかし最後に出てきて切りかかってきた信澄は、信長さんのイマジナリ信澄やったのかもしれん。


▶次回◀

▶前回◀


※関連書籍『大切り本能寺の変』
※関連書籍『本能寺の変 明智光秀冤罪説』

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