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【職人の徒然日記 #1】DXは空想か武器かー職人の経験が導くオムニバース論

みなさんこんにちは。昨今、なんでもかんでもDXという言葉に拒否反応を起こし始めている私、精密金型の製造技術開発や各種自動化システム・工作機械の開発をしてきた元(今もだ!)職人の私が今一番気になっているNVIDIAのOmniverse(以下「オムニバース」)について語ろうと思います。
※私の職歴として、精密・多品種少量(多量)という製造カテゴリーからの目線になりがちということを先に弁解しておきます。

オムニバース、よく目にするのはBMW様の事例や、工場全体を俯瞰してデジタルツインですよ!とアピールしているものなど、イメージビデオかよ!って思うものが多いと思うのですね。
実際に他社の提案資料の事例を見ても、自動車のクラッシュテストや船舶のスクリューの流体シミュレーションなど、比較的大掛かりな内容に対してものが見受けられます。

そうだよ!これだよ!こんな風にしたいんだよ!と心躍らせる人たちが出てくるのも分かります、映画の「レディ・プレイヤー1」の世界観などは私でもあこがれるデジタルツインの世界であることは認めますし、そもそも何十年と時間が経過しても普及しない3Dプリンターなどは、こうしたバーチャル空間上の“モノ”が自宅で印刷できる、みたいな夢を個人に(当時メイカーズと言われた)与えてくれた功績は大きいと思っています。

そう、確かにわかる・・・が、私だけでなく日々業務をこなしている製造業の担当者レベルに話をすると、そんなのCADで出来るじゃん!とか、シミュレータで出来るじゃん!とか否定的な発言の玉手箱状態になるわけですが、これはとても自然の流れで仕方のないことだとも思うのですね。
また、大掛かりな内容ではない事例として、ロボットで金型に素材(鍛造のインゴットなど)をセットして取り出すという行為の自動化に関するシミュレーションをオムニバースで行った事例などもあります。

一般的に説明される内容としては、ロボットの配置や可動範囲内での安全への配慮、あるいはどのように素材を入れてどのように回収することが最も効率良く行えるかなどを事前検証するという、まあ、よく聞く内容であるわけですね。
これに対しても、上記同様の “こうすれば出来るよね、これ使えば出来るよね” という意見が大多数ですし、私自身、“そんなのは頭の中で考えられるし、あるいは紙に工場レイアウトを印刷して、ロボットの形に切り抜いた紙を指で・・・” のように考える始末です。

ですが、私の中にいるもう一人の私、欧州企業に長期間在籍し、現地で自動化や高効率された開発の現場を見てきた私が問いかけてくるのです。“自動化システム納入、特にロボットの制御、実際のロボットの挙動まで事細かく考えていた頃を思い出せ!” と。

そう、これはどういう事かというと・・・

ロボットのプログラム(ティーチング)作成には、CAMやコントローラで行うものと、実際にロボットの本体を人間が操る(手でつかんで作業動作を実際に行う)ことでプログラムを行うものがありますが、これって、無負荷状態なんですよね。
安全面考えれば何十キロもあるものを足の上を通すわけにはいかないですし、落としてしまうことで対象物にキズをつけてしまう恐れもあるわけで、まあ、やらないです。

コンピューターの中で行った検証や出力されたデータ通りにロボットを動かしても微妙な形状の不一致や寸法の未達、あるいは原因不明の外観不良などが起こります、これね、当たり前と言えば簡単ですが、要するに、ロボットって撓むんですよ。
もちろん、負荷(持ち上げる重量)によって変わりますよ、でも、出来るだけコンパクトな個体を設置したい工場では耐荷重ギリギリのロボットを選定している場合も多く、このような場合、例えば100ミリ持ち上げればよいところを102ミリ持ち上げるような制御を行って対応しなくてはならないことがあったり、事実として私が多数見てきた現場のリアルなんですね。

こう言う経験から見ると、急にオムニバースの価値が爆上がりするんです!

NVIDIAが用意する100種類近くあるアプリケーションを組み合わせることで、あるいは、アンシス様が提供する物理エンジン(NVIDIAのCOSMOSも)と組み合わせる事で、このロボットの事例は解決できるんです、何キロのモノを持ち上げた時にロボット全体がどのように姿勢変化するのか、どれくらいの速さで動かしたときにどの程度オーバーシュート(行き過ぎる)するのか、その結果から最適な位置決めや制御プログラムを導き出すことが可能になるわけです。

他の事例で言えば、金型内の材料の挙動(プレス金型の中で素材がうねる、暴れるなどの挙動)や素材にかかる材料力学要素(打ち抜き工程や曲げ工程でパンチ・ダイにかかる負荷や摩耗の傾向・予兆など)も検証出来てしまうんです。

また、このロボットの事例の続きを深読みするのであれば、鋳造や鍛造による成型後に機械加工が入ることが非常に多く、その際には工作機械の中にセットする際の着座点(どうやって平行や直角を出せば良いの?基準点は?)や、ジグや工作機械側搬送装置によるくわえ代(どこ掴めば良いの?)という課題があり、その内容について現場から設計側への問い合わせや手戻りも実際に多く起きているのです。

これに対して、設計部門のCADで見れば良いじゃん?とか、今ならWEB会議で確認できるよね?などの反対派が大挙して抵抗するのは分かり切ったこととして、さらに、生産技術による前もった調整なども行われているのだからこのオムニバースの有効性はどこにあるの?という自他共通の疑問が湧き出てくるわけです。

ところが、開発設計側の技術者と、製造現場側の技術者が同じ空間で寄ってたかって3Dモデルを触れる、共通の意思決定を “その場で” できる、という事に非常に大きな価値を感じてしまうのです。

開発設計部門に集まるわけでも、工場に集まるわけでも、WEB会議で個人しかCADを操作できる環境でもなく、“今いるそこの端末からみんなで同じ仮想空間上でモデルを触れる” ということが凄く大きなことだと感じています。

個人的な話をすると、7年弱、欧州(オーストリア)の企業に在籍し、現地のインダストリー4.0、シーメンスの仕組みを核とした工程集約や全自動への取り組みを身を以って体験・習得してきた立場からすると、これはとても大きなことなんです。

とある自動車メーカーが、ある部品の生産ライン構築をターンキーで外部に委託したとします、その開発期間に自動車部品の設計変更が起きた場合、生産ラインメーカーはもちろん、その下請け会社にまで即時に3Dモデルの変更が適用され、それに纏わる機械部品も設計の変更が行われる、または、機械メーカーが生産効率や加工実現性を考慮した結果のモデル変更の提案によるメーカー側への即時共有という仕組みが構築されているのに圧倒されたのをはっきりと覚えています。

これは行き過ぎた事例かもしれないですが、物理的に人が集まらなくても関わる人間が同じ空間上で同じものに対して向きを変えたり変更したりできる事、これって一気通貫で製造プロセスを見てきた人は、“なんとなく” でもお分かり頂けるのではないかと感じています。

そして、更にもう一つの仮説としてオムニバースの可能性をあげるならば、いわゆる技能伝承においても非常に有効である気がしています。

“職人の技能を如何に後世に残すのか”

これ、私も職人として大きな責任を感じています。目で覚えろ、痛い思いして覚えろ、頭で考えて業務を熟せ、これ、今師匠に言われたら全力で否定します笑

私も過去にインクスという企業に在籍し、職人レス・圧倒的工程短縮を企業理念として当時は大きな社会的インパクトを残してきましたが、結局のところ、職人は必要でした。
いや、必要と言わざるを得なかった、何故なのか。それは職人の感覚、これをデータ化することが出来なかったからです。もちろん、職人の技能の結果として残したもの、要するに加工物として残る結果はデータ化することができましたが。

例えば、凹と凸の形に加工されたものを組み合わせて四角に組み立てる場合、溝に凸部を挿入する時に “しっくり” という表現を用いたりしますが、その時の “合わさる面同士の隙間が3ミクロン”、“加工されている面粗さは0.03ミクロン”、“磨きや機械加工の加工面の状態が~”、などという風に解明することは出来ました。

しかし、手磨きであれ、機械加工であれ、どのようにそれが成し遂げられているのか、磨きや加工の加工条件的なことではなく、手磨きであれば、どのように加工物を掴み、どのような圧力で保持し、どのように磨き砥石を当て、どのように砥石を動かし、さらに指先や耳で何を感じて何を根拠に良し悪しを決めているのか、同じように、機械加工であればどのように加工物を機械にセットするのか、加工物と機械加工テーブルの接触する瞬間に何を感じ、ジグで固定するときにどのようにボルトを締めているのか・・このように、非常に多くの “どのように”、という人間の感覚をデータ化することは出来ませんでした。

では、今できるのか?

今までの感覚でいれば、無理でしょうと即答しています。しかし今は、出来ると思う、と答えるであろう自分がいることは否定できません。

技能伝承、見方によっては作業手順書かも知れませんが、一般的に考えるならば、作業手順書には技能の中身までは載せられません。動画で簡単に作業手順書が作れるようなツールも数多く出てきています。“そんなの動画で撮ればいいじゃん”という一般論で溢れかえります。
ですが、作業の手順は見る事が出来ても先ほど書いたような中身が分からなければ意味がないのではないかということです。

もちろん、精度の必要のない作業も膨大にあることは理解したうえで、多くのお客様が困っていることは、装置や機械の内部で起きていることの解明、それを行いたいが為のデータの取得、正しいデータをどのように取得し、どのように活かし、どのように結果を見るのか変えて行くのか。

ここでも“どのように”が出てきました。

少し具体的な話をしてみます、±0.1mm程度の一般交差で加工するものがあったとします。このようなラフな要求精度でも、加工物を機械にセットするときには垂直・平行は数ミクロンのレベルでセットします。何故か?

例えば、この製品なり部品なりを完成させるまでに10の工程があったとして、機械にセットする回数が10回あるわけですね、1回の段取り(機械に加工物をセットすること)で0.01mmの精度でセットした場合、工程を渡り歩く度に累積誤差として表れてきますので、もしも1方向に0.01mmが10回繰り返されたとするならば、機械にセットするだけで0.1mmの要求精度いっぱいになってしまう訳です。(もちろん、こんな事は起き得ないですが、こう言う例えで私も師匠から教わりました)

それを避けるために、どのような要求精度であっても段取り作業や磨き作業では高い精度を維持する必要がありますし、その為には、先ほど書いたようなことをしっかりと理解し、忠実に実行する必要が出てくるわけです。

とは言え、どうするの?

ここでオムニバースの有効性が出てくるのです。オムニバースの物理エンジンを用いることで、職人の指先や耳などで感じていることが、金属同士の摩擦力や反力、加工面粗さによる摺動の状態をシミュレーションすることで数値として出てくるようになる訳です。

クリティカルな作業をオムニバース上で再現し、数値として管理しつつ、作業手順書として次世代に残していくツール、見る角度の変更や拡大も出来る、音や摩擦による熱も見る事が出来る、加工物にかかる応力や素材の物理的・化学的変化も見る事が出来る、新しい職人の誕生を促すツール、そんな事に期待している自分がいます。

もちろん、これにも賛否両論あるとは思います。しかし、1人の職人が成し遂げたものを10人の若いエンジニアがオムニバースを用いてシミュレーションし、内容を解明できたとしたら、1人の職人の技能が10人のエンジニアの知見になる訳ですから、それはとてつもない価値と言えるのではないでしょうか。それこそが真の企業価値の向上と言えるのではないでしょうか。

これらは、私が職人上がりのエンジニアであり、加工の理論理屈や機械の構造や制御などにも深く関与してきた特殊な立ち位置であることから感じている内容なのかも知れません。
実際、オムニバースに前向きではない方も少なからずいらっしゃると思います。

でも、ある事が思い出されるのです。

ドラフターで図面を引いていた頃(CADのない時代、手書きで図面書いていたんですよ)、突然にCADというコンピュータを使って作図する魔法のような箱が登場したこと、それを使うことを余儀なくされたこと、同じような感覚がこのオムニバースにはあるんですよね。

当時、CADを使えないと時代遅れですよー!と言っていた20代の生意気な人間が、オムニバース使えないと時代遅れですよー!と言われる風景が頭の中に浮かんできます。もちろん、その生意気な20代のエンジニアは私です笑

これを読んでいただいた方々にはそれぞれの感じ方・考え方があると思いますし、賛否両論あるはずです。全員一致になる事ほど大きな間違いになってしまいますからね。ご意見、ご感想あればぜひお寄せください。
(JDSC 田中龍)


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