見出し画像

HTKさんと自分(その二) | パプアニューギニア(PNG)

※「その一」とそのスピンオフはこちらを

2000年の5月、初めてパプアニューギニア(PNG)へ行くことができた。HTKさんを知ったことは偶然だったけれど、同国東ニューブリテン州に住む彼に会うには、偶然を当てにはできない。

結果から言えば、東ニューブリテン州で有名人だった彼に会うことは、現地に行けば難しくはなかった。

同州の玄関ともいえるトクア空港には当時、州政府観光局の出張オフィスがあった。到着してすぐ、オフィスの職員に「HTKさんを探している、会いたい」と伝えると、知っているから繋げてあげようと。

とは言え、そこから彼に実際に会えるまでは1週間近くかかったが。その間、現在の東ニューブリテン州の中心地ココポでしばらく滞在することに。

宿のすぐ近くにあったココポのマーケット(当時)
今はより整備されて広くなっています

HTKさんとの初顔合わせは、ココポからバスで30分ほど離れた同州のかつての中心地ラバウルでとなった。そこにあったバリケ・ゲストハウスに泊まり、その前でHTKさんと待ち合わせたことを覚えている。

「あなたのやってることをもっと知りたい。もっと話を聞かせて欲しい」
HTKさん、この願いは聞いてくれると。ありがたい。

さらに「もしよければ、あなたのところに下宿させて欲しい」と駄目元で言う。もちろん、下宿代は払いますとちゃんと伝えると強調。この点については、ニューギニアをフィールドにする先生から、事前に明確にするようきつく言われていた。

ただ、幾ら相応の対価を払うからとはいえ、初対面でこれをお願いするなんて図々し過ぎる…..今思えば。

さすがに彼も、これには即答できなかった。
「妻に聞かないと」
(そりゃあそうですよね)。

結果を尋ねに家まで来て欲しいと言われ、行き方を教えてもらう。これがHTKさんとのファースト・コンタクトだった。
その夜は、雑誌で見た写真の人と会い、実際に言葉を交わした興奮がさめやらない。そもそも、メディアに出ていた人を探して実際に会いに行ったことは、この時が人生で初めてだったから仕方なかったのだろう、当時の自分。

ただ、その一方で、下宿の願いを聞き入れて貰えるかの不安も感じつつ、次の日の朝を迎えることになる。

続く