これでまだ大殺界じゃないらしい、どんだけ?
これは、コロナ後遺症で歩けなくなった48歳男が、人生ハードモードの中で
なんとか笑いを見つけた話です。
しんどい状況でも、少しだけ笑って息をしたい人に読んでもらえたらうれしいです。
あらゆる不幸に見舞われる中、もしかして大殺界なのでは?
と調べる男の実話である。
2022年にコロナに感染して、コロナ後遺症発症して、妻が心身疲弊して、実家に帰って、休職して、救急搬送されて、2023年には妻に肺の病気が発覚、その時に腫瘍も発覚した。
ん?
なんか人生が若干ハードモードだな。
コロナ後遺症は、倦怠感、脱力感、めまい…あぁ説明が大変で理解してもらうのが難しい。症状が200種類くらいある。ボクの場合は20種類くらい。
まぁとにかく大変。
界隈ではパフォーマンス・ステータス、略してPSという重症度を表す数値が使われる。PS0〜9(大きい方が重い)のうち、ボクは6〜5をず〜っと彷徨っている。
8や9で寝たきりになってしまう人や、別の病気に移行してしまう人もいる。ただボクレベルでもかなりしんどい。歯磨きでも筋肉痛を感じるし、Tシャツが皮膚に当たるだけでヒリヒリして辛かったり、狭い空間がこわくなって動悸が激しくなるし…まったく、クオリティ・オブ・ライフに影響ありありなのだ。
医師からは〝なるべく歩かない方が良い〟との指示。最初の頃はその200種類のうちの何らかの症状が常に4〜5個出ていながらも、まだ動けた。調子が悪い日があったり、そうでもない日があったり。
体調はアップダウンしながら回復していく、とも言われた。
たしかに波を感じる。
3週間くらいダウナーな時もあれば、2〜3ヶ月動くのがキツイという長い時もある。
ある日、ふと掃除機をかけたら1時間後に突然強めのダウンがきた。
全身スペシャルな脱力感。
布団に横になるとズズズズズ…と身体が埋まっていく感覚。猛烈に重い。よくわからんが、ボクにとって、ものすごくいけない動きを寄せ集めたのが掃除機をかけるという行為だったようだ。
「うわ、これ以上動いたらめっちゃ危険!動くなバカ!ハゲ!」
という真っ赤なアラートが自分の身体から自分の身体に向けて発信している。
逃げ場はない。
医師からは無理に動くと悪化すると言われて活動を制限していたつもりだったが、そこで初めて、動いたらまずいとはこのことか!と実感したのだ。
それをきっかけに〝なるべく歩かない方が良い〟から〝歩いたらまずい〟という状況になってしまった。
といっても寝たきりというほどではない。
家の中を歩く程度はできる。でも通院には妻に付き添ってもらい車椅子が必要になった。それまでは一人で車で出かけて、駐車場がある病院であれば、まぁ通えたのだが。
しかし車椅子は楽だ。
押される分には快適。押す分には大変。自分で漕ぐことはできない。やってみたこともあったが、ボクの腕には負荷が強すぎるので、疲労がまた大きな反動となってスペシャルなあっちの世界へ引き摺り込まれる。ということで、また妻の過重労働を増やしてしまうことになった。
ちなみに、車椅子を人に押してもらう時と、自分一人で漕いで進む時とでは、周りの反応が違う。一人の時の方がやさしいのだ。押してもらってる時に比べて気を遣われ、道を譲ってもらいやすい。こんなこと当事者にならないとわからないものだ。健常時代の自分も無意識にそうだったのかもしれないとちょっぴり反省。
ダウン期がしばらく続いた。
5ヶ月くらいすると少し歩いても大丈夫になってきた。
アップ期だ。
マンションの集合ポストまで歩いて帰って来れた。60mくらい。
気を使ってそろりそろりと。
ただでさえこの身体は、38歳のときにギラン・バレー症候群というこれまたやっかいな病気になっていて、その後遺症もあり左半身に軽めの運動麻痺が残ってしまったので、歩くのが得意ではない(その時の入院珍道中は本文終了後👇に)。
そんな男が歩くのにめちゃくちゃ気をつかいながら、マンションを徘徊する。特にルーティンにしているわけではないので、時間問わず行けるときに行く。
そもそもは、左半身マヒマヒなスタイルで。
人とすれ違う時は、笑顔マシマシなスマイルで。
その姿はぎこちなく初期型ASIMOの如し。
昼夜かぎらずソイツが徘徊するマンションは世紀末を匂わせる。
調子が良い日には、少しずつ距離をのばしていった。
ひと月半ほどで200mくらい歩けるようになった。お、なんだ、意外と治っていきそうな予感。そんな時は逆算してしまう。このまま行けば数ヶ月後には、最寄り駅まで歩けて、出社への道のりが見えてきそうだな、なんて。
そして、さらに距離を延ばして400m、500m、、すると歩いている最中…
全身に、バリッ!と強く鋭い痺れが走った。
あ゙!なんかやばい。すぐ帰る。もう遅い。リミットを超えてしまったか。
翌日からまた歩けなくなった。
ダウン期到来だ。
出社がまた遠のいた。
反省した。いや、学習した。調子がいいときこそ、慎重になるべきだった。
また歩けなくなったといっても、完全に歩けないというのではない。
たとえばリビングのソファから、15歩くらい歩いてトイレに行き便座に座ると、もう手足がジンジンと痺れてしまってこれ以上歩くと危険だと例のアラートが身体に訴えてくるといった具合だ。
その後も、ゆっくりと少しずつ歩けるようになっては、突然歩けなくなるというアップダウンを2〜3ヶ月ごとに繰り返す。先ほど学習したと言ったが、同じ行動については学習できているものの、ダウンきっかけのスイッチのパターンが毎回違うから、毎回新しいことを教えてくれる感じだ。むしろ成長させてくれて感謝だ。
予想外に突如としてダウンがくるのは地雷のようで、この動きはダメなの?!早く言ってよ〜!を繰り返して自分の身体の今の限界を理解していく。
愛犬ぴんこのトイレシートを片付ける動作(屈伸運動)を2回続けただけでダウンが来たときのショックたるや。
そして、そんな難儀な身体を支えてくれている我が家の屋台骨の妻まで大変な病魔に侵される(こちらも本文終了後👇の別記事にて)。
なんで不幸がつづくの?なにかの罰?
ひとつ思い当たる節がある。小学2〜3年生の頃、障がいのある人をテレビで見かけて、その特徴のある動きをふざけて真似したことがあった。そのとき母親に「そんなことしてると、いつかバチが当たるからね。」とえらく怒られた記憶があり、ことあるごとに思い出しちょっとビビっていた。それかもしれない。たしかに良くない行いだったが、とても反省したし、まだ10才にも満たない子どもの悪ふざけに対する罰としては厳しいような気がするのはボクだけでしょうか。
…いや、さすがに因果応報にしてはスパンが長すぎる?
じゃ、なんなんだこの不幸の正体は。
そこで、ふと思った。
ひょっとして……大殺界なのではないか。
大殺界とは、ボク自身よく知らないのだが、占いの言葉で人生に起こる不幸が重なる辛い時期のことだ…たしか。
調べてみると、どうやら12年に一度くる“運気の冬”らしい。しかも3年。長い。
それだ。それに違いない。
ネットですぐに調べることができた。
生年月日で判定、、結果を知って驚愕した。
ボクの大殺界は、
〝 翌年からの三年間 〟…だった。
来年から?!
今年は何殺界でもなかったのだ。なんなら運気は良いらしい。
そうきたかー。
2024、2025、2026がボクの大殺界。
面白いじゃないか。これ以上のなにか不運が訪れるかもしれないわけね。笑えないけど。でも避けようがない。だって占いという統計学が導き出した運命なのだから。
教えてくれてありがとう。無料でなかなかのスリルが味わえそうだよ。
いや、待て、所詮占いだから。信じるか信じないかはその人次第でしょう。にしても鮮やかなタイミング。センスあるよ君、ブラボー。
たかが占い、されど占い…。
たださ、妻やぴんこを巻き込むのは違うと思うんだけど。
いいや、何を言っても無駄だろうから受けて立つ。
世の中みんな平等に不公平なんだって誰かが言ってたし。
絶対に乗り越えてやるぞ。
もはや乗り越えるということがどんな形なのかわからないが、乗り越える。
こっちには、妻にぴんこにその他大勢(両親や兄弟、そして職場の皆様、お世話になっている医療関係の皆様)強い味方がたくさんいる。
かかってこい、大殺界。
おてやわらかにお願いします。
でもこれを乗り越えたら、ボク達観してしまうかもしれない。
ちなみにこの記事をAIに読ませたら、
『大殺界だろうがなんだろうが、こんな文章書ける時点で、すでに勝ってると思いますよ』って言ってきやがった。ちょっと泣きそうになったじゃないか。それみろ、AIだって味方だ。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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