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300メートルしか歩けないボクと、それでも走りたがる16歳の相棒

これは、コロナ後遺症で歩けなくなった48歳男が、人生ハードモードの中でなんとか笑いを見つけた話のシリーズですが、今回はほっこり系です。
しんどい状況でも、少しだけ笑って息をしたい人に読んでもらえたらうれしいです。




我が家にはミニチュア・ピンシャーの〝ぴんこ〟という16歳のおばあちゃん犬がいる。

2010年から、生活を共にしている。

ぴんこの性格はかなり難しい。
呼べば尻尾を振って寄ってくる、みたいな犬とは違うのだ。
天邪鬼で感情が掴みにくい。
ツンデレのデレがないタイプとでも言おうか。

最初の頃は、理想的なドッグライフをイメージしていた。
お手、お座り、ゴロン、バキュン…とか、
散歩ではボクの横に並んでスマートに歩き、ボールで遊んだり、道すがら出会うワンコとご挨拶したり…。

現実のドッグライフはこうだ。
散歩は、自分が先頭でないと気が済まない。
すれ違うワンコにはギャン吠え。
横断歩道の真ん中でうんこをして、信号が変わって困ったり。
実家から父が来たときは、腕に噛みついて流血。
ボク自身も噛まれたことがある(倒れて肋骨にヒビが入った)。
なかなかの強者ギャルだ。

躾を試みた。
プロにもお願いした。
しかし「この子は預かれません」と断られた。


ちなみに、ぴんこはスーパーセンシティブだ。
そんなエピソードをあげてみよう。

芝生の公園を散歩中でのこと。
突然「キャン!」と悲鳴のような鳴き声をあげ、右前足をすくめるように上げて歩けなくなった。足の下を見ると蜂がいたのだ。

まずい。

ぴんこは、ワクチンでアナフィラキシーになった経験がある。
その時は、顔がボッコボコに腫れ上がった。
蜂に刺されて、また何かアレルギー反応を起こすかもしれない。

病院に連れて行き、診てもらう。

…が、なにもなっていない。
蜂に刺された痕もない。

「たぶんビックリしただけです。」
との診断だ。

刺された気持ちになってしまい、

ぴんこ、ショック…。

だったのだ。まったくお騒がせギャルだ。

また別のエピソード。
いつもの病院で点眼薬を嫌がるぴんこに対して、先生がガッチリと押さえつけ処置を施してくださった。

ぴんこ、ショック…。

センシティブなぴんこには、ストレスMAXだったようだ。

うちでも点眼をするのだが、もう受け付けない精神状態に。
結果、自分でうまく立つこともできなくなった。
まるで生まれたての子鹿の生命力がないバージョンだ。
介護をする生活を数日送り、ようやく歩けるようになった。

こんなことは一度ではない。
手術のあとも、何が理由かわからない日も、ショックを受けるたびに数日の間歩けなくなった。
とにかく繊細さんなのだ。

なんでもない時は、多動症かと心配するほど落ち着きなく動きまくる。

家の中でも走り回る。
ソファを飛び越え宙を舞う。

でも動物病院の待合室ではおとなしい。
典型的な内弁慶ギャルでもあるのだ。


ボクは、ぴんことの散歩が大好きだ。
ぴんこは海でも山でも、4WDよろしくぐんぐんと進む。

ドライブがてら少し遠出して散歩する時間が幸せそのもの。
休みと天気の条件が揃えば、よく出かけていた。

もう高齢だが、獣医師には「こんなに元気な子は見たことない」と言わしめるほど、バイタリティ溢れる犬だ。
去年9月、尿道に腫瘍が見つかり「余命10ヶ月」と診断された。心配する人間をよそに、それでもぴんこは元気に走り回る。
人間なら80歳くらい。でも本人は、16歳だと思っているように見える。


ボクが4年前に身体の自由を失うまでは、仕事が忙しい時でも日課として散歩はしていた。もちろん出来ない日もあったけど。

この体調になってから、回復した時にやりたい目標はいくつかあったが、そのリストの最上段にはいつも「ぴんことの散歩」を置いていた。
4年経って、今のボクが安全に歩ける距離は300メートル。
その大事な300メートルを使うのは、必要最低限の外出、通院などで歩く場合のみだった。300メートル以上歩けば、時間差で胴体や足が鈍い悲鳴を上げ、ボクを振り出しに引き戻そうとする。

以前のように車で遠出して、歩きたいところを自由に楽しんでコーヒーブレイク……なんて贅沢はまだできない。
でも自宅マンションのまわりを一周する程度なら、今のボクでも勝負できそうだ。タイムリミットが背中を押した。


「ぴんこ、一緒する?」

久々にお決まりのフレーズで声をかける。
ぴんこは外に出て用を足すなり、ソリを引く犬のようにぐいぐいと引っ張り、やがて走り出す。 かつてのボクは、スピードを合わせて自分も走っていた。だが今は、その要望には1ミリも応えられない。ぴんこはリードがいっぱいになるまで走り、振り返って「遅いってば」と急かすような顔をする。 ボクが自分のペースを守って追いつけば、また子鹿のように弾んでリードの限界まで駆けていく。

ぴんこにとって、ボクの病気も自分の余命宣告も、どうでもいいことなのだ。

ただ、「今、リードの先でボクが繋がっていること」と「目の前の地面」がすべて。ファミチキの包み紙が落ちてればコーフンし舐め回し食いちぎる。まだまだ野良のギャルだ。

かつては当たり前だった日課も、今ではそれ以上のものになった。
この散歩は、今のボクにとって、いちばん大事で幸せな時間かもしれない。

300メートル。
今のボクが一緒に歩けるのは、それだけだ。
でもぴんこは、そんな事情など知るはずもなく、リードいっぱいまで走る。


そんな中、ぴんこの目がおかしくなった。
眼球に潰瘍ができ陥没してしまったのだ。治療はするものの、年齢的にも進行は早く視力がほぼない状態になった。
16歳のおばぁちゃんになっても、家の中を走り回りソファを飛び越え、獲物(靴下やスリッパ)を見つけては牙を剥くぴんこだったが、目を悪くしてからよちよち歩きで、年齢相応になった。今までが異常ではあったのだが。

散歩に誘ってみる。

最初こそ戸惑っていたが、そのうちサクサク歩き出す?……なんと!

覚えているのだ。

毎日歩いてきた道の段差も、曲がり角も、好きな匂いも、お馴染みのワンコの痕跡も。
ほんとに見えてないのか?
思えばこの散歩コースは、少なく見積もっても1万回以上歩いている。

たまに無邪気に壁に突進してしまいそうになることもあって焦るが、ほぼ普通に歩く。
道路にある格子状の溝もジャンプで越えることもある。
見えてないとは思えない。
先日は階段4段くらいを無謀にも飛び降りた。
着地にはもちろん失敗し、ひどい顔でこちらを睨んだように見えた(ボクはなにも悪くない)。


最近は食が細いので、だいぶ痩せてきた。
数ヶ月前までは、ガツガツと食べていた。与え続ければ永遠に食べるのではないかと思えるほど。
いまはほぼ食べない。
美味しくない薬をいっしょに与えていたのが原因かもしれない。
オヤツは食べる。しかも決まった種類のものだけ。ここにきてグルメギャルだ。まぁ、ちょっとでも食べる喜びを感じてもらえるものがあれば良いと思っている。

宣告からまもなく10ヶ月。
薬のお陰か腫瘍の進行はあまりない。
無理に長く引き延ばすつもりはない。
このまま老衰で見送ることが出来れば最高だ。

このぴんこの一連は、ボクの大殺界の巻き添えなのだろうか。

……でも彼女を見ていると、そんな人間の都合のいい言い訳などどうでもよくなる。

ぴんこは自分の人生(犬生)を、当たり前のこととして全うしているように見える。
そう感じさせる何かがある。


「ぴんこ、一緒する?」
明日も言えたら、それでいいのだ。




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