マツリカのnote制作裏話
先日、スヌーピーの記事を書いたところ、思わぬ反響、コメントをたくさん頂きました。
ありがとうございます。感謝いたします。
その中で、KSK871さんからとても興味深いコメントをいただきました。
発想、メモを取り、見返す習慣。
この3つがあることが素晴らしいと言ってくださったのです。
本当に、あのポンコツ記事にそこまで考えてくださったなんて。
恥ずかしいやら、嬉しいやらです。
「発想プロセスの習慣化の実現には」という問いがあり、これをどうも自分に当てはめるのは烏滸がましい気持ちを覚えるのですが、改めて考えてみました。
まず最初に、私の性格や特性を書いておきます。
この記事はみなさん全員が頷ける内容とは思っておらず、私と似た人が一部頷くくらいかなと思っています。
私の性格や特性
・私のMBTIはINTJ(建築家)
・なかなかの面倒くさがり
・集中のオンオフが激しい人間
・物の置き場を決めて、整頓しておきたい
・継続はあまり苦でない
・長期記憶は比較的得意
・違和感を拾うことが得意
発想について
まず、発想について。
今回のスヌーピーの記事は、寝ぼけが発端のため、普段のnoteの発想について書きます。
私のnoteはノンジャンル、何でもありです。
日常でふと思いついたことがほとんど。
考察系は何年も頭の中で熟成させていた事、映画などからのインスピレーションが多いです。
そして、その「ふと思いつく」は、直観型思考の特性に由来するところが大きいです。
私は目の前の情報から連想が広がりやすいタイプです。
例えば、りんごを目の前にした時、「真っ赤で美味しそうなりんご!蜜もいっぱいだ〜」と思うのに対し、「りんご。アップルパイ。iPhone。椎名林檎。万有引力。青森。罪の果実。白雪姫。バーモントカレー」など、頭の中でポコポコ連想ゲームが始まります。
その連想したもので、私の記事はできています。
義務化していないのに何だかんだで毎日投稿できているのも、このポコポコ連想から生まれたものの産物であり、下書きは二ヶ月分、いつか書こうと思っているネタも50個ありました。
思いついた時は一気にまとめて書いて、全く書かない時は、一週間近く書かない時もあります。
気が赴くままに、です。
今回のGWはめちゃくちゃ筆が進みました〜!
何でもありの「マツリカの日常の天日干し」ですが、必ず「マツリカから見た視点」で書くことを意識しています。
変でも、稚拙でもいい。私らしさが出ていることを重視しています。
逆にてんでダメなのは、創作です。
違和感の発見+意味の整理が強みのため、
ゼロから物語を作るのは苦手で、既存のものに独自解釈を与える方が得意なのです。
メモの記録と確認
いつか書こうと思っているネタが50個あったと書きましたが、当然覚えていられません。
私のワーキングメモリはポンコツなのです。
寝室に3つのものを取りに行ったら、別のものを持ってきてしまい、お目当ての3つは全部忘れたりします。
お風呂でも、どこまで洗ったか、よく分からなくなります。
そこでメモの活用です。
元々は紙の手帳に色々書くのが好きでした。
ですが、手帳も所定の場所にしまっておくため、何かを思いついた時に手帳がないということがしばしば。
手帳を取りに行く間に、内容を忘れることもしばしば。
メモやスケジュール管理は、スマホに移行しました。
メモアプリは、Google Keepを利用しています。
そこにはたくさんのデータが。
「TODO」「読んだ漫画の巻数」「カラオケに行ったら歌う曲」「泊まりに行く時荷物に入れるもの」「買わないといけないもの」「食べに行きたいお店」
その中に「noteのネタ」というものがあります。
思いついて、スマホを触れる環境ならとりあえず書く、とりあえず書く、です。
運転中などに思いつき、そのまま記憶の彼方へ行ってしまい、永遠の別れとなったネタもあります。
また、いつか会えるといいね。
メモを書くのは思いついた時、見返すのはnoteを書く気になった時です。
その時の気分で、難しいお題にチャレンジ、ライトなものを書こうなど、モチベーションは色々です。
noteを書けたら、そのお題は消します。
ずっと残っているお題もありますが、「今は」書く時期ではないだけだと思っています。
メモを残す効果として、頭の整理、忘れても安心、一旦寝かせる(熟成)などが挙げられます。
マツリカ頭銀行に預けておくのです。
あまり利率は高くありませんが、時が来たら引き出します。
習慣化のちょっとしたコツ
毎日投稿を目指さない。これです笑
義務→「やらされてる感」を感じると、私は萎えます。
自分でnoteをやりたいと感じて、書きたいままに書き、記事の下書があるので、結果毎日投稿になっているだけです。
書きたいネタがあっても、ちょっとしんどくて書く気が湧かないや〜となったら、それはそれでいいのです。
「頑張り続ける」より、「自然に続けられる形」にする方が、私には合っていました。
さいごに
noteの記事を書く時、特にスヌーピーのような降ってきたネタは、「何も考えずに」メモを残し、そして記事にしていました。
でも、実際は本当に何も考えていないのではなく、瞬間的に頭の中で処理をし、実行に移せていたということが分かりました。
その無意識下で処理していた事を、改めて意識下に浮上させて言語化することは、自分の棚卸しとなり、そんなきっかけをくださったこと、ありがとうございました。
