「なんで私だけ」という言葉を、自分に許してあげよう
「なんで私だけ、こんな目に遭わなきゃいけないの?」
そんなふうに、やり場のない怒りや悲しみが込み上げてくることは
ありませんか。
けれど、そう思った直後に
「いや、もっと大変な人もいるはず」
「あの人も忙しいんだから」
と、自分をなだめて、その声にそっと蓋(ふた)をしてしまう。
今日は、誰よりも優しく、誰よりも頑張ってきたあなたが、
心の底にある「叫び」を自分に許してあげるためのお話をさせてください。
1. 窓の外の「普通」が眩しかったあの日
かつての私は、派遣社員として働きながら突然の喘息に襲われ、
さらには怪我も重なり、長い労災申請の日々を過ごしていました。
一番辛かったのは、体調の悪さそのもの以上に、窓の外を「普通」に歩き、普通に働いている人たちを眺める時間でした。
「なんで私だけ、こんなに苦しいんだろう」
「なんで私だけ、いつ終わるか分からない不安の中で書類を
書いているんだろう」
周りの日常が眩しければ眩しいほど、自分だけが暗いトンネルの中に
取り残されたような気持ちになり、何度も「なんで私だけ」という問いが
頭を離れませんでした。
2. 「優しい人」が陥る、感情の行き止まり
あなたは、理不尽な状況に置かれても、つい相手の事情を考えて
しまいませんか。
「担当の人も忙しいんだろうな」
「会社にも立場があるんだろうな」
そうやって相手を理解しようとする優しさは、
あなたの素晴らしい資質です。
けれど、その優しさのせいで、
自分自身の「悲しい」「悔しい」「助けてほしい」という本当の気持ちが、
行き場を失って心の奥に溜まっていくことがあります。
怒りきれない。
責めきれない。
飲み込んだ気持ちは行き場を失い、
気づかないうちに心を削っていきます。
3. 「しんどい」と言うのは、わがままではない
かつての私は、「なんで私だけ」と思うことは、どこか後ろめたいことだと思っていました。でも、今ならはっきりと言えます。
しんどい時に「しんどい」と言うこと。苦しい時に「苦しい」と言うこと。
それは、決してわがままではありません。
「なんで私だけ」という言葉は、あなたがそれだけ一生懸命に自分の人生を歩もうとしてきた証(あかし)であり、心が発している「今はもう限界だよ」という大切なSOSなのです。
その気持ちを否定せずに、「そうだよね、辛いよね」と自分自身で認めてあげること。それが、傷ついた心を癒やすための、最初で最大の一歩になります。
4. 弱いままでも、前へ進める
「なんで私だけ」という気持ちを許せたとき、
少しずつ心に「隙間」が生まれます。
その隙間にようやく、
「じゃあ、今の自分でできることは何だろう?」
という新しい問いかけが入るようになります。
以前の私は「早く元通りにならなきゃ」と必死でした。でも、今の私は、弱さを抱えたまま、今の自分でできることを探せばいいと思っています。
助けてもらうことは負けではありません。頼ることは弱さではありません。 理不尽な経験を通して、あなたは以前よりもずっと、人の痛みに敏感な、深みのある人間へと再構築されている最中なのです。
今夜は、これまで飲み込んできた言葉たちを、
手のひらでそっと包み込んであげてください。
「なんで私だけって思ってもいいんだよ。よく頑張ってきたね」
そう自分を許して、ゆっくりとお休みください。 あなたはもう、十分にそのままで素晴らしいのですから。
飲み込んできた怒りも、
言えなかった悲しみも、
本当はあなたが生き抜いてきた証です。
私自身がどうやってその感情と向き合い、
「なんで私だけ」から少しずつ抜け出していったのか。
その道のりを、一冊のガイドとしてまとめています。
公開まで、もう少しお待ちください🌿
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