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闇 418(ゾク母親編)

闇 418(ゾク母親編)

2025/12/10 wed
前回の章


ある日学習塾から帰ると、ママはいつものようにいなかった。
徹也は「お腹が空いたよう」と僕に言い、寝起きの貴彦はただ泣いている。

またおじいちゃんのところへ連れて行こうか?

左目の上の傷が疼く。
もしまた途中でママが帰ってきたら……。

前の恐怖が蘇る。
懸命にあやすが、貴彦は泣き止む様子もない。

僕が泣きたいくらいだったけど、徹也まで釣られて泣き出す始末。
弟たちをそのままにしておけず、仕方なく僕は一階に連れて行った。

おじいちゃんは幼い貴彦を抱きながら満面の笑みを浮かべた。
おばあちゃんは食事の準備をしてくれる。
僕は料理をするおばあちゃんの後ろ姿を眺めていた。

いつママは帰ってくるのだろう。
その事だけは頭の片隅に入れておく事にする。

おじいちゃん、おばあちゃんとの食事は楽しかった。
パパの妹である伯母さんのピーちゃんも下に降りてきて、僕たちを見ると嬉しそうに笑う。

両親だけいない家族の食卓。
みんな笑顔で楽しい。
いつもこうならいいのになと、僕は思う。
いけない……。

ママがいつ帰ってくるかと注意するのを忘れていた。
笑顔で会話を続けるおばあちゃん。
途中から僕は何を話しているのか内容も分からず、ただ笑顔を作っていた。

「……!」

居間の扉が少しだけ開いているのに気付く。
僕は扉の見える位置に座っている。

ジーッと隙間から見える暗闇を眺めた。
誰もいない。
少し気にし過ぎだ。
目の前のご飯を食べる事に集中する。

おばあちゃんの作ってくれた料理はとても美味しかった。
食卓にあるほうれん草のおひたしを見て、徹也が「缶詰ちょうだい」とうるさくねだる。

アニメ『ポパイ』が好きな徹也は、ほうれん草を見ると缶詰に詰めて食べる変な癖があった。
おばあちゃんが空になった缶詰を持ってくると、一生懸命ほうれん草を詰め込む。

一口食べて「ポパーイ!」と腕を上げる。
思わず笑ってしまう。
徹也も満足そうにニコニコしている。
貴彦はおじいちゃんに抱きかかえられ、スヤスヤと眠っていた。

「おばあちゃん、おかわり」
「はいはい」

お腹いっぱい食べられるのは、こんな状況の時だけだった。
ママとの食事はいつも酷い。
家の隣にある食堂のひろむへ行き、とんかつ定食を一人前だけ注文するママ。
ご飯をもう一つだけもらい、四人でそれを分けて食べた記憶が蘇る。

まともに食事の用意をしてくれないなと、僕はいつも感じていた。
何でもいいからお腹いっぱい食べたい。
そんな思いが強かった。
ママなんていなければいいのに……。

僕はこの頃からそう思っていた。

「……!」

一瞬、心臓が止まったかと思った。
僕は扉の少し開いた隙間を見て、ご飯の茶碗をテーブルに落としてしまう。

「ちゃんとしっかり持たないと駄目だよ、智一郎」

おばあちゃんが注意をしても、僕の耳には届かなかった。
僕の全神経は、僅かに開いた扉の隙間に注がれていた。

隙間から見える暗闇。
真っ暗な部分に白い目が、一つだけ見えたのだ。

その目は怒りを表しているかのように釣り上がっている。
僕は、それがママだと直感的に分かった。

全身がガクガク震えだす。
もっと早めに食べ終わり、すぐに二階の部屋に戻るべきだったのだ。
あれほど、注意していたはずなのに……。

誰も扉の向こうにいる存在に気がつかない。
僕だけがそれを知っているのだ。

隙間から白い手が見え、ゆっくりと手招きしている。
僕は操られるかのように立ち上がってしまう。

「どうした、智一郎」

「も、もう…、お腹いっぱい……」

それだけ言うのが精一杯だった。
おじいちゃんたちに、扉の向こうにいる存在を知られたくなかった。
僕は黙って扉のほうへ、歩いていく。

誰か僕をとめて……。

お願いだから、誰か気付いて……。

いくら心の中で必死に叫んだって、誰にも聞こえやしない。
居間を出る際、一瞬だけ振り向く。
徹也がおばさんと楽しそうにはしゃいでいるのが見える。
羨ましかった。

その瞬間腕を強く引かれ、僕は廊下に引っ張り出される。
思った通りママがもの凄い形相で立っていた。

足元から震えだす僕など一切気にせずに、ママは強引に階段へ連れていかれる。
助けて欲しいのに、不思議と声を押し殺した。

一歩一歩階段を上る度に尻を叩かれる僕。

今、声を出すとおじいちゃんたちに心配させてしまう。
そんな思いが頭をよぎり、僕は懸命に涙を堪えた。

途中の踊り場まで到着すると、髪をつかまれる。

「何で帰ってくるまで待てなかったんだ?」

僕だけに聞こえるぐらいの声で、ママは静かにそう言った。

「ご、ごめんなさい……」
「何回、同じ事を言わせるんだよ?」

凄い勢いで尻を叩かれた。
髪の毛を握るママの手が無言で、上にあがれと言っている。

足が震えてうまく階段を上れない。
するとまた尻に痛みが走った。

そんなに悪い事を僕はしたのだろうか。

いつも学校では成績優秀だった。
あの「じっかい」という間違い以外は、いつも百点ばかり。

通信簿も大変良くできましただけなのに……。

でも、誰も僕を守ってくれない。
か弱い存在の自分が嫌いだった。

勉強ができるよりも、もっと強くなりたかった。

仮面ライダーみたいに僕がなれたら、どんなに素敵だろう。
ウルトラマンみたいに大きくなれたら、何も怖いものなどないだろう。

でもそんなものは夢でしかない。
現実の僕はガタガタ震える事しかできない。


部屋に到着すると、床に放り出される。

僕はそこで初めて泣いた。
泣けば恐ろしいママの顔が、涙で滲んで見えなくなる。

「何度、言ったら分かるんだよ」

頬に痛みが走る。
僕は両腕で顔を隠した。
痛みは色々なところから感じた。
容赦なく無差別に攻撃を繰り出すママ。
僕は泣くしか方法がない。

「これを持ってろ」

俺におもちゃ電話の受話器の部分を右手に持たせる。
電話機の本体を持ち、一歩一歩ゆっくりと後ろに下がっていくママ。

幼いながらも、これからどうなるのかが理解できた。
分かっていながら怖くて離せなかった。
受話器を……。

手を離したら、そのあと何をされるかを想像してしまう。
まだ幼い俺には、その想像のほうが怖かった……。

どんどん伸びていくコード。
それでも僕は電話の受話器を震えながら持っている。
恐ろしかったのだ。
抵抗して、これ以上殴られるのが嫌だった。

おもちゃの電話機の本体と、俺の右手にある受話器を繋げているゴム製のコードが伸びきったと思った瞬間、ママの手元から離れていた。

「……!」

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