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闇 18(決裂編)

闇 18(決裂編)

2024/08/11 sun
2025/07/13 sun
前回の章


今、この曲を春美に聴かせていると思え。
焦らず、しっかりと鍵盤を押さえる指を目で確認し、奏でた音をに対し耳を澄ませ。
和音の内、一つだけ音を外す。

気にするな。
演奏で大切なのはとちっても途中で止めず、弾き続ける事。

何とか無事弾き終わる。

JAZZBar SweetCadillac

演奏が終わり、席に戻る。
たった二名だけの小さな演奏会。

マスターと水野は、俺を見て驚きつつも小気味いい拍手を送ってくれた

「凄いじゃないですか。いつの間にそんな……」

興奮しながら驚くマスター。

「いや~、いい曲だ。素晴らしい……」

水野も絶賛の嵐だった。

以前、この人に俺は署名運動の頼みを聞いた事があった。
詳しくは分からなかったが、知り合いの音楽家が大麻所持で逮捕された件についてだった。

「岩上君ね、彼は私のかけがえのない友人で、絶大な音楽家でもあるんだ。そんな彼が誤解で捕まってしまった。だから署名運動に協力してほしい」

当時、水野は必死な形相で俺に頼み込んできた。
大麻所持で捕まっているのに、誤解も何もないだろうとは思う。
しかし水野の顔を俺は立ててあげたかった。
だから新宿の店に署名運動の紙を持っていき、五十名の名前を集めてあげた事があった。

自分では楽器を弾かないが、音楽全般に詳しい水野。
そんな人に絶賛されて、素直に嬉しく思う。

「岩上さん、随分と頑張ったんですね。音を聴いていれば分かりますよ」
マスターがグラスを磨きながら、真面目な顔で口を開く。
「ありがとうございます」

「ほんと、たいしたもんですよ」
「そんなに褒めないで下さいよ。照れます……」

ピアノを始めて良かった。

「まだ曲は一曲だけなの?」

水野が聞いてくる。

「ええ、俺はやり始めたばかりなので、まだこれだけなんですよ」

まだ一曲なんて簡単に言うが、楽譜を読めない俺にとってザナルカンドを弾くのにどれだけ苦労したか分かっていないのだろう。
楽譜にカタカナを振ってもらい、それをひたすら弾いて暗記する。
俺にはその方法しか術はない。

「何て曲なの? さっきのは……」
「ザナルカンドです」

自信を持って答えた。

「何だろう。聴いた事がないなあ~」
「そうですか。プレステーション二のゲームで、ファイナルファンタジーⅩってゲームがあるんですよ。それのオープニングテーマとして使われている曲です。CMとしてテレビでも何度か流れていますよ。ゲームしていたら、すっかりハマってしまいましてね」

俺の台詞に、水野は何故か気難しい表情に変わっていた。

「何、ゲームの音楽だって?」
「ええ、そうです」

「駄目駄目…。ゲームなんかの音楽じゃ駄目だよ」

急変した水野の態度。
さすがにカチンときた。

「お言葉ですが、ザナルカンドの何が駄目なんですか?」
「だってゲームでしょ。たかがゲームの音楽に過ぎない」

ザナルカンドは俺の魂そのもの。
春美への想いだ。

「さっき素晴らしいって言ったのは誰ですか?」
「ゲームの曲だなんて知らなかったからね。音楽というものは、歴史ありきでもっと神聖なものなんだよ」

何が神聖なものだ。
それなら何でもいいから楽器の一つでも弾いてみやがれ……。

「俺がどんな思いでピアノをやったかなんて、水野さんには分からないでしょうね」
「いや、そのぐらい分かるさ。ただ選ぶ曲のセンスが悪い。私に言ってくれれば、ちゃんとアドバイスぐらいしたのにさ。よりによってゲームに使う曲を選ぶなんて……」

俺の崇高な想いの中に、土足で踏み込んでくる水野。

「ふざけんなっ!」

一気に火がついてしまった。

「さっき自分でこの曲いいねとか、抜かしたじゃねえかよ。それを俺がゲームの曲だって言っただけで、態度を急変…。悪いけどあんたみたいな人は、二度と音楽を語らないほうがいい。自分じゃ何もしないくせに、演奏者については偉そうに批評か? そんなのな…。誰にだってできるんだよ」

怒りだした俺をマスターがなだめる。

水野が許せなかった。
俺のピアノは確かに未熟かもしれない。
しかし一生懸命頑張ってきたんだ。

水野は何も言い返せず、ポカンと口を開けている。

一気に酒が不味くなった。
こんな下種野郎に曲を聴かせた自分が間違っていたのだ。
俺は会計をして、スイートキャデラックをあとにする。

もの凄く気分が悪い。
春美に癒してほしかった。


朝起きると、春美からのメールが届いていた。

『私があの服を着た姿が見たいなんて、そんな表現の仕方…。好きじゃありません。 品川春美』

短いメールだった。
しかしこの短い文面ながら、俺は彼女のスタンスが少し分かったような気がする。

二人の仲が進展しない理由。
まだ春美がガキ過ぎるのだ。

好きな相手なら抱きたい。
裸をみたいという感情は誰でも当たり前だと思う。

俺の彼女へ対する想い。
ただおまえを抱きたいといっている訳ではない。
春美のすべてを包み込みたいだけなのに……。

それに店を休んだ事で時間が空いているなら逢いたいという意味合いで書いた事には、何も触れてくれない。
もどかしさを覚えつつも、謝罪の文面を書く。

『気に障ったら、ごめん。悪かった。でも悪気があって言ったんじゃないって事を分かってほしい。女のエッチな服装がただ見たいというのではなく、春美だから見たいと素直に言っただけなんだ。下心とは違う、素直な俺の気持ちです 岩上智一郎』

返事をするのを一瞬、躊躇う。
何度か文面を読み直してから、送信ボタンを押した。
俺のスタンスを少しでもいいから理解してほしい。

結局この日、彼女からの連絡はなかった。

何日か経ち春美からメールは来るものの、内容は普通の日常話のみ。
このままでは駄目だ。
焦りを感じた。


再び休みの日に、春美の店へ行く事にする。

俺はまだ彼女に、ザナルカンドを捧げていない。
近い内に、プライベートで逢わないといけない。
そんな危機感もあった。

席に着いた彼女は、相変わらず綺麗で可愛かった。
顔を見ただけで幸せな気分になる。
またそんな春美がこんなキャバクラで働くという現実に苦しさを感じていた。

「岩上さん、少し疲れているんじゃないですか?」

相変わらず春美は優しい。
そんな言葉一つで、俺は癒される。

「そう? 顔に疲れ出てた? でも春美の顔を見たら癒されたよ」
「もう、相変わらず口が上手いですね」

「そんなんじゃないって、必死だよ。まだ君にピアノを聴かせていないし、やってない事がたくさんある。まだ、君を抱いてもいないし……」

俺の台詞に春美は表情を曇らせた。

「そんな言い方は、好きじゃありません」

また春美の機嫌を損ねてしまったようだ。
ここが正念場である。
俺は覚悟を決めた。

「仕方ない。俺は春美が好きなんだから……」

「……」
「好きだから君を抱きたいっていうのは当たり前だ。もちろん心も一緒にね。知り合えて嬉しいけど、店でしか逢えないもどかしさも正直感じている。春美も俺も忙しい。やらなければいけない事があるのも分かっている。でも、俺は現状を思うと少し寂しい。だから焦っているのかもしれない。好きだから、焦るのは仕方がないんだ」

「……」

春美は無言で黙っていた。
俺は構わず話す。

「君が好きだ。何度だって言う。だからピアノだって始めた。一つの曲を完成させた。それもすべて君に捧げたかったなんだ。迷惑かい、俺の気持ち……」

「迷惑なんかじゃありません。もちろん嬉しいです。こんな私の為に岩上さんが頑張ってくれるなんて……」
「ありがとう」

「お礼を言うのは私のほうです。いつも色々してもらって……」

俺の待ち望んでいたムード。
彼女をとことん理解したかった。

頭の中ではザナルカンドが鳴り響いている。

「まだまだ…。君に色々するのは、まだこれからだよ。カクテルだって作ってあげていない。デートだって一度しかしていない。しかも最期は俺の格好悪いところを見せてしまっている。名誉挽回もしたい」

「やだ…。まだ、気にしていたんですか?」
「それだけ、真剣なんだ……」

春美は頬を赤らめた。
黙って下をうつむいている。

「すいませーん、お客さま、そろそろ延長のお時間となりますが……」

従業員が、俺たちの甘いの桃色の空間に土足で上がり込んできた。
俺はジロリと睨みつける。
いいところを邪魔しやがって。
黙って財布から一万円札を取り、テーブルの上に放った。
金を受け取り、その場からいなくなる従業員。

「駄目ですよ。お金を投げるなんて……」

春美が怒った表情で俺に言ってきた。
そういえば前も同じ事で注意されたっけ。

優しいだけでなく、こういうしっかりした一面もあるんだ。
注意された事すら心地良く感じる。

「ごめんよ。以後、気をつけるよ」
「ええ、そのほうがいいですよ。粗末に扱わないほうがいいです」

俺が謝ると、春美はにっこり天使の微笑みをプレゼントしてくれた。

「でも、岩上さんって凄いですよね」

「何が?」
「バーテンダーってだけでも凄いのに、ピアノにまで弾けるようになっちゃうなんて…。私は何もできませんから」

罪悪感を覚えた。
そう、俺は春美に対し、バーテンダーだと一つだけ嘘をついている。

今、裏稼業ゲーム屋の仕事をしているなど、口が裂けても言えやしない……。

「酒の事に関しては、俺はとても大事な事として、とらえているからさ。ピアノに関しては前にも言ったろ。春美…、君と出逢えたからこそ、俺はピアノを聴かせたいと思ったってね。他の連中など、どうでもいい。君さえ聴いてくれればいいんだ」
「私のどこが、そんなにいいんですか? 私には分かりません……」

「どこがって全部さ。顔立ちも、性格も髪型も、目も鼻も唇も耳も、目の下のホクロもすべてが気に入っている。何よりも君の存在そのものが好きだ。君の声は俺を優しく癒してくれる。反対に君がその気になれば、俺を簡単に傷つける事もできる。どんなものにも代えられない世界でただ一人の大切な人なんだ」

「……」
「どうしたの?」

「恥ずかしいです…。そんな事、言われたら……」
「そっか。でも、どんどん恥ずかしがってほしい。俺はそんな君の表情も大好きだよ」

「もう…。話題変えましょう……」

プチトマトのように真っ赤な顔をした春美。
ここが店なのかじゃなければ、抱き締めたいぐらいだった。

「少し私の兄に似てるんです。岩上さんって……」
「顔?」

「いえ、考え方というか…、持っている雰囲気というんですかね…。上手く言えないですけど」
「どうだろう。でも、俺はね。春美がここで働いているのを知りながら、怒るだけの兄って違うと思う。自分は就職だって決まってないのに、春美を責める兄貴は馬鹿野郎だ。あと、俺に好きだとちゃんと言ってくれない春美も馬鹿野郎だ」

どさくさに紛れて我ながら、とんでもない事を言ったものである。

「そうですね…。でも、ここじゃ、言いたくありません」
「ありごとう。それだけで俺は満足だよ」

キャバクラとは本来、客と女の騙し合いの場所である。
男は女とセックスしたいが為に金を使う。
女は男から上手い具合に心を切り売りして金を貢がせる。

ただ例外だってあるだろう。
俺はその例外の一つになりたかった。

こんな場所だって、ちゃんとした恋愛ができる。
俺は春美と出逢ってそう感じた。
いや、そう思いたいというほうが適切か。

いい雰囲気のまま、俺は店をあとにした。


仕事へ向かう途中、春美へメールを入れた。

今日の内容は一味違う。
この間春美との話し合いで、俺はある確信があった。

そろそろちゃんと付き合ってもいいだろう。
そんな想いが日に日に強くなっている。
春美は俺に好印象を抱いてくれている。
それについて自信があった。

だからいい意味でメールを送ろう。
何度も俺の気持ちは伝えたつもりだ。

『これから仕事だよ。今日は雨が降って嫌だね~。春美と相々傘をしながらなら、きっと楽しいんだろうね。春美、突然だけど、俺と付き合ってほしい。好きだというのは言った。ただ、君とどうしたいかをちゃんと言ってなかった。俺と正式に付き合ってほしい。君は俺の宝物だ。それでは仕事へいってきます 岩上智一郎』

送信ボタンを押すと、心臓がドキドキした。
焦りはあったが、タイミング的にちょうどいいと思う。

久しぶりに電車から見える外の景色に、目を向ける事ができた。
いつも見慣れているはずの景色が新鮮に映る。
この駅と駅の間には、こんな田舎っぽい部分もあったのかと、改めて感じた。

新宿に着いても、春美からの返事はまだ来ない。
いつもならさほど気にならない事が、今日はピリピリしている。
心に余裕がないのだ。

まだメール送って一時間も経ってないだろ?
落ち着けよ。
自分へ言い聞かせるも、仕事中ずっとソワソワしていた。


いつもの事だが、ワールドワンは今日も忙しい。
中々一服に行けるタイミングすら取れなかった。

従業員たちの食事休憩を回し、その間ホールを駆けずり回りながら、キャッシャー業務もこなす。
最後に休憩へ行かせた山下が戻ってくる。

「ちょっとだけタバコ吸ってきていい?」
「ゆっくり行ってきて下さいよ」

奥の休憩室へ向かう。
俺は早速メールが来ていないかチェックしてみた。

「……!」

春美から待望のメールが届いている。
思わず心が躍った。

疲れきっていた精神がシャキンと回復する。
男って本当に単純な生き物だ。
悲しいぐらいに……。

『岩上さん、メールありがとうございます。岩上さんの気持ち、とても嬉しいしく思います。でも今の私は学業、アルバイトとプライベートの時間も少なく、ある自分の目標というか目的もあります。まだ、それについては実現していないし、まだ目標の段階なので詳しくは言えません。私の現状が忙しくいっぱいいっぱいなのです。もう少し考えさせて下さい。時間を下さい。お願いします。私のわがままかもしれませんが、本当に余裕がないのです。 品川春美』

春美にしては長いメールだった。
俺は何度も何度も読み返す。
彼女の気持ちがよく理解できないでいた。

忙しいのは分かる。
俺だってそれは同じだ。
だからこそお互いを支え合っていきたい。
何故そう言ってくれないのだ?

ある目的……。

確か初デートの時も言っていたが、何も言わないんじゃ俺には分かるはずがない。
知り合って三ヶ月以上は経っている。
俺はピアノをまだおまえに捧げてないんだぞ。

俺の何が不満なんだ?
神経がピリピリ苛立っていた。

仕事を終え、ずっと帰りながらも春美の事を考える。
とりあえず寝て一旦落ち着こう。

しかし起きて風呂に入っても、イライラ感はまるで無くならない。
出勤時間よりも早く家を出て、近くの焼鳥屋へ入る。
俺はウイスキーのストレートとチェイサー代わりにレモンハイを注文した。

飲む事で落ち着かせたかった俺は何杯もお代わりをして、胃袋へ不味い酒を流し込む。

「お兄さん、酒強いんだね~」

捻りハチマキを頭に巻いた店のオヤジが声を掛けてくるが、無視をする。
今の俺はそれどころじゃない。

春美からのメールを何度も読み返したあと、メールを打ち込んだ。

『春美、心して返事してほしい。イエスかノー。俺が聞きたいのはどっちかなんだ。それぐらい真剣に聞いている。お茶を濁したような言い方はしないでほしい。俺は君の本心が聞きたいんだ。 岩上智一郎』

もう一度ウイスキーを一気飲みしてから俺は、メールを返信した。

目の前へある焼鳥をがっつきながら食べる。
すると春美からの返事が届いた。

『ごめんなさい。岩上さんが私の気持ちを理解せず、そのような事を言うのなら、私たちもう逢わないほうがいいみたいですね。何かガッカリしました。 品川春美』

携帯を持つ手が震える。

何だ、このメールは……。

何故、こうなるんだ?
俺が悪いのか?

違うだろう。
春美は何故こんな事を言ってくるのだろう。
この間までうまくやってきたじゃないか。

それとも他のキャバ嬢みたいにいい加減な子だったのか。
俺を都合のいい客として、心の中でせせら笑っていたのか。

頭の中で色々考えたが、ネガティブな発想しか浮かばない。

「何だい、お兄さん。顔が青褪めてるぞ。ちょっと飲み過ぎじゃないのかい?」

店のオヤジがまた声を掛けてくる

「うるせえ! 少しは黙ってろよ」

「……」

シーンとなる店内。
回りの客は一斉に俺を見ている。

「すみません、少し苛立ってました……」

別にこのオヤジが悪い訳じゃないのに俺はどうかしている。
こういう時こそ落ち着かなきゃ駄目だと自分に言い利かせた。

会計を済ませ、外に出る。

先ほど届いた春美からのメールを何度も読み返した。
もう終わりだと言うのか?
何故だ……。

すっかり熱くなった頭が感情を暴走させる。
俺は返信メールを打ち出した。

『分かったよ。とても残念だ…。春美の本音がよく分かったよ。俺にもっと真剣に向き合ってくれてると思ったよ。俺の単なる自惚れだったみたいだね。まあ、君の本音が聞けて良かったよ。だったらもっと早く言ってくれよ。無駄な時間、使わなくても良かったのに……。 岩上智一郎』

あえて酷い内容を書いた。
頭の中を血が激流のようにグルグルと回っている。
ヤケクソだった。

こいつもしょせん、他のキャバ嬢と同じだったなんだ……。

ふざけやがって……。

言いようのない怒りが全身を覆う。
打ったメールを送ろうとした。
でも、送信ボタンを押せないでいる。

これを送れば、春美との仲は終わる……。

それだけは分かっていた。
何度も深呼吸をする。
落ち着きたかった。
自分でも混乱しているのが分かる。

帰りの電車に乗っても、自分の打ったメールを何度も読み直した。

男として俺は生きてきたつもり。
自分の言いたい事を相手に伝えれば、別れに直結してしまうかもしれない。
逆に言えば、これだけ真剣なんだと分かってほしい気持ちもあった。

春美なら俺のこのメールの本意が分かってくれるんじゃないか。
目を閉じ満身の想いを込めて、俺は送信ボタンを押した。


家に到着しても、まだ春美から返事は来ない。

「勝手にするがいいさ……」

俺はキーボードの電源をつけ、ザナルカンドを弾き出す。

荒んだ心を音色は優しく癒してくれる。
演奏をやめ、考えてみた。

今、俺は何の為にピアノを弾いている?
誰の為に始めたんだ?
自然とザナルカンドを弾いていたが、自分を癒す為だけにこの曲を必死にマスターしたのか?

いくら自問自答を繰り返しても、答えは出なかった。
もう何も考えたくない……。

再び俺は、ザナルカンドを弾き始めた。

目の前が滲む。
いつの間にか俺は泣いていた。
視界が曇る中、指の感覚だけでピアノを弾いている。

こんなに努力してまで弾けるようにしたんだぞ、俺は……。

あれだけ好きだった春美。
すぐに倒れそうな積み木を集中して一つ一つ丁重に積み上げる。
そんな感じで春美には接してきたつもりだ。

ちょんと押しただけで簡単に積み木は崩れてしまう。
俺は焦るあまり、信頼という積み木を自分で崩してしまったのかもしれない。

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