闇 455(木幡と山ゴネス編)
闇 455(木幡と山ゴネス編)

2026/01/17 sta
前回の章
二千十九年三月九日、土曜日仏滅。
遅番に新しく店長になった橋本、俺、木幡。
早番に責任者オカマの木下、吉岡、川崎。
すっかり新しくなった体制のラッキーハウス。
香川が現場から抜けたのは、俺にとって幸運な事だった。
近々新人も一人取る予定らしい。
最近客層での最大の変化。
それはオーナーである酒井さんが、知人の小田川と女性二名を連れ、ゲームをしに行くようになった事。
もちろん他の客は酒井さんがこの店のオーナーなど知らない。
連れの小田川の金の使い方は、有り余っているのか異質な遣い方だった。
一緒にいる若い子がフォーカードを出すと「待って! 買う買う買う!」と立ち上がり、二万円を台の上に置き、ダブルアップで叩いてしまう。
ラッキーフルのスーパーなら分かるが、ノーマルでも何でも終始この調子。
ほとんどの確率でダブルアップは外れ、二万円が消えていく。
見ていて一円レートのポーカーをしているような錯覚を覚えてしまうほど。
そう思うほど、小田川の遊び方は異質である。
帰り際酒井さんは耳元で「期待していますので頑張って下さいね」と囁いて店を出て行く。
香川が現場から消えた今、橋本に継いで二番手という立ち位置。
ちょっとだけ以前より責任感が重くなる。
過去インカジ『餓狼GARO』で辞め、池袋の『バラティエ』で二度目。
そしてここ『ラッキーハウス』で三度目。
今回が正念場のまま二年以上が過ぎた。
拾ってくれた酒井さんの為にも、長くここで働き店を反映させる事が恩返しになるはず。
あの期待していますよは、今度は長くいてくれという意味合いも含むだろう。
また小久保冬芽という目の細い太めの新規客が、毎日のように来店している。
来ると二十万から三十万くらいの勝負をしていく。
それなのに従業員へ当たってこないので、マナーの良い客だ。
朝方まで基本的にいるので、客数が少なくなると気さくに話し掛けてくる。
そんな時木幡の適当な会話がちょうどよく、小久保は木幡へ任せ、他の客の相手に専念できるのは有難かった。
愛想だけはいい木幡。
彼もそれなりに数ヶ月働いているのだ。
少しは役に立ってもらわないと困ってしまう。
仕事終わり店を出ると、木幡が追い掛けるようについてくる。
「赤崎さん、たまには飯でもどうですか?」
「構わないけど、どこ行くの?」
花道通りを歩いていたので、目についた牛タン麦飯のねぎしに行くか聞くと、これはその隣りにある『世界の山ちゃん』がいいと言う。
特に拘りもなかったのでリクエスト通り店へ入る。
テーブルの上に置ききれないほど注文をする木幡。
それでいて残すので「食べられる分にしておけよ」と注意した。
会計時になると「あれ? 赤崎さんすいません! 店に財布忘れちゃったんで、ここ出しといてもらえますか」とちゃっかりしている。
調子のいい奴だなと呆れながらも全額支払い家に帰った。
二千十九年三月十日、日曜日大安。
客の会話で斉藤弘一のいたゲーム屋『ジョーカー』が潰れたという情報を聞いた。
山下や大倉たちは今後どうするのだろうか?
大倉は過去快く送り出してくれた酒井さんを裏切ったので、戻ってくるのは不可能。
まあ一従業員に過ぎない俺が心配したところで、どうする事もできない。
昨日財布を忘れたと言った木幡は、まだ一度もその件に触れず飄々としている。
あえて自分から言うのも野暮なので、向こうから言い出すまで放っておく事にした。
小久保冬芽がまた朝まで打っている。
いつものように木幡とのお喋りが始まり、小久保の仕事内容を根掘り葉掘り聞いていた。
西武新宿駅前通りにあるステーキハウスでパーティーイベントがあるから、参加してくれという展開になり、調子のいい木幡は「自分はもちろんの事、橋本さんも赤崎さんもこぞって参加しますから」と言い出す。
あまりの調子良さに呆れてしまう。
参加費八千円掛かるパーティー。
勝手に人を巻き込むなよと思ったが、客前のなので仕方なく笑顔で調子を合わせる。
橋本は用事があるからと断りを入れると小久保は少々不機嫌になった。
すかさず木幡が「まあ自分と赤崎さんは大丈夫ですから」とまた人の断りもなく暴走。
満足気に小久保が帰ると「おまえよー…、勝手に人を巻き込むんじゃねえよ!」と怒鳴りつけておく。
この男は気を抜くと、ズカズカ土足で入ってくるので注意が必要だ。
二千十九年三月十一日、月曜日赤口。
明日の夜は小久保主催のイベント。
連続で来店する小久保は、朝方になると木幡に「おまえ、明日はちゃんと来るんだろうな?」とパーティーの参加確認を強要されていたが、自業自得だろう。
「いや…、それが先日遅刻してしまったんで、自分はやはり都合が悪くなってしまって……」
「おまえよー、そりゃねえんじゃねえか?」
元々木幡が勝手に巻き込んで言い出した事なのだ。
事前の梯子外しで怒るのも無理はない。
「代わりに赤崎さんは必ず参加しますから」
断れないシチュエーションに追い込まれてしまい、木幡押し付けにより巻き込まれたイベントは、結局参加は俺一人と意味不明なものになる。
小久保が帰ると、俺は無言で木幡の尻目掛けて蹴りを入れた。
「痛いなあー…、何すんですか」
木幡は憤慨していたが、世界の山ちゃんの会計押し付けや、今回のイベント巻き込まれ強制参加で苛立っていた。
一連の様子を橋本は見守っていたが、見て見ぬふりをしていたので、少しは俺に同情したのだろう。
結果的に俺は明日の休みを小久保のパーティーだけの為に新宿へ来る羽目になったのだ。
二千十九年三月十二日、火曜日先勝。
昨日の小久保主催のパーティーは酷いものだった。
八千円という高額会費設定の割に、限られたドリンク飲み放題、そして人数が多いのでブッフェスタイルの料理も俺が取りに行く頃はほとんど空のままである。
しかしこれは自分で参加すると決めたものなので、誰にかに当たる訳にもいかない。
今後木幡の巻き込みに気をつければいいだけの話。
そんな事を考えながら出勤すると、橋本が突然謝ってくる。
意味不明過ぎて訳を聞く。
「赤崎さん…、出勤早々申し訳ないけど、ちょっとしばらく休み取れなくなってしまうかもしれなんですが」
「ん? どういう事です?」
「昨日というか今朝の事なんですが、木幡をクビにしましたんで」
「木幡をクビ? 何かあの馬鹿やったんですか?」
彼の話によると、客は高山が残っている状況でINを受けた際「六卓さん二十です」とコールして橋本へ金を渡してきたらしい。
一万円札二枚だと思って財布にしまおうとした橋本が、一万円札と五千円札だった事に気付き木幡へ話し掛ける。
「ねえ、今二十とか言っていたけど現金一万五千円しかないよ?」
「え、一万円二枚じゃなかったですか?」
「俺が今確認したから言ってんだろ? 高山さんは何て言って金を渡したんだよ? おまえが二十とコールしたんだぞ? INは二万円入れたのか? それだと〆でマイナス五千円出るからさ。ハッキリしてくれ」
「いや、高山みたいな詐欺師野郎はどうしょうもない奴で……」
「おい、木幡! おまえのやらかしたミスを確認しているんだよ。本当の事を言え、INはまず二万円分入れたのか? 高山さんは何て言って金を渡してきたんだ?」
「あんな詐欺師同然の奴なんて、適当にしか言わないんですから……」
「もういいや、木幡。おまえクビ。上がっていいよ」
「え、いや…、でも自分は……」
「もう本当にいいから。上がってくれ。おまえにはうちの店無理だ」
一部始終を聞き、橋本の話が嘘を言っていないのが分かる。
木幡はかなり適当な男であるが、それを仕事上に出されても同じ番の人間が迷惑を被るだけ。
高山は確かに面倒な客であるが、その正体が詐欺師であろうと普通の仕事をしてようと店にとって関係がまるでない。
大事なのは受け取った金に対するINを正確に入れ、現金の扱いを間違わない事である。
橋本の独断で首にしたと言っていたが、逆の立場でも木幡を切っているだろう。
俺と橋本が休まず仕事をすればいいだけの話。
なので彼には気にしないよう伝えた。
二千十九年三月十三日、水曜日友引。
木幡クビの起因となった高山が連日来店。
彼は俺の顔を見るなり、必死に自身の正当性をダラダラ話し出す。
仮にも自分が原因でこの店のスタッフが辞めたという責任が嫌だったのだろう。
俺は高山へ丁重に諭し、それでもまだ言い足りなそうだったのでこれまでの暴走気味な接客スタイルなども正直に伝えた。
「たまたまクビにしたきっかけが高山さんのINだったというだけの話で、そもそもそのINすら勘違いしたのは木幡です。高山さんに非は何もないですよ。安心して下さい」
「でしょう! やっぱそうだよね。だいたいあいつはおかしいんだよ。まず自分に確認しにくればいいだけの話なのにさー」
「ええ、高山さんの仰る通りですから。もう木幡がこの空間で働く事もないのでご安心下さい」
「あ、赤崎君さー、お腹減って来たからまたパン買って来てよ」
店内はほぼ満席。
俺と橋本の二人だけで回すので手いっぱいな状況。
これでパンなど買いに行く事で俺が抜けたら橋本一人になるので、さすがに断った。
「何だよ、マイ君いなくなったらパンも買いに行かなくなる訳?」
「いえ、そういう訳でなく、今純粋に従業員が自分と橋本だけなんです。ここで自分がいなくなると彼一人になり、店が回らなくなります。もう少々お客さんが少なくなるまでお待ち願えませんか? もしくは出番ならすぐ連絡できますけど」
「何か赤崎君も冷たくなったよねー」
「気分を害してしまい、大変申し訳ございません」
何でパンを買いに行かないぐらいで、こうまで文句を言われなきゃならないんだ。
香川の置いていった負の遺産そのものだ。
ほぼ満席状態で客が引かない。
そんな中、オーナーの酒井さん一向まで来店。
さすがに席数が足りないので、連れの小田川や女性客を優先して打たせ、酒井さんは待機席のソファで店内の様子を眺めている。
「ちょっとこの状況って、岩上さんと橋本の二人だけじゃキツくないですか?」
「まあ先日一人辞めさせたものでして。とりあえず現状で頑張るしかありません」
「ジョーカーの山下君って、彼も元ワンオン系の人間ですよね?」
突然山下哲也こと山ゴネスの名前が、酒井さんの口から出たので驚く。
しかし考えてみれば、山下や大山などがいた東通りのゲーム屋『サン』、あの頃俺は風俗のガールズコレクションで働いていたが、あの店に酒井さんや金太郎が客として通っていてもおかしくないのだ。
「酒井さん、山下を知っているんですか?」
「ええ、彼はサン時代からよく知っていますよ」
「もともとワンオンのワールドワンで自分が店長をしている時に、山下が入って来たんですよね。大倉も同時期ですが」
「岩上さんが元で、大倉も山下君もそこの従業員だったんですね。それなら大倉はともかく、山下君今ジョーカーが無いんだから、岩上さんからここへ誘ってやればいいじゃないですか」
オーナー直々のスカウト。
これなら店長の橋本はおろか、番頭の根間、そして側近の金太郎にしても文句は無いだろう。
内心山下の今後について気にはなっていたのだ。
「ありがとうございます。では近日中に山下へ自分から電話を入れてみます」
酒井さん一向が帰り、客足も少なくなっていく。
高山がパンとうるさいのでコンビニへ買いに行き、そのあとで橋本へ山下の件を話してみる。
「まあ酒井さんが言うなら問題ないじゃないですか。自分も後輩を一人誘っていたんで、それも来るようなら早番が手薄なんでそっちへ回しますし」
「まあ吉岡さんが透析で週に三回しか出て来れない時点で、まともに入れる従業員必要になってきますよね」
「あ、あと今日の昼、早番で一人面接したので、新人が明日の夜から増えますよ」
「良かった…、これでうちらも少しは楽になりますね」
「何でも元々うちのグループのインカジで働いていたみたいだけど、合わないみたいで辞めるとなって、根間さんがそれならゲーム屋へと話を持ってきたようです」
これで仮に山下まで入り、橋本の知り合いまで入れば、ラッキーハウスも陣容的には大幅にパワーアップする。
気付けば俺も橋本とこのような会話をするような立ち位置になっていたんだばと思うと感慨深いものがあった。
二千十九年三月十四日、木曜日先負。
家で寛ぎながら久しぶりに山下哲也へ電話を入れる。
かれこれ新宿のヤクザ直営ゲーム屋の時以来か?
いや、二度目の横浜時代、川越へ行った帰りに一度だけ会ったのが最後になるのか。
少しだけ浮き浮きしている自分がいた。
何故なら斉藤弘一亡きあと、その後輩である山下が再び自分の手元へ戻ってくるのだ。
天国にいるであろう斉藤は、どんな顔をして眺めているのだろうか。
ワールドワンの時で一回、長谷川昭夫の裏ビデオ屋アップル時代に一回と、合計二回も俺から鉄拳制裁を受けた山下。
それでも懲りずに時間が経てば元通りになるので、歩けば忘れる鶏のような頭の構造なのだろう。
唯一引っ掛かっている点が、俺がまたこうして新宿へ戻ってきてから一度もまともに関わっていない事。
いや、そうでもないか。
斉藤弘一と連絡を取れなくなり、入院を教えてくれたのも山下。
火葬式にしてもそうだ。
とりあえず電話をしてみよう。
「はい」
「何だよ、妙にテンション低いな。ジョーカー無くなったんだって」
「あれは横山の奴に騙されて、店が無くなったんですよ!」
「ん、横山? どこかで聞いた事あるような……」
「肌の浅黒い奴ですよ! 岩上さんも歌舞伎町長いから、見れば分かると思いますよ」
「まあ横山はどうでもいいよ。覚えていないし。それよりおまえ今何をしてんだよ?」
「ジャーカー潰れてからは何もしてないすよ」
「仕事の宛てはあるのか?」
「もうちょっとゆっくりしてから、風俗の受付でも探そうかなと」
「それならさ、うち来るか?」
「え、うちって…、酒井さんのラッキーハウスですか?」
「ああ、大倉は過去に辞める時酒井さんを裏切ったんだろ? それにあのチビ、俺がヤクザのゲーム屋の時も木村ってメガネの従業員と組んで抜きに近いような行為しやがった」
山下もこの件は初耳だったようで、しつこく当時の様子を聞いてくる。
グラスも洗わず出勤早々胡坐を掻いて横着する木村の寝顔を見ていると、次第に苛立ちが募ってきた。
「おい、起きろよ! 何寝てんだよ!」
俺の怒声で跳ね上がるように起きる木村。
「あ、岩上さん…、お疲れ様です」
俺は〆用紙を管理してある棚から、木村が記載したであろう個人ビンゴの紙を取り出す。
「おまえさ…、これ何なの?」
「何なのって何がですか?」
「この個人ビンゴ見てみろよ! これ大倉のだろ?」
「はい、そうですが……」
「何なんだよ、このザマは?」
「え、このザマって何がです?」
「自分で見ておかしいと思わねえのかよ?」
「え、あの……」
天然なのか、もしくはあえて惚けているのか?
「左のエースから四までの枠見てみろよ」
「バツがしてありますが?」
「俺はよ…、最初のミーティングの時何て言ったよ?」
「ビンゴは三つの枠が揃ったら、一万客に渡すと」
「それ以外に他にも言ったろ!」
「フォーカードとか、ラッキーフルのラッキーのナンバーの数字を丸付けろと」
「じゃあ、何でこの左枠だけバツで、数字に丸付けてねえんだよ?」
「それは岩上さんが常連で太い客には良くしてやれと、いつも言ってるじゃないですか」
「それは特サの話だろ?」
「岩上さんが五万負ける毎に、五千円のサービスを入れていいと言っていたので……」
「それは特サの話な。これはどう説明する?」
「いや…、大倉さんが自分に一つ枠潰すのサービスしてよと言うので、ちょっとぐらい良くしようとして」
「おまえ、馬鹿かよ? こんな三つしかない簡単なビンゴをさ、最初から潰したら簡単に完成するだろうが! 何勝手にやってんだよ?」
「す、すいません……」
「すいませんじゃなくて、謝る時はすみませんだ! ちゃんと言え!」
「す、すみません……」
俺はもう一枚の大倉のビンゴを取り出す。

「それにこれは何だよ?」
「個人ビンゴですが……」
「日付見ろよ?」
「八月四日です」
「その前のは?」
「八月四日です」
俺は『一日一名様一枚限り有効』と書いた部分を指さし「これは何て書いてあるんだ?」と怒鳴りつけた。
「あ、一日一枚だったんですね……」
「ですねじゃねえよ! それに二枚目もまた勝手にバツ付けてんじゃねえかよ!」
「す、すみません……」
「おまえさ…、ひょっとして店の金抜いてんじゃねえのか?」
「絶対にそれはありません!」
「……」
どうする?
コイツのクビを切るか?
大倉にこの個人ビンゴの事を聞けば一目瞭然だが、俺と会っているのにも関わらず斉藤の癌の事を言わなかった。
その背景には、後ろめたい何かがあったからじゃないのだろうか。
まさか大倉と木村は結託して金を抜いている?
「それ確かにあり得ないすね! 大倉の奴、もう縁を切りましたけど、あいつはそういう野郎ですよ。だいたい自分に向かって絶対結婚できないとか、自分が優れているつもりでいるんすよ!」
大倉の話題になると感情的になる山ゴネス。
「分かったよ。いいから落ち着けって。元々あいつは裏切り癖があるような男なんだから。もう店終わって袂を分けたんだろ?」
「ええ、まあ……」
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