闇 509(明確な殺意の残像編)
闇 509(明確な殺意の残像編)

2026/03/28 sta
※この作品は、因果律に業を混ぜた小説です
前回の章

二千二十年十一月二十日、金曜日先負。
朝五時までの八時間を働き、インカジ『レディ』初日は終了。
こんな時間に仕事を終えたところで、何もする事がない。
片屋敷と松井の二人が残業という形で、昼の十一時まで仕事。
この時間帯は客も少ないので、それで何とかなるようだ。
これまで十二時間勤務が当たり前だったので、少し物足りなさを覚えるほど。
ラッキーホステルへ帰ると、シャワーを浴びてすぐ眠る。
起きてから今日のランチは喫茶店『ラ・ムー』へ行く。
ポークライスを頼む。
この店の人も、毎日毎日昼頃出没して、コイツ何の仕事をしているんだろうなと疑問に思っているかもしれない。

少し足りなかったので、焼きそばも追加注文。

もう何度この喫茶店へ来たのか覚えていないほどの来店。
本当にこの手の店へ、通うのが好きだなあと呆れてしまう。
歌舞伎町、ラッキーホステル、ラ・ムーからまた部屋。
仕事、夜の九時からだからだもんな。
あまりの暇さに、またアイパッドを取り出し漫画の続きを描いてみる。
途端に苦手意識が出てきた。
そうか…、母親登場だからお母さんの顔を描くようなのか……。
ちかの写真を見ながらタッチペンで似せるよう交互に何度も見直す。

「……」
何だ、こりゃ?
あんまし似ていないぞ。
表情も無機質というか、センスの欠片もない。
今日はこのコマだけ描いて、もう終わりにしょう。
本当に女性キャラを描くのは疲れる。
アイパッドを放り投げて横になった。
目を覚ますと夕方。
まだこんなに時間が有り余っている。
散歩がてら飯でも行こう。
小滝橋通りを歩きながら、イタリアンの『パンコントマテ』大久保店を発見。
店頭にあるメニューをまじまじと眺める。
結構中々しっかりした感じの店のようだ。

客は俺以外誰もいない。

メニューを眺めながら、ラザニアのサラダセットを注文。
これを置いてある飲食店は、デニーズぐらいしか記憶にない。

オーブンで焼きたてのラザニア。
器からソースが溢れるほどのボリューム。
横浜のイタリーノもこんな感じだったよな。
過去自分でこれを作ったのはもう五年前。
〇〇組直営ゲーム屋時代に一度だけ。
あの時は、強飲のけいこに持っていったっけ……。
自惚れに過ぎなかったのか、何気にこっちへ気が合ったのかと思った彼女。
距離が一瞬近付いたと思ったんだけど、単なる俺の気のせいに過ぎなかった。
結局連絡など一切取らなくなってしまい、人生には何て無駄な事が多いのだろうと思う。
悪戯に時間と金の浪費だけ。
いや、楽しかったと思えた時間の共有は少なからずあった。
これは自分だけに限らず、多くの人たちもそうなのだろう。
経験したからこそ知った実。
よく百聞は一見に如かずというか、それなら百回見たものよりも、一つの経験に勝るものはない。
百見は一実に如かず。
仁義礼智信、厳勇。
正々堂々。
今までの座右の銘に、これをもう一つ加えてもいい。
これまでの異形な経歴の数々。
何の統一性もないように見えて、インカジ『レディ』の従業員は興味津々だった。
あれは自分では絶対にできない体験を潜り抜けて来た俺への敬意?
少し違う。
興味本位というもののほうが近いはず。
何より無機質だったラッキーハウスの面々よりはマシ。
俺にとって働きやすい環境であるのは間違いない。
とにかく今の俺には何も無いのだから、少しでも足掻こう。
一見無駄に見える事でも、動かない事には何の向上も見られないはず。
アイパッドを取り、先ほど描いた絵から漫画の十五頁目を何とか完成させる。

面倒なので、どうしてもコマ割りは大きくなり、たった一枚の原稿に対して二コマしかない。
やっぱり俺に漫画は無理なんじゃないのか?
コロコロ変わっていく思考。
俺はセブンスターに火をつけると、アイパッドを放り投げ、ネオジオミニの電源をつけた。
時間が来ると歌舞伎町へ向かって歩き出す。
今日でインカジ『レディ』二日目の出勤。
どんな刹那的に思考が偏ろうと、行動しようと時だけは無情に過ぎていく。
霞を食べて生きていける仙人ではない。
令和の日本に日本人として生きていく限り、俺は寝る場所と胃袋を満たす為に働いて金を稼ぐ必要性がある。
気付けば俺も本当に日本の底辺か……。
そんな事を考えながらレディへ出勤した。
着替えをしていると店長の斉木が来る。
この人が履歴書を見て俺を取ろうと助言した人。
つまり飯が食えるようになった恩人ともいえる。
「あ、はじめまして。昨日からここで働き出しました岩上と申します。よろしくお願いします」
「岩上さん、以前自分とは会っていますよ」
「え?」
「前にここは『セカンドフロアー』だったじゃないですか。その時に自分と会っていますよ」
この場所がセカンドフロアーだったのは、二千十五年。
約五年前……。
あの時ヤスにうまく利用されるような形で来たよな?
朝十時に岡部さんが出勤して交代すると、ヤスは俺のあとをついてきた。
「岩上さんの新宿クレッシェンドの跡地。別のインカジになりましたよ」
「ふーん、そうなんだ」
悪夢以外の何物でもなかった新宿クレッシェンド。
あの忌々しい店も本当に無くなったのか。
「気になりませんか?」
「まあ少しは…。どういう店になったんだろうってくらいの興味は」
「自分紹介するんで、ちょっと寄りませんか?」
投げやりになって店の最後関わり合いにならなかった。
ヤスの言うようにあの中がどうなったのか、少しだけ気にはなる。
「二万くらいなら、ちょっとやってってもいいか……」
「いやいや、岩上さん…。三万INじゃないと、自分に紹介料三千円入って来ないんですよ」
「……」
「ですから最初に三万入れて、途中で一万円OUTするのは構わないので、それでどうでしょうか?」
結局ヤスが朝まで店にへばりついて俺のあとをついてきたというのは、これが目的。
たかが三千円もらうのに彼は真剣に…、必死に獲物を逃がさない。
こういった部分がガジり屋って陰で呼ばれるんだよな……。
まあ帰り道平和通りをちょうど歩いていたので、新しくなったインカジ『セカンドフロアー』へヤスの紹介で入ってみる。
二階にある店だからセカンドフロアー。
中々洒落た店名だ。
店内は本当に同じ店なのかと思うほどの変貌ぶりで、内装に相当金を掛けたのだろう。
各席はすべてパテーションの壁で区切られ全個室になっている。
色合いは基本的に白ベースの壁で統一され、清潔感溢れる造りになっていた。
「あ、斉木さん、今日紹介するのは小説で本を出されている作家さんを連れて来たんですよ」
裏稼業でその紹介いるのか、この馬鹿……。
ヤスは得意げに俺の事をペラペラと店員へ話している。
「岩上さんはプロのリングにも立ち、戦っていた人なんですよ」
本当に頼むからやめてほしい……。
俺はヤスの腕をつねり上げた。
「いっ、痛っ! 何すんですか?」
「俺の事はいいから…。早く誓約書書いて打って帰るよ」
このままだとつい先日までこの店をやっていた人間ですくらい言いそうだ。
ちょっと中の様子を見に来ただけで、恥の上塗りはごめんである。
斉木と呼ばれている人間が個室へ案内してくれた。
ヤスとのペア席じゃなくて良かった。
思い出した!
あの時対応したのが斉木だったのか!
「まさかあの時お会いしているなんて、思いも寄りませんでした」
五年前のこの場所を知っているのは俺と斉木の二人だけ。
他の従業員は、俺たちの会話を不思議そうにただ聞いている。
ラッキーハウスよりも楽しい職場。
それが俺の第一印象だった。
大場系列に入ってまず驚いたのが、計算し尽くしたほどの組織の完成形。
新宿歌舞伎町に三店舗構え、西川口に一店舗。
上野にもあったようだが、そこは先日警察の摘発に遭ったらしい。
「斉木さん、池袋のセブンって裏スロもありますよね?」
「よく知ってますね、岩上さん」
「あのトキワ通りのビルの最上階で当時『バラティエ』って店を開業する際、立ち上げから居ましたからね」
「まだセブンはありますよ。ただ裏スロって調整が本当に難しいんですよ。だからここもセカンドフロアーがパクられたあと、裏スロにしたんですけど、いまいち儲からないから、今のレディになったんですよね」
「裏スロは経験ないんでいまいち大変さは分かりませんが、店の設定が無い分、インカジのほうが気は楽ですよね」
「ところで岩上さんって、誰経由でこの系列に入ったんですか?」
「山下って言って自分の古くからの後輩で、前ここにいた大山とも長い奴なんですよね」
「山下さん…、ちょっと分からないです」
そういえば山ゴネスの奴、何故大場系列と繋がりがあったんだ?
今度入社できたお礼も兼ね、飲みに誘って聞いてみるか。
「大山は湯浅さんから聞いたんですが、レディにいたんですよね?」
「ええ、ちょっと小西さんと揉めたのが原因で、ここを辞めたんですけどね」
「あいつは自分がここに来る前にいたゲーム屋『ラッキーハウス』で今も働いていますよ。前に働いていたインカジって、レディの事だったんですね」
「大山、元気でやってんですか?」
「ええ、あいつとも浄化作戦以来の付き合いになりましたからね」
「岩上さんって、前にセカンドフロアーへ来た時って、うな鐵近くで店をとか言っていませんでしたっけ?」
「……」
「あれ? どうかしましたか?」
〇〇会クソヤクザの秋田……。
未だどうしても俺は、あのゴミのようなヤクザを思い出してしまう。
店内には俺と秋田だけになる。
再び椅子へ偉そうに腰掛けタバコに火をつけた。
「何だよ、話って?」
「先月言った通り、今月でこの店を辞めさせて頂きます」
「……」
よし、これで義理は果たした。
秋田は黙ったままタバコを吸っている。
俺は空になったグラスを回収しながらシンクへ向かう。
返事もせず無言で居座るんじゃねえよ、ボケ……。
往復してグラスを下げていると、秋田が烏龍茶を足元に掛けてきた。
「冷たっ! 何するんですか?」
「今月一杯で辞める? 店長何言ってんの?」
「は? 俺、言いましたよね? 最低でも一か月前には言えと言うからそれに従いましたよ?」
「いつ?」
「八月の終わりです」
「今日は何日よ?」
「九月十九日ですが?」
「八月が三十日だとして、今で一ヶ月かよ?」
「はあ? だから前もって一ヶ月前って言いましたよ」
「おまえ、馬鹿かよ!」
グラスを投げつけてくる秋田。
破片が床へ拡散する。
「何すんですか!」
「おまえよ? 八月三十日から一ヶ月経ったのかよ?」
コイツ、本当に面倒臭い。
ただの揚げ足取りじゃねえか。
「ですから今月一杯でと前もって伝えただけです」
「今の売上は?」
「え?」
「店の財布見せろって言ってんだよ!」
神経がざわめき出す。
いや、落ち着けよ。
ヤクザを敵に回してもしょうがない。
俺は店の回銭の入った財布を渡す。
先ほどのコウの負け分が入った合計十八万。
秋田は金を全部財布から抜き取り、スーツの内ポケットへ入れた。
「何してんですか? 店の回銭ですよ?」
「今月の〆用紙見せろ」
「秋田さん…、店の金を返して下さい」
「早く〆用紙見せろっていってんだろうがっ!」
「……」
コイツ怒鳴れば何でも通ると勘違いしてんのか?
「おい、耳ねえのかよ!」
「ありますよ!」
「あ? 何怒鳴ってんの、おまえ?」
「俺は辞めます」
「じゃあ十月分の金置いてけ」
「はあ? 何でですか?」
「一ヶ月前って男の約束したろうがっ!」
「フー」
頬を膨らましながら大きく息を吹き出した。
そうでもしないと怒りで自身を自制できそうもない。
「おい、何だよ、そりゃ?」
「息をしただけですが?」
「おまえ、ヤクザ舐めてんのかよ?」
「舐めてません」
「早く五十五万出せや」
「嫌です。今月で辞めるから十月まで払う必要ありません」
「何、おまえ? ほんとヤクザ者相手に偉そうに物事抜かすよな~」
「もう金なんてありません」
「無きゃあ作ってこいや!」
視界が狭まってくる。
このクソ男、どこまで俺を追い詰めれば気が済むのだ?
「あのですね…、俺は先月家賃だって遅れて、今回だって払えるかどうかの瀬戸際なんです。もう勘弁してもらえませんか?」
少しぐらい大袈裟に言っておこう。
非人道的な秋田の振る舞いには心底嫌気が差している。
「大丈夫だよ」
「何が大丈夫なんですか?」
「家賃なんて一ヶ月二ヶ月滞納したって、追い出されねえから」
「あのー…、もう辞めさせて下さい」
「何言ってんの? 一か月前には言えって言ったじゃん」
「ここでやっていくのは無理だと前にも伝えたはずです。もう限界です……」
「何、店長…、金無いの?」
「だから無いって言ってんじゃないすか!」
「じゃあ、貸してやるよ」
「え?」
「金ねえなら俺が貸してやるよ」
「……」
どこまで人を貶めれば気が済むのだ、この腐れヤクザが……。
「ただ俺ヤクザだから、利子はトイチなー」
心の中で何かプツンと切れた音がした。
「何がヤクザだよ……」
「あ? おい、今おまえ何て言った?」
「ふざけんなよ、この野郎っ!」
感情の爆発。
足のつま先まで烈火の如く熱い何かが駆け巡った。
「おまえ…、ヤクザ者に喧嘩売るんだな?」
少し怯みながら後ずさりする秋田。
「ヤクザじゃねえよ…。テメー個人に喧嘩売ってんだよっ!」
気付けば俺は、秋田の左頬に右の拳をお見舞いしていた。
飛び出した拳がスローモーションのように映る。
当たる瞬間ブレーキを掛けたが、それでも拳は秋田に当たり派手に倒れた。
やってしまった……。
俺はとうとうヤクザを殴ってしまったのだ。
「……」
店内はただ静寂に包まれた。
しばらく床にへたり込み、呆然と目の前の光景を眺めていた。
鋭い痛覚が走る。
左手を床についた際、グラスの破片が刺さっていた。
逃げるか……。
いや、マゲたちが残っている。
すぐには無理だ。
寸前で加減した打撃を食らった秋田はゆっくり起き上がる。
「おまえ、ヤクザに手をあげたな?」
携帯電話を取り出し、電話を掛ける秋田を俺は黙ったまま眺めていた。
人生の終わり?
これから俺は何をされるのだろう?
こんな事ならブレーキなんて掛けず、殴り殺しておけばよかった。
本当に馬鹿だよな、俺って……。
「え、俺一人でっすか? そんな! ええ…、はい…。……。分かりました……」
電話を切った秋田は俺を睨み付けてくる。
インターホンが鳴った。
秋田がドアを開け、組員が二名入って来る。
「おい、おまえのマンション行くぞ」
二人の名前も知らないヤクザに促され、俺は店を出た。
携帯電話を取られ、両サイドヤクザに挟まれた形で、マンションへ向かう。
「百十万用意しろ」
呟くように口を開くヤクザ。
「金なんてありません」
「知らねえよ、そんな事は。百十万用意しろ」
「何でその金額なんですか?」
「家賃とケツモチ料の二ヶ月分だ」
「払わなかったら?」
「どうなるかはおまえが一番分かるだろ」
そう言って卑しい笑みを浮かべた。
通行人の誰も、俺がヤクザに囲まれながらマンションへ向かっているなど分からない。
助けを求めたところで携帯電話を取られている。
完全な詰み。
「……」
俺があのあと何故横浜で地獄を何度も体験し死にぞこない、何故また懲りずに新宿へ戻ってきたのか?
本能的に自覚していたのだ。
俺は秋田に会ったら、殺してやりたいという気持ちを今でも持っている事を……。
「あれ、岩上さん…、どうかしましたか?」
あの時の屈辱。
そして芽生えた明確な殺意の残像。
会ったらあの男を路地裏へ引き込み、口元を左手で押さえた状態で打突改をお見舞いする。
頸椎をズラし、生涯半身不随にさせてやりたい……。
その為に俺はこの歌舞伎町へ戻ってきているのだ。
「いや…、過去因縁あった〇〇会のクソヤクザを思い出してしまいまして……」
「いきなり物騒な話をしないで下さいよ」
「すみません…、もちろん偶然会ったらの話です……」
「偶然会ったら? いやいや、何をするつもりなんですか」
いけない…、殺意を無関係の人間の前で漏らすなよ。
この明るい職場の空気を乱すような真似はやめろ。
あくまでも私怨に過ぎないのだ。
右拳をギュッと握り締め、親指を真横にピンと突き出す。
打突…、俺が現役時代に編み出した卑劣極まりない人道的に外れた必殺技。
試合でも使った事のないこの殺人技。
秋田と偶然会った時に躊躇わず使う事ができるのだろう。
その為に俺は、この禁忌の技を開眼したのだ。
身体がブルッと震える。
武者震い?
いや、根底に眠っていた静かな殺意、それに自身が気付いたから?
セブンスターに火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出す。
この殺意、店のスタッフには誰も知られるな。
「そういえば一つ気になっていた事あるんですけど……」
「何でしょう?」
「〇〇会知ってるって、組長の新庄さん分かります?」
「あ、新庄さんですか? もちろん分かりますよ。あの人、セカンドフロアー時代によく来ましたし」
これであの時の新庄の飛びの真相が繋がった!
さっきからうるせえなあ。
何の音だよ?
目を開ける。
携帯電話の着信音。
ひょっとして俺、寝坊したのか?
時間を確認すると夜の八時。
何だよ、遅刻じゃないじゃん。
誰からだよ……。
入江から。
また店で何かあったのかよ……。
「はい、もしもし」
気怠そうに電話に出た。
「おい! 今すぐ店に来い!」
電話口から聞こえる怒鳴り声で一気に目が覚める。
入江からの電話だったよな?
「はい?」
「今すぐ店に来いって言ってんだよ!」
聞き覚えのある声…、誰だっけ?
入江の声じゃない事は確かだ。
「あのー…、まだ八時ですよね?」
「いいから店に来いって言ってんだよ!」
誰だよ、コイツ……。
店で面倒な事が起こったのは確かだ。
客の誰かが入江の電話を使って、俺に電話をしてきた。
それだけは理解できた。
面倒臭いなあ……。
「着替えてすぐ向かいます」
それだけ言うと、俺は身支度を整えた。
本当に気が重い。
あんな仕事を続けるのが嫌になってきた。
あ、マゲたちの世話をしてない…、今から戻る訳にもいかないか……。
まったく何で俺が、二時間も前倒しで店に行かなきゃいけないんだよ?
昼間だって今だって一円も給料出ていないんだぞ?
本当いい加減にしてほしいよ。
でもあの電話での剣幕を見る限り、相当怒り心頭だった。
店にいる入江はさぞかし困っているだろう。
俺が彼を入れたのだ。
放っておく訳にもいかない。
二階のゲーム屋へ到着。
インターホンを押す。
中へ入るとあの出入禁止になった村本がいた。
そして見た事もないどう見ても三名のヤクザ。
え、何なの、この状況?
入江は隅で小さくなっていた。
「何があったんですか?」
まず声を掛けた。
「ここ数日の〆用紙出せっ!」
坊主頭のメガネを掛けたヤクザが怒鳴りつけてくる。
「は? 何でですか?」
「いいから出せよ、おい!」
まだ三十代ぐらいだろうか?
コイツ、ヤクザなのは分かるが、人の店来て〆用紙を見せろって、どんだけ無茶抜かしてんだよ。
それに何故出禁のはずの村本までいる?
状況がまるでつかめない。
「すみません…、ちょっといきなり店に呼ばれて来て、突然店の〆を見せろってさすがに無理ですよ。私はこの店を新庄さんから任されています」
正々堂々と言った。
考えてみればここはヤクザ直営店なのだ。
どこのヤクザ者か知らないが、人の縄張りに来て何を粋がっているのだろうか?
「おまえよ……」
メガネヤクザが胸倉を掴んできた。
手首極めて派手にぶん投げてやろうか。
いや、ヤクザ相手にそれをしては面倒になるだけか……。
苛立つ感情を必死に抑える。
落ち着け。
冷静に対処しろ。
この尋常じゃない状況。
まず把握しろ。
「暴力はやめて下さい。店を預かる者として、まず状況を聞かせて下さい」
「おい、秋田。手を離してやれ」
メガネは秋田と言うのか。
その兄貴分らしきヤクザが言うと、俺の胸元から手を離す。
三十代の坊主頭のメガネヤクザは秋田。
絶対に覚えておくぞ、この野郎の面を……。
村本が一歩前に出てくる。
「新庄の野郎が飛んだんだよ! いいから早く出せよっ!」
「……」
新庄が飛んだ?
すると他の三人は同じ○○会のヤクザ?
落ち着け…、冷静に……。
まずこの修羅場な状況から入江を出そう。
「分かりました。出します。ただ、彼は関係無いので、もう上がらせていいですか?」
入江の近くまで行き、庇うようにしながら口を開く。
「ああ、そいつはもう上がっていいぞ」
俺は店の回銭から一万二千円を取り出し、入江に手渡す。
「入江さん、お疲れ様、もう上がっちゃっていいですよ」
「え、でも…、まだ十時に……」
真面目な入江は仕事終了時間でない事を言いたいのか、余分に給料をもらうのが怖いのかは分からないが、震えながら言ってくる。
「入江さん! いいから上がって!」
さすがにこの状況で入江を気遣う余裕までなかった。
強引に入江を外へ出す。
今の俺にできる事は、彼を外に逃がす事が精一杯だ。
店内は俺と村本、そしてヤクザが三人。
これまでの〆用紙は管理してあったので素直に手渡した。
新庄が飛んだ現実が重く圧し掛かる。
昼間俺にラッキーフルの設定の仕方を教えたのは、こういう事だったのかよ……。
怒りで身が震えた。
落ち着けって、今はそれどこじゃないだろ。
自分へ必死に言い聞かせる。
俺なら絶対に対処できるはず。
これまでの幾多の修羅場を潜り抜けてきただろ?
ヤクザ者たちは、ここ数日の〆用紙を見ながらボソボソと会話をしている。
「おい、おまえはもう今日は上がっていいぞ。少なくともこの店は数日閉める。またやる時声掛けるから待機してろ」
「え……」
俺、まだここ抜けられないのか?
またここを再開するつもりなのか?
あの時、飛んだ新庄。
俺にだけ当時飛ぶ理由を話していた。
その前に何度もインカジで金を溶かし、二千万以上組の…、組織の金を使い込んでしまったと正直に暴露した新庄。
あいつがインカジで溶かしたという店。
それは斉木のいたセカンドフロアーだったはず……。
「新庄さんって、斉木さんの店に当時何百万も使いに来ていましたよね?」
「ええ、岩上さん、よく知っていますね」
「だってその時俺は、新庄さんの店にいたんですから」
「……、なるほど…。だから知ってんですか」
「ええ、当時俺にだけは正直に新宿を飛ぶって言っていたんですよ。最初は組長が何でって、冗談だと思っていたら、インカジで一晩何百万も使ったのも、組織の金をトータル二千万円使い込んでしまったのも、全部本当だったんですよね……」
「最後はアレでしたけど、新庄さん結構スマートに遊ぶ客だったんですけどね」
「斉木さん、アレって最後何があったんです?」
「村本って分かります?」
もちろん覚えているさ。
秋田の次に俺が殺したい人間なのだから。
いや、次は二俣川の戸田か。
根底にある憎悪が増殖するかのように、喉元まで出掛かっている。
「分かりますよ。あの心の髄から腐った偉そうな屑ですよね?」
「あ! 岩上さん、村本分かるんですね? あいつ、本当に嫌な奴だったじゃないですか」
気付けば時計の針は十二時を回っていた。
二千二十年十一月二十一日、土曜日仏滅。
斉木との共通の人物と話題。
それはこのインカジ『レディ』の中でも二人だけしか共有できないものだった。
「岩上さんも村本相当嫌っていますけど、あいつに何かやられたんですか?」
「まあ秋田ってクソヤクザほどじゃないですが、そのきっかけを作る元になったクソ野郎ですね……」
組長の新庄が金を使い込んで本当に飛び、残された俺。
再び監視役と来た村本によって、崩壊寸前の店はさらに悪化させられた。
だから俺は、まず村本の排除をしないといけない…、そう動いたつもりだったのだ。
ようやく秋田を始め、ヤクザ三人が店に来る。
新庄が飛んだ時にいた時と面子は同じ。
一人は五十代くらいの恰幅のいい見た目も完全にヤクザ。
もう一人が新庄の兄貴分だというヤクザだろう。
秋田やデブヤクザの態度を見ていれば一目瞭然だ。
兄貴分が俺に話し掛けてくる。
「何、店長辞めちゃうんだって?」
いかにも気さくな感じを装っているが、内心何を考えているのか分からない。
「ええ…、責任を取る形で今月一杯で上がります」
「七月の最初は調子良かったじゃん。何でこんな暇になっちゃったの?」
どうせ辞めるのだ。
正直に全部ぶち撒けよう。
「一つは○○会の理事長がアスカの一件で、どんどん捕まっています。それに伴いうちの店の客も比例して減少しています」
「まあ、確かにそれはそうだよな。あとまだ原因は?」
「む…、村さんです……」
「村本? あいつがどうしたの?」
「あの人がいると、組関係者以外の普通の客が、本当に嫌がります。店にいるだけで、せっかく来店しても打たずに帰ってしまうほどです」
「何でそうなんのよ?」
「組関係の客がいる時は大人しいんですが、そうじゃない客の場合本当に態度が横柄なんですね。だから客も気分が悪いと帰ってしまうんです」
「うーん…、そうか」
「……」
言うべき事はしっかり言えた。
しばらくの間沈黙が流れる。
「何で俺がここへ来たかと言うとね……」
「ええ」
「まあ飛んじゃったけどさ、新庄の奴が店長の事、本当にべた褒めしてたのは知ってんのよ」
「新庄さんが……」
「この店は店長で持ってるってな。麻雀打っている時も、酒飲んでいる時も、よく店長の話をしていた」
「……」
それでも新庄は組の金二千万を使い込んで飛んだ。
「そこでだな…。俺は考えた」
「……」
「店長…、おまえがこの店やれ」
「え?」
意味がいまいち理解できなかった。
「おまえがこの店を経営するんだよ」
「自分が経営ですか?」
「村本に監視させたこっちにも落ち度はある。数字だけ見るとさ、今月ももう終わりになるけど今現在の売上いくらあるよ?」
「六十七万です……」
「だろ? 新庄飛ぶ前は毎月百万二百万ってあったはずだ。店長の言うように村本が原因ってのは当たっていると思う」
「……」
「だから村本はもうこの店へ来させない。おまえがこの店を仕切れ」
村本はもう来ない?
俺が店を仕切る?
辞めるつもりだったのが、全然別方向へ話が進む。
よく考えろ……。
この兄貴分の言っている真意を。
「今月は村本に任してたからさ、とりあえず数日このままで来月から店長がこの店を請け負う。もちろんもうあいつは店に来させない。どうだ、その条件で?」
村本さえ来なければ、まだ店の立て直しは可能なレベルなのは確かだ。
「おい、○○さんがここまで店長を買ってんだぞ! こんなの中々ねえぞ」
秋田が口を挟んでくる。
「本当に村さんを店には来させないんですか?」
「来させないって言ったじゃん。あいつのせいで、こうなったんだろ?」
「はい、それは事実です」
「じゃあ、店長やってみなよ、な?」
実質この店が俺のものになる?
新庄がいた頃のように自由に好きにできる……。
ここを辞めたところで次も何も決まっていない。
それならここでまた踏ん張ったほうが……。
「ほら、兄貴もここまで言ってくれてんだぞ? 店長どうすんだよ?」
秋田が薄気味悪い笑顔を見せる。
「何かあったら俺が駆け付けたる。そっちのほうは安心せえ」
デブヤクザがニヤリと笑う。
俺主体の店……。
「分かりました…、頑張ってみます」
「よっしゃー、男だな、店長」
「よし、前祝いだ。俺が店長に鰻ご馳走してやる。今から出前取れ」
兄貴分が陽気に財布を取り出す。
「い、いや…、大丈夫ですよ……」
「駄目だって! こういうのは縁起を担がなきゃ駄目なんだって。遠慮するな。ほら、目の前のうな鐵に電話しろ」
仕方なく携帯電話からうな鐵へ電話を掛ける。
「すみません、目の前の床屋が入っているビルの二階なんですが…、出前大丈夫ですか?」
「はい、何に致しましょう?」
「鰻重を一つお願いします」
軽く肩を叩かれる。
「セコい事言うなって。特上の定食にしろって」
小声で囁かれ、俺は注文を言い直す。
電話を切ると、兄貴分たち三人のヤクザは店内でタバコを吹かしながら談笑していた。
俺はあの時の経緯を簡単に斉木へ話す。
黙って聞くスタッフたち。
「本当村本って、癌細胞みたいな奴ですね」
「ええ、その通りです。あいつのせいで、俺はとことんヤクザに金を奪い取られ、結局最後の最後で殴ってしまったんですからね……」
「……」
「斉木さん、新庄さんが最後にって、店で揉めたって事ですよね? それは村本も絡んでって事ですか?」
「そうなんですよ。本当に村本って、とにかく大声でいつも怒鳴り散らし、凄い横柄じゃないですか。あの時店側のちょっとしたミスなんですけど、負けの込んだ村本へ間違ってキャッシャーでINを送ってしまったんですよ。そしたらもうゴネるゴネる…。自分が責任者だし現場にもいるし、行くしかないじゃないですか。そしたら今までいくら使ったと思ってんだ、金返せって始まって……」
あの馬鹿らしい対応だ。
斉木に説明されて、リアルに想像がつく。
「それで出禁にしたんですか?」
「ええ、一応全額は返せませんと話し合い、それで妥協点を話し合いながら、とりあえず後日渡すという形にして。もちろん金を返すんだから、村本はそれで出禁ですけどね」
斉木の話す理論は当たり前の事だった。
賭博系の裏稼業で客へ返金する時、それはイコール出入禁止となる。
前の店『ラッキーハウス』で客の大久保冬芽がゴネて十万円の返金をした時のあの対応。
俺は斉木に、返金したのに出禁にしない店の対応を聞いてみる。
「え、客に金返したのに出禁にしない? あり得ないですって! そんなの許したら、同じ事の繰り返しになるじゃないですか」
「そうですよね! 良かったあ…、俺がおかしいんじゃなくて……」
「何だか前の店って、オーナーの酒井さんは捕まるし、店の上は見当違いな判断で、岩上さんも本当に大変だったんですね」
「もう辞めた店ですし…。この店に入れて本当に良かったと心から思っています」
「自分も岩上さんのような心強い人が、店に来てくれて嬉しいですよ」
セカンドフロアー時代の時、あのヤクザのゲーム屋を辞めて、この大場系列で働いていたら?
二度目の横浜地獄めぐりはすべて回避できていた。
ラッキーハウスでの無駄な四年間も無かった事になる。
「本当にセカンドフロアーの時、斉木さんに頼みこんで、使ってもらえませんかと懇願すれば良かったですよ…、あとの祭りですけど」
「確かにあの頃から岩上さんいたら、違っていたでしょうね……」
「そういえば村本には後日って、いくら渡したんですか?」
「いや、それがあいつ、当日になって電話掛かってきて、もう新宿にはいられなくなって横浜にいるから、そこまで金持ってこいって。それが最後になりましたね」
つまり俺が村本を店から追放し、ヤクザから強引に経営を任されたあの時期と重なる。
あれ以来、村本は歌舞伎町から消えた。
ニコイチの新庄が飛び、ヤクザでも何でもなかった虎の威を借りる狐の村本。
店すら悪化させた責任で、新宿にいられなくなったのだろう。
「じゃあそのあとで新庄さんが、最後に文句を言いに来たんですか?」
「よく分かりましたね? ええ、村本を出禁って、俺と村がニコイチなのを知ってるだろと、暴力団を初めてチラつかせてきたんですよ。それで新庄さんも返金して出禁なんですけど」
長年心にオリとなっていた何かのつかえ。
それが一気に濁流にのみ込まれるようにして消えていく。
何故俺があの時一人貧乏くじを引く羽目になったのか?
すべての因果が今こうして結びつき、一つの因果律となる。
それはずっと根底へ巣食っていたものを流すには十二分な情報だった。
秋田への憎悪はまったく消えていないが……。
正直な現在の心境。
もう恨みつらみというよりは、本当にこの店で働けるようになって良かったという事実。
俺は極道でも何でもないのだ。
平穏無事に日々暮らせればいいだけ。
秋田はせいぜい俺とバッタリこの狭い歌舞伎町で会わぬよう、毎日お参りでもしとけ、屑ヤクザが……。
「岩上さん、そろそろ腹減りませんか? 出前取りましょうよ」
大場系列の凄いところ。
それは給料面だけではなく出勤したスタッフに対し、別途に食事代が毎回出るというシステム。
八時間勤務の人間は千円。
四時間残業や早出の人間には、何と二千円も出る。
今の俺の給料は時給で千四百円。
八時間で一万一千二百円。
それに飯代もつくので一日一万二千円を超える計算。
「あ、それとうちの系列って、交通費出るの知ってましたよね? 岩上さん、川越から通いですよね? 領収書持ってくれば、ちゃんとその金出ますから」
「ええ、始めに聞きましたけど、実は今度ネットカフェみたいなところで、寝る場所確保じゃないですが、このコロナ渦じゃないですか。だから大久保から通っているんですよ」
「じゃあ知り合いで遠距離から通っている人の領収書もらってくれば、その金額出るから、今度誰かに聞いてみて下さいよ」
「え、でも…、さすがにそれじゃ……」
「だって店の経費で出るものなんですよ? せっかくなんだから、貰えるものは貰っといたほうがいいですって」
裏稼業で交通費が出る店なんて、生まれて初めてだった。
食事から何までアフターケアー万全の大場系列。
そして店長の斉木の気遣い。
本当に俺は何て無駄な時間の過ごし方を数年もしてしまったのだろう。
ひょっとして神様が、疲れ切った翼を休める為に用意してくれた裏稼業の終着駅なのかなと感じた。
唯一の難点は、客から呼ばれるまで待機するクソ狭いキャッシャー室の中で待つぐらい。
「あ、岩上さん。今日って休めます?」
「え、何でですか? 入ったばかりだし、出ますよ」
「強制じゃないんですけど、この店狭いじゃないですか」
「はい」
「今十二時間体制で誰かしら休みにしないと、さすがに五人出勤だと、この中に入れないんですよ」
「あ、そういう訳ですね? それなら今日休みもらいますよ」
「すみません。何だか強要した形になってしまって」
「いえいえ、自分など都合よく使って下さい」
新天地レデイ。
傷ついた羽を休める最終駅。
ならばせめて俺も、みんなに対し誠心誠意で応えたい。
朝五時になり今日の仕事が終わる。
ラッキーホステルへ帰り、睡眠を取った。
電話の着信音で目が覚める。
岡部さんからだった。
月に一度初台駅にある知り合いの医者へ定期健診に来るので、終わったら飲まないかとの内容。
急遽決まった休みに、急な岡部さんからの誘い。
岡部さんにも新しい店の話をしたかった。
あの忌々しいヤクザ直営ゲーム屋で当時働き協力してくれた岡部さんなら、この皮肉な因果関係の話を理解してくれるだろう。
昼になり、待ち合わせた歌舞伎町の焼肉『天龍』へ向かう。
岡部さんとの再会はいつ以来だ。

一人では中々入る機会のなかった焼肉屋。

久しぶりの再会を喜び、昔話に花を咲かせる。
二俣川の時、俺の自殺未遂を結果的に救ってくれた岡部さんと共に酒を飲みながらの会話は格別の時間だった。
こうなると一軒だけでは済まなくなる。
二軒目は、俺が提案したこれまた久しぶりのビーフキッチンスタンド。
アパホテル暮らしをしてから岡部さんと会っていなかったので、随分不義理な真似をしてしまったなと反省。

ビーフキッチンスタンドの従業員も、まだ俺の顔を覚えていてくれて、楽しい酒が飲めた。
いい休みを過ごせ、あとはラッキーホステルで大人しく過ごす。
二千二十年十一月二十二日、日曜日大安、小雪。
一日置いた三回目の出勤。
さすがに三日目ともなると、俺のこれまでの話題は減ってくる。
一つ分かったのが、この店のスタッフたちはみんな携帯電話で黙々とゲームをして暇な時間を潰す。
俺がちゃんと継続してやっているのは、クラッシュロワイヤルぐらい。
しかしあれはリアルタイムバトルなので、勝負の途中に客から呼ばれたら放棄して行かなくてはならない。
インカジでプレイするには向いていないゲームなのだ。
ゲーム屋とインカジの決定的な違い。
毎回従業員へINを頼むゲーム屋。
一度にまとめてINをするインカジ。
OUTを何度もする節操ない客でもいない限り、インカジのほうが暇な時間が多かった。
「岩上さん、パチンコってやるんですか?」
「ええ、シンフォギアぐらいですが」
「モバ7ってサイトがあって、そこでシンフォギアできますよ」
親切な湯浅は、そんなところまで俺を気遣ってくれる。
タダで携帯電話の小さな画面でパチンコをやる事に、意味合いを見い出せなかったが、それでも郷に入っては郷に従えで、サイトを開く。

本当にシンフォギアでできるのか……。
ちょっとしたカルチャーショックを受けるも、何故かカラカラと玉の出る音しか聞こえない。
湯浅に尋ねてみると、無料だから音楽は無しらしい。
あの音楽を聴きながらやりたかったのにとこぼす。
「二百四十円出して課金すれば、シンフォギアの音声セットが売ってますよ」
「え、音は別売りって事ですか?」
「まあ無料ですからねー」
確かに無料で遊ばせてくれるのだ。
文句など言う権利などない。
「あ、岩上さん。モバ7の玉って入ったばかりだから、あまり無いですよね?」
斉木が口を挟んでくる。
何故そんな事を聞いてくるのか、不思議だった。
「でもまだ充分遊べるぐらいはありますよ?」
「自分かなりあるからあげますよ」
「え? 玉のやり取りできるんですか、このサイト?」
「直接はできませんよ。ただ、同じホールの画面で…、ほら、今岩上さんいるところで、百二十番台あるじゃないですか。自分は離席するんで、すぐ座って下さいね」
「待って下さい。意味が分からないんですけど?」
「今、自分がこの台で確変当てて継続中なんですよ。そこをどくから、すぐ座って下さいねって事なんです」
「うーん…、どういう事ですか?」
「確変中だから、誰が座ってもその台は出ますよね? だからそこで自分がどくから代わりに座って、持ち玉を稼いで下さいって事です。もし無くなったら、また同じ方法でいくらでもあげますから」
「あ、ありがとうございます……。では……」
こんな事まで忖度してくれるのかよ。
俺はタバコを吸いながら、一人で口元がニヤけてしまう。
三日目のレディは、こんな調子で平和に終わる。
ラッキーホステルへ戻り睡眠を取ると、まだ昼過ぎだったのでモバ7のシンフォギアをプレイして時間を潰す。
持ち玉はたくさんある。
しかしカラカラ音だけだと、何だか侘しい。
湯浅が二百四十円で音が買えると言っていたな。
俺はスマートフォン用のシンフォギアと、アイパッド用にもシンフォギアをインストールして、両方の音を買ってみた。
普通に音が出るようになったぞ?
四百八十円で、こうしてあの当時を思い出しながら雰囲気を楽しめるのだ。
これしか金が掛からない分、何だか嬉しい。
しかし基本的に画面を眺めているだけなので、日曜日開催する高知競馬を全レース買ってみた。
最初の一レースを二点買いの三連単当てたので、四千円で最後まで楽しく遊べた。
残る最終レースのファイナルが当たらないかな?
結局、中央競馬のマイルチャンピオンシップも負けたので、一万四千円負けで終わる。
やはり佐藤充という貧乏神の影響など、全部捨てなきゃいけない。
せっかく幸運を運んできている流れがおかしくなりそうだ。
すぐ図に乗っては駄目。
あとはモバ7のシンフォギアをひたすらプレイしていればいい。
廃人生活、ここに極まるって感じだな……。

明日になればまたレディへ出勤。
今はそれだけで充分幸せだろ?
ラッキーハウス時代に比べれば。
あと数日でこのラッキーホステルの期限が終わり、あの狭苦しいアスクルーム生活が始まるのだ。
今はつかの間のぬくぬく生活を少しでも堪能しながら時間を過ごせばいい。
腹が減ったなあ。
さて、今日はどこの飯を食いに行くか。
寿楽?
大明飯店?
それともラ・ムー?
「……」
俺も本当に行く場所が限定されてしまうよな……。
着替えを済ませ、外へ出る。
セブンスターを口に咥えると、大久保通りを歩き出した。
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