闇 495(携帯電話と賭博編)
闇 495(携帯電話と賭博編)

2026/02/27 fry
前回の章

二千二十年七月二日、木曜日仏滅。
ラッキーハウスで一服休憩、ちかとのLINEのやり取りをしている時だった。
「あれ?」
アンドロイドのスマホ携帯電話。
突然電源が入らなくなくなった。
まだ充電は充分あったし、買って半年くらい。
電源ボタンを何度押しても、まるで反応なし。
どうしよう?
あ、そういえばアイパッドは普通に使えるか……。
とりあえずフェイスブックへ現在の状況を告知する為、投稿する。
私に用件ある方。
現在電話と、ショートメール、またLINEも使えないので、メッセンジャーにて連絡下さい。
当たり前にできていた事ができない不都合。
ちかへの返信をどうしよう?
フェイスブックをしていない人から連絡が来たら?
ヤバいな、俺……。
スマホが無いと生きていけないと嘆く女子高校生のように脆い。
そんなオロオロする俺の姿を見て笑う内藤ノブと吉岡ことヨッピーコレクション。
コイツら、人の不幸をニヤニヤ笑いやがって。
何がそんなにおかしいのだ。
早番の時間帯にしか、携帯ショップも営業していないし、どうしたらいいものか。
それに、この携帯電話の契約は坊主さん。
今さらになって気付く。
この携帯電話は元々俺のではなく、インターネットカジノ新宿クレッシェンドの店用で使ったままだという事を……。
俺はフェイスブックのメッセンジャーを使い、先輩の土方智こと坊主さんへ連絡を取った。
まるで金が無い事を伝え、電話さえも無くなってしまった事を伝える。
面倒見のいい坊主さんは、わざわざ新宿まで来て自分名義で新しく携帯電話を俺用に契約してくれた。
しかも自分のクレジットカードまで「困った時は使え」と強引に手渡してきた。
断るも「いいから持っておけ」とカードを置いて帰ってしまう。
一人になると、俺は静かに泣いた。
「……」
緊急時になると、結局のところ自分一人では何もできない俺。
本人がショップへ行かないと、にっちもさっちもいかないだろう……。
二千二十年七月三日、金曜日大安。
うー…、携帯ないって何気に不便だ。
何気にどころではない。
もの凄く不便である。
まったく連絡を取れない訳ではない。
だがアイパッドを持ち歩くには、少々デカ過ぎる。
フェイスブックにコメントが入った。
『伝書鳩飼えば? 吉岡裕祐』
『ショップへ行く時間作れないんです。 岩上智一郎』
今、俺は本当に困っているのだ。
さすがに酷いぞ、吉岡さん……。
『まぁ、携帯屋は待たさせるよな。見てると、年寄りで、そんな事聞きに来るなよってのが多過ぎ。 吉岡裕祐』
あ、まともなコメントしてくれたけど、何の解決策にもならないよー。
『SIMフリーの携帯を中古でってのは。 一柳始』
『日曜日相談伺います! 岩上智一郎』
SIM?
何の事だか分からないが、始さんならいい打開策を教えてくれそうだ。
「ノブさん! 俺、日曜日休みますからね!」
「あ、はあ……」
精神的に余裕が無いせいか、妙にイライラしてしていた。
それでもラッキーハウスは徐々に客が来店し、お構いなしにINを入れてくる。
「岩ちゃん、今週の競馬はさー」
「佐藤さん! もう競馬やらないですから!」
「何だよ…、せっかくいい軸馬教えてやろうと思ったのにさ」
何がいい軸馬だよ……。
佐藤充の予想なんて、全然当たりもしないじゃないかよ。
隣りでは大久保冬芽が十七万円ストレートで入り、苛立ちながら台を強く叩いている。
「大久保さん…、お気持ち分かりますが、他のお客様もいらっしゃるんで、もう少々お静かにお願いできませんか?」
「いくら入ったと思ってんだよ!」
「現時点で十七万負けになりますが……」
「ふざけんなよ! もっと負けてんだろうが!」
コイツ、本当に面倒臭いなあ。
「ちゃんとキャッシャーでINとOUTの収支をつけていますので、間違いはありません」
「こんな入ってどうするつもりだよ!」
そんなの知るかよ。
自分で勝手に金を突っ込んだくせに、何でそれが店の責任になるんだ。
ゴネれば金を戻してもらえるというこの演技がムカつく。
それに他の客だっている。
こんな状況下で、金など戻せる訳ないだろうが……。
「まあまあ、赤崎さん…。大久保さん、どうしましたか?」
「……」
またノブが不必要にしゃしゃり出てきた。
俺と大久保の間にさり気なく入り、彼の不平不満を聞いている。
他の客がみんな注目しているじゃねえかよ。
そんな状況を気にせず、ノブはまた店の財布から十万円を取り出し、コソッと大久保へ手渡す。
そしてゴネ魔人は受け取ると、無言で立ち上がり店を出ていく。
あり得ねえ事するなよ、本当に……。
「おい、岩ちゃん! 何だよ、あれ? 俺だって二十万以上負けてんぞ?」
「……」
絶対にこうなるんだから……。
必死に苦しい言い訳をしながら充をなだめに行く。
しかし、あまりの依怙贔屓にまるで納得しない。
当たり前だ。
俺が客でこの場に居たら、納得などできるはずがない。
元凶のノブは素知らぬ顔で、他の客の接客をしている。
香川も何でこんな馬鹿げた事を平気でやらせるのか?
今捕まっているオーナーの酒井さんが、こんな事を知ったら大激怒じゃ済まないだろう。
俺は新規伝票を充の前に置き、小声で「佐藤さん、特サ入れるんで、ちょっとだけ堪えて下さい」とサインさせ、五千円分のクレジットを入れた。
「まあ今日は岩ちゃんの顔立てるけどよー…。でも、あんな事をしていたら、普通はもっとキレてるぜ?」
「佐藤さん…、本当にすみません。ちゃんと上申して善処致しますから!」
飛んだオカマの木下が残した悪習。
それを当たり前のようにやり出すノブ。
知りながら容認している番頭の香川。
どこの世界に負けた客へ、金戻す店があるんだよ……。
この店は本当に腐っている。
責任者として飾りなだけで、実権はノブが握っているようなものだ。
役職が上がったからといって、別に給料が変わった訳でも何でもない。
何だかこの店で働くの、疲れちゃったな……。
テンションがガタ落ちした状態で仕事を終える。
もうノブと普通の会話すらしたくなかった。
お疲れ様とだけ機械的に口を開き、俺はラッキーハウスを出た。
二千二十年七月四日、土曜日赤口。
ノブと気まずいままの状態で、ラッキーハウスの出勤を迎える。
飄々としてポーカーフェイスな彼。
別段いつもと変わりはない。
客は深谷さんが一人いるだけで、俺はノブと話をするのを避けるように席に近くに居続け会話をした。
〆の時間が来てノーゲストになり、香川の到着を待つ。
昨日の大久保の一件で、最低限伝える事は言っておかないといけない。
「あ、香川さん…、昨日の大久保冬芽さんの件なんですが…。他の客のいる前で、金を返すなんて真似されると、フォローも限度がありますって!」
「ん? どういう事ですか?」
俺は昨夜の状況を克明に話し、怒った充に特別サービスで五千円入れて何とかその場を治めた事を伝えた。
大久保へ金を戻すのを香川が了承したという事実は仕方ない。
だが、他の客前でする事ではないだろうと言いたかったのだ。
「赤崎さん……」
「はい、何でしょうか?」
「何で勝手に佐藤充さんへ、黙って特サで五千円分のクレジットなんて入れたんですか?」
「え?」
「えじゃなく…、何故連絡入れずに勝手にINを入れたのかをまず説明して下さい」
「……」
自分の耳を疑い、言葉を失う。
何なの、この馬鹿……。
客前で十万の金を渡すノブにでなく、たった五千円の特サを入れた俺を責めるのか?
感覚が完全に狂っている。
駄目だ、香川とは話にならない。
「何故入れたのか、早く答えて下さい」
「……。はあ…、すみません…。店内が忙しく、そこまで気が回らず勝手な判断をしました」
「別に特サを入れちゃ駄目だとは言っていないんですよ。ただ、その前に一言断りの連絡を入れて下さいという事を伝えたいんです」
「はあ……」
正直この店を続けるのは辞めようかと何度も思った。
だが感情的になり辞めるのは簡単。
酒井さんが出てくるまで、俺がこの店を護るんじゃなかったのか?
短気を起こすなって……。
「分かったんですか?」
「……。分かりました、以後気をつけます……」
もの凄い屈辱感。
俺は右手を後ろに回し、尻を思い切りつねり、やり場のない怒りを押し殺す。
香川が出て行っても、このモヤモヤ感が晴れる事はなかった。
辞めてしまおうか……。
いや、酒井さんが……。
葛藤する中、今ラッキーハウスを辞めたところで、他に行く先も無い事実を自覚する。
本当に情けないなあ、俺は……。
じゃあ、どうする?
ここで苦汁を飲み込みながら、何も考えず一心不乱に働くしか術がないじゃないか。
価値観の違い…、いや、そんな生易しい表現では気が済まない。
オーナー無き今、実権を握った香川の暴君ぶり。
自分も使われているという立場すら思い違いし、ふんぞり返っているだけだ。
キチガイに権力など与えるから、こうなってしまう。
でも、俺にはどうする事もできない。
客が来ない間、ノブとは一言も口を利かずに故障したスマホをいじっていた。
ちかへのLINEも返していないまま。
せめてまもとに電源ぐらいついてくれよ……。
ショップへ行く時間すら取れない現実。
隙間に爪楊枝を差し込み、グリグリと乱暴に動かす。
いっその事、こんな携帯電話など壊してやるか……。
「あれ?」
ブッと一瞬音がして、携帯電話がバイブで震える。
ひょっとして……。
しばらく画面を凝視していると、奇跡的に電源がつく。
早速ちかへ返信を打ち始めた。
うん、ちゃんとできる!
試しに岡部さんへワンコールだけ電話して鳴らしてみた。
電話も大丈夫そうだ。
少しして岡部さんから着信が入る。
「今電話出たけど、切れちゃったよ。どうしたの?」
「すみません、岡部さん。ちょっと間違って電話掛けてしまったみたいです」
「そうなんだ。了解、じゃあまたね」
「本当にすみません」
偶然直った携帯電話。
だが、またいつ不調を起こすか分からない。
幸い明日は休み。
朝一番で始さんのところへ行き、いい方法がないか相談してみよう。
徐々に客が来店し、忙しくなるラッキーハウス。
これで嫌な事を考えずに済む。
この多忙さが、逆に救いになっていた。
仕事を終え川越へ戻る。
酒でも飲んで帰ろう……。
すっかり顔馴染みになったリバティへ寄った。

グレンリベットをじっくり味わいながら喉を通し、チェイサー代わりにジントニックを流し込む。
至福の時間だ。
「智一郎さん、失礼します。こちらが……」
店主の小沢が新たに入った従業員を紹介してくる。
中華の料理人をやっていたそうで、腕には自信があるようだ。
「じゃあ、つまみに君が一番の自信作を頼むよ。料理は任せるから」
「かしこまりました! 腕によりを掛けて作らせて頂きます」
ハキハキとした小気味いい返事。
リバティの心地良い接客と酒が、俺の荒んだ心を幾分和らげてくれる。
「お待たせしました、智一郎さん」
黒の正方形の皿に盛られた茹でた鶏肉。
横には細切りのキュウリ。
見た事のない料理だったので、素直に名前を聞いた。
「こちら棒棒鶏になります。別に自家製のラー油もありますので、お好みで掛けてお召し上がり下さい」
「へー、こりゃまた随分お洒落な棒棒鶏だ」

今日は寄って本当に良かったな……。
ラー油も手作りで旨かった。
ちょっとした回復をさせてもらい、俺は従業員たちへ一杯ずつ酒を奢り店をあとにした。
二千二十年七月五日、日曜日先勝。
朝になり目を覚ますと、携帯電話の調子を確認する。
「あれ? また反応しなくなったぞ?」
うんともすんとも言わない。
また携帯の調子がおかしくなったか……。
とりあえず連絡は、フェイスブックのメッセンジャーにてと告知をしておく。
おそらく電池かコネクター部分が、駄目になったのかな?
ヤスのカガヤカフェでコーヒーを飲みながら時間を潰す。
他愛ない世間話をしながらも、携帯電話の不調が気になって仕方がない。
「ねえ、十時になったら教えてね」
「どこか行くんですか?」
「始さんの伊勢屋が開く時間だから。携帯電話使えないの、ほんと洒落にならないよ」
「智さん、うちも本来なら十時からなんですが……」
「うっせー、馬鹿野郎! 俺が休みの時ぐらいしか来れなくなったんだから、つべこべ抜かすな」
「は、いつも感謝しております」
ちかからLINE来ているかもな……。
まあでも彼女には返信できない状況伝えてあるし、察してくれるか。
今年の二月ぐらいに池袋のキャバクラで、たまたま知り合ったちか。
もう七月に入るのに、未だ毎日のように連絡をしてくる。
営業メールなど一度もない。
何だか不思議な子だよなと思う。
「智さん、十時になりましたよ」
「ありがとう。じゃあチェックね。ここに金置いておくよ」
「いつもありがとうございます」
カガヤカフェを出ると、一目散に始さんの伊勢屋へ向かった。
「おはようございます、始さん」
「おう、おはよう。フェイスブック見たけど、また駄目になったのかよ?」
「ええ…、本当困っちゃいますよ」
「どれ、ちょっと見せてみ」
あれこれいじっているが、一向に動く気配がない。
「やっぱり新しい携帯を買ったほうがいいですかね?」
「うーん、SIMフリーの携帯を買っといたらどうだ?」
「それって何なんですか? 最近たまに聞きますけど」
「ほら、ここの小さい穴あるだろ? これ押すと開いて出てくるのがSIMってやつで、これがおまえの携帯の情報なんだよ。で、ドコモとかauとかかは、メーカー別じゃないと本来使えないようになってんだ。でもSIMはそういうの関係無しに、これを差し込めば、携帯がそのまますぐ使えるんだ」
「こんな小さなチップですべての情報が? 何だか凄い時代になったもんですよね」
「ちょっと待てよ…、えーとな…。スマホは電源ボタンと音量の下を同時に押して八秒以上そのままだと、強制再起動になるらしいんだ」
「……」
「まあその強制再起動やってみ? 駄目なら新しいの買うしかないな」
試しに駄目元でやってみる。
八秒以上過ぎたんじゃないか?
やっぱ駄目か……。
「あっ!」
一瞬ブルッと震え、見事携帯電話が再び動き出す。
祈るような気持ちで正常に画面が立ち上がるのを凝視。
「お、智一郎やったじゃん、ついたじゃねえか」
「始さん、ありがとうございます! 電話もLINEも使えず、本当に困っていたんですよ」
「おまえ、アイパッド買ったんだから、LINEぐらい連動しとけばいいじゃねえか」
「え、でもLINEって一つのアカウントだけなんじゃないですか?」
「スマホ同士ならそうだけど、アイパッドやアイフォン、あとパソコンなら同じアカウントを共有できるんだよ」
「え、どうやって……」
「ほれ、貸してみな」
「お、お願いします」
俺は感心したように始さんの挙動を眺める。
これでちかと、いつでもやり取りできるようになるのか。
「ほら、これで大丈夫だ。ただ充電するところが反応しないから、もうガタが来ているのかもしれないな。あれ? でもパソコンのUSBからだと何か充電はできているぞ。まあとりあえずSIMフリーの携帯買っといた方がいいな」
「本当にありがとうございました、始さん。今日休みなんで、早速買いに行きますね」
わざわざ名義変更しなくても、そういった携帯電話を買えばその場で変えられるのか。
俺は伊勢屋を出ると、まずちかへLINEの返信を済ませ中古ショップへ向かった。
なるほど、このチップを入れるだけで機種変更したのと同じって事なのか。
本当に便利な世の中になったものだな。
携帯電話の件で頭がいっぱいだったのですっかり忘れていたが、明日からまたラッキーハウスへ行くようなのか……。
酒井さんが捕まっている現在、あんな状態で本当に店は大丈夫なのか?
俺が責任者という肩書でも、何一つ意味も効果も無い。
ノブは正直信用できない。
悪い奴ではないかもしれないが、安易に気を許すと面倒な事になるだろう。
ヨッピーコレクションは…、まああれは論外だな。
香川のあり得ない判断と着眼点。
あればかりはいつも想定外の事を言ってくるので、予めこういう人間だと心の準備をしておかないといけない。
まさかノブの十万円返金は見過ごして、充への特サ五千円のINにイチャモンつけて来るとはな……。
一度あの横っ面を貼り倒してやりたい気分だった。
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