闇 462(ゴネスゴネスゴネス編)
闇 462(ゴネスゴネスゴネス編)

2026/01/23 fry
前回の章
二千十九年七月二十七日、土曜日赤口。
仕事帰りに川越へ着くと、通りのあちこちに屋台の準備がしてあった。
今日は提灯祭りだったのかと、それでようやく気付く。
寝て起きてから部屋でグダグダして過ごし、出勤時間になると家を出た。
目の前は猛烈な人混み。
囃子連の雀會も出ているだろうと熊野神社方面へ向かう。

松永さんを始めとした雀會メンバーが居囃子で太鼓を叩いていた。
挨拶をしている内に、松永さんが笑顔で声を掛けてくる。
「おう、智一郎。これから仕事か?」
「そうですが、松永さん……」
「何だよ?」
「入学金はそろそろ用意できたんですか?」
「テメー! この野郎! まだ抜かすか!」
相変わらず洒落の通じない先輩である。
俺は人混みを掻き分けながら本川越駅へ向かう。

まだ五十メートルも進まない時点で、行く道を間違えたかと後悔する。
以前火事で燃えたどさん子ラーメン跡地の時点で、どこから湧いて出てきたのか分からないほどの人の数。
通常なら駅まで五分も掛からないが、今日の人の出だと五倍ぐらい掛かってしまうだろう。

ようやく岩上整体や王賛があった跡地の十字路へ出るも、異様な数の人混みにより中々本川越駅へ近付けない。

歩行者天国状態の人を掻き分け、ようやく横断歩道の向こう側へ辿り着き、駅ビルペペの側面を歩く。
提灯祭りってこんな人いたっけ?
駅まで凄い時間掛かってしまう。
基本的に早めに家を出る習慣があったから遅刻にならずに済んだだけ。
新宿歌舞伎町へ到着すると、地元川越とはまるで違ういつもの日常。
考えてみれば始発と終電なのだ。
これだけ距離があれば祭りの影響など、この街では無関係だよな。
俺はいつもより少しだけ遅くラッキーハウスへ出勤した。
二千十九年七月二十八日、日曜日先勝。
客足も結構引き、朝になれば休みに突入。
面倒臭い高山が帰ると、誰もいなくなった店内で寛ぐ。
「岩上さん!」
「何だよ?」
「自分の降りる花小金井駅で、結構いい店見つけたんすよ。今日帰りに一緒に行きましょうよ」
「嫌だよ」
「えー、絶対岩上さんが気に入りそうな店なんすよ?」
「俺が気に入るかどうかは置いといて、何で俺がわざわざ途中下車して花小金井なんかに寄らなきゃいけねえんだよ?」
「岩上さん、喫茶店とか好きじゃないすか? それで自分も駅周辺を探索してみたんすよ」
「だからー…、川越や新宿ならともかく何で俺があんな辺鄙な駅で降りなきゃいけないんだよ!」
断っているのにしつこく誘う山下。
傍で橋本は俺たちの会話を聞きながらニヤニヤしている。
「赤崎さん、池田さんがここまで言ってんだから、付き合ってやればいいじゃないですか」
池田は山下の偽名。
赤崎は俺の偽名。
橋本は佐藤の偽名。
本当にこの店はややこしい。
橋本も他人事だと思って、本当に適当な事を抜かす奴だ。
仕事が終わり、西武新宿駅に到着しても横で山下はうるさい。
小江戸号の切符を買おうとすると、慌てて止めに来る。
「今日は俺休みなの! とっとと川越に帰って寝たいんだよ」
「休みなんだからちょっとぐらい付き合ってもいいじゃないすか」
あまりにしつこいので仕方なくこの馬鹿と一緒に急行で花小金井駅へ向かう。
駅に着き、百メートルもしない場所に山下贔屓の店はあった。
道を一度曲がってすぐ道路沿いにあるガラス張りの喫茶店。
特にレトロ風でも何でもなく、天井に大量のドライフラワーが逆さにぶら下がっているだけの店。

女性店員が一人で切り盛りしているようだ。
「岩上さん、せっかくなんでワインでも飲みましょうよ」
「……」
俺は赤ワインにポークジンジャーを注文。
山下は人にワインを勧めておきながら、自分だけはビール。
こういうところが杜撰でいい加減なところだ。

ごく普通のワンプレートに乗ったしょうが焼き定食が出てくる。
味は不味くもなく美味くもない。
本当にただのポークジンジャーというだけ。
酒のつまみとして、サラダにフィッシュアンドチップスも注文。
山下のどうでもいい会話に付き合う形で気付けばワインを数杯お代わりし、無駄な時間を過ごす。
おそらくこの馬鹿は俺に店を紹介するという体裁で、店の女性店員に客を連れて来たといい顔をしたいだけだったのだろう。
「おまえ、ひょっとしてここの店員気に入ってんのか? 美香ちゃんはどうすんだよ?」
「美香とはただの友達ですから。それに別にここの店員を気に入っている訳ではないすよ」
「じゃあ、何であれほどしつこく俺をここへ連れてくるんだよ!」
「へへ、岩上さんなら絶対に気に入ると思ったんすよ」
俺はタバコの煙を天井に向けてゆっくり吐きながら、天井のどうでもいいドライフラワーを見つめた。
当然の如く会計時、俺にタカってくる山ゴネス。
四千円でお釣りがくると思ったら、想定外の六千円ちょっと。
微妙に高いなと思いつつ、金を置いて川越へ帰った。
二千十九年八月二日、金曜日友引。
「岩上さん、今日もあの花のある喫茶店へ行きましょうよ」
「嫌だね! 何で俺が帰り道に花小金井なんて寄らなきゃいけねえんだよ」
「凄いあの店気に入っていたじゃないすか」
「全然気に入ってねえよ! だいたい何で喫茶店のくせに、あんな高いんだよ?」
「それは岩上さんが色々頼むからじゃないすか」
「そんな頼んでねえだろ! 金輪際花小金井なんて絶対に行かねえからな」
「自分今日休みなんすよ、付き合って下さいよー」
「……」
仕事が終わってもしつこく纏わりつく山下。
また小江戸号でなく急行に乗る羽目になり、根負けて花小金井駅で途中下車。
「え…、またこの店かよ……」
「いいじゃないすか。岩上さん、気に入ってたじゃないすか」
「一度も気に入ってねえよ!」
行き先は山下お目当てのドライフラワー逆さ吊りの店。
嫌な予感しかしない。

カレーライスを頼む。
「あれ? 岩上さん、酒飲まないんすか?」
「別に俺はアル中じゃねえんだ! 飲まなくても大丈夫だよ」
「へへ、軽く一杯行きましょうよ。あ、お姉さん、ワインとビールを。あとつまみ適当に三品」

本当に調子がいい山下。
俺が金を出すのを分かりながら、どんどん自分のペースへ誘導していく。

真ん中にライス。
左右に通常のカレーとココナッツミルクを使ったカレーの二種類がワンプレートで出てくる。
今回会計は七千円弱……。
店を出てから山下へ文句を言う。
「何かやっぱりあの店高くねえか? 俺は今日カレーとつまみとワインを二杯だけ。おまえはビールだけじゃねえか。それで何で会計六千八百円すんだよ! あそこただの喫茶店だろうが!」
「いやいや、きっと打ち間違えか何かですよ」
「はあ? 打ち間違え? ふざけんじゃねえよ! だったらおまえが金払え」
「自分今月金欠なんすよ」
「……」
どうもコイツといると、無駄な金だけが出ていく。
二十年前と変わらないタカり気質。
亡き斉藤弘一が喜んでいるのかもなと思い、またこうしてプライベートでも共に行動するようになったが、馬鹿は死んでも治らないのかもしれない。
「もう一軒行きましょうよ」
「もういいよ!」
「ほら、そこに蕎麦屋あるじゃないすか。結構老舗みたいすよ」
「……」
駅前にある蕎麦屋へ山下が誘導する。
まあここならまだいいか……。

「すみません、まずビールを」
「おまえさ…、自分で金払えよ」
「いや、それがちょっと色々ありまして」
「……。はあ…、もうおまえの誘いには絶対乗らないから……」
「岩上さん、蕎麦もいいすか?」
人が払うからいいやというこの考えは、一体どこでこんな教育を受けてきたのか不思議でならない。
俺は節約の為、うな丼のセットを頼んでいるのが阿呆らしくなってくる。

蕎麦が先に出てきて食べようとする山下。
「おまえ、写真ぐらい撮らせろよ! あとさ、こっちが奢るの確定なのに、先に頂きますぐらい一言あってもいいんじゃねえの?」
「あ、すいません。自分の顔まで写さないで下さいよ?」
「すいませんじゃなく、すみませんだろ!」

ようやく俺のセットも運ばれてきたが、鰻は明らかにボイルしたもので、山ゴネスの勧める店はやっぱりこの程度かと黙って食べた。
このゴネスゴネスゴネスめ……。
そういえば俺はいつからこの馬鹿を山ゴネスと呼ぶようになったんだ?
まあそんな事どうでもいいか。
一気に食べ終わると、まだ飲んでいた山下を置いたまますべての会計を支払い店をあとにする。
「ちょっと待って下さいよ、岩上さん」
無視してそのまま花小金井駅へ向かい、とっとと帰った。
もうこの駅へ来る事は生涯無いだろう。
二千十九年八月三日、土曜日先負。
馬鹿山下のせいで、一日経っても苛立ちが治まらない。
まあ今日出れば明日は休み。
たまにはちゃんと飲める人間と一緒にいたい。
俺は岡部さんへ電話をしてみる。
「あ、岡部さん、お久しぶりです。明日俺休みなんですけど、一緒に飲みますか?」
「いいけどさ、ちょっとだけ明日仕事入っちゃってね。おまえ、いつも昼前だったろ、川越戻ってくるの」
「ええ、だいたい朝の十時過ぎには着けますが」
「午前中…、いや、一時ぐらいになっちゃうかな」
「構いませんよ。俺も仕事明けだし、ひと眠りしてますから」
「じゃあ一応二時ぐらいで見といて」
山下の駄目さ加減を明日はたっぷり聞いてもらおう。
あの馬鹿の為に以前法廷に立った岡部さんなら、きっとこの気持ちを分かってもらえるはず。
時間になり新宿歌舞伎町へ向かう。
ラッキーハウスへ到着すると、珍しい事に誰も客がいなかった。
しかも普段現場には来ない番頭の香川がいる。
「あれ、今日はどうしたんですか?」
「ちょっと設定を間違えたから、一旦メンテナンスと称して台の設定を調節しに来たんですよ。とりあえず先に食事休憩として十一時まで…、十二時まで外にいていいですよ。それから再オープンしますから」
それなら事前に言ってくれればいいものを。
出勤してからいきなり二、三時間時間を潰せじゃ、酒も飲まずにどうしろと言うのだ。
「早く外へ行って下さい」
設定画面を見られたくない香川は、早く従業員が店内から消えて欲しそうだった。
相変わらずイラッとするな、この蚊蜻蛉丸メガネめ。

俺は香川が前を向き、設定をしているところを隠し撮りしてから、外へ出た。
「岩上さん、どこ行くんすか?」
「何だよ、おまえはついてこないでいいよ」
素寒貧山下があとをついてくる。
どうせまた何かしらタカる気満々に違いない。
俺は相手にせず中川の豚小屋へ行き、酒を飲む。
仕事中だったのでさすがにウイスキーはやめておき、カルピスサワーだけにした。
二千十九年八月四日、日曜日仏滅。
突然の香川のメンテナンスで待たされた常連客たちは、店内へ入るなり嫌味をぶつけてくる。
俺じゃなく香川に直接言えよと思うが、すでに店内は蚊蜻蛉もいなければ、責任者の橋本も休みなので、苦情はすべて俺に集中した。
再開してからは通常通り業務を無事終え、店を出る。
「岩上さん、今日休みすよね? また良かっ……」
「今日は無理。岡部さんと約束があるから」
「岡部さん、懐かしいすね」
「懐かしいすねじゃねえよ。おまえ、生涯頭が上がらない事をしてもらったのに、再会した時顔すら忘れてやがったじゃねえか」
「いや、岡部さんがメガネなんて掛けていると思わなかったんすよ」
「俺が言ってんのはそのあとだ。おまえ、偉そうにラッキーフルはどうだとか偉そうに語っていたじゃねえかよ」
「あれは違うんすよ」
「違くない! だいたいおまえの為にわざわざ裁判で法廷に立ってくれた恩人に対し、有難みを感じなさ過ぎる」
「いや、感謝はしてんすよ」
「してねえからあんな態度だったんだろうが! おまえが適当こいて野方警察署へ捕まった時だって、俺と岡部さんがどれだけ苦労したか全然分かってねえじゃねえか」
あの時の事は未だ鮮明に思い出してしまう。
俺は岡部さんの経営する店『とよき』が川越駅からが一番近いので、山手線で池袋、そこから東武東上線で川越へ向かう進路で向かう。
途中長谷川から連絡が入る。
電車の中で通話など周りに迷惑なので、本来なら出ない。
しかし山下が捕まったばかりの緊急時なので、電話に出る。
「岩上さん…、とりあえず山下へつける弁護士決まりました」
「了解しました。あいつ、どこ署に捕まっているか分かりましたか? あの辺じゃ、万世橋署だとは思いますが」
「弁護士の先生に聞いてもらっています。いい弁護士をつけましたので」
「…と言いますと?」
「オウム真理教の麻原の国選でついた経歴があるようです」
「え、あのオウム真理教ですか?」
「みんなほとんどの弁護士が嫌がる中、麻原の弁護を受け、それから仕事が軌道に乗ったとか言っていましたよ」
「分かりました。俺は今、岡部さんのところ向かっています。とりあえず山下がどこの警察署へいるのか分かったら、連絡下さい」
近くにいた乗客は俺の話す会話が聞こえたのか、驚いた顔をしている。
盗み聞きしてんじゃねえよと視線を向けると、乗客は慌てて顔を反らした。
岡部さん、今頃店の仕込みで忙しいだろうな……。
申し訳ない気持ちで一杯だが、仕方がない。
川越駅に到着すると、俺は岡部さんの元へ早歩きで向かった。
事前に山下が捕まった事だけは伝えてある。
また長谷川から連絡が入った。
「岩上さん、山下は野方警察署みたいです。弁護士が確認しました」
「野方…、中野のほうですよね? 了解しました。ではその辺も含め岡部さんへ伝えます」
元県立図書館のある方向へ進み、昔よく通ったスナック五次元などの飲み屋街を通り過ぎた。
本当にこの辺じゃ、散々無駄遣いしたよなあ。
浅草ビューホテル当初はここで帰り掛けよく飲み、グレンリベットを知らなかった俺は格好をつけてヘネシーVSOPのボトルを入れていたっけ。
途中でグレンリベットを知りボトルを入れ出すと、五次元のマスターがこのウイスキーがたまたま見ていた映画に出ていたと興奮しながら喜んでいたのを思い出す。
そんなどうでもいい事を思い出しながら、岡部さんの店へ辿り着く。
腕を組みながら難しそうな表情をする岡部さん。
「そうか…、あいつ捕まっちゃったか……」
「すみません…、こんな事に巻き込んでしまって」
「いや、それはしょうがない。俺もこういう風になるのをある程度覚悟はしていたから」
まず野方警察へ一度は山下の接見へ行く。
そして裁判になったら、身元引受人として法廷に立つ。
その二点をお願いする。
「分かった。面会はいつ行けばいい?」
「とりあえす長谷川さんが弁護士と連絡取っているので、いつ接見禁止が解けるのか。それからになりますね」
「了解。じゃあまた追って連絡ちょうだい」
「かしこまりました」
岡部さんのところを出て、家に向かう。
あとは長谷川との連絡のやり取りくらいだ。
本当に山下は馬鹿だ。
何で秋葉原に行って、一時間経たないで捕まってんだよ……。
石黒を組織に入れた時に山下と交代させていたら、こんな風にならなかっただろうに。
まああんな馬鹿でも俺が入れた人間だ。
今頃刑事拘留で二日間。
それから十日拘留が二回。
あいつは名義人として起訴されるだろうから、裁判決まる手前までは拘置所行きか。
保釈申請も裁判が決まり次第、早めに出してやらないとな。
自身が過去巣鴨警察へ捕まった経験が、ここで活きるとは皮肉なものである。
「いや、違うんすよ、あれは……」
「おまえは人生を本当に舐めているんだ。だから裁判の時、検事からも裁判長からも世の中を舐めるなと怒られるんだ」
このような恩知らずにはいくら行ったところで分からないだろう。
すぐ物事を忘れる鶏頭と一緒。
西武新宿駅へ到着すると、山下を無視して小江戸号の切符を購入し、とっとと特急へ乗って帰る。
家に帰ってもまだ十時半。
岡部さんとの約束まで三時間以上もあるので、少しだけ仮眠を取る事にした。
目を覚まし、携帯電話を見ると着信履歴がついている。
え、今何時だ?
確認すると夕方六時……。
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