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闇 415(ドナドナ編)

闇 415(ドナドナ編)

2025/12/10 wed
前回の章


二千十七年六月十七日、土曜日先負。

夜中の三時過ぎににあってようやく客が引き始める。
残っているのは高山と最近毎日のように来る丸という客だけ。

「ねえ、赤崎君」

こちらを向かずゲームをしたまま手招きをする高山。
人に用があるなら顔ぐらい向けろ、ボケ……。

「はい、何でしょう」
「まだこの時間帯なら一階のケーキ屋さん開いているんでしょ?」

「うーん…、朝四時までと書いていたから、通常なら開いていると思いますが」
「じゃあさ、チーズケーキ二つ買ってきてよ」

「え…、ああ、はい…。分かりました」

俺は高山がお金を出すのをしばらく待っていたが、ゲームをしているだけで一向に出す気配がない。
やがてこちらを見て「あれ、何でまだ行かないの、赤崎君?」と声を掛けて来た。

「いや…、あのですね…、まだお代のほうを頂いていませんでしたので……」
「そんなのさー、僕は出前頼んでいないんだからさー、店側で出すのが当たり前でしょ? 違うの?」
「あ、大変申し訳ございません。少々お待ち下さい」

レートが十円のゲーム屋だけど、店が金を出して客のケーキを買ってくるなんて聞いた事ないぞ?
キャッシャーへ行き、香川へ声を掛ける。

「香川さん、高山さんが一階のケーキ屋でチーズケーキ買ってきてくれと言うんですけど……」
「そんなのいちいち確認しないで、すぐ行って下さいよ!」

「……」

コイツ、何目を吊り上げて怒ってんだ?
店側が千円程度かもしれないけど、回銭からわざわざ金を出して従業員が使いっ走りに行かされるんだぞ?

「吉岡さん、財布から五千円出してもらっていいですか」
「あ、は、はい……」

金を受け取り店の外へ出た。
エレベーターで下へ降りながら、いまいち納得できない自分がいる。

店が混んでいる内にまた高山がケーキを店の金で買ってこいと言い出したら、香川はどうするつもりなのだ?

客を大事に扱うのは分かる。
ただ、大切な接客と甘やかし悪しき風習は違う。

裏稼業で一番大切な事は、店の回銭が合うようにする事。
もちろん接客も大事ではあるが、度を越したものなどいらないはず。

今回のケースで言えば、客が望めば従業員は店の金で使いっ走りに行かなければならない例を作ってしまったのだ。
それを見た他の客はどうなる?
俺も俺もと、同じように要求された場合キリがなくなってしまう。

インカジのように一晩で百万二百万と負ける客なら分かる。
しかし十円のゲーム屋ではせいぜい十万から二十万の間ぐらいなのだ。
そのレベルの客に対し、見合わない無駄な接客にしか思えない。

「……」

いや、考えてもどうしようもない事をこれ以上考えるなって……。

ラッキーハウスは香川が店長のゲーム屋なのだ。
俺はあとから入ってきた新参者。

自分の接客が正しいなら、何故今こうして下っ端にいる?
納得いかなくても店が…、上が決めた事なのだ。
素直に黙って従うしかない。

こういった理不尽さや屈辱込みの値段が、今の俺の給料なのだから。
チーズケーキを二つ買ってラッキーハウスへ戻る。

「何だよ、赤崎君…、君って本当に使えないねー」
「え、何がですか?」

「一つは僕がここで食べていくんだからさー、ケーキを一つずつ箱に分けて持ってくるべきなんじゃないのー?」

「あ、すみません…。今から行って箱をもらってきます」
「ほんと頼むよー。マイ君…、ちょっと従業員の躾足りていないんじゃないのー?」
「以後、気をつけますんで」

本当に腐った店だ。
腐った客に、腐った上司。
一階へ降りると白い壁を思い切り殴りつける。
骨まで響く痛み。
だが、今の俺にはこのぐらいがちょうどいい。

俺はケーキ屋へ頭を下げ、ケーキが一つ入るサイズの空箱を分けてもらう。

「二俣川よりはマシ……。戸田のクソのところよりはマシ……」

エレベーターの中でブツブツ独り言を言いながらボタンを押した。
これは岩上智一郎の呪詛ではない。
赤崎隼人の口から勝手に出る呪詛である。
そう俺は自身へ言い聞かせた。


朝方になりようやく高山も帰る。
丸もダラダラいたが、最後の五千円札をINしてそれが溶けると項垂れて店を出ていく。

俺はタバコを口に咥えようとしてカウンターテーブルの上へ置いた。
掃除機を手に取ると、コードを伸ばす。

「あ、赤崎さん、と、と、とりあえず一服しましょうよ」
「いいっすよ、川崎さん。ゆっくり一服してて下さい。掃除機だけ先掛けちゃいますから」

「で、で、で、でもさ、わ、わ、悪いって」
「もう火をつけてんだから、ゆっくり吸って下さいって」

遅番では俺が一番遅く入った新人。
半年経った今でもそれは変わらない。
正直また香川から小言を浴びせられるのが嫌だった。

黙々とやる事だけはやっておく。
たったそれだけで回避できる事なのだ。

今度下のケーキ屋へ行った際、何個か持ち帰り用の箱も分けてもらい、店へストックしておいた方がいいかもしれないな。

現状で俺にとって大切な事。
なるべくストレスを溜めないのが最優先。

俺もワールドワン時代、あっという間に二番手で入り、下の人間に対して横柄だった時代もあるのだ。
因果応報…、天に向かって吐いた唾が、十数年以上の時が経って自分へ返ってきただけの事である。

岡部さんへの借金は無事返せた。
しかしまだ恩義はまるで返せていない。
さらに坊主さん夫婦への新築祝いだってまだなのだ。

他に行く宛もない以上、俺はこのラッキーハウスへしがみついても日銭を稼ぐ必要がある。

別段惨めではない。
何故なら俺はここにいる底辺連中と違い、自分の処女作で賞を取り全国書店で本を並べているのだ。
プロのリングへ立って戦ったのだ。
市民会館でピアノを演奏したのだ。

それだけじゃない。
今までどれだけの数の女を抱いてきた?
正直自分でも覚えていないほど。
最近じゃ十八歳の女からだって食事へ誘われている。

どこが惨めなものか。
このクソみたいな空間の中でしか、誇示できぬようなプライドなど、毛頭も必要ない。

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