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闇 22(妹なのか女なのか編)

闇 22(妹なのか女なのか編)

2024/08/22 thu
2025/08/28 thu
前回の章


仕事をして本川越駅に到着すると、構内のコージコーナーでショートケーキ二つ買って帰る。
ここ最近の俺のルーティン。

前ほど嫌味を言われず、叔母さんのピーちゃんは黙ってケーキを受け取るようになってきた。
うん、俺から歩み寄れば少しずつだけどうまくやっていけるんじゃないだろうか。
ギスギスいがみ合って過ごすより、できれば和気藹々と暮らしたほうがいい。
俺からの接し方一つでいくらでもまだいい方向へ行けるはず。

部屋へ戻りタバコに火をつける。
そういえばミサキから連絡無いな……。

いつもなら一週間以上メール一つも来ないなんて無かった。
何か困った事でもあったのか?
ただ忙しいだけならいいが。

一旦気になると色々考えてしまう。
メールで聞くのも面倒だし、俺から電話でもしてみるか……。

「おーい、ミサキ。元気でやってんのか?」

「……。あまり元気じゃない……」
「何だよ、どうした? 暇あったら飯でも行くか?」

「食欲も全然無い……」
「何があったんだよ? いつもと様子違うし、俺でできる事あるなら力になるから言ってみな」

できる限り明るく話す。

「前にね…、猫飼い出したって言ったでしょ?」
「ああ、写真見せてくれたよな。可愛い子猫二匹」

「ベランダに一度出ちゃって、それを多分隣の住民が不動産へ連絡したみたいで……」

ミサキの不安定な状況が理解できた。
ペット不可のマンションで黙って猫を飼い、住民のチクりで不動産から文句を言われた。
そんなところだろう。

「いや…、それがマンションを出て行ってくれと……」
「何だ、そりゃ?」

「毎日のように…、さっきも不動産の女の人から電話掛かってきて、いつ出ていくのかって……」
「オマエの近くまで今から行く。丸広あるだろ? あそこの隣のファーストキッチンで待ってるよ。会って話そう」

「いいけど…、でも…、多分話すだけ時間の無駄だったなってなると思うよ……」

鬱状態に近いミサキ。

「いいから支度して出てきな」

電話を切ると、俺はファーストキッチンへ向かった。
暗く沈んだ表情のミサキ。

「何も食ってないんだろ? 何か頼む?」

「食欲なんか全然無いよ……」
「駄目だ、そんなんじゃ! 適当に注文してくるからな」

俺はハンバーガー数種類、ポテトのバター醤油風味を頼んだ。

紙袋に入ったポテト。
バター醤油風味を振り掛けるのか?

「あー、違うよ! それを袋の中に入れてシャカシャカするの」

ミサキが作り方を教えてくれる。
袋を開け、中へ手を入れてポテトを取ろうとすると、ミサキは「ちょっと貸して」と取り上げた。
器用に袋の一部分を破り、テーブルに置いたままポテトを取れるようにしてくれる。

「うーん、最近の食べ物は難しいなー」
「別に難しくないよ」

少しだけ笑うミサキ。

俺は彼女からこれまでの経緯を詳しく聞いてみた。
住民の密告で猫を飼っているのがバレたミサキは、不動産から毎日のように連絡が来て出ていくよう言われる。

いつ出ていくか?
新しく入居先が決まったら不動産へ連絡する事。
一日に数回同じ内容の電話が来て、ミサキはノイローゼになったようだ。

たかだか猫を飼っただけで、ここまでする権利など不動産には無い。
ペット不可のマンションで飼った場合、当然それ以上ペットは飼えないが、不当に借り主を追い出す理由にもならないのだ。

ミサキはまだ二十代そこそこ。
そんな若い娘が、毎日不動産から追い詰められる現状。

「ミサキ、家賃がこれまで遅れたとかは無いんだな?」

「うん…、いつも早めに払っているよ……」
「猫はどうする?」

「可哀想だけど、友達が代わりに飼ってくれるって……」
「まだ今のマンションに住みたいのか?」

「色々と便利だし、そりゃ住みたいよ…。でも新しい物件探して引っ越すようだし…。見て、これ……」

ミサキは携帯電話の画面を見せてきた。

『今のマンションに居続ける。それは無理無茶無謀というものです。良ければ我が社が管理している物件を紹介できますよ。湯遊ランド向かい、綺麗ですが欠点はヤクザとシャブ中が多いところ。 下浜』

一通り読み、何だコイツは?と聞くと、キャバクラでミサキを指名している不動産業の客らしい

「不動産で働く専門の人が、無理って言ってるんだよ?」
「不動産で働いているかもしれないけど、まったく使いもんにならない馬鹿ってだけだ。こんな奴の話、まともに受け取るな」

精神的に弱っているミサキの心の隙間に付け込んでってだけの客に過ぎない。

「不動産の連絡先教えな。俺がおまえの目の前で話をつけるから」

「何話をしても無駄だよ…。ずっと…、何度も話してるんだよ。不動産の女の人がほんと気が強くて……」
「いいから! 俺が話をするから! 不動産が気が強いとか、そんなんどうでもいいんだよ。今のままじゃ、おまえが参っちまうぞ」

項垂れつつもミサキは不動産の桜産業の電話番号を教えてきた。

JAZZBar SweetCadillac

行きつけのジャズバー、スイートキャデラック。
早い時間帯なので、まだ店内には俺とミサキしか客はいない。
マスターには予め簡単な状況は伝えておいた。

簡単な委任状を書かせる。

「よし、これでこの件は俺に一任した事になる。あとは任せな」

不安そうな顔で俺を見るミサキ。
一瞬口元をニヤけさせ、それから電話を掛ける。

「はい、桜産業です」

俺はミサキの賃貸契約書を見ながら彼女の個人情報を話す。

「あー、はいはい…。それてですね。いつくらいに退去される予定なんでしょうか?」
「退去? 何、寝言抜かしてんですか? ペット飼っちゃいけないマンションでペットを飼ってしまった。注意され、借り主はペットを知り合いへ譲渡した。家賃の不払いも無いんたから、これでこの話は終わりでしょう?」

「はい? 何を言ってんですか? オーナー様も今回の一件でカンカンに怒っているんです。いつ出て行くんだという感じで」
「じゃあ、今回の騒動はおたくの不動産がでなく、オーナーの一存って事なんですね?」

「そうですが、だいたいあなたは何なんですか? 当社と彼女の話なんですよ」
「ああ、俺は岩上智一郎って言って義理の兄のような者です。今回の件で、彼女から委任状ももらってます」

「はぁ? 委任状貰ってんだが知らないけど、うちはすぐにでも出てってもらいたいんですよ! いつ出ていくんです?」

妙に偉そうに語尾を強調して話す不動産の男。

「もう少し…、もう少し冷静に話せないんですか?」

声のトーンを落とし、低音で静かに言う。

「だから、いつこっちはマンションを出て行くのか? それをハッキリさ……」
「おいっ!」

とりあえず大声で威嚇した。

「こっちはね…、丁寧に敬語で落ち着いて物事を伝えている。あなた、俺が何者かなんて情報何も知らずに上から目線で偉そうに話している。冷静に話し合いできないなら、あとで後悔する事もあるかもしれないんですよ」

「は…、はい……。それについてはすみません……」

別に脅しでも何でもない。
あまりにも相手の対応が礼節を逸していたので、正しただけ。
こういったやり取りは、ゲーム屋でゴネる客たちとやり合ってきた経験が活きているのだろう。

「先程も聞きましたが、今回の一件はそちらの不動産でなく、オーナーサイドの意見なんですね?」
「そ、そうです!」

「じゃあ、オーナーの連絡先教えてもらえます?」

「オーナー様は大変忙しい方で……」
「いやいや…、忙しいとかそういうの聞いてんじゃなくて、連絡先を教えてもらえますか?」

「ですからオーナー様は……」
「あー、そういうのもういいですわ。賃貸契約書見れば、オーナーの連絡先なんざ分かるんですよ。ただオーナーには、不動産が妙に連絡先を隠すようにしてたって、一言添えて報告するだけの話ですから」
「待って下さい! オーナー様の連絡先は……」

ミサキの今回の一件。
何やらきな臭い何かが見えてきた。

完全にこちらのペース。
俺は電話を切り、不敵に笑みを浮かべながら「多分何とかなりそうだぞ」とだけ言った。


オーナーとの連絡。

場所をスイートキャデラックから、ミサキのマンションへ移す。

恐らくこの騒動をオーナーは、ほとんど関係してないだろう。
不動産から報告程度はあったにせよ、わざわざペットを飼ったくらいでカンカンになって出て行けなんて無いはず。

まずはオーナーとの話し合いだが、不動産の一人相撲なのを確認する必要があった。
電話を掛け、これまでの経緯を話す。

「いやー、私も今回の件はキチンと家賃も滞納無く払ってくれている店子さんなんで、不動産から連絡聞いて驚いていたんですよ」

「ペットのほうはちゃんと知り合いへ譲渡し、今後飼う事はありません。本人も反省していますので、今回の件は何卒……」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いしますよ」

どこがカンカンになり出て行けなのだ?
温厚そうな喋り方には好感が持て、一つハッキリしたのが予想通り、不動産の一人相撲だったという事

「ご迷惑お掛けしたのは事実なんで、今から菓子折り持って謝罪を兼ね、ご挨拶に伺いたいのですが……」

「いやいや、そんな気を遣わないでも……」
「今回の一連の騒動で落ち度があったのはこちらです。本人も反省しておりまして、一言お詫びをしたいと申しておりますので、どうか貴重なお時間を少々よろしいでしょうか?」

オーナーとの電話を終え、ミサキに拳を突き出す。

「な? 何とかなったろ?」

するとミサキはその場で泣き崩れた。
ずっと不安な日々を過ごしていたのだろう。

「ほら、まだ安心するのは早いって。ケーキでも買いに行くぞ。あ、ちょっと待って。今日店を休み取るからさ」

俺は佐々木さんへ電話して、どうしても今日休みをもらいたいと伝える。

「え、岩上君! 来ないと抜きができないよ」
「すみません、どうしても今日だけ重大な要件ありまして。落ち着いたらまた連絡します。明日は必ず出ますから」

まだ何かを言い掛けていたが、構わず電話を切った。

ミサキはまだ泣いていた。
肩を震わせている。
思わず後ろから抱き締めそうになるのを堪え、頭をポンポンと優しく叩く。

抱き締める?
俺はどうしたんだ?

妹だと割り切り、これまで接してきたつもりだった。
コイツは妹代わりなんだ。

春美の顔が思い浮かぶ。

JAZZBar SweetCadillac

そういえばピアノもやらなくなっちゃったな……。


ケーキを買い、オーナーの元へ。
ケーキ代くらい出すと言うと、ミサキは頑なに拒む。

「こういうのは自分でちゃんとやらないと駄目だよ!」
「ああ、オマエがそうしたいならそれでいいと思うよ」

恥ずかしそう笑うミサキ。
うん、やっぱりコイツは明るい方が似合う。

オーナーの自宅は、俺の家からすぐだった。
徒歩十分しないで着くくらいの距離。

オーナーからミサキとの関係性を聞かれ、兄貴みたいなものと苦しい言い訳をしたが、名前を名乗ると「え、そこの岩上さんとこの長男さんでしたか」と嬉しそうに声を掛けてくる。

「おじいさんの甲子郎さんにはよくお世話して頂いて……」

おじいちゃんの顔もあり、一件落着と。

「いえいえ、こちらこそご迷惑をお掛けして大変申し訳ございませんでした」

挨拶をすませ、再びミサキのマンションへ戻った。

「どうだ? 俺が出て何とかなっただろ?」
「ありがとう! 今日は本当にありがとう!」

部屋に着くなりミサキは抱きついてくる。

柔らかく小気味良い感触。
シャンプーからなのかいい匂いがした。
このまま抱き締めたら……。

俺は何を考えているんだ?

コイツは妹なんだ。
妹が困っていたから俺がしゃしゃり出ただけの事。

「まだ一つ残っているだろ」

俺は頭をポンポンと叩き、ミサキを離す。
ヤバい……。

俺はミサキを女として意識してしまっている……。

俺とミサキ

俺ら三兄弟を捨て家を出て行ったお袋。
一緒にいる二階堂さんとの間に生まれた子供。
あくまでも噂だが、俺と十歳離れてた妹。
ミサキと出会い、勝手に妹と重ね合わせてきた。

「一度も口説いてくれた事ないよね」

ミサキから何度か言われた台詞。

一体ミサキはどう思いながら、俺に接しているのだろうか?
俺が雪喜を紹介しろと無理やりさせた時、何を考えていたのか?

複雑な心境の中、欲望と良心がぶつかり合う。

欲望?
俺はミサキを抱きたいのか?

今、彼女へ手を伸ばせば拒まれず受け入れてくれると思う。

コイツは確かに可愛い。
そして美人だ。

俺はミサキに何を求めた?
抱くとかじゃない。

男兄弟の中で生活してきて、妹がいたらどうだっただろう?
よくそんな思いがあった。

そこへ降って湧いたお袋の隠し子情報。
タイミング良く出会ったミサキ。
俺はこの子と、心の繋がりを大切にしてきたのだ。

何故俺は、自問自答して必死に自制しようとしているのか?
妹代わりじゃない。
すでに今、俺は女としてミサキを見てしまっている?

違うだろ!
そうじゃない!
ミサキは俺が勝手に妹代わりと決めた。

じゃあ何故女を感じている?
さっきいい匂いがするとかほざいていたじゃねえか?
何故口説かない?
目の前の女は今なら簡単に手に入るぞ?

ふざけんな!
今まで兄貴面して面倒見て、ここまで仲良くやってきたんだ。
それを相手が弱っているから?
違うだろ!
そんな卑劣な生き方してきてねえんだよ!

頭の中で二つの人格が喧嘩をしている。
二つ?
じゃあそれを見ている俺は何だ?

チラッとミサキを見る。
ハンカチで涙を拭っているところだった。
綺麗だなと素直に思う。

右手が少しずつ彼女の肩へ近付く。
このまま強引に抱き寄せてしまえば……。

相手が弱っている時につけ込むなって!
そんなもの、空き巣に入る泥棒と変わらないだろうが!
口説くなら、正々堂々と口説けよ!

「ミサキ……」

俺の言葉に振り向く彼女。
言え。
好きだった。
異性として気付いたら好きになっていた。
そう言ってしまえ。

「……。も、もう大丈夫なんだよね?」
「あ、ああ…。もう大丈夫だ。おまえも大家さんと直に会って話したろ?」

「でも、また不動産から電話が来たら……」

「……」

ここまで心を傷つけられ、被害妄想に駆られる日々を送ってきたのだ。
このタイミングで告白?
卑怯だ。
今彼女に必要なのは、安心させる事。
気持ちを伝える事ではない。

「ミサキ、安心しろ」
「え?」

自身の気持ちを誤魔化すように、乱暴に携帯電話を手に取る。

「不動産に電話すっから…。これで晴れて堂々とここに住めるだろ?」
「うんっ!」

ミサキの笑顔を確認してから電話を掛けた。

「おい、オメーらはよ。どういうつもりだ? オーナーと直に話したら退去も何も…、どこがカンカンなんだよ?」

「いや…、それはその……」
「いいか? オマエたちのした事はな…。仲介手数料を他の奴入れてせしめたいが為に、まだ二十歳そこそこの若い子に対しよってたかって追い出そうとしたんだぞ! 恥ずかしくないのか? 恥を知れ!」

「いえ…、あの……」
「ゴチャゴチャ言い訳抜かすな! 今から電話変わるから、本人に誠心誠意謝れ!」

携帯電話をミサキに渡す。

「……」
「ん、どうした?」

「何も言わないよ……」
「貸せ」

ミサキから電話を取ると、大声で怒鳴りつける。

「おいっ! オマエ、まだ分からないのか? 今から桜産業まで俺が乗り込むか?」
「は、はい! 今からちゃんと謝らせて下さい!」

携帯電話を耳につけたまま、しばらく無言のミサキ。
俺は黙って横顔を見ていた。

ミサキの瞳から大粒の涙が流れる。
これまで張り詰めた糸が、一気に切れたのだろう。
まるでダムが決壊して一気に水が噴き出したのように見えた。

「酷いですよ…。本当に酷いですよ……」

頭へ軽く手を置き、携帯電話を取り上げる。

「いいか? オマエたちのやった事はだな…。こういう事なんだ。今後コイツにつまらない真似してみろ? 俺が直に行くからな」

完全勝利って感じの終わり方。
電話を切るとミサキに微笑み掛け「もうこれで安心して眠れるだろ?」と優しく言う。

ミサキは無言のまま抱きついてきて、しばらくその体勢で泣いていた。
コイツ、結構胸デカいんだな。
俺は膨らんでしまった股間を彼女の身体につけないよう気がける。

いや、これで抱き締めてベッドへ押し倒せば……。

鼻を近付けミサキの匂いを嗅ぐ。
女の匂いがした。

一瞬春美の顔が浮かぶ。
あいつはもう俺なんて想ってもいないだろ。
それにミサキと春美はタイプが違う。

じゃあミサキにピアノを捧げるのかよ?
それは少し違う。
彼女が聞きたいと言えば、俺はいくらだって弾く。
でもそれはザナルカンドじゃない。
ミサキの為に新しい曲をマスターしてからの話だ。

まずはその空いた腕で抱き締めろって。
そして顔を上げさせ、唇を奪え。
この女をものにしろ。

身体が小刻みに震え出す。
何故震える?
このままじゃミサキに伝わるぞ?

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