闇 474(2019年川越祭りと倦怠期編)
闇 474(2019年川越祭りと倦怠期編)

2026/02/06 fry
前回の章
二千十九年十月十三日、日曜日大安。
おじちゃんの命日。
もうあの時から五年も経った。
これだけ時間過ぎても、未だ割り切れないものがある。
訃報を聞き横浜から実家に帰った時は、あれだけ憎んだ家族。
それが今では親父とだけは、普通に会話をするようになった。
本来なら休みなのが、まさか台風上陸で一日以上泊まりで歌舞伎町で過ごすなんてなあ……。
客なんてこの二日間遅番で誰も来ないのだ。
何故こんな状況なのに店を営業する判断を香川はしたのだろうか?
別に特別な報酬が出る訳でもない。
通常と変わらないのに、俺も安々と休みを返上して本当に場がだな。
橋本はソファーにもたれ掛かって寝ている。
俺はずぶ濡れになった靴下と靴を触った。
靴はまだ全然乾いていない。
何だか俺も疲れた。
たまには客が誰もいないラッキーハウスで寝てもいいだろう。
早番と交代の時に電車状況を聞く。
線によっては動き出しているところもあるようだ。
たった一日新宿へ泊まっただけなのに、無性に川越へ帰りたかった。
西武新宿駅に着くと、通常運行ではないにせよ一応電車は出ている。
しかし次の発車時刻まで時間があるので、俺は改札手前にあるスープ屋へ入り待つ事にした。

今まで通り過ぎるだけだったこの店。
女性客しか入っていないのと、スープだけの店という偏見から一度も入った事がない。
メニューを見ると基本はスープであるが、カレーライスもある。
カレーとスープのセットを注文してみた。
アイスコーヒーもつくようだ。

電車が動くという事は、台風が去ったのだろうか?
俺は食事を終えると、各駅電車に乗り時間を掛けて地元へ帰る。
まだ湿っている靴。
新しい靴を買って家に帰る。
部屋に着くとそのまま泥のように眠った。
目を覚ますと橋本から着信履歴が残っていたので電話を掛ける。
「赤崎さん、もう電車動き出したので、今日休んでもいいですよ」
「え? でも従業員は?」
「山下さんと川崎さんが電車動くなら出れると言ったので」
人数が揃っているならいいか。
俺は休む事にした。
そういえば秋華賞買っていたっけ。
話にならない惨敗。
これでしばらく競馬をする事もないだろう。
台風の中外をうろついたせいか、どうも疲れが取れていない。
休みにしたが家から出ずに休養に当てた。
二千十九年十月十四日、月曜日赤口、体育の日。
九州からひろみが色々とメッセージを送っていたが、返事をするのも面倒でゴロゴロして過ごす。
いつもより結構早めに家を出る。
まだ電車の運行が通常通りじゃなかったので、不安もあった。
右脚の甲に違和感を覚え、靴下を脱いで見てみると、ちょっとしたコブができたようにプックリと膨らんでいる。
歩くのに支障出る訳でもなく、痛みがある訳でもない。
特に気にせず駅へ向かう。
電光掲示板を見て、小江戸号が出ていたのでホッとした。
近くの喫茶店に入り時間を潰すと、妙に左瞼が重く感じる。
小江戸号に乗り自分の目がどうなっているか写真を撮ってみた。

若干瞼が腫れているようだ。
何故こうなったのか原因不明。
しかしよく見ないと分からない程度なので、放っておけば勝手に治るだろう。
二千十九年十月十五日、火曜日先勝。
「岩上さん、飲みに行きましょうよ」
「嫌だよ、真っ直ぐ帰る」
「でも西武新宿線、まだ電車が不安定ですよ?」
「とりあえず駅まで行ってみるよ」
駅まで行くと、玉川上水行や新所沢止まりの電車ばかり。
こんな時最終駅の本川越を恨めしく思う。
「ほら、何時に出るとかも表示されていないじゃないすか」
「駅員に聞いてみる」
まだ台風の影響のせいか発車時間が定まらないようだ。
もう飲食店やコンビニは通常営業していたので、海老通りの蕎麦屋夢やぐらへ入る。

「あれ? 岩上さん、何か左目腫れていませんか?」
「うん、何か昨日出勤する時ちょっと腫れているかなとは感じていた」
「目医者行ったほうがいいすよ」
「別に目が塞がった訳じゃないんだ。放っておけばその内治るさ」
夢やぐらを出て西武新宿駅に行くと、まだ電車運行は不安定なまま。

当然だが電光掲示板の小江戸号の部分は、何一つ表示をされていない。
とりあえず新所沢まででも川越に近付いていたほうが良さそうだ。
十二時間勤務に加え、電車の往復で二時間。
寝る時間込みで、俺のプライベートは十時間も無いのだ。
まだ一週間は始まったばかりなので、当たり前のように帰れないと疲労感が溜まる。
何とか川越に着くと、開いている店へ適当に入り食事をして帰った。

起きると部屋にいても雨の音が聞こえる。
まだ台風が去っていないようだ。

珍しく傘を差しながら出勤。
本川越駅前も台風の影響か人はほとんどいない。
ラッキーハウスに着いても数名の客がいるだけで暇な状態だった。
俺は腹が減っていたので最初に食事休憩へ入り、さくら通りのラーメン『王』へ行く。
この店も結構長い。
二十代半ばの俺が歌舞伎町へ来た頃から営業していた。

量だけはある店なので、味噌ラーメンにライスと餃子を食べてから店へ戻る。
二千十九年十月十六日、水曜日友引。
台風が過ぎ去ったのか徐々にいつもの日常に戻りつつある世の中。
目の腫れは前より酷くなった気がする。

この日はフライ物が食べたくなり、歌舞伎町のトンカツ『にいむら』で食事をした。
ラッキーハウスへ戻ると、いつものスカウト軍団や常連で賑わっている。
本当に忙しいいつもの空気が戻りつつあるんだな。
INキーを手にすると、俺はホールへ駆け寄った。
二千十九年十月十七日、木曜日先負。
「あれ、赤崎さん、左目結構腫れていませんか?」
この台詞はカマッテチャン南だけでない。
常連客のルルにしても高山にしても、様々な人から言われた。
三日前に感じた左瞼の重み。
鏡で見てもハッキリ分かるほど腫れていた。

小江戸号の中で自分の目の部分を撮ってみる。
明らかに半分腫れた瞼。
ものもらいじゃないよな?
そして右脚の甲の謎の腫れ。
ひょっとしてこれって霊障ってやつか?
まあ一週間ぐらい様子見て、それでも良くならないようなら病院へ行ってみようかな……。
本川越駅に到着すると、駅前では古本市が開催されていた。

そういえばタバコのストックが切れていたっけな。
ファミリーマートへ行くと、恒例の七百円くじをやっていた。
くじが一回七百円なので、計算してセブンスターボックスを四十四個買う。

前よりも当たりを引けなかったが、十一枚当たる。

しかし券に記載されているコーヒーなどの商品が、店に置いていない為面倒なので買えずに持っておく事にした。
酒でも飲んで帰るか。
クレアモールの博多劇場へ入る。
またひろみからのメッセージ。
毎度毎度写真を撮るのもうんざり気味。
まだこのような店に入っての煮込みの写真ならいい。

頼んだ料理ほとんどカメラに収め、酷い時はコンビニで買ったおにぎりやパンの写真すらも望む。
げんなりしながら茄子の煮びだしを口に入れる。

馬刺しを注文するが、熊本出身の山下の顔がチラつき失敗したなと感じた。

最後に串焼きやドリアを食べ終わる頃、ひろみが今度いつ九州へ来るのかと言い出す。

人妻で子供がいる彼女。
もうすでに抱いている俺。
また九州へ行くのかよ……。
金だって十万以上掛かるのだ。
しかもその間仕事を休むようになる為、裏稼業で働く俺は収入が無くなる。
会話を誤魔化すようにUFOキャッチャーで取ったすみっコぐらしの景品を見せ、話を逸らす。

フェイスブックで見た俺の左目の腫れについても早く医者に行けと口うるさい。
ちょっと面倒な女に手を出してしまったなあ。
そんな気持ちを少し感じるようになっていた。
二千十九年十月十八日、金曜日仏滅。
明日から土日は川越祭りが始まる。
しっかり睡眠を取ると、目の上が軽くなっている事に気付く。

写真を撮って左瞼を確認する。
多分このまま自然治癒で充分治るだろう。
歌舞伎町へ着くと、ちづる食堂の温かい豚しゃぶ定食を食べてから出勤した。

一服休憩時にフェイスブックを眺めていると、七年前の過去の思い出で、横浜橋商店街を初めて発見した時の投稿が出てくる。

初期横浜時代から七年も経つのかよ……。
伊勢佐木モールを歩いていて偶然視界に入ったあの場所。
「何だ、ありゃ?」
思わず出る独り言。
左手には古いパチンコ屋の看板でライオンズと書いてあるが、どう見ても潰れている。
問題はその奥の大きなアーケードのトンネルだ。
まだ伊勢佐木モールは途中だったが、俺はヘンテコな建物の方向へ曲がった。
『よこはまばし』と信号に、アーケード商店街の名前。
交差する形で公園のような通りを過ぎて、中へ入ってみる。
とにかく毎日のように横浜を探索しながら歩き回り楽しかったあの頃。
そういえばあそこへ住み出した冬、大雪が降ったっけ。
新宿では台風、横浜では大雪か。
何で俺は下陰さんの元を離れ、新宿なんか選択してしまったんだろうな……。
ひろみからメッセージが届く。
普段なら寝ている時間帯だが、たまたま深夜目が覚めたらしい。
また会いたいと言い出す彼女。
俺は仕事の都合があるからとやんわり断るも、前より冷たくなったと責めてくる。
言い訳をする為言葉を選びつつ、携帯電話を必死に操作した。
「赤崎さん、一服ですよ、一服。ちょっと長過ぎます」
「すみません!」
ちょっと過去の回想に浸り過ぎてしまった。
俺はINキーを持ってホールへ飛び出す。
因果なものだ。
あのまま横浜にいれば誰かしら彼女を作り、今頃ぬくぬくと暮らしていたと思う。
店のインターホンが鳴り、佐藤充が来店。
俺も山下と顔を見合わせながら、またこのひねたチビ来やがったとアイコンタクトした。
何だよ、プライベートも仕事も全然気が休まらないぞ……。
また始まるお得意の当たらない競馬談義。
話に付き合うのも苦痛で、また競馬全レースを買ってしまった。
さて、明日から川越祭りか。
二千十九年十月十九日、土曜日大安、川越祭り。
仕事を終え西武新宿駅に着くと同時に小江戸号は発車してしまう。
次を待つのも面倒なので、仕方なく急行で帰る事にした。
小江戸号はカナヘイだが、急行電車はコウペンちゃんというまた似たようなゆるい絵のキャラクターシールが貼ってある。
一体どこまで西武新宿線は世の中に媚びているんだ。

車内にぶら下がるチラシも、コウペンちゃんだけで一杯になっている。

こんな絵の何が可愛いのか?
まだカナヘイのほうが許せるな。
つい写真を撮りひろみへ送ってしまう俺。
ここ数ヶ月で身に沁み込んでしまった習慣とは恐ろしい。
本川越駅に到着すると、祭りのお陰でいつもより人の姿が多い。

賑やかなのは結構だが、難点が人混みで家に着くまで必要以上に時間が掛かる事。
まだこの時間帯はいい。
問題は今日の夜の出勤である。
本川越駅へ辿り着くのに、いつもの十倍は時間が掛かるぐらい想定しといたほうが良さそうだ。
土曜の段階でこれだと日曜はもっと凄くなるだろう。
だが駅を出ると雨が降った形跡があり、想像よりも人はいない。
毎年二日間ある川越祭り。
呪われているのかどちらかが雨が降る確率が非常に高かった。
駅周辺にいる人混みを掻き分けながら進む。
まだこの時間、道路に車は走っているが、今日の昼になれば一斉に川越中心地数キロに渡り交通止めになる。

これが二日間続くのだから、川越近辺で車を使う人にとっては堪らないだろう。
何せ川越内部を車で通れないのだから。

中央通りまで出るとまだ人はほとんどいない。
中原町の休み処や、テキヤなどは仕込みなどの準備段階。
本番は各町内の山車を引き回すので、どちらかといえば日曜日が本番である。

ひろみが祭りの写真を見たいと何度もメッセージが来る。
まだ始まる前だが、川越祭りは自分にとっても誇りに感じる巨大なイベント。
祭りの為だけに作られる連繋寺境内にあるお化け屋敷の話をすると、見てみたいと言われ墓穴を掘る。

仕方なく中央通りを真っ直ぐ進み、連繋寺へ入り写真を撮った。
まだ祭り前なので、幕が閉じた状態。
近くの伊勢屋へ顔を出してみた。
始さんの奥さんの弘惠さんが、てんてこ舞いになりながら凄い数の赤飯を包んでくる。

「ごめんね、智一郎君。本当忙しくて相手できなくて」
この時期ばかりはしょうがない。
和菓子屋にとって本当の書き入れ時なのだから。
邪魔になるから、始さんに挨拶だけして帰ろう。
奥へ進むと始さんは稲荷寿司をたくさん握っている。

団子もまだ焼く前の段階のものがザッと一万本ほど準備されていた。
俺は写真だけ撮り、伊勢屋をあとにする。

家に帰り仕事に備えて横になる。
ひろみがまたうるさくなってきたので、寝たふりをしている内に本当に寝てしまった。
人の騒めき声で目を覚ます。
窓を開けて見ると溢れんばかりの人混み。
あ、そういえば競馬買っていたよな。
結果を見ると全滅。
佐藤充に関わると本当に碌な目に遭わない。

二時間ぐらい早めに家を出る。
しかし家の目の前の道路からたくさんの人。

こんな事なら祭りは連休取っておけばよかった。
しかし川崎がどうしても予定ある為、土曜休むのは無理だったのだ。
百メートル歩くのに、三十分ぐらい掛かってしまう。

駅に行けばいくほど増殖する人たち。

駅前など強引に掻き分けないと先へ進めない。
やっとの思いで本川越駅へ辿り着き、小江戸号へ乗る。
左目の腫れがどうか写真を撮ってみた。

うん、もうほとんど治っているな。
電車は俺を乗せて新宿へ向かう。
二千十九年十月二十日、日曜日赤口、川越祭り。
仕事を終えて本川越駅へ到着すると、そこそこの人が見える。

昨日と違い晴れだし日曜だし、こりゃあ今から帰るまで大変だぞ……。

案の定駅を出るともう辺り一帯人の群れ。
それでも夕方よりはまだマシだよな。

駅前にも密集した屋台があり、そこにこの人の数が加わるので、目の前の信号へ行くだけでも苦労する。
まあ今日は休みだ。
雀會と連々会に祝儀を届けてから一旦睡眠取って、それから祭りを楽しめばいい。

中央通りまで出ると、ようやく人もバラけ普通に歩けるようになる。
六軒町の山車があり、周りに人が集まっていた。

櫻井商店手前にある十字路へ行くと、山車や人混みで行けなくなる。
ここを右に曲がれば家なのに……。

やっとの思いで家に到着。
部屋に行くと外から山車を引く掛け声が聞こえるので眺めると、仲町の山車が通るところだった。
布団へ寝転ぶと、俺も変わったなあと昔を振り返る。
二十代の頃は川越祭りが来る時期を楽しみにして、確実に二日休んで備えた。
連雀町の着物を着て、顔にペイントを塗り、喉が掠れるほど大声を出して参加しているのにな。
いつの間にか参加側でなく、外から眺める方になってしまった現状。
まあ祝儀は起きてから届ければいいか。
ひろみが祭りの様子を聞いてくるので撮った画像を説明する。
一枚ずつこれは何と聞かれ、説明をしている内に寝てしまう。
起きると祝儀袋を二つ作り、連雀町詰め所へ向かった。
家の前の川越日高線はかなりの人だかり。
五十メートルも距離が無いのに着くまで時間を要する。

着物も着ず、ペイントもしない俺を見て、町内の人間たちからブーイングが飛ぶ。
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