闇 445(馬と鹿と書いて馬鹿編)
闇 445(馬と鹿と書いて馬鹿編)

2026/01/09 fry
前回の章
二千十八年五月二日、水曜日先勝、八十八夜。
ゴールデンウイーク真っ只中。
歌舞伎町のゲーム屋ラッキーハウスは、また意味不明なシフト変更をする。
これまで早番のリズムに慣れていたのが、今日から遅番に代わり夜十時からの出勤になった。
生活習慣が十二時間逆転する事がどれだけ大変なのか、店長の香川は何も考えていないのだろう。
だからこの店に入って一年数ヶ月で、何度もこのような理不尽な交代をしている。
しかも香川は遅番固定、橋本は早番固定なので、自分たちが大変という事はまるでない。
これだけはどう考えても非効率で、何の意味があるのかと疑問でしかない。
まだ半年交代でと予め決まった状態なら分かるが、突然いついつからといきなり言い始めるので、香川のお頭が一体どうなっているのか割って調べてみたい。
「岩上さん…、その香川って男…、私は名前ぐらいしか知りませんが、最低な人間ですね。大倉は確かに今ジョーカーの店長という名目ですよ。ただそれをどう思いますなんて、いちいち聞いてくるなんて、人間の所業じゃありません。少なくとも私はそういった人間は本当に真から軽蔑するし、大嫌いですね」
盟友斉藤弘一の言葉を思い出す。
そうか…、元々人間の所業じゃないような事を言える男だからこそ、こんな無茶で馬鹿げた愚行を平気でするのだろう。
いくら頭で冷静に考えたところで、実際の被害に遭うのは現在の俺だ。
そう思うとどうしてもイライラしてストレスが溜まってしまう。
気付けば普段気にも留めない地方競馬に金を賭けていた。
何の知識もない状態でやったので、三万円という金額をあっという間に失ってしまう。
相変わらず俺は大馬鹿野郎だったという事だ。
二千十八年五月四日、金曜日先負、みどりの日。
今週の競馬は二万しかやらない。
あー、地方競馬なんてやるもんじゃないな……。
香川とは性格的に合わない為、ほとんど仕事中に話す事がなかった。
いや、そうではない。
俺が根底でコイツの人間性が最低なのを理解しているからこそ、拒絶してできる限り距離を取りたいのである。
ダラダラ長時間ポーカーを打つ客の高山。
ちょっと打っては台の移動を何度も繰り返す丸。
一人でもいる限り、ホールに立って業務をするようなのが面倒だった。
必然的に店内に設置しているテレビ画面へ目が行く。
嫌でも目に入る話題。
ジャニーズ事務所『TOKIO』のメンバーである山口達也という芸能人が、泥酔した状態の女子高校生へ強制わいせつ容疑で書類送検され、芸能活動を無期限謹慎処分と何度も報道している。
こんな奴いたのかという認識だが、これだけ売れて満足できる地位まで行ったのに馬鹿な奴だなあと思う程度だった。
まあテレビでこれだけ騒がれているのだから、芸能界ではそこそこの人気者なのだろう。
画面上で知った年齢もそう変わらない同世代の彼に対し、これまでとんとん拍子で人生が進んでしまい、心の成長がないまま年を取ってしまったのかと可哀想に感じた。
もちろんわいせつ容疑を擁護する訳ではない。
罪は罪だが、この程度の事で連日晒し者にされている山口を自業自得であるがマスコミはやり過ぎだろうと思ったのである。
そのくせ山口容疑者でなく、山口メンバーと意味不明な呼び方をアナウンサーがしていた。
何だか気持ち悪い世界だ。
一服でタバコを吸う際、ふと思いついた事をフェイスブックへ投稿してみた。
この人たちは何でTOKIOの山口に『#me too』しないの?
誰か教えて下さい。

以前暇な政治家たちが集まった例のパフォーマンス運動の画像を再度使った記事を書いてみる。
セクハラや性的暴行など性犯罪被害の体験を告白や共有するのが目的なら、この中の政治家誰でもいいから山口メンバーを断罪すべきなんじゃないだろうか?
しかし俺の見る限り、この件に触れる政治家は誰一人見た事がない。
薄気味悪い国になったもんだなと実感した。
二千十八年五月五日、土曜日仏滅、こどもの日、立夏。
日々溜まっていくストレス。
香川と水が合わないだけではない。
早番の仕事帰り、毎日寄った本川越駅前の埼玉りそな銀行の駐車場。
出勤する時間を気持ち早めに出ているが、時間帯によるものなのか遅番になってから一度も野良猫ニャーニャーたちと遭遇していないのだ。
駐車場内の車の出入りが多い時間帯だから、猫たちもどこかへ行ってしまっているのかもしれない。
餌はちゃんと食べられているのか?
買うだけ買って巻いておこうか何度も考えた。
しかし人通りの多い時間でそんな事をしても、変人扱いされるだけだろう。
今日も諦めて駅へ向かった。
二千十八年五月六日、日曜日大安。
日にちが明け、食事休憩中に外へ出て競馬の予想をする。
明日のNHKマイルチャンピオンシップの前売り投票を買う。
今日の京都新聞杯は、クソ外国人騎手のデムーロがすべての敗因。
はなっからドンケツで何してんだって話だ。
8-13-15とすべて1番フランツから買っていたのに台無しである。
一番人気でああまでコケるのかよと言いたい。
悔しいので明日ももうちょっとやる事にした。
7番タワーオブロンドンのルメールからの一頭軸。
相手は1-3-8-10-11-16。
すべて三連単勝負。
今日あれだけ一番人気がコケたのだ。
明日はルメールが馬券圏内には必ず来てくれるだろう。
もちろんデムーロのクソは外す。
結局あれこれ予想して、五万以上賭けてしまう。
それでも地方競馬なんてやって負けていなければ、もっとやっていたかもしれない。

仕事帰りも駐車場へ寄ってみたが、猫たちが出てくる気配はない。
三十分ほど待ってみたが、一匹も出てこないので仕方なく帰って寝た。
あれだけ懐いていた猫が、夜も朝もいないのはおかしい。
住み家をどこかへ変えてしまったか、誰か人のいい貰い手でもいたのだろうか?
答えが出ない事を悶々としながら考えている内に、睡魔へ引きずり込まれた。
起きてからレース結果を確認する。
「クソデムーロも、何で買わないと来るんだよ!」
思わず出てしまう独り言。
「うるせーぞ、智一郎!」
隣りの部屋から馬鹿親父の怒鳴り声が聞こえてくる。
うるせえぞ、あの馬鹿が……。
こっちはどれだけ負けたと思っているのだ。
しばらく親父へ弁当など買って来てやるのはやめよう。
そしていい加減競馬に多額の金を賭けるのもやめよう。
何の為に仕事をして金を稼いでいるのか馬鹿らしくなってくる。
どちらにしても軸馬はコケ、他の抑えた馬ですら一頭しか入っていない時点で俺はギャンブルセンスが無い。
フェイスブックの昨日の投稿へ編集して、負けた恨みつらみの呪詛を付け足した。
二千十八年五月九日、水曜日友引。
この日は休みなので、仕事を終え昼手前に川越に帰ると野良猫ニャーニャーたちを探し歩く。
いつもの駐車場にもいなければ、近辺でも見掛けない。
クレアモール沿いに、猫カフェを発見したので入ってみる事にした。
ひょっとしたら、あの子たちが保護されている可能性もある。
料金を払い猫を確認していく。

平和ボケした猫が数匹フローリングで寛いでいる。
色合いは覚えているので、すぐこの中にはいないと分かった。
さらに奥へ行き、色々な猫を見てみる。

まだ数匹だが所謂血統書付きという猫なのだろうか?
俺は接してきた野良猫たちは普通の雑種であり、この中にいる種類とは違う感じがした。

基本的にどの猫も、人間を気にせずソファーなどでのんびりしている。
俺が覗き込むとようやく面倒臭そうに顔を向ける子。
雑種かもしれないがニャンタッタのほうが顔は美人だなと思う。

完全に店側のエゴでウサギ耳の帽子を被せられた猫。
見た目は可愛く見えるかもしれないが、本人はこんなもの望んじゃいないだろうに。
まあそれでも襲われず寝床があってご飯も出てくるこの空間は、猫にとっては天国に違いないだろう。

「……」
顔を見た瞬間絶句してしまうような醜い顔の猫がいた。
ブルドックと掛け合わせでもしたのかと思うほど酷く顔の造りが悪い。
ハンマーで真ん中を叩かれ、そこにパーツが集中でもしたかのような猫。
北斗の拳に出てくるようなへの字口をしているなあ。
ちゃんと息できているのかなと思い、手を近付けると「フニャッ」と引っ掛かれる。
このブルドック、クソ生意気だな……。

またヘアーバンドを頭に巻いたこれからテニスへ行ってきますよと言いたそうな猫がいた。
それにしても野良猫ニャーニャーたちがいない。
思わず足を止める。
ここって猫カフェだよな?
何で犬がいるんだ?

パッと見チワワに近い感じの犬がいたが、よく見てみると猫のようだ。
可愛くも何ともないが、どうせ品種改良で高い値段で取引されるような血統書つきなのだろう。
猫好きを自称する人間たちはこんな事に金を掛けるぐらいなら、駐車場にいた野良猫たちを保護してやればいいのになあ。

何かどこにもあの子たちいなさそうだ。
上品な毛並みの猫とかそんなのばかり。

十分もしないで店を出ようとすると、店員から「もうお帰りですか?」と驚いたような顔をされた。
「普通の野良猫みたいな…、雑種っていうんですか? そういう猫は一匹もいないんですよね?」
「ええ、当店はちゃんとした血統書付きで、一匹ずつ名前もついているんですよ」
そんなのは何一つ求めちゃいないんだ。
俺はあの子たちが、もしかしたらここにいるのではないかと確認しに来ただけに過ぎない。
ガックリ肩を落として俺は家に帰った。
二千十八年五月十三日、日曜日赤口。
ジャンボ鶴田師匠の命日がやってきた。

俺が二千年の二十九歳の時に亡くなったので、もうあれから十七年も経ったのか。
あのあと総合格闘技のリングに上がり自分の強さを証明しようとしたが、中途半端なままで終わってしまったなあ……。
あのままちゃんと格闘技に向き合っていたら、俺はどうなっていたのか?
いやいや、四十六歳になって今更そんな事を考えるなよ。
あのあと俺はピアノへ行き、それから小説へ行ったのだから。
今じゃまるで書かなくなり、裏稼業の末端で働く男というだけになってしまった。
そんな事を考えながら電車は西武新宿へ到着。
ラッキーハウスのインターホンを押すと、責任者の橋本が驚いた顔をしながらドアを開ける。
あれ、何で橋本がいるんだ?
「どうしたんですか、赤崎さん?」
「え、出勤で来たんですが……」
「は? 赤崎さん遅番だし、第一今日休みですよね?」
「え」
鶴田師匠の命日で過去を振り返っている内に、何も考えず新宿へ向かっていた俺。
ちょっとヤバくないか?
これって夢遊病に近い病気なのか?
橋本は勘違いで来た俺の行動を呆れて笑っていたが、俺は内心自身の異常さが怖く感じた。
さて新宿まで行ってしまい、これからどうしよう?
あと三回誕生日がくれば、俺も四十九歳。
もうちょいで鶴田師匠の年に追いついちゃうなあ……。
昼頃まで宛てもなく新宿の街を彷徨い歩く。
せっかくなので新宿駅南口方向へ向かい、競馬の場外馬券売り場ウインズへ入る。
鶴田師匠が亡くなってからの十七年間。
足掻いて色々な事をやってみたが、まるで追い付けないままだ。
そもそも人間としての器も資質も違う。
俺のような者がいくら背伸びをしたところで、追い付けるはずがないのである。
何故偉大だったあの人がフィリピンのマニラで亡くなり、俺のような何の役にも立たない屑が、未だこうして生きているのだろう。
暗い気分のまま川越へ戻る。
どんな人間でも時間が経てば腹は減ってきてしまう。
俺はレストランシブヤへ入り、ランチとナポレオンを注文した。

ランチ…、このメニューを知ってから来る度十割の確率で頼んでいるんじゃないだろうか?
酢豚、串カツ、トンカツ、焼売、スパゲティサラダにライス。
だってしょうがないじゃん。
これが大好きなんだから。

ナポリタンも頼む頻度、何気に多いよな。
会計を済ませ外を歩いている内に、何となく分かってきた。
俺がまだ生きている理由。
多分まだ何かしら残されているのだろう。
もちろんそれが何かなんて分からない。
でもだからああして腹が減れば食事を求める。
これは生に繋がる行動。
知らず知らずの内に、俺は自暴自棄になりながらも生きていく事を自然と選択してしまっているのだ。
先の事なんてどうなるか何も分からない。
でも今は焦らず生きる為に、一日一日を過ごしていけばいいんじゃないか。
本当にこんな駄目な不肖の弟子ですみません、鶴田師匠。
部屋で寛いで時間になると、競馬の結果を確認する。
当たり前のように外れていた。
これで今年に入り百万円以上の負け。
自分が馬鹿で悪いのは百も承知だが、それでも悔しくて枕を壁に叩きつける。
横になり自己嫌悪に陥りながら、気付けばそのまま寝ていた。
二千十八年五月十五日、火曜日仏滅。
何故か早めに歌舞伎町へ到着する俺。
目的も何もなく、猫さえ会えなくなった現実。
多分やる事が何もないのだろう。
かといって早めにラッキーハウスへ出勤するなど絶対に嫌だ。
西武新宿駅を出たところの近くにある安い焼肉屋を発見。
二千九百八十円で食べ放題、さらに千二百円で飲み放題。
税別だから五千円でお釣りが来るぐらいか。
仕事まで一時間以上あるので入ってみる事にした。
自分で取りに行くスタイルでなく、テーブルで注文して持ってきてくれる感じのようだ。

野菜焼きはカボチャとネギしかない。
キャベツとか玉ねぎないのかよと思ったが、この値段では仕方がないだろう。

定番のカルビにロースを焼きながら、ご飯をモリモリ食べる。

ホルモンと白コロが良かった。
ただ横浜の石川雅之とよく行った黄金町のいくどんの白コロには勝てない。
それでもこの値段なので全然問題なかった。

タンも頼み、食べている内に出勤の時間が近付く。
値段の割には満足できた店である。
また今度来てみようかな。
今週はオークス。
桜花賞の雪辱を晴らすべく頑張りたい。
ラッキーライラックとアーモンドアイ二軸マルチの三連単で、決まりそうなチョロそうなレースだろう。
二千十八年五月十八日、金曜日先勝。
宝塚記念人気投票がJRAのホームページで発表されていた。
こんな先のレースよりオークス、ダービーをまず当てたい。
明日明後日新潟は大雨らしい。
つまり荒れる展開になりそうなので、全レース勝負!
超重馬場で、中止にならないよう祈りつつ、先行馬主軸で。
ラッキーハウスへ出勤すると、番頭の根間が台の設定ミスをしたらしく急遽変えなければならない為、客がいなくなった時点で一時的に閉店するらしい。
来店した客へメンテナンスと丁重に詫びを入れて断り、客がいなくなった時点で今日の仕事は終わりとなる。
従業員には設定を見られたくないようだ。
まだ終電まで余裕があったので、一番街通りを歩き昔ゲームセンターだった場所が洒落たバーになっていたので入ってみる。
セント・ジェームスというバーはカウンターで金を払って酒を受け取るシステムらしく、これなら飲み逃げの心配はないなと感心した。
ここってワールドワン時代、番頭の佐々木さんがワンピースのキャラクターのぬいぐるみを取ってくれと頼んで行った店だったよな?
何千円使ってもビクともしないクソ設定のUFOキャッチャーで、あまりの酷さに俺がブチ切れたゲームセンター。
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