闇 465(撮影地獄ゴネス編)
闇 465(撮影地獄ゴネス編)

2026/01/30 fry
前回の章
二千十九年八月二十四日、土曜日赤口。
仕事を終え川越に着くと、そのままクレアモールにあるゲームセンターへ入り、目星をつけていた景品をUFOキャッチャーで取る。

すみっコぐらし電子グランドピアノをゲットするが、形だけでほんとに子供騙しの商品だ。
MARVALのロゴ付きのバックも取ってみたものの、俺がこれを使う事は生涯ないだろう。

ほとんどが九州のひろみ専用になる。
彼女の好意をより引きたいという思いと、自身のUFOキャッチャーの腕前をこれでもかと披露したい気持ち。
このようにコツコツ集めて段ボール箱一杯になれば、三度目の郵送をすればいいだけ。
帰って睡眠を取ると、いつもより若干早めに歌舞伎町へ向かう。
ひろみのあちこちの写真を見たいという要望を叶える為。
新宿の歌舞伎町内は世界一の歓楽街と呼ばれるだけあって、夜は人通りも多い。
元コマ劇場の広場へ来ると、暇そうな人間が数多くたむろしている。

俺はこっそり携帯電話を構え、辺りの写真を撮った。
花道通りを超え、ラッキハウスへ行く途中の通りさえ見たがるので再度撮影。
こんな場所の写真を撮るような人間など、この街で俺ぐらいだろう。

二千十九年八月二十五日、日曜日先勝。
いつものように仕事を終えると、山下が蠅のように纏わりついてくる。
あまり冷たくしてラッキーハウスの業務に支障が出ても面倒なので、定番になりつつある海老通りの蕎麦屋『夢やぐら』へ入った。

「すみません! 生ビールと…、あと何にしようかな……」
「山下、おまえふざけんな! 人の奢りだと思ってバンバン頼もうとすんじゃねえよ」
「えー、少しぐらいいいじゃないすかー」
「だったら割り勘にするからな」
「自分余裕ないんすよ」
「だったらちょい飲みセットだけにしろ」
「マグロの刺身ぐらいつけて下さいよ」
「駄目だ! おまえはネギトロにしとけ」
「えー、分かりましたよ。ネギトロにしときますよ」
「……」
まったく人にタカっているのに何て言い草だ。
これで俺より一つ下の四十六歳なのだから、この先どう生きていくのか不安しか覚えない。

確かに山下と俺の日当では一日辺り三千円違ってくる。
だからといって俺がこの馬鹿に毎度驕る義理など本来何も無いのだ。
思えば二十代後半のゲーム屋ワールドワン時代からの仲。
この馬鹿が店に入ってきた時は、未だハッキリと覚えている。
早番の新人で山下という目の細いチビが入ってくる。
落ち着きのない奴で仕事が終わると毎日他のゲーム屋へ行き、日払いを使い果たし、常に金に困る生活をしていた。
同時期に小さな体格の大倉という四国から出てきた大人しい入るが、山下とコンビでも組んでいるのかと思うほど仲がいい。
俺が総合格闘技に出るより前だから、もう二十年以上の付き合いになる。
途中俺がキレて数年会っていない時期があるにせよ、本当に長い付き合いになってしまった。
ちょい飲みセットで頼んだカツ煮とネギトロを食べながらビールをお代わりする山ゴネス。
これだけで五千円ぐらいの金が吹っ飛んでしまう。

俺は定番の豚しゃぶを食べながら、最後に出てくる蕎麦を食べる。

「次はどこ行きます?」
「行かねえよ!」
「岩上さん、今日休みじゃないすか」
「休みだけど、必要以上におまえに奢る必要性なんて何もない」
「冷たいすよー」
「冷たくねえだろ! 何で蕎麦屋で奢ってんのにそんな事言われなきゃいけねえんだ!」
しつこい山下は懲りずにまだ近くを飛び回る。
その時ひろみから電話が来たので、返事をしながら靖国通りへ向かう。
「どこ行くんすか?」
「博多天神なら奢ってやるよ」
「何で蕎麦食べてから、また次は安いラーメン食べなきゃいけないんすか」
「うるせー! だったらとっとと帰れ」
博多天神というキーワードに笑うひろみ。
「何がおかしいんだ?」
「だってそっちで言えば、店の名前が新宿歌舞伎町って言っているようなもんとよ? おかしいっちゃよ」
「本当にあるんだって! なんなら店の写真撮ろうか?」
「うん、見たいとよ」

靖国通り沿いにある博多天神の写真を撮る。
俺がワールドワンにいた頃なら、一番街通りにも支店があったんだけどな。
あれはまだ所が店長だった頃だった。
つまり俺が二十代半ばだから、二十年以上前になってしまう。
一番街の博多天神店長は大のゲーム好きで、仕事を抜け出しては店に打ちに来ていた。
あまりにも度が過ぎて、博多天神の従業員がワールドワンまで店の鍵を取りに来たほど。
毎日のように来るので一度だけ俺が顔を出すと、店長は大いに喜び丼の周りに海苔を立ててそこへとにかく色々な具を山盛りで出してきた。
部活をしたあとの中学生じゃないんだから、まるで嬉しくない。
そんな店長はある日姿を消す。
あまりにもいい加減な業務態度が本部に知れてクビにでもなったのだろう。
ほどなくして一番街の博多天神は潰れた。
チャットに切り替えたひろみが、新宿の風景も見たいと言うので、おのぼりさんのように俺は恥も外聞もなく靖国通りの景色を撮る。

西武新宿駅側の逆方向も取ると、新宿クレッシェンドの表紙を撮影した時の事をどうしても思い出す。

写真の方向は明治通り側になるが、俺があの時立ったのはあの一つ先の横断歩道から新宿プリンスホテルを眺めながら。

二千七年の冬、寒いのにコートを脱いでスーツ姿になっての撮影だった。
あの時馬鹿な判断をした担当編集の今井貴子。
本当に愚直な決断を勝手にしてくれたものだ。
今さら恨みつらみを言ったところで彼女は、すでに亡くなってしまった。
十二年前の事を死人に向かってグダグダ抜かすなよ、俺も……。
セントラル通りの向かいにあるドンキホーテ前のタイトーゲームセンターにすみっコぐらしのUFOキャッチャーがあったのでプレイしてみた。

牛乳パックのような変なバックのような景品。

すみっコぐらしなんて名ばかりで、全然隅っこにいねえじゃねえかよ。
そんな事を思いながらも、着々とぬいぐるみをゲットした。
戦利品を並べ撮影してひろみへ送る。

こんなところが世界で一番の歓楽街?
本当なのかよ?
海外へ一度も行った事のないので俺は日本しか知らない。
国内といっても、詳しいエリアは川越、新宿、横浜程度。
少しだけ住んだり仕事で行ったりと知っている場所は、北海道倶知安、新潟上越市、浅草、その程度だ。

道路を渡りさくら通りの前を通過すると、バーガーキングへ寄ってみる。

ファーストフードではモスバーガーの次にこの店を気に入っていた。
ひろみからの連絡が凄いので、店内では食べず持ち帰りにする。

西武新宿駅向かって歩きながらセントラル通りを撮影。
いつの間にかゴジラロードなんて名前に代わったようだが、俺にとってはいつまで経ってもセントラル通りに過ぎない。

一番街通りへ入るとまた写真を撮る。
途中にあったワールドワンのビルを眺めた。
もう十八年前ぐらいになるのか?
今ではガールズバーになっている。

あの頃イケイケだったのはいいとして、何も考えずに金遣いの荒さが現状を招いたのだ。
もうキャバクラも競馬も懲り懲り。
新宿歌舞伎町は今の俺にとって遊び場ではなく、ただ働きに来る場所に過ぎない。

帰りの小江戸号内で、持ち帰るのバーガーキングを食べた。
ひろみはこんな写真さえ送ってほしいと言う。
川越に帰ると、いつものゲームセンターへ寄る。
UFOキャッチャーで、すみっコぐらしふた付きハンドルジャーをゲット。

まあこの程度の金の遣い方をしつつ、自身の生活を抑えておく分には健全ではあるな。
ひと眠りして夜になると、中学時代の同級生飯野君と久しぶりに再会。
こうなると行き先は同じ同級生篠崎の働く大漁丸に決める。

メニューを眺めつつ、お互い好きなものを注文する。

俺はお決まりのマグロ刺身に、茄子のしょうが焼き。

夜は炭水化物を取らないよう心掛けている飯野君は、焼きおにぎりを絶対口にしようとしなかった。

閉店近くまで飲んでいると「岩ヤン、飯野君。ここ終わったら一軒行こうよ」と誘われる。
「篠ヤンどこ行くの?」
「斜め向かいのゆりちゃんの店でいいんじゃない?」
ゆりのいるお好み焼き屋『きらく』。
彼女に罪がある訳ではないが、どうしても薄情なゴリを思い出してしまう。
二千十四年からだから、もうちょっとで五年。
それだけの月日が流れても、ゴリは未だ線香一本すらあげに来ない。
くだらない時間を若い頃本当に過ごしてしまったものだ。

篠崎の閉店準備があるので、俺と飯野君は先にきらくへ向かう。
酒を頼み、お好み焼きも注文する。
遅れて彼も到着し、旧友三人で飲む酒はとても旨く感じた。
二千十九年八月二十六日、月曜日友引。
休み明け夜まで時間を持て余した俺は、久しぶりに伊藤久子へ声を掛けてみる。
過去様々な因縁めいたものはあったものの、親父と同じ年の彼女。
二人娘は嫁ぎ、現在は一人暮らしで寂しい思いをしているのではないだろうかと思ったのだ。
新宿のクソヤクザ〇〇会の秋田との揉め事から二度目の横浜へ渡った俺は、当時の状況を彼女へ説明した。
だが伊藤久子は心配心のつもりで正論を言ってくる。
当時余裕の無かった俺は、口論になり喧嘩別れしたのだ。
しかし俺が川越に戻ってきてから数年後。
大正浪漫通りで偶然再会した俺に、彼女は一万円札を強引にポケットへ捻じり込んできた。
俺との縁が切れたと思った彼女なりの配慮。
いつまでも過去のいざこざを引き摺るのもよくない。
昼に鰻でもご馳走しようと家を出る。
するとちょうど小林澄夫さんの奥さんである加代子おばさんが歩いてきた。
澄夫さんが亡くなったのがおそらく去年。
俺は加代子おばさんへ声を掛けた。
「お久しぶりです、加代子おばさん」
「……、智ちゃんかい? 大きくなったねえ」
「岩上整体の時に来てくれたじゃないですか。もう随分前になりますけど。それで澄夫さん亡くなったと聞いて、今まで線香もあげずに大変申し訳ございませんでした」
ずっとスーツの内ポケットに入れたままの香典を取り出して渡す。
「そんなのいいんだよ」
「いえ、駄目です! せめてこのぐらい受け取って下さい! お願いします!」
深々と頭を下げる。
一分ほどそうしていると、加代子おばさんは優しく声を掛けてきた。
「ありがとね、智ちゃん……」
「俺…、本当に小さい頃からずっと可愛がってもらって…、でも…、澄夫さんが亡くなったと、その時はまだ横浜にいて全然知らなくて…。だからずっと香典を持ち歩いていたんです」
「ありがとうね……」
少しだけ救われた気分になり大正浪漫通りへ向かい、伊藤久子と合流。
通り沿いにある鰻の小川菊へ行こうと思ったが、もの凄い行列だった。
近辺にはまだ鰻屋があるので、仕方なく別の店へ向かう。

通りの突き当たり商工会議所の向かいにある『林屋』という店が比較的空いていたのでそこに決めた。
最初は彼女の家によく遊びに来ていた当時小学生のオーちゃんの話になる。
俺が無職時代で、二度目の歌舞伎町へ行く前の話。
家のクリーニングを不当解雇されたパートの伊藤久子のところへ顔を出した。
俺も協力するから親父たちへ不当解雇だと戦おうと提言するも、揉めるのは嫌な彼女は大人しく引き下がる選択をした。
親父と同じ年の伊藤久子の仕事状況が、どうなったのか気になったのである。
聞くと、現在介護施設の調理を始めたようだ。
「智ちゃん、気に掛けてくれてありがとね」
俺が整体をした時に祝い金を持参して来てくれたのだ。
それ以降も患者として定期的に来てくれた恩がある。
家業と関係無くなったとはいえ、そのままそうですかという訳には行かなかった。
介護施設以外にも市役所へ申し込み、ベビーシッターの仕事も引き受けたらしい。
ある日呼ばれたので訪ねると、まだ幼稚園くらいの男の子がいた。
名前をオーちゃん。
美容師をするシングルマザーからの頼みでベビーシッターをする事になったようだ。
俺は以前百合子の弟家族の子供で散々あやしに行った龍星用に過去たくさん作ったDVDのコレクションを持っていく。
昔の戦隊モノや各種映画、プロレスの映像が五十枚以上あるので、幼いオーちゃんは目を輝かせ喜ぶ。
伊藤久子一人で、幼稚園生を面倒見るのは大変だと判断したのだ。
彼女はお礼にと、三人で安い焼肉の食べ放題の店へ連れてってくれる。
「よく考えると不思議なもんだねー」
「何がです?」
「私と智ちゃんとオーちゃん…、六十代に三十代、それから十代にもならない三人の組み合わせだけど、親子でも何でもない。でも周りの客から見たら、家族にしか見えないでしょ」
「そういえばそうですね」
まだ何も分からないオーちゃんは、がっついて肉を頬張っている。
いくら安いとはいえ三人分の会計をしたら、今日の稼ぎじゃ足りないだろうに……。
それで伊藤久子はご馳走してくれた。
彼女なりの感謝の証だったのだろう。
まだあの頃の俺は三十代後半。
もう十年近く前になってしまうのか……。
未だオーちゃんは、たまに連絡をくれているらしい。
ただ高校を途中で中退してしまい、仕事もすぐ辞めてしまうようだと暗い話題を聞く。
うな重をご馳走しながら、俺の現状を根掘り葉掘り聞いてくる彼女。
以前裏稼業の事を正直に話して揉めたのだ。
適当に誤魔化しながら話す。

親のように俺を心配したい気持ちは分からないでもない。
しかし、過去俺の小説を罵倒され、横浜の時も根底を覆されたのだ。
話はくどくどと長くなる。
もう俺には母親もいない。
彼女がその立ち位置代わりになりたいという思いは分かる。
でも俺が理想とする母親像は違う。
この店の近所にいる加賀屋のおばさん、または森昇のお袋さんになってしまうのは仕方ない。
内心そう思いながら話を聞いているのが苦痛になってきた。
突然首が寝違えたような痛みを覚える。
自身の細胞が警告でそうしたように思えた。
俺は首の痛みを説明しながら、会計だけ先に払い店を出る。
罪悪感を覚えたが、自分の心の気持ちを考えるとしょうがない。
不思議と部屋で安静にしていると、気付けば痛みは無くなっていた。
うな重だけでは腹一杯にならなかった俺は、本川越駅岩上整体跡地の斜め向かいにある『ホワイト餃子』へ行く。
ここも昔は弁当屋だったんだけどなあ……。

店内のメニューを眺めながらホワイト餃子にメンマを頼み、酒を飲む。
ちょうどひろみから連絡があったので、ここの餃子を食べたいか聞いてみる。

冷凍のまま郵送もしているので、俺は九州へ向けて餃子を送った。

揚げるような状態で作るホワイト餃子。
カウンターだけの手狭な店じゃなければ、もっと利用頻度も多くなるのに残念だ。

帰り道、クレアモールのいつものゲームセンターへ寄り、UFOキャッチャーですみっコぐらしの景品をまた取る。
あとは出勤時間まで部屋でゆっくりしてから新宿歌舞伎町へ向かった。
またいつもの一週間がこれから始まる。
二千十九年八月二十七日、火曜日先負。
仕事明けいつものようにタカってくる山ゴネス。
本当にコイツは節操がない。
あまりにもしつこいのでセントラル通りにあるカレー屋ココ壱番屋へ入る。
ここでもビールを注文するので、怒鳴りつけた。
お陰でカレーの写真を撮り忘れ、ひろみにここへ来た証明の為わざわざポタージュスープも追加で頼み撮影をする。

店を出てもあとをついてくるのでリカーショップ『信濃屋』へ退避した。
いつものスコッチウイスキーの置いてある棚を見ると、グレンリベット二十五年があるので写真を撮る。

三万五千九百円もするのか。
山下などに奢らず、コツコツその金を貯めていれば買える金額なのになあ……。
二千十九年八月二十九日、木曜日大安。
仕事帰りに山ゴネスを振り切り、真っ直ぐ川越へ向かう。
ついついすみっコぐらしの商品はないかと探す俺。
デパート丸広手前にある文房具屋『キムラヤ』の前を通り掛かると、すみっコくじというものが目に入る。

一回六百二十円もするのかよ……。
まあ二千円で三回ぐらい引いて、ひろみへ送るものにするか。
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