闇 382(地獄めぐり回想編)
『闇 382(地獄めぐり回想編)』
2025年10月19日(日)
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闇シリーズ

2025/10/21 tue
前回の章

二千十六年十一月三十日、水曜日赤口。
夕方になり本川越機へ向かう。
行先は新宿歌舞伎町。
特急小江戸号へ乗り、リラックスシートを後方へ下げる。
川越から新宿へ通っていたいつものルーティーンだったあの頃。
四十五歳にして、まさかこうなるとはな……。
いや、当時を振り返ってもしょうがない。
今はいち早くまた仕事をして金を稼ぐ。
そしてまず岡部さんへ二十万円を返さなきゃ。
これまでのプライドもすべて捨てろ。
こだわりがあるから衝突が生まれる。
それならはなっからそんなこだわりを持たなければいいだけ。
おそらく俺が回される職場はインターネットカジノになるはず。
何でもいい。
給料さえちゃんとくれれば、それだけでいい。
横浜での一連のジェットコースターのような生き地獄。
あれはもう少し回避できたのではないか?
谷口へあの時の話し合いで、矢田部の事を言わなかったら?
いや、そもそも十二時間一万円と日払いを下げられた時点で破綻もいいところだ。
ではイワカミ工業では?
あれだって青野が仕事を飛んだ時点で破綻。
俺にどうする事もできない。
唯一心残りなのが三田のインカジ『ハッピー』である。
失敗の原因は三つ。
俺が従業員へ甘過ぎたのだ。
遅刻、無断欠勤をしたならその分の時間をやらせれば良かっただけ。
すべて店を回す為に自分がと身体を酷使した結果がこれだ。
二つ目は坂本に金を貸してしまった事。
二俣川の一連の流れへ繋がったのは、すべて坂本のせい。
娘の給食費を払えない?
家賃を滞納している?
肩代わりして俺が自分のヤサを追い出されるなど、本末転倒もいいところだ。
あのように金へ詰まるような人間へ貸した俺の痛恨のミスである。
三つめが雅だろう。
妖艶な魅力を持っているのは認める。
ただ仕事だからとちゃんとやらせれば良かったのだ。
眠いから個室で仕事中に寝る。
給料が出ているのにあり得ない事を黙認した俺。
結果起こそうとした時にムラムラしてしまい、あの女の胸を触った。
そこだけが俺の汚点である。
あれだけ忙しく金だけは稼げていたのだ。
福富町の近くへマンションを借り、そこへ家の無い雅を引っ張り込み普通に抱けば良かったのだろう。
「……」
いやいや、何を俺は考えている?
魔性の女、雅。
俺の事を○○○○組若頭の三田へ泣きながら訴えるような女だぞ?
一歩間違っていたら、俺は洒落にならない悲惨な目に遭っていた。
美味い店だって色々連れて行きご馳走をした。
仕事面で融通も色々測った。
しかしまるで感謝がないから、あのような行動をできる女なのだ。
今後二度と関わらない。
相手にしないのが一番である。
戸田の旭総建工業はどうしたら回避できた?
あれは最初から関わってはいけなかった案件。
それに尽きる。
坂本のせいでレオパレスのマンションを強制退去させられた時点で、川越へ帰っていれば傷は浅く済んだのだ。
一ヶ月半で一万五千円って、本当に人間死ぬぞ、あのクソ野郎が……。
「……」
結局のところ、俺がすべて悪い。
まともな人間を育てようとした。
ルールも筋もあいつらの前じゃ、ただの飾りだって分かっていたのに。
教えた瞬間に裏切られる。
甘くすれば舐められ、厳しくすれば逃げる。
あの街じゃ『普通』であること自体が異常なのだ。
それでもまだ、まともに働ける奴を信じてしまおうをした俺。
それが一番の欠陥。
そんな事を考えている内に、電車は西武新宿駅へ到着した。
待ち合わせ場所はセントラル通りにある喫茶店の『マイアミガーデン』を指定された。
駅を出て海老通りへ入る。
時刻を見るとまだ四十分前。
さすがにまだ来ていないよな。
俺は一番街通りまで出ると、時間潰しに歌舞伎町内をウロウロ徘徊した。
元コマ劇場前のゴジラホテルへ出る。
かつてこの街の中に三軒あったロッテリア。
今はでは一軒も無くなり、同じように三軒あったマクドナルドですらペペの前の一つだけになってしまった。
世の中の早い移り変わり。
時代の波に果たして俺はついていけるのだろうか?
「あれ、岩上さん」
声を掛けられ振り向くと、新宿のオーナーである酒井さんが立っていた。
「お久しぶりです。数々の非礼を申し訳ありませんでした」
詫びながら深々と頭を下げる。
過去にインカジ『餓狼GARO』と池袋の『バラティエ』を辞めた事。
○○会の秋田を殴ったあと、百万円を貸してもらった事。
この人には頭の上がらない恩義があった。
そしてこれからまた酒井さんのグループで働こうとしているのだ。
「岩上さんは、もう少し辛抱強くならないと駄目ですよ。根間と猪狩ももうすぐ来ると思いますよ。私は所用があるので、これで失礼しますね」
「はい、よろしくお願い致します」
辛抱強くか……。
あの地獄を実際に潜った人間でないと、あの辛辣な環境は分からないだろう。
自分ではかなり我慢強く頑張ったとは思うが、他人から見れば、俺は仕事をすぐ辞めて転々とするイメージしか持たれないよな。
実際何個の仕事をこの数年で変わった?
仕事ができるではなく、飽きっぽい短気な性格と見られても仕方がない。
酒井さんが去ると、鰻屋のうな鐵の方向を眺めた。
○○会のクソヤクザ秋田……。
あの屑に出くわしたら、咄嗟に手が出るかもしれない。
屈辱的な阿鼻叫喚から一年以上経つが、俺の静かな怒りは未だ根底でマグマのように煮え滾っている。
何故また歌舞伎町を俺は選んだ?
もちろん自身の再起が一番であるが、秋田を見つけたら然るべき報いを与えたいのだ。
カメラの無い路地裏へ引っ張り込み、打突改で首の第三頸椎を破壊する。
あのクソヤクザは半身不随にしないと気が済まない。
暴力や報復からは何も生まれないのを自覚している。
だが、あいつだけは別。
何度も辞めると言ったゲーム屋を辞めさせず、無茶な要求で金だけ窃取され続けたあの頃。
警察へ行かず金を大人しく払ったのも、こうしてまた堂々と歌舞伎町を歩く為だったのだ。
やられたままビクビクしながら臆病に生きていけるものか。
あくまで見掛けたらでいい。
俺の暴威はその為だけにある。
約束の時間まで十五分前。
俺はタバコを一本吸ってから、セントラル通りへと向かった。
約束の時間まで十五分前。
俺はタバコを一本吸ってから、セントラル通りへと向かった。
喫茶店なのかイタリアンの店なのか分からない『マイアミガーデン』のドアを開ける。
「何名様でしょうか?」
「あとから二人来ます」
「畏まりました。それではこちらへどうぞ」
席へアテントされ、腰掛ける。
タバコへ火をつけた。
奥の席に以前揉めたキャッチの銀次の姿が見える。
こんなところで油売ってないでとっとと外に立ってキャッチの仕事していろよ、屑が。
俺が猪狩の『餓狼GARO』でまだ働いていた頃、銀次らキャッチ集団は本当にマナーの悪い客だった。
負けると大騒ぎし、店へ当たる。
以前エレベーターで帰る際、八つ当たりで箱を蹴飛ばし停めた騒ぎも起こした馬鹿。
数年前でもあの時の光景ははっきり覚えていた。
二時間ほどエレベーターに閉じ込められた形の銀次らキャッチ軍団。
「テメーよー、ふざけんなよ!」
解放されると俺に八つ当たりで文句を言ってきたが、自分たちでエレベーターを蹴飛ばして止めたのだ。
「原因はあんたらだろ? しかもうちの店の営業妨害にもなっているし。なんならお互いのケツモチ同士呼んで、白黒ハッキリさせようか? あんたらのせいで、エレベーター使えず客が来なかったんだからな。客だからって理屈で、すべて許されるなと思うなよ?」
「……」
図星をつかれ、黙る銀次。
そのまま背を向けて去ろうとしたので、声を掛けた。
「おい、都合悪いと黙ったまま逃げるのか? おまえがキャッチやっている場所は知ってんだぞ? そうやって逃げるなら、とことんやるるぞ?」
銀次は振り返り、下を向いたまま「ご迷惑をお掛けしてすみません」と謝る。
「同じ歌舞伎町を根城にしてんだからさ、もっと気持ちよく遊ぼうよ。もう俺からはこれ以上何も無いから」
銀次は一礼し、去っていく。
「ふー」
ゆっくりと煙を吐いた。
もう五年六年になるのか……。
まだこの街で生き残っていた事に驚く。
タバコを吸い終わり、入口へ視線を向ける。
根間と猪狩が店へ入ってくるところだった。
立ち上がり一礼をする。
「あ、お掛け下さい。まずですね…、あ、アイスコーヒーを三つ下さい」
数年ぶりに見た根間の印象は、以前よりも太った感じに見えた。
体格が一回り大きくなったように思えるが、健康的ではなく何か病気なんじゃないのかと勘繰ってしまうほど。
のそっと巨体を揺らしながらソファへ腰掛けると、無言のまま猪狩も続く。
運ばれてきたドリンクを黙ったままストローで啜り、何も言わない根間。
履歴書を手渡そうとすると、手で制された。
「岩上さんの経歴は分かっているので大丈夫です。それより酒井さんから言われたんですが、うちを辞めてから…、そうですね…。新宿で岩上さんのお店の事は私も分かっていますので、そのあとの経緯を掻い摘んで話してもらえますか?」
俺とは過去に因縁のある二人。
できれば関わりたくないだろう。
何とも言えない表情を見ていて、何となく分かった。
しかしオーナーの酒井さんの鶴の一声で仕方なく動いている感じだ。
「根間さんは自分がうな鐵前の○○会のゲーム屋にいたのは知っていましたっけ?」
「ええ、ヤクザを殴った事も、酒井さんから金を借りた事も聞いてます」
「それならその部分は省略して、横浜へ行った時の話を簡略的にします」
「お願いします」
「まず横浜の福富町にあるインカジの店の立ち上げで行きました。始めは順調でしたが、名義が店の金を抜いてばかりでした」
「え? 名義が店の金を抜いてばかり? 意味が分からないんですけど……」
「そのままです。例えば自分が呼んだ客を後付けでキャッチが入れたように伝票を細工して、自分の懐へ金を入れる。他に従業員が辞めてもいる体で、給料をがめる。キャバクラへいく金を経費と称し、月で百万以上の金を抜いていました」
「ちょっと待って下さい! そんな事が通る訳ないでしょ!」
激高する根間。
当たり前の反応だ。
普通ならあり得ない状況。
「それが数ヶ月もまかり通っていました。何故ならオーナーとその名義は、古くからの友人なようでして……」
「もう少し短くお願いします」
「すみません。少ししてオーナーから自分に二軒目をすべて名義からやらないかと言われ、それを受ける前にその名義の悪事をすべて話しました。その辺の経緯は酒井さんや新堂さんも知っているかと思います」
「ええ、それで?」
「翌日店へ行くと、何故か自分が悪者になっていて、日払いも十二時間一万にされて辞めました」
「はあ? 十二時間一万? 何ですか、それは?」
その反応も当たり前だろう。
警察に捕まる恐れのある裏稼業で、時給千円にも満たないのだから。
「分かりません。何かしらの裏工作でもあったんでしょう」
根間は黙り込んだ。
ストローの先で氷をつつく音だけが聞こえる。
「……。それでこちらへ戻ってきたと?」
「いえ…、かなり短めに話してはいるんですが、ざっくり言うとあと三つほどあります」
「あと三つ? ちょっと待って下さい。すみませーん、アイスコーヒーお代わり下さい」
「省きますか?」
「いえ、聞きましょう」
隣りにいる猪狩は終始無言のままだった。
キャッチの銀次が店を出て行く。
通り掛かった瞬間目が合う。
周りに人間へ分からないよう軽く会釈をして消える。
「あ、岩上さん、気を使わずタバコ吸いたいなら吸って下さい」
「ありがとうございます」
セブンスターへ火をつける。
根間は電子タバコを取り出し口へ咥えた。
「あ、根間さん、電子へ変えたんですね」
「そんな事はいいから、続きを話して下さい」
まだ過去の確執で俺に対する恨みが残っているように見える。
「すみません。では話します。えーと、簡易的に言えばいいですよね?」
「ええ、短めに早く話して下さい」
「インカジを辞めた俺は会社を作りました」
「はあ? 会社? 岩上さんが? 何で?」
吹き出しそうになるのを懸命に堪える。
裏稼業から会社設立。
誰が聞いても似たような反応になるだろう。
「前の店で常連の太客で、建築業の社長がいたんです。その人に声を掛けられ、協力してもらい会社を作りました」
「え、ごめんなさい。意味が分からないんですけど?」
だから詳しく話さないと分からないと言ったのになあ……。
「会社と言っても屋号で、従業員は自分一人だけの小さな会社です」
「何の会社なんですか?」
ずっと黙っていた猪狩がやっと口を開く。
さすがに興味を示したようだ。
「首都高の湾岸線で……」
「え、何で首都高がそこで出てくるんですか? おかしいじゃないですか!」
声を荒げる根間。
自身のこれまでの経験を駆使しても、まるで結びつかないのだろう。
「ですからその協力してくれた社長の知り合いを通りして、その現場へイワカミ工業という会社として入り、橋梁工事の仕事をしたのです」
「橋梁? 何ですか、それ?」
「よくテレビCMで高速道路の工事がって、流れるじゃないですか。あの工事です」
「それが何で、歌舞伎町にまた戻る流れになったんですか?」
だから全部で四つあると最初に言ったのに……。
「簡単に言うと、紹介者の現場監督が仕事でミスをして飛んでしまったんですね。それでイワカミ工業も紹介者不在になってしまったので、仕事を失い崩壊しました」
「……」
黙り込む根間。
「岩上さん、あとまだ二つあるんですよね?」
代わりに猪狩が聞いてくる。
「ええ、あとインカジと塗装業の話です」
「お腹減りませんか? ピザ食べません?」
「あ、いいですね。自分も頂きます」
「すみませーん、店員さん」
根間は店員を呼び、ピザを二枚注文した。
タバコの火を消す。
水を一口飲む。
ひと呼吸おいて口を開く。
「イワカミ工業崩壊後、すぐに○○○○組の若頭がですね……」
「は? 若頭? 何で? 横浜って確か○○会一色の土地ですよね? 何で関西の○○○○組の若頭がいきなり出てくるんですか? あそこニュースでもやってましたけど、去年分裂したばかりでしょ? それが何故横浜でしかも岩上さんに……」
「元々横浜のインカジって、九割以上客がヤクザばかりなんですね。自分が二千十四年に新宿へ戻ってきてインカジの店をやるまで二年間向こうにいたんです。そこでたまたま仲良くなったヤクザ者の女がいまして……」
「いや、岩上さん! 混乱するので、何故○○○○組の若頭が急に出てきたの? 何故横浜にいるのかをまず教えて下さい」
略せと言ったり、細かく話せと言ったり、本当注文の多い人だ……。
話をはしょると絶対に細かく聞いてくるから、これでもかなり整理して言っているのに。
「まずですね、○○○○組の若頭は横浜出身らしいんです。つまり○○会のヤクザとも元々仲がいい訳です。そういった繋がりもあり、ヤクザの女からイワカミ工業崩壊連絡があったんです」
「……」
ようやく聞く態勢になる根間。
「お待たせ致しました」
目の前にピザが置かれる。
「どうぞ、つまみましょう。あ、店員さん、アイスコーヒー三つ」
「あ、俺はココアがいいな」
「猪狩はココア? ホット?」
「うん、温かいの」
「すみません、アイスコーヒー二つの、ホットココア一つ下さい」
「畏まりました」
タバスコをビチャビチャにピザへ掛ける根間を見て、この異様な太り方は食生活からかもと思った。
「それで若頭が岩上さんと接触したと?」
「ええ、インカジを出したいのでアドバイスをくれと言うので話していましたが、その店の従業員舎弟のヤクザしかいないんですよ」
「え、ヤクザが従業員? 現役の?」
「ええ、それじゃすぐ潰れるなと思い、自分が店長としてその店に入りました」
「なるほど…、あ、すみませーん。おしぼりもらえますか?」
口の周りを拭いたあと、根間は電子タバコを吸う。
その間、俺はタバスコの掛かっていないピザを一枚食べた。
「新たなインカジを流行らせたまでは良かったんですが、自分以外ヤクザです。毎日何時間も遅刻する従業員。急に休む従業員。時間通りに来ないで早く勝手に帰る従業員…。そんなのばかりだったんですね」
「そんなんで店なんて回せないでしょうが」
「ええ、その通りです。だから自分が一人で四十四時間働いたり、次は十八時間働いたりと一ヶ月半休み無しで回しました」
「え、四十四時間? あり得ないでしょう、そんなの」
「ちょっと待って下さい。証拠ありますから」
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