恋愛万事塞翁が馬【矢沢先生】①
「さて、黒板のこの文字が読めますか。柊くん」
ウトウトしていた生徒――柊くんをズバリと当ててみる。
柊くんは静かに椅子を引き、慌てることなく黒板を確認した。
「人間万事塞翁が馬、です」
「意味は?」
「ものごとは見方によるということです」
明瞭完結に解答するさまは、凛としている。
ただしそれは授業中と男の子に対してのみ。
とくに隣の女の子に対しては人見知りが激しいらしく、素材が良いのになんとも勿体ない限りだ。
「その通りです、ではこの解説をしましょう。
あるとき、昔の中国の塞に住む老人の馬が逃げました。みなは落胆しましたが、その老人は福があるかもしれない、といいました。するとしばらくして、逃げた馬が駿馬を連れて戻ってきたのです。みなは喜びましたが、今度は老人は災いがおこるかもしれない、といいました。やがて老人の子供がその駿馬で落馬して足を折り、みなは心を痛めましたが、やはり老人は福があるかもといいました。
――その後、老人の子供は怪我のおかげで兵役を免れて命が助かったという由来があります」
そこまで話すと柊くんに座って良し、と合図する。
「ようするに、不運だと思ったことがあとから幸運につながったり、幸運だと思ったことが不運にも思えることです。なにごとも、幸運か不運かは容易に判断しがたいということですね」
私の解説に頷く生徒、ぼんやりとしている生徒と二手に分かれているようだ。
いつものことではあるけれども。
「つまり今日先生が傘を忘れたことも、あるいは塞翁が馬なのかもしれません」
「センセー、それは流石に無理あるって!」
軽く茶々を入れてくる柴田くん。
彼を切っ先にドッと笑いがおこる雰囲気はいいものだ。
本日の朝礼も通常運転、と見わたすと柊くんはわずかに他と違う反応を示していた。
ふと一瞬だけ、私の方を見て何かを考えていたような――?
「では授業に入りますが」
気を取り直して、本日のメインイベントを告知することにする。
「これから抜き打ちテストを開始します」
私の言葉に、星野さんの表情が固まった。
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