12.ちんこの神バアル
画像はhttps://bibleatlas.org/full/canaan.htmより転載。
カナンの地へ
旧約聖書に出てくるアブラハムは、ユダヤ教の始祖といわれています。
アブラハムの子はイサク、イサクの子はヤコブです。
ヤコブはのちにイスラエルと改名します。聖書に出てくる人名はすべてそうなのですが、イスラエルさんの子孫が住む土地をそのままイスラエルと言ったりします。
神は、「選ばれし民」であるイスラエル人たちに、約束の地を与えるという申し出を行いました。約束の地とはカナンのことです。地理的には現在のパレスチナ地方に当たります。

カナンはイスラエルと同じく「カナンの子孫が住む土地」なのですが、カナンはハムの息子なので呪われています。そして呪われた者の子孫は、当然呪われた邪悪な者たちです。カナンは邪悪な地です。
創世記の十五章で、神はアブラハムに息子ができることを告げます。さらに神は、アブラハムの子孫は見知らぬ土地でよそ者になり、四百年間その土地の支配者に仕えたあと、「多くの財産」を得、四代目にはカナンに戻ってくる、と預言します。有名な出エジプトです。
神はまたアブラハムに、息子イサクを生贄に捧げるよう求めました。
邪教の神々と同じ要請をしています。世界の創造主、唯一神も、やはり邪悪な神だったのでしょうか。
タルムード(ユダヤ教の聖典とされる書)の賢人たちは、「子供の生贄は許されない」ということを人類に知らしめるためのエピソードなのだ、という捉え方をしました。
実際は、「アブラハムよ、アブラハムよ」と神は語りかけ、生贄行為をやめさせます。アブラハムが神を恐れているかどうかを知りたかったのです。
逆に言うと、人類は当たり前のように子供の生贄を捧げつづけてきたということになります。

ここまでは順調なのですが、アブラハムの子孫のイスラエル人たちは、エジプトからの脱出後カナンに入ると、その地の宗教を取り入れ、人身御供を含む邪教の儀式を行うようになってしまいました。
エジプトから脱出できたのは神のおかげなのに、です。
アブラハムの子ヤコブ(イスラエル)は、のちにイスラエル十二部族となる十二人の息子をもうけます。十二という数は十二星座と同じですので、十二部族もそれぞれ星座に神秘的に関連づけられます。
なぜわざわざ星座に対応させるかは、先に書いたとおりです。
ヨセフはイスラエルのお気に入りでした。ヨセフは太陽と月、そして十一の星が自分の前にひれ伏す夢を見ます。兄弟たちはヨセフに嫉妬し、奴隷としてエジプトに売ります。
その後ヨセフは夢見(夢占い師)として出世し、ファラオに仕えることになるのですが、そのころイスラエルの地では飢饉が起きていました。イスラエルと十一人の息子たちは仕方なくエジプトに移住します。
数世紀後、ユダヤ民族はファラオやエジプト人が脅威を感じるほどの存在となりました。ファラオは抑圧を加えるのですが、神はまだアブラハムとの約束を果たすつもりだったので、モーセを遣わし、イスラエルの民を解放するようファラオに嘆願させました。
神はエジプト人に何度も苦難を与え、パロ(ファラオ)はついに譲歩します。モーセはイスラエルの民を率い、紅海を渡り、約束の地へと北上しました。
イスラエルの民はカナンの地で異教を取り入れる、と聖書にありますが、カナンに入る前からすでに、金の子牛というかたちで邪神を崇拝していました。

モーセはシナイ山で十戒の石版を受け取るのですが、なかなか山から帰ってこないため、民は懸念を抱き、モーセの弟アロンにこう要求しました。
さあ、わたしたちに先立って行く神を、わたしたちのために造ってください。わたしたちをエジプトの国から導いた人、モーセがどうなったのかわからないからです。
アロンは金のイヤリングを集めるように言い、それらを溶かして子牛の像を造り、みなに言いました。
イスラエルよ、これはあなたたちをエジプトの地から導き出した神である。
なぜ牛なのでしょうか。エジプト人は冥界の神オシリスをオリオン座(狩人ニムロデ)と同一視していました。オリオン座の隣は牡牛座です。聖なる牛アピスは、オシリスの牡牛とも呼ばれます。イスラエル人はエジプトにいましたので、そこから来たのかもしれません。

邪教のお祭り騒ぎを見たモーセは、十戒の石版をたたき割ります。「お祭り騒ぎ」というと穏便な感じなのですが、実際はおなじみの乱交パーティーです。男女を問わないフリーセックスを行い、赤子の生贄を捧げ、その肉を食いました。
神の教えに背き、聖なる言葉(石版)を失い、いわゆる偶像崇拝、邪教に染まったイスラエル民族。すると「ユダヤ教とはなにか」という話になります。
そしてちんこへ……
神はまだ、アブラハムとの約束を守るつもりでした。神はイスラエルの民がエジプトから解放されたあと、カナンの地を征服するよう命じます。
聖書にあるように、カナンには巨人アナキムが住んでいました。邪悪なカインの娘たちと堕天使たちの子孫です。
結局イスラエルの民はカナンから巨人を追放するのですが、本当に巨人など存在したのでしょうか。
巨人といえば、有名なのはペリシテ人のゴリアテです。ダビデとゴリアテのゴリアテです。これはアナキムの子孫でした。
紀元三十七年生まれのユダヤ人著述家、フラウィウス・ヨセフスによると、当時のパレスチナには「巨人という種族が残っていた。体が非常に大きく、顔つきがほかの人間とまったく異なっていたので、見る者を驚かせ、聞く者を恐がらせた」のだそうです。
巨人を追い払ってカナンの征服したあと、神はイスラエルの民に、邪教の崇拝をやめるようはっきりと警告しました。
申命記十八章には、オカルトの習慣についての記述があります。
あなたがたの神、主があなたがたに与えようとしておられる土地に入っても、そこにいる国々の憎むべきやり方を真似ることを学んでならない。あなたがたのうちで、自分の息子や娘を火で生贄に捧げる者、占いや魔術を行う者、お告げを解釈する者、魔術に携わる者、呪文を唱える者、霊媒や霊能者、死者に相談する者を見出してはならない。
イスラエルの民はどうしたでしょうか。実際は、カナンの邪神バアルと、妹であり妻であるアスタルトの崇拝を取り入れてしまいました。
カナン人の宗教もバビロニアと同じく三位一体で、父のエル、エルの娘アスタルト、息子バアルからなります。つまり邪神、サタン崇拝です。
エルというのは単に神という意味で、神の子たちという意味もあります。神の子といえば天使です。ミカエル、ガブリエル、とすべてエルで終わるのはそのためです。ちなみにバベルもです。
聖書では、ニムロデはバアル、マルドゥクとも呼ばれます。マルドゥクは別名ベルといいます。バアルも別名ベルといいます。
ちなみにクリスマスベルはこのベルから来ています。
バアルは牡牛の姿であらわされます。カナン人は春分の日、冥界からの神の復活を祝う祭りを行っていたのですが、神の復活の際、太陽と金星が牡牛座に昇ったことで、バアルは牡牛の姿になりました。
後世、バアルの叙事詩というものがウガリットの古代遺跡で見つかりました。これがエヌマ・エリシュの記述と多くの共通点があり、当時の邪神の基本的な「設定」が書かれていました。
バアルは母なる大地(女神)を肥やして生命を生み出す天空神、または雷神です。セミラミスを肥やすタンムズ、ということで、バアルはしばしば柱の形をしたちんこの像で象徴されます。
現在の日本にも塔やオベリスクがそそり立っています。

そのままの形をしている「オブジェ」もあります。

ワシントンDCにも堂々とそそり立っています。わたしたちは観光客として、邪教のちんこを崇拝しにいっているのです。
またバアルは、女神アスタルトとともに「アシェラの柱」として知られる聖なる木、棒として表現されます。

これは両性具有の神の象徴です。現在も戸口の両脇に二本の柱が立っている建築様式がありますが、わたしたちは気にせず通り抜けます。男神と女神のあいだの穴を出たり入ったりします。
邪教は結局のところはセックスカルトなので、このようなおふざけ要素も含まれます。現代にも、角度によると女性器にちんこが刺さっているように見える建築物があります。
「神聖な結婚」と呼ばれる儀式では、神官と巫女が神と女神の結合を象徴するセックスを行います。バビロニアのアキトゥ祭やメソポタミアのザグムクと同じです。
申命記十八章にはこうあります。
これらのことをする者は、主にとって憎むべき者である。これらの憎むべき行いのゆえに、あなたがたの神、主は、これらの国々を、あなたがたより先に追い出される。
予言はアッシリア捕囚、バビロン捕囚というかたちで成就されます。
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