わたしはいつまでnoteを続けるのか、続けられるのか
マイトンさんの、下記の記事を読んで考えました。
……ストック持たない派なんですか。かっこいい。わたしもそうしようかな。1日に4記事くらい投稿する日がありそう(無職なので暇……)。
マイトンさんは2024年2月からnoteを書き続けているそうです。もうすぐ2年。周りを見渡すと、いなくなってしまった方が結構いるそう。
わたしがnoteをコンスタントに書き始めたのは2025年2月なのだけど、来年の今頃には、わたしも「あの人、最近とんと見かけないな」なんて思いを抱いたりするのだろうか。
かくいうわたしも、今日までの約1年間で、連続投稿を2回お休みしました。その時は「当分書かないかも」と思っていました。幸い、XやDiscordなどのつながりでnoterさんと接する機会があり、すぐに戻ってくることができたんですけど……。
いうても、最近推し活をやめるとともに、そのジャンルの二次創作から降りてるしな……。前のジャンルで約10年書いたので、直近のジャンルでも10年書きたいと思っていたんですけど、簡単なことではありませんでした。
たぶん「何年もいる」「10年いる」みたいな状態って、決意や意思だけでは成立しないんでしょうね。環境が変わって「無理だ、ペースを緩めよう」と決めざるを得ない場合もあるだろうし、日常に追われていたらいつの間にか期間が空いていたという場合もあると思います。
noteには、10年後もいたいと思っています。というか、既に6年いて、一番古い記事は3~4年前のものなので、連続投稿をやめても「小海いと」名義が生きている限りは、noteのどこかにはいます。
わたしがnoteから離れる時は、たぶん「小海いと」名義を畳む時です。でもこの名義も2016年くらいから使ってるし……。やめるイメージが湧かないです。衝動的にアカウントを削除しても、すぐ復活すると思います。
もし、SNSを取り巻く環境に変化が訪れて、note界隈の方が一斉にどこかへ移動することがあったら、わたしもそちらへ行きますけど……。たぶんわたしにとって重要なのは「noteをいつまで続けるのか」というより「小海いと名義をいつまで続けるのか」ということなんですよね。
今の子供は、幼い頃からインターネットが身近にある環境で育つそうです。であれば、わたしの老後にもたぶん、インターネットは当然のように存在します(技術の進歩についていければ)。
わたしは夫より長生きするために生きています。そして少しでも幸せに生きるために書いています。書いたら誰かに読んでほしいと思っていて、だからインターネットに公開することを続けています。
なるほど、わたしが「小海いと」名義を畳む時とは、「インターネットで誰かに読んでもらわなくても、生きていけるだろう」と感じた時なのかもしれません。それはそれで老後、その境地に至ってみたくはあります。
真に自分のために書く。
あるいは、半径30センチ以内の人のためだけに書く。
そしていつか、神様にこの筆をお返しする。
いつまでnoteにいるかは結局分からないんですけど、「書く人生でよかった」と思える最期のために、今日も何かを書き続けたいです。
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