【長澤蘆雪展】開催記念!《春の江戸絵画まつり》って何だろ?①
長澤蘆雪、大好きな画家である。
うつくしい。おもしろい。かわいい。
いろんな顔を持つ蘆雪に関する、東京ではほぼ初めてと言ってもいい本格的な美術展がまもなく始まる!

さて、そんな府中市美術館で2026年3月14日から始まる【長澤蘆雪展】は、毎年春にこの美術館で開催されてきたシリーズ《春の江戸絵画まつり》の最終回でもあるという。
そこで、最後の《春の江戸絵画まつり》でもある【長澤蘆雪展】開催記念を記念して、府中市美術館の《春の江戸絵画まつり》とは何なのか?について、調べてみた。
ずっと気になってた《春の江戸絵画まつり》
ちなみに、この美術館ともっとも深く関わったのは、いつもの日経映像の瀬川泰和ディレクターに誘われて放送作家としてお手伝いした『新美の巨人たち〜【長沢芦雪のゆるかわ子犬】』(2023年)の時である。ズバリ、長澤蘆雪の「ゆるかわいい」に焦点を当てた番組で、同美術館の学芸員である金子信久さんにお手伝いいただいた。
でも、府中市美術館と《春の江戸絵画まつり》が気になったきっかけは、もう少し前になる。1番はコレかもしれない。

この絵を知っているだろうか?
これは江戸時代の絵で『兎図』という。
これを描いたのは、徳川家光。
そう、徳川三代将軍である。
この家光、他にもこんな絵とか、

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こんな絵を描いている。

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これらが、当時のSNSでめちゃくちゃバズってた。
こんなの、歴史の教科書にも、美術の教科書にも出てこなかった。
でも、面白い!現物を見てみたい!
これらの絵が展示されたのが、2019年に府中市美術館で開催された【へそまがり日本美術展】である。

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で、思った。
なんだ、この面白い美術展は!?
そして、こんな面白い美術展を開催する美術館って、どんな美術館なんだ!?
めちゃくちゃ気になった。
でも、私は結局現地に行くことが出来なかった。原因はスケジュール上の都合だが、美術館が府中にあったことも理由のひとつだった。府中は都内だが、同じ都内でも私の普段の生活圏である23区内からは、ちょっとばかり遠い場所にある。そのせいで、往復時間がままあまあかかる。
やむなく、この展覧会については、Amazonで図録を買って楽しむことにした!
それ以降も、SNSなどで「府中で面白いことやってるぞ」という噂だけはよく耳にした。でも、翌年から始まるコロナのせいもあって同館に行くきっかけが掴めないまま、相変わらずネットで図録を買っては眺めていた。
そうこうするうちに、ふとした偶然からそのチャンスがやってきた。
2023年秋のことだ。面白そうな仕事があるたび声をかけてくれる、日経映像の瀬川泰和ディレクターに誘われて、冒頭にも書いたテレ東の番組『新美の巨人たち〜【長沢芦雪のゆるかわ子犬】×本仮屋ユイカ』の回を、放送作家として担当させて貰うことになった。
すると、私もそして瀬川Dも大の長澤蘆雪ファンということで、二人のテンションは最初から高かった。二人で和歌山県串本までロケハンに行き、私は個人的に当時九州国立博物館で開催中だった「長沢芦雪展」を見るために福岡県は太宰府まで飛んだりもした。そんなこんなで様々なリサーチをしつつ、我々は同番組でも過去に何度か取り上げてきた蘆雪の、この回のテーマとして「ゆるかわいい」を選んだ!蘆雪作品の持つ「ゆるかわいい」に徹底的に焦点を当てた番組を今回は作るぞ、と。そのため、かねてより蘆雪の「かわいい」に焦点を当ててこられた府中美術館の金子信久学芸員にも出演も含め、いろいろご協力いただいた。

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すると、いつの間にか府中市美術館とのご縁が生まれ、翌2024年春、【ほとけの国の美術】が開催されていた府中市美術館にお邪魔した。それまでに展覧会の図録は何冊か読んでいたが、現地を訪れたのはこれが初めてになる。
すると、この美術展が楽しかった。テーマはタイトル通りに〈仏教〉だが、《春の江戸絵画まつり》シリーズがずっと漂わせ続けている「江戸絵画って面白いよね!」という空気が、会場内に満ち溢れていた。これでもか、という作品数にも驚いたが、その一つ一つに観客を楽しませようとする気遣いの精神が詰まっている。楽しー!
この日から、私の中で府中市美術館への興味が急速に膨らんでいく。とくに、この数年は図録で、そしてとうとう現地を訪れた同美術館で毎年春に開催されてきた《春の江戸絵画まつり》シリーズへの興味である。この最初の訪問で、同シリーズの担当は前述の金子学芸員であり、同僚の音ゆみ子学芸員とともに同シリーズを支えていることも知った。東京の大きな美術館とは明らかに違う、手作り感のある、でも、とっても熱い情熱で包また、そんな展覧会である。
その後も、過去の展覧会の図録を集めつつ、2025年春には【司馬江漢と亜欧堂田善 かっこいい油絵】にもお邪魔した。そうこうするうちにこの春、《春の江戸絵画まつり》シリーズが最終回を迎えることになったと聞いた。まだまだ楽しみたい!⋯と思っていた同シリーズだが、突然の最終回という現実に驚きつつ、こうなったら、そのほとんどを図録で楽しんできたとは言え、大好きな《春の江戸絵画まつり》シリーズの全貌を自分なりに振り返ってみようと思った。
それがこのnoteだ。
《春の江戸絵画まつり》はいつから始まった?
どこから振り返るか?
というのがまず最初に悩んだ問題だ。
府中市美術館で毎年春に開催されてきた展覧会のチラシを調べていくと、そこに《春の江戸絵画まつり》のシリーズ名ついたのは、2012年春の【三都画家くらべ 京、大坂をみて江戸を知る】からだ。

初めて「春の江戸絵画まつり」の文字がついた!
そういう意味では、この2012年春が《春の江戸絵画まつり》の正式なスタートということになる。ところが、毎年春に金子学芸員と音学芸員が担当する展覧会ということであれば、3年ほど遡った2009年春の【山水に遊ぶ】からは、図録にお二人の名前が載るようになっている。
春開催で、金子学芸員が担当する江戸絵画の展覧会ということであれば、さらに二年ほど前の2005年春【百花の絵】まで遡ることが出来る。そんな、《春の江戸絵画まつり》の先史時代まで遡って、私がずっと図録で見てきた、これらの展覧会を振り返ってみたいと思う。
《春の江戸絵画まつり》の先史時代
さっきも書いたが、私の生活圏から府中は遠い。
そのせいで、そもそもの話、府中市美術館がいつ作られたのかを知らなかったのだが、wikiで調べてみると今から25年ほど前の2000年10月、多摩地区で初の総合美術館として開館している。意外と新しかった。
てゆーか、府中の森公園の広々とした美しい自然の中に建つ美術館の建物はそれほど古くはない。それどころか、公園との一体感はなかなか素敵なセンスである。自然に囲まれた開放感のある、とても居心地のいい美術館である。

さて、2005年春から始まる《春の江戸絵画まつり》シリーズの先史時代よりも前の時代に、ひとつ、気になる美術展を見つけた。2001年10月に開催された【司馬江漢の絵画 -西洋との接触、葛藤と確信】である。

図録表紙
司馬江漢とは、江戸時代を代表する洋画家であり、《春の江戸絵画まつり》の中心人物である金子学芸員がとくに熱心に研究している画家だと聞いている。そういう意味では《春の江戸絵画まつり》とは深い関係のある展覧会である。ただ、その後の展覧会とは期間的にずいんぶん(4年)離れているし、そもそも季節が秋(10月)だったりするので、今回は省略させて貰った。ただし、図録を見る限り、司馬江漢に関する、かなり本格的な展覧会だったことがわかる。
さて、春開催の金子学芸員がメインで関わっている美術展ということで、まずは、2005年春開催のこの展覧会から始めよう!
■00■
百花の絵
-館蔵の江戸時代絵画と関連の優品
(2005年3月17日~ 2005年4月17日)

図録表紙
この展覧会の目的はちょっと変わっている。
その目的が、図録の冒頭に書いてある
この展覧会は、近年本館で収蔵した司馬江漢の《生花図》を同時代の様々な関連作品とともにみてみようという趣旨である。
とは言え、《春の江戸絵画まつり》と全然違っているのか?
というと、そうとも言えない。図録で最初に解説をしているのが金子学芸員だし、その展覧会の内容には、《春の江戸絵画まつり》に繋がっていくような要素がちらほらと見える。なので、この展覧会についても触れておく。

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それにしても展覧会の主題でもある司馬江漢『生花図』は見事である。
江戸時代に様々な流派の絵画を学んだ江漢が、洋画を体得する前に、当時中国から伝わってきた最先端絵画である南蘋派(なんぴんは)の影響下で描いた作品だというが、ディテールや構図がとってもみずみずしい。
そして、この展覧会では、司馬江漢、亜欧堂田善、小田野直武、伊藤若冲、宋紫石、渡辺崋山、椿椿山、佐竹曙山、酒井抱一、鈴木其一と言った、のちの《春の江戸絵画まつり》で繰り返し登場することになる作家たちの作品を紹介しながら、鎖国社会でありながら、南蘋派、西洋絵画などを吸収しながら百花繚乱のごとく成長してく江戸絵画の世界を紹介していく。
この図録もめちゃくちゃ面白いのだが、紹介はこれぐらいにとどめておく。
ただ、これだけは言える。近年府中市美術館が収蔵した司馬江漢の《生花図》を紹介するために、同時代の生花をテーマにした作品を紹介するという展覧会が、すべてのきっかけになったということだけはわかる。
そして翌年、2006年の春、《春の江戸絵画まつり》の先史時代が本格的に始まることになる。
■01■
亜欧堂田善の時代
(2006年3月4日〜4月16日)

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2025年春の【司馬江漢と亜欧堂田善】でも再び登場することになる亜欧堂田善の、同美術館初出展覧会である。
「亜欧堂田善(あおうどう・でんぜん)」という、ちょっと不思議な名前の画家を皆さんは知ってるだろうか?ここで改めて説明すると⋯
江戸時代を代表する洋画家の一人だ。つまり、チョンマゲ時代の洋画家だ。そんな人たちが当時の日本にもちょっとだけいた。外国から届いた狭い狭い情報だけを頼りに「こんな感じかな〜?」と、孤独に模索しながら洋画を学び、勝手に作品を作り続けた男たちがいた。その一人が田善だ。少し前にちらっと紹介した司馬江漢の後輩にあたる。
江戸時代の洋画家には、ほとんど仲間がいない。江漢(1747-1818)も田善(1748-1822)もほぼ同時期だが、直接の交流はなかったと言われている。ネットもない時代である。微かな情報だけを頼りに田善は洋画を描き、最初はもっぱらコピペ中心だったが、どんどん作品へと昇華させていく。彼の才能に着目し、彼を抜擢したのは、「寛政の改革」でおなじみ、松平定信!一般にはゴリゴリの守旧派と言われ、NHK大河ドラマ『べらぼう』でも開明派・田沼意次の敵役だった定信だが、白河藩の殿様時代からそれなりの開明派だったという。このあたり、かなり意外である。
そんな亜欧堂田善を特集した展覧会について紹介する。

亜欧堂田善『陸奥国石川郡大隈滝芭蕉翁碑之図』のリアル版
〈1、亜欧堂田善とその周辺〉
そんな、定信に見出された田善の初期作品として紹介されているのは『七里ヶ浜図』。

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江漢が描いた『七里ヶ浜図』にはかなりのバリエーションがあるが、この時、
府中市美術館で展示されたのは、桑折町文化記念館所蔵のもので、
腰蓑をつけた二人の漁師が焚き火の前で夕暮れの空を見上げている。
上の写真は別のバージョンである。
この絵について金子学芸員は、江戸時代のもう一人の著名洋画家である司馬江漢の影響下で描かれたものだろうと言っている。司馬江漢は、田善の少しだけ先輩にあたる。私はこの絵を見ていると、江戸時代の湘南の浜辺で描いたこの作品は、侍カントリーで孤独に洋画を書き続けた田善さんの心の投影じゃなかろうか?などと私は勝手に思う。(※江漢が描いた『七里ヶ浜図』にはかなりのバリエーションがあるが、この時展示されたのは、桑折町文化記念館所蔵のもので、腰蓑をつけた二人の漁師が焚き火の前で夕暮れの空を見上げている)
そんな田善の円熟期の作品に『両国図』がある。当時の江戸随一の繁華街だった両国橋近くの風景をダイナミックな空間構成の中で描いていることを金子さんは評価している。私はこの絵が大好きだ。大都会の繁華街のけだるい午後みたいなものがそこに見えるからだ。こんなこと言ってるのは私だけだが…

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そんな田善が銅版画にも手を出して、銅版画で浮世絵とバトルするような風景画を書き始めた。面白いのは、そこに焦点当てるの?ってところに焦点を当てるところだ。『両国橋(レウコクハシ)』というタイトルの銅版画も、肝心の両国橋をほったらかして、川べりの料理屋の二階の妙に生々しい人間関係と美味しそうな料理を描いていて、その背景に広々と隅田川が広がり、その奥の遠景にようやく両国橋が見える。洋画で学んだ遠近法を徹底的に遊ぶことで生々しさの背景に爽快な風景を作っている。

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遠近法のねじれぐらいがとても心地よい!
『品川月夜図』になると、今度は夜の品川の海を広々と見晴らすお座敷である。そこに遊女が一人ポツンと海を見ている。そんな海面を月明かりがスーッと伸びている。銅版画のモノクロ世界で見事な夜を描いている。金子さんの解説を読むと、印刷方法も凝っている。

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『東都名所全図』になると、もう鳥瞰図である。遠近法という技術を敷衍させて、誰も見たことのない江戸の街の広大な鳥瞰図を描いてしまった。しかも銅版画で。

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誰もみたことのない『空から江戸を見てみよう』を描いてしまっている!
さらに『陸奥国石川郡大隈滝芭蕉翁碑之図』である。画面の多くを連続する小さな滝が埋めるこの構図を、田善の銅版画テクニックが気持ちよく弾けている。

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〈2、十九世紀の洋風表現のゆくえ〉
さて、そんな田善まつりだが、後半では、江戸絵画をはみ出そうとした浮世絵画家たちの作品も紹介している。北斎、広重と並んで、歌川国虎という浮世絵に不思議な立体感を持ち込んだ絵師も紹介している。さらに、遠近法を自在に遊ぶ歌川国芳の作品も数点。亜欧堂田善の展覧会でなんで?とも思うが楽しいからいい!洋画タッチで吉良の首を討ち取った赤穂義士を描いちゃった安田雷洲、最後には江戸末期の異端画家、狩野一信まで出している。ある意味、「春の江戸絵画まつり」の萌芽とも言うべき展覧会である。

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独特の立体感が面白すぎる!

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いろいろ気になるが、とくに気になる月明かり

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この絵、とある聖書にあった「キリストを抱く聖母マリアと
覗き込む東方の三博士の絵」に原型があったという。
雷洲、元は北斎の弟子だったらしく作品がどれも只者じゃない。
彼の作品全部が楽しい!
■02■
動物絵画の100年
1751-1850
(2007年3月17日〜4月22日)

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ここから《春の江戸絵画まつり》の先史時代はかなり明確に、ひとつの方向に向かっていく。2005年春の【百花の絵】は、府中市美術館が司馬江漢の『生花図』を購入したことをきっかけに、〈花〉をテーマに江戸絵画を読み解く展覧会だったが、今度は〈動物〉をテーマにそれを実行してみようと企画されたようだ。
ところで、「1751-1850」という年数がちょっと気になる。この年数って何だろう?まず、1751年は八代将軍徳川吉宗が亡くなった年であり、1850年は江川英龍が韮山に反射炉を築いた年だ。どうやらとくに理由はなさそうだ。実際、図録にも特別な説明がなかったので、たぶんではあるが、ちょうどいい100年間を選んだのではないか?と想像する。では、どんなちょうどいい100年間だったかを考えてみる。
京琳派を中興させた尾形光琳・尾形乾山の時代が終わり、京で文人画/南画の時代が盛り上がり、円山応挙とともに四条円山派が勃興し、江戸では「べらぼう」たちが浮世絵文化を興隆させ、奇想の画家やら、江戸琳派やら、西洋画なんかが台頭してきた時代である。江戸絵画にスターたちが咲き乱れた100年間だったと言えるかもしれない。
ネットを探したら、こんな表が見つかった。

上の表は右から左に進む。すると、1751年から1850年の間に、綺羅星のごとくスターたちが揃ってることがわかる。江戸時代は1603年から1868年までなので、だいたいその「江戸後期」ということになる。
では、なぜこの100年間の動物絵画なのか?については、金子学芸員の解説を読み進むうち、だんだんわかってくる。この頃、海外から、ゾウやラクダ、火喰鳥などの珍しい動物たちが次々と日本にやってきて見世物として話題になった。一方、蘭学の影響で本草学という学問が進み、万物を調べてリアルに描写したりすることが日本で流行した。この結果、江戸の画家たちの動物たちを見つめる視線が熱烈になったという。そして、新しい動物絵画が生まれていく。
そんな、江戸絵画の中でも動物だけを特集した、ちょっと不思議な展覧会を今から紹介する。

長澤蘆雪『一笑図』のリアル版
最初に、いきなり登場する谷文晁『亀と蝶図』が面白い。荒波の海を泳ぐゴジラのような顔をした亀の口から謎のエクトプラズムが溢れ出して、その中で様々な種類の蝶や蛾が舞い、それを真っ赤な太陽が見下ろしている、という謎すぎる絵画である。
そして、江戸時代の動物絵画と言えばやっぱり円山応挙である。天才的な技巧により『木賊兎図』や『鴨図』で精密なリアリズムの向こうにキャラクター性まで埋め込もうとした応挙が、『時雨狗子図』や『狗子図屏風』ではリアリズムをぶっ壊して「かわいい仔犬」まで絵画にしてしまう。応挙に関しては『雪中老松熊図』もたまらない。近衛はもう、とても江戸時代とは思えないキャラクター性にたどり着いている。

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この流れから、動物キャラクター性をさらに推し進めた『一笑図』や『虎図』の長澤蘆雪がいる。彼は応挙の弟子であり、師匠譲りの精細な写実画からスタートして、独自の境地にたどり着いた。若冲などの、いわゆる〈奇想の画家〉の一人にも数えられるが、府中市美術館では〈かわいい〉系の作家としてたびたび紹介されながらどんどん人気が出て、2026年春にはついに単独展覧会のテーマへと出世する。

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キャラクター性という意味では、動物を使って二次創作までしてしまった『其まゝ猫飼好五十三次』の歌川国芳がいる。画力だけでなく、豊富なアイデア力で膨大な作品を残した江戸後期の天才画家。近年では、蘆雪が「子犬」なら国芳は「猫」とまで言われるほど、猫を愛した画家であり、愛しただけでなく「猫」に関する作品も異常なほど多い。

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あと、別格で動物で宗教観を語った『虎図』の仙厓義梵。

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このあたりで伊藤若冲と葛飾北斎という二人の天才が絡んでくる。『鯉図』の北斎はその超絶技巧によってリアリズムとキャラクター性の間を遊んでいるように見える。

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『親子鶏図』の若冲は超絶技巧も得意な人だが、動物キャラクターはリアリズムを超越してしまっている。あと、個人的に興味を持ったのは、『柳下白鶏図』の宋紫石、その子で『阿蘭陀絵帖』を描いた宋紫山、さらにその子の『栗鼠図』の宋紫岡という宋さん3世代。

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初代の宋紫石は、当時中国の最先端画風だった「南蘋派」の祖とも言うべき沈南蘋に教わることは出来なかったが、遅れて来日した宋紫岩から南蘋派を学びながら、その後江戸に出て透き通ったはかなさとでも呼びたくなるような独自の美学を作り上げた人だ。
とにかく最後まで江戸時代の動物絵画が次々と出てくる。また、のちの《春の江戸絵画まつり》で常連となる歌川国芳、伊藤若冲、長澤蘆雪、仙厓義梵らがすでに登場している。まあ、ずっとニヤニヤしながら見られる展覧会だ。
■03■
南蛮の夢、紅毛のまぼろし
(2008年3月15日〜5月11日)

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今回紹介する展覧会の中では、少し異色のテーマだ。
「南蛮の夢、紅毛のまぼろし」
ちなみに、「南蛮」とはポルトガル・スペインなどの南ヨーロッパ人を、「紅毛」とはオランダ人など西欧人一般を指す言葉だ。

最初にタイトルを聞いて「南蛮」ってことは、まさに「江戸絵画」じゃないか!と思ったが、この展覧会は徹底的に「南蛮」にこだわった結果として、南蛮文化華やかな安土桃山時代から鎖国になる江戸初期までが前半で、後半は鎖国が終わり南蛮文化が日本画家たちの題材として盛り上がる明治以降の作品が並ぶ。という訳で、江戸時代の主要期間が完全にぶっ飛んでいるのだ。もちろん鎖国中の作品もあるにはあるが少ない。
非常に珍しい視点なのでとても面白い!
が、テーマ的に今回の《春の江戸絵画まつり》とは直結しない作品が多く、簡単な紹介で終わらせてもらう。

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異国趣味に耽溺中の織田信長を描いた、とってもポップな絵。
本物は淡彩色のカラー!

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不思議な魅力を放つ西洋の貴婦人が印象的!

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なんとも言えない無国籍感!

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現物の前で1時間ぐらい眺めたいほど、いろいろ気になる作品!
■04■
山水に遊ぶ
江戸絵画の風景250年
(2009年3月20日〜5月10日)

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2007年春の「動物絵画」に続いて、今度は「山水画」である。
「山水」というと、多くの現代人がいわゆる「山水画」を思い浮かべることでだろう。
そう、中国の山奥の景勝地と思われる、断崖絶壁の中を流れる大河みたいな絵である。あの種類の絵画のことを「山水画」と呼ぶようになったのは明治以降のことらしく、江戸時代まで人々は「山水」という言葉を聞くと、自然の景色全般を指したらしい。では、そんな時代の「山水画」とはどんな絵だったのか?こうして展覧会は始まる。
そう、江戸時代の人々は自然のことをどう考えていたのか?

〈自然とともに在る〉
この章では、大災害の一瞬を切り取った熊谷直彦の『騰竜隠雲之図』が面白い。

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左幅では突風で差していた傘を飛ばされた村人を描き、右幅では民家が完全にぶっ壊れて吹き飛んでいる。その描写が見事なストップモーションである上に、左幅で飛ばされた傘が右幅で飛んでいる。とてもアクティブな時間差攻撃である。
そして伊藤若冲の『石灯籠図屏風』が登場する。

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私も大好きな屏風絵だ。山の頂上あたりにある寺院の外れであろうか?スーラみたいな点描で描かれた多数の石灯籠が立ち並ぶ。その向こうに遠景の山々と見渡す限りの雲海を描く。だだっ広い空間の中に生物は小鳥が3羽だけいる。夜明けなのか夕景なのか、ただただ静かな絵である。見ようによってはこの世の終わりにも見える、とっても面白い絵だ。
伊藤若冲。美術史家・辻惟雄さんの著書『奇想の系譜』で〈奇想の画家〉として取り上げられて以降注目されるようになった江戸後期の画家。とくに21世紀以降、一躍、日本美術史を代表する画家として人気になったが、その頃に『動植綵絵』が久しぶりに完全公開されたことと、テレビが高画質放送で湧いていたことから、緻密に描き込んだ作品の印象が濃いが、必ずしもその一面ではくくれない独創性と諧謔の作家である。
〈神の国のすがた〉
国学のおかげで注目された富士山の絵が中心となる。だが、個人的には今回の展覧会の影の主役とも呼びたい小泉斐(あやる)の『富嶽写真』に唸る。

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写真とあるがフォトグラフではなく、真実を写し取った絵という意味らしい。実際に富士登山をした彼が様々な角度から富士山を描くのだが、頂上の絵がとくに凄まじい。写実を越えた迫力を感じる。それよりも面白いのは彼が富士山に登った理由である。富士山の頂上はよく3つの峰が重なったように描かれるが、本当はどうなっているんだろう?それが知りたくて登ったらしい。すげえ、と思う。そして彼は頂上に3つの突起があることを発見する。
〈中世の残像〉
狩野探幽の『富士山図屏風』から始まる。

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富士山にほとんど色を使わない省略の美学から生まれた富士山。富士山が著名すぎる山だからこそ成立する技かもしれない。結果、ほとんど着色のない富士山が美しい!そして、小泉斐の『黒羽城西之図』の色彩感覚が面白い。

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しっかりと地平線のある広大な風景全体が柿色に染まっている。その中を遠くに真っ白な小さな鶴が飛んでいる。ちょっと宗教観さえ感じそうな風景画である。司馬江漢、亜欧堂田善と並ぶ江戸時代を代表する三大洋画家とも呼ぶべき小田野直武『日本風景図』の広すぎる空も印象的だ。

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直武は秋田藩士で、平賀源内から蘭画を学び、『解体新書』のイラスト部分を担当。
のちに秋田藩主で画家の佐竹義敦(佐竹曙山)にも重用され、
「秋田蘭画」と呼ばれる一派を形成する。
〈奇のかたち〉
この章では、曾我蕭白の『月夜山水図屏風』が凄まじい。

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山水画としてもその異様な光景が魅力的なのだが、幾重にも平行に走る金色の極細水平線がまるで美しいデジタルノイズのようでたまらない!一方、左隻の垂直方向の構成が気持ちいい異常さを放っている。
『山水図押絵貼屏風』は一枚一枚もいろんな山水画の常識やバランスを打ち破っていて面白いが、全体の構成がまた、最高に楽しい音楽のように飛び跳ねている。他にも、この章は蕭白スペシャルと呼びたいほど多数の作品が並ぶ。

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曾我蕭白は、〈奇想の画家〉の一人として注目される江戸後期の画家。室町時代の画家曾我蛇足の画系に属すると自称し、落款に「蛇足十世」などとあるが、師匠などは不詳。独特の筆運びや配色で、独自の力強い作品を多数残す。
そんな蕭白に負けないインパクトを放っていたのが、鈴木芙蓉『那智瀑泉真景図』。

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この絵では、風に舞う瀑布が壮絶な世界を切り取っている。思わず声が出るほどの迫力だ。絶対に現物を見てみたい!
構図なら、東東洋の『夏冬山水図』や直武の『岩に牡丹図』も楽しい!そして最後に葛飾北斎が『不二図』で最高の構図で富士山を描いている。

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〈体感する自然、見霽かす心地〉
風景の質感にセザンヌの気配さえ感じる司馬江漢『七里ヶ浜図』や、北斎の『不二図』を思わせる構図の亜欧堂田善『墨堤観桜図』が面白い。

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〈憧憬〉
描写タッチをどんどん変えていくことで楽しい立体感を構成してる長澤蘆雪の『赤壁図』、鶴の上で直立してる仙人、波間からぞくぞく現れる亀、そして波頭の書き込みが過ぎる蘆雪の『蓬莱山図』、そして個人的に大好きな伊藤若冲の『石峰寺図』のシュールすぎる羅漢ワールドなど、個人的にたまんない作品が続く。

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あまりにも詳細な描き込みの連続なので、
現物を見ないとこの絵の凄まじさは伝わらない!

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この絵も、驚くほどの詳細な描き込みに驚く。
というより、まるで表面全体に微細な菌糸が生えたように描かれている羅漢たち、
こんな世界観、どうして思いついたんだろう?ということに驚く。
そして、曾我蕭白が大活躍する傍らで、若冲や蘆雪の楽しい作品も次々と登場する展覧会だった。そして、《春の江戸絵画まつり》で金子信久学芸員と並んで活躍することになる音ゆみ子学芸員が、二番手で図録に文章を寄せるようになったのも、この展覧会からである。《春の江戸絵画まつり》の胎動はどんどん大きくなっていく。
■05■
歌川国芳
奇と笑いの木版画
(2010年3月20日〜5月9日)

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作品が全部で二千数百点もある歌川国芳の全貌をどんな風に捉えたらいいのか?と、冒頭からいきなり嘆いている。そもそも「造形作品として魅力的なものだけが国芳の作品ではない」とまで言う。そうそう、国芳には「造形作品」を越えた魅力もある。あえていまどきの言葉で言えば、サブカル的な魅力、あるいは二次創作的な魅力も彼はたぶんに持っている。
ところが不幸にも国芳は、明治期の浮世絵専門家たちから「武者絵が得意な画家」というラベルを貼られてしまい、そのまま大正〜昭和の時代を過ごすことになったという。その歴史は昭和も後半になって1970年、辻惟雄の『奇想の研究』という書物が発表されるまで続く。この本で辻は国芳を、伊藤若冲や曽我蕭白と並ぶ奇想の画家として扱った。このあたりからようやく国芳評価のバランスが良くなってきた。
とは言え、全部で二千数百点という彼の作品数は多すぎる。だから、彼の全貌を見せることなど不可能だと結論づけた上で、今回の展覧会では「奇と笑い」、そして「木版画」というメディア特性から国芳を紹介すると、金子学芸員は書いている。

歌川国芳『相馬の古内裏』のリアル版
〈国芳画業の変遷〉
まず、国芳の歴史をたどりながら彼の作品の変遷を紹介する。
『通俗水滸伝・混世魔王樊瑞』や『本朝水滸伝・坂田怪童丸』のあたりは、まさに「武者絵の国芳」の本領発揮である。

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実際、これらの作品で国芳はあっという間に浮世絵界のスター絵師としてその名を轟かせる。これらの作品は、今で言うポケモンカードみたいなものだと思うが、まあ、楽しい!力強さだけじゃなく、ほうら、ここまでやったら面白いでしょ?という楽しさが溢れている。それが国芳の武者絵である。
一方、女性を描かせたら描かせたで、また驚くほど艶っぽい。『五行の内 西瓜の水性』なんかは、粋と生々しさとデザイン性が見事にめちゃくちゃ気持ちいい!

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天保の改革という江戸期のコンプラ規制のために『魚の心』では歌舞伎役者を、『里すゞめねぐらの仮宿』では遊女たちを戯画化し、さらに『源頼光公館土蜘作妖怪図』では天保の改革そのものまで戯画化してしまう。このあたりが国芳の真骨頂だが、彼の絵の素晴らしいところは、そんな裏の意味なんか考えなくても十分にその絵が楽しいことだ。

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『吉野山合戦』は縦三枚ぶち抜きの構図がたまらない快感だし、『山海愛度図会 ヲヲいたい』なんかは愛猫の無茶苦茶な表情と甘えられても表情を崩さない女性の落差がたまらない。

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『忠臣蔵十一段目夜討之図』は、初めて見た時思わず腰を抜かしそうになった国芳の怪作である。

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洋画のセンスで忠臣蔵討入の場面を描いたら、思わずキリコみたいになっちゃったという面白さがたまらない。この風景、どう贔屓目に見ても本所松坂町の吉良邸のあたりには見えないので、ベースとなる洋画があったのではないかと想像する。でも、国芳が凄いのは、洋画を忠臣蔵に持ってきただけじゃなく、画面左下にいる「うるさく鳴かないように野良犬にゴハンをあげる係の義士」を見て欲しい。この絵のテーマである「無音」をいろんな方法で作者は楽しんでいる。
〈国芳の筆を楽しむ〉
ここでは、珍しい国芳の肉筆画を紹介している。『納涼立美人図』などの美人画が素晴らしい!
〈もうひとつの真骨頂〉
国芳のサブカルな顔に焦点を当てる。『東都名所 かすみが関』なんか、当時流行りの都内風景画のはずだが、構図とディテールのすべてがぶっ飛んでいる。それらすべてが最高である。

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『近江の国の雄婦於兼』も私の好きな国芳作品だ。

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西洋のイソップ物語の挿絵から馬をコピペして、怪力女性のミーム「近江のお兼」さんと組み合わせてしまった結果、とんでもないバトルゲームの一場面になった。そんな作品である。
このあたりは図録を見ていても私の大好きな作品が次々と登場する。『朝比奈小人島遊』は国芳作品の人気キャラ「巨人の朝比奈」の前を、小人の大名行列が歩く。ガリバー的な世界線のようだが、どこまでもコミカルな朝比奈とただただ生真面目そうに描かれた小人の大名行列との対比が面白い。

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『相馬の古内裏』は有名すぎる国芳の代表作なので今更説明しないが、江戸後期の浮世絵でILMスタジオの仕事をやってしまった感じだ。

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さきほど『吉野山合戦』では縦3枚ぶち抜きという大技を実現していたが、横3枚ぶち抜きという大技も国芳は得意としていた。昭和時代の雑誌グラビアページなら、「見開きグラビア」からさらにもう一枚広げた「三つ折りグラビア」のセンスである。
『鬼若丸と大緋鯉』『宮本武蔵と巨鯨』『讃岐院眷属をして為朝をすくふ図』の3作品はいずれも、横並び3枚画面を使って巨大な魚類や鯨と人間の対比で見せてくれるダイナミックな作品。見開きドドドド、ドーンって感じが最高にシビれる。

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『讃岐院眷属をして為朝をすくふ図』は、上の2枚に描かれた鯉や鯨と違って、敵ではない。鰐鮫は、ピンチにあった主人公グループを救出に来た。個人的には、自◯寸前の為朝を救いに来たグレー色の烏天狗たちの姿が、天使ガブリエルっぽくて大好き!
最後に国芳と言えば、「踊る猫」の話を。
『五十三駅 岡崎』では画面下の方に、手ぬぐいをかぶって二本足で踊る猫が登場している。国芳のオリジナルキャラと言っていいだろう。

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そんな踊る猫、落書きタッチの版画『荷宝蔵壁むだ書 黄腰壁』では、落書きタッチで登場している。とても19世紀とは思えないセンスである。正直、遊び過ぎである。でも、最高だ!

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よく見ると猫の尻尾が上下にスイングしてるようにも見えるが、これは、
スイングしてる訳じゃなく、この猫には尻尾が二本ある!
二本の尻尾は猫の妖怪とも呼ばれる「猫又」の特徴で、
ひとつ前の『五十三駅 岡崎』の猫にもよく見ると尻尾が2本ずつある。
⋯ように見える。
■06■
江戸の人物画
姿の美、力、奇
(2011年3月19日~5月8日)

さて、古代、中世からの「人を描く」歴史を、江戸時代以前、つまり、中世までの人物画が何を描いてきたのか?について語る。それは、人の「特別な力」を表すためだったり、「物語/思想」を伝えるものだったりした。オマケ的に「普通の人を描く」こともあったが、だいたいは「特別な力」か「物語/思想」だった。その流れは江戸時代になってもそれほど変わらなかったが、この時代、新しい人物画の潮流が現れた、と。それが、「見て楽しむための絵姿」である、と。そう、江戸時代になって、「浮世絵」に代表される「楽しいやつ」が生まれた。大事件である!

伊藤若冲『伏見人形七布袋図』のリアル版
〈なぜ人は描くのか 何のために描くのか〉
いきなり異形の者が躍り出る。曽我蕭白の『寒山拾得図』。

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中国の故事に基づく絵画で、誰もがエキセントリックに描いてきたモチーフを、蕭白がことさら激しく描いている。この「春の江戸絵画まつり」シリーズでは【山水に遊ぶ】で大活躍した蕭白がいきなり【江戸の人物】のトップバッターとして躍り出る。なんか、だんだん《春の江戸絵画まつり》らしさが溢れてきた。
〈美の百様〉
いわゆる「美人画」が並ぶ。そんな美人画についての金子解説が面白かった。江戸時代の人物画がよく「個性がなくて類型的とも言われる」と言われるが、人気が出ると量産されるのは今でも同じでは?とまとめている。確かに、と思う。今でもアイドルの人気が出ると、しばらくの間、似たようなビジュのアイドルが量産される。グラビア写真がまだなかった時代、その方面において画家たちが保守的になった可能性を否定することは難しい。
菱川師宣『紅葉下美人図』は、楚々と美しい曲線に塗られた鮮やかな色味がポップで楽しい!

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この画質では絶対に伝わらないだろうなぁと思いつつ、
葛飾応為『河畔美人図』は、女性のリアルな色気が爽快だ。

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同じく、このサイズじゃ絶対に伝わらないだろうなぁと思いつつ、
店名入りの岡持ちを片手に佇む女性って、Uber Eats配達途中の女性と思えばいいのか。ちゃんと伝わってくる。勝川春章『見立江口君図』は普賢菩薩に見立てた遊女が、象の背中で手紙を読んでいる。絶対にありえない構図なのに無理やりリアリティを演出してるのが楽しい。

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小野通女『霊昭女図』は、しっかりと自立した女性の表情と仕草が見事に表現されていて最高だ。

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〈「迫真」のゆくえ〉
江戸時代に伝わった西洋の写実画法の影響を紹介している。
大久保一岳『伝大久保一岳像』は明治維新の14年前に描かれた自画像だが、なんかもうちゃんと自我が描かれちゃってて驚く。

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「洋画とも言い切れない」と金子学芸員も書いてる太田洞玉『神農図』は面白い。確かに、洋画とも日本画とも言い切れない、不思議な人物画である。いろんなところが何かに似ているようで何にも似ていない。でも、年末にはメリークリスマスとか言ってくれそうではある。

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そして、何かをこちらに囁いている。渡辺崋山を筆頭に、蘭学者の桂川甫賢や宇田川榕菴が競って描いた『ヒポクラテス像』も楽しい。

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〈聖の絵姿〉
この章では、「オーラ」に接したい気持ちが礼拝のための人物画を生む。と、金子先生も描いているが、そういった人物画が続く。中では、呉春『松尾芭蕉像』が面白い。没後百年という微妙なタイミングのせいか、絶妙な持ち上げ方が、ほどよいリアリズム。こんな人、いるいる。でも、すげー人、的な感じがしっかりと出ている。
〈ポーズ考〉
この章では、作者不詳の『舞踏図』にいきなり目を奪われる。ダンスの瞬間を切り取った 人間としての美しさだけでなく、この絵は舞踏としての美しさも切り取っている。安土桃山時代の華美なる衣装も美しくて、とにかく素敵だ。

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図録に載っていたものとは別幅かもしれない
葛飾北斎『花和尚図』は、水滸伝の魯智深を描いている。仕草や描写のひとつひとつが完全に振り切っている。そのくせ色遣いが妙に美しい。半裸のおっさんなのにキラキラしてる。これが水滸伝カードの一枚なら、絶対欲しくなる。そんな作品。

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月僊『仙人図押絵貼屏風』は、豊な表現力に唸るキャラクターポーズ集。独特の抜け感もいい。
〈海の向こうの不思議とロマン〉
鎖国時代の海の向こうへの憧れとして『三国志』と道教関連の人物画が並ぶのだが、この章は、蕭白コーナーと呼びたくなるほどの蕭白まみれである。曾我蕭白『琴高仙人図』は、琴高仙人のまたがる巨大な鯉が海から飛び上がった瞬間を描いている。

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本当は以下で紹介してる曾我蕭白の『中国人物図押絵貼屏風』や
『蝦蟇仙人図』の画像もアップしたかったが見つからず。
鯉の飛び上がり方の不思議な跳ね上がり方も楽しいが、琴高仙人の鯉への跨り方が楽しすぎる。鯉の前びれに両足を載せながら立ち上がっているのだが、その立ち方がほとんど「AKIRA」的でさえある。曾我蕭白『中国人物図押絵貼屏風』は、カードゲームのような各キャラクターの伸びやかな発露がたまらない。個人的には布袋がイチオシ。曾我蕭白『蝦蟇仙人図』は、とても細い縦長画面で跳躍する蝦蟇仙人を描く。最高である。並びで、他の画家たち(森周峰、太田洞玉、佐竹曙山)による蝦蟇仙人が並ぶ。みんな楽しい。

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曾我蕭白『太公望・登竜門図』なんかもずっと見てたい。あと、

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紀広成の『雲中羅漢図』も忘れられない。
〈人という営み〉
この章には、ごく普通の人々を描いた作品が並ぶ。円山応挙『元旦図』は、斬新な構図が昔から大好きな作品。

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歌川広重『命図』は、広重もこんな絵を描くんだ?という作品。とても面白い。美女二人が、鉋と手斧(右側の道具=最近はほぼ見かけない。「ちょうな」と読む)で「命」の文字の足元あたりを削っている。つまり、「命とり」って意味らしいのだが、個人的には鉋や手斧がちゃんと「命」の文字を削ってるように見えるのがツボ。そのうちポキっといきそう。

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おゝ、こわいこわい
曾我蕭白『美人図』は、恋文を噛みちぎる女。

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風景は描かれていないが着物の柄がめちゃくちゃリアルに描かれている。そしてその着物の足元、長襦袢から覗く脚が前にグイグイ歩いてる。蕭白という人の皮肉な目線が突き刺さる。
そして、なぜここに入ったかわからない作品が最後にひとつ。円山応挙『海上白骨坐禅図』。

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海の上で骸骨が坐禅を組んでいる。こんな無茶苦茶な絵を描いても、波頭から骨の一本一本までが丹念に描かれているのが、さすが応挙!
ところで、人物画の展覧会で〈人とという営み〉という章の最後にこの絵を持ってくる府中市美術館も面白い。
〈かわいい〉
そして、最終章に〈かわいい〉が登場する。金子学芸員も書いている。「江戸時代、「かわいい」という感情をテーマにした絵が出現したことは、実は日本の絵の歴史の中での大きな出来事ではないだろうか」。まさにその通りである。仙厓義梵『指月布袋図』で、仙崖がシンプルな線で描いた感情の爆発ぶりはなんだろう?とくにこの子供たち。

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長澤蘆雪『唐子睡眠図』は、ポーズや表情の妙にリアルな感じから自分の子の寝姿をスケッチしたんじゃなかろうかと言われている作品。そうそう、こんな無防備な感じ、わかる。

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他にも「唐子」の絵が続く。金子学芸員は、中国から伝来した唐子人気が、日本の「かわいい絵」を生んだんだろうと書いている。
そんな中、伊藤若冲の『付喪神図』が登場する。

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この絵は、なんだろう?「かわいい」という言葉だけでは背負えないような不思議な絵だ。西洋画のデッサンのような3次元的な光と影の組み合わせで構成されているが、各パーツはあえて2次元的なフォルムで作られている。とても不思議な造形!18世紀の作品とは思えない、オリジナリティ溢れる若冲の怪作である。
続いて、伊藤若冲『伏見人形七布袋図』が登場する。

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『動植綵絵』のイメージからもっとも遠い若冲がここにいる。みんなふわふわっといる。表情もふわふわっとしていて、かわいい。衣装の色こそ違え、似たような小さきものが並ぶと、なんとも言えない可愛らしさ漂ってくる。
さて、
ここまで紹介してきた《春の江戸絵画まつり》プレシリーズの中でも、のちのシリーズの代表的なテーマのひとつになる〈かわいい〉という言葉が章タイトルになったのは今回が初めてだ。そして、翌年春の展覧会からこのシリーズには《春の江戸絵画まつり》というシリーズブタイトルがつく。まさに、それを象徴するような〈かわいい〉の章である。
■07■
三都画家くらべ
京、大坂をみて江戸を知る
(2012年3月17日~5月6日)

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そう!そしてこの展覧会から、府中市美術館で春に開催される展覧会のタイトルに《春の江戸絵画まつり》というシリーズタイトルがつくようになる。そういう意味で歴史的な回である。
いよいよ《春の江戸絵画まつり》シリーズがスタートした!
そんな展覧会のテーマは「三都」、つまり、江戸時代に三都と呼ばれた3つの都市、京〜大坂〜江戸の画家たちを比べるという企画である。これまでの企画である「動物」「山水画」「人物画」等とは方向性がちょっと変わってきた。金子学芸員も書いている。
これまで画題に着目した江戸時代の絵画の展覧会を開催してきました。そうした中で、常に個性的な魅力を放っていたのが、大坂の画家たちでした。
そして、大坂の画家の名前を2名ほどあげている。だから大坂に注目してみたくなった、と。実際、この展覧会では、これまでのシリーズでも紹介してきた画題について、京、大坂、江戸の三つの都市ごとに微に入り細に入り分析している。こうして府中市美術館の春の展覧会が、江戸絵画の深堀りをさらに押し進めたと言えるだろう。
ちなみに私は、以前長澤蘆雪の同時代画家のことを調べていて、その時、中村芳中のことが気になった。というのも、芳中は蘆雪より20歳ほど若い大坂の画家で、江戸時代の〈かわいい〉系画家の一人である。一方、蘆雪は京都を起点に関西圏で活躍した〈かわいい〉系画家の大家だが、後期は大坂で過ごした。ということは、ある時期の大坂に江戸期を代表する〈かわいい〉系の画家が二人ほぼ同じ時期にいたことになり、ここに何か関係があるのでは?と思っていたりするので、「大坂」楽しみである!

〈三都に旅する〉
最初の章では、まずは旅気分で三都を訪ねる。江戸は鳥居清長、歌川豊広らが早速、粋な情緒で江戸市街地を描いている一方で、大坂パートには、中村芳中(『盆踊図』)がさっそく登場している。

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〈花と動物〉
この章は、いかにも《春の江戸絵画まつり》らしいテーマである。土佐光起、円山応挙、俵屋宗達ら、京のビッグネームたちの作品が並ぶのだが、面白いのは長澤蘆雪、長澤蘆洲(蘆雪の義子?)、呉春、吉村蘭洲、円山応瑞(応挙の子)の5人の合作による『花鳥図』だ。そう、応挙門下生大集合である。梅の木は蘆雪など、どれを描いたかも伝わっている。作風は微妙に変わりながらも応挙らしい端正な自然愛に満ちている。
大坂代表として登場する上田公長『牡丹に孔雀図』は応挙ら京の円山四条派が好んで描いた画題だが、金子学芸員が説明しているように、円山四条派の作品に比べるとどこか淡白な印象がある。私にはそれがポップ(図案化)にも感じられる。

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原画はとても美しいフルカラーだ
また、大坂には、応挙門下から大坂に下った森狙仙以来の森派もいる。森派らしくフッサフサの細い毛に包まれた猿を描いた森狙仙『猿図』では、後ろの猿の右手が二匹の絶妙な距離感を表現している。一方、森周峰の実子で、叔父・森狙仙の養子となり森派を継いだ森徹山『寒月狸図』は、その後姿に情感を漂わせている。

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さすが森派というべきか、狸の体毛は、いつも描いてる猿の体毛とは
完璧に描き分けられている!
江戸の解説は、江戸に下った狩野派の説明から始まり、オールスターの様相だ。個人的には酒井抱一『白梅雪松小禽図』の切れ味のいい美しさ、葛飾北斎『宝珠を搗く月兎』のニヒリズムに痺れる。月兎はその目の狂気から自画像じゃないかと思う。私が勝手に思う。

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〈人物画くらべ〉
京の人物画にも綺羅星の如き画家と作風が並ぶ。そんな中で祇園井特の作品が目立つ。『美人図』など、美人を類型に落とし込まないで美しさを表現するそのポリシーが圧倒的である。納得のセンスである。

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そして、やや淡白な大坂の次に江戸が来る。浮世絵で花開く江戸の人物画はまさに百花繚乱だが、松野親信『本を読む美人図』が印象深い。懐月堂度辰の『立美人図』とともに、表情&ポーズそして色遣いのキラキラ感が図抜けている。今にもTikTokとかで踊りだしそうである。

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〈山水くらべ〉
京は画面の外にも風景が続いているような「無限感」があり、江戸のそれは「画面の中で完結」していると説明されている。面白い。京の円山応挙『湖山烟靄図』の鉛筆画のような繊細なタッチに描き分けで、絵の中に複数の世界線を作り上げている。

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蘆雪の『遠見富士図』は、肝心の富士山を縦長フレームのかなり下の方に持ってくる構図が面白い。

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林閬苑(はやしろうえん)『王羲之・山水図』は王羲之の故事を描いたものだが、三枚の絵の中でいろんな対比がうまく表現されていて気持ちいい。

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墨江武禅『月花山水図』。金子解説によると武禅は、西洋絵画の影響をしっかりと受けた画家だという。そう思わないとありえないような、光と影を操った不思議な水墨画だ。結果、シーンという音さえ聞こえてきそうな風景画が出来上がった。

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江戸では 宋紫石『山水図』や【山水に遊ぶ】にも登場した司馬江漢『相州江之島稚淵図』が、山水画の手法の中で西洋的遠近法を模索した作品として登場する。どちらも、やんちゃな山水画として面白い。

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〈和みと笑〉
またまた《春の江戸絵画まつり》らしいテーマである。しかも、三都比較と来た。楽しそうである。京の代表として、まず長澤蘆雪『なめくじ図』が来た。

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かなりリアルに描かれた原寸大のなめくじの背後に薄墨でなめくじの通った跡の軌跡が残っている。しかもこの絵が飾られるのは床の間の掛け軸である。完璧である。この絵を某展覧会で初めて見た時、別に何かをされた訳でもないのに、「やられた!」と思った。応挙の『時雨狗子図』は、応挙の可愛い仔犬キャラが定まる前の、可愛すぎる前の仔犬キャラである。個人的にはこっちの方が好きだ。

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続いて、笑いの本拠地・大坂では、耳鳥斎(にちょうさい)『地獄図巻』が際立っている。

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「江戸時代の漫画」と呼んでもいい版画ジャンルを「鳥羽絵」という。鳥獣戯画の作家だといわれていた鳥羽僧正の名前に由来する。そんな鳥羽絵世界のスター絵師だったのが、耳鳥斎である。地獄を面白く描くという絵巻物。仕掛けの面白さを計算して、ちゃんと笑えるタッチで描いている。20世紀前半ならこのまんま新聞の1コマ漫画に載せても通用しそうである。そして、中村芳中『人物花鳥図巻』が可愛い。

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まだ芳中の可愛いワールドが完成する前のものと思われるが、まるで色鉛筆のような色遣いまで含めてユル可愛さが溢れている。そして江戸では、最初、英一蝶から始まるが、ほぼ歌川国芳まつりだらけである。【歌川国芳】にも登場した『荷宝蔵壁むだ書 黄腰壁』や『金魚づくし・いかだのり』『人かたまって人になる』など、楽しい国芳ワールドが続く。

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〈三都の特産〉
この章では、最後にどうしても触れておきたかったらしい作品が怒涛のように並ぶ。
中でも、[今日の奇抜]と題されたブロックは、府中市美術館版の「奇想の系譜」と言ってもいい。怪しさが爆発してる狩野山雪『寒山拾得図』、龍と虎とを水墨による信じられない効果線で結びつけた長澤蘆雪『龍虎図』、虎が複雑な表情のまま左前足で右前足を必死に掻いてるような不思議な曾我蕭白『虎図』など。

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以前から左の拾得の髪型をたまに「サングラス」に空目してしまう。

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[大坂の文人画]と題されたブロックでは岡田米山人『松下牧童図』が、とにかく独特すぎて面白い。牧童も牛も独特なデッサンがたまらない。

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[江戸の洋風画]と題されたブロックでは、金子学芸員がこだわる江戸の二大洋画家である好漢と田善の作品が続く。キングダムのようなアジア的目線で西洋の戦闘風景を描いた司馬江漢『異国戦闘図』。

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そして、吉原の夜の俄を怪しくも楽しく銅版画にした亜欧堂田善『新吉原夜俄之図』など。俄(にわか)とは、江戸吉原の遊郭で行われた即興芝居。毎年8月中旬から9月中旬まで、街頭の屋台の上で幇間ほうかんや芸者などが演じた。大河ドラマ「べらぼう」にも登場した。下の写真は遠景が見えづらいが、遠景の立体感が強調されていて面白い。

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さすが《春の江戸絵画まつり》の公式第1弾である。蕭白、国芳らを中心に、江戸絵画のこれまで触れてこられなかった魅力が激推しされている。まつりはどんどん盛り上がっていく。
2026-03-13
